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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
18.未知を恥じて教えを乞う
しおりを挟む「てんじ……? ツカサ君、てんじってナニ? 点で作る文字ってこと?」
あ、そうか、この世界じゃこういう本がないのか。
傷がすぐに治ってしまうこの世界に盲目の人がいるのかは分からないが、貴族なら人に読んで貰えば済む話だし、庶民はそもそも本を読まないもんな。
それに……なんか、そういう人を補助する曜具とかもう作られてそうだし。
だから、必要がないということで「点字」が存在していないのは仕方ない。ブラックが知らないんだから、今もそういうモノがないってことなんだよな。
けど、察しの良さは相変わらずなのか、ブラックは即座に「点の文字」という答えを導き出したようだ。……いや、これくらい大人なら普通なのかな?
そこはよく解らないけど、ともかく俺は肯定することにした。
「う、うん……これは俺の世界で使われてる文字で、ほら、この点ってぷくっとしてるだろ。目が見えない人はこの点をなぞる事で、どういう文字が書かれているのか知る事が出来るんだ。もちろん、盲目の人も普通の文字を使ったりはするんだけどさ」
「へぇ……そうか、ツカサ君の世界じゃ平民も普通に本を読めるんだっけ。こっちじゃ貴族や僕らみたいなものでないと、あまり本は読まないし必要ないからな……。なるほど、こういう表現の仕方もあるのか」
そう言いながら、ブラックは点字をなぞる。
確かに隆起している表面を見つつ、俺は理解できなくて首を傾げた。
……いや、だってさ、小学校の特別授業で習った事があるんだけど、点字の本って作るのに色んな人の協力が必要だったはずだよな。
しかも、穴を開ける形式じゃなくて隆起させるモノは、専用の機械が無かったらムリだったはず……なのに、これはデコじゃなくボコになってる。
ってことは、この本は日本で印刷されたものなのか?
いや待てよ点字って世界中にあるんだっけ。だとしたら日本のじゃないかも。
つーかそもそも、本当に俺の世界の文字で作られているのか?
あーっ、俺そんなに詳しくないからわかんないよー!!
「ツカサ君そんな頭をガシガシしないで。なに、何がわかんないの?」
「うう……」
こんなことを説明するのも無知を晒すようで恥ずかしいが、ちゃんと伝えなければ本の謎が解けないかも知れない。
なので、俺は今思った事を説明した。
するとブラックは何か心得たようで、本に記されている点字をざっと見やると、ふむふむと頷きながら俺に顔を向けた。
「たぶん、これはこの世界のモノじゃないと思うよ。古代の文字や僕達が使っている文字と比べると、圧倒的に文字数が多いし……それに、前置きされているこの点は頻出してるから、恐らく濁点か半濁点だろうけど……文字の種類が多いにも関わらず、これらが付いてる文字は限られている。前にツカサ君が持ってた【教科書】という物を見せて貰ったけど、もしアレが点字に直されているのなら、ここまで濁点を使わない文字が大量に書かれていてもおかしくないかなって」
「そ……そうなの……?」
言葉の洪水をワッと浴びせかけられたので頭がチカチカしてしまったが、要するに「この点字は日本語だろう」ということのようだ。
でも、ざっと見ただけでそんな事がわかるなんてにわかには信じられない。
確かに、以前ブラックに教科書を見せた事があるけど……まさかあんな短時間の間に日本語をある程度記憶したっていうんだろうか。
いやでもブラックなら有り得る話なのかも……だってコイツ、本が収蔵されてる遺跡で凄まじい速さの読書を平気でやってたようなヤツだし……。
だからきっと「そういう可能性が高い」と思って話してくれたんだろう。
とはいえ、完全に理解したとは思ってないみたいで、あくまでも「推測」として話しているみたいだけど。
「……僕らが使っている言語にも、ツカサ君の世界と同じように“漢字”のような特殊文字が存在するけど、それと比べても噛み合わない。まああくまで推測だけど、僕には、この点字がこちらの世界のモノとは思えないかな」
「そっか……ううー、俺が点字のことをもっと知ってりゃなぁ」
「仕方ないよ、だってこういうのって盲目の人のためのものなんでしょ? そういう物は生きていく環境が違うと出会わなくなるものだし」
ブラックはそう言ってくれるけど、アッチの世界だと「お前が知らないのが悪い」って事もあるからなあ……。
ボランティアとかしてたり、そういう人の手助けをしたいって思った人なんかは手話や点字のことも覚えているんだろうけど、恥ずかしながら俺は自分の事で精一杯の高校生だったし、赤点ギリギリで覚える余裕もなかった。
でも、だからって今更「覚えてればよかったのにー」ってのも利己的か。
今必要だから嘆いてるだけで、俺がボランティア精神にあふれる人になったからと言うワケじゃないもんな。そう考えると偽善っぽくてちょっと恥ずかしい。
知らないなら知らないで、畏まって聞くくらいの謙虚さで居るべきだ。
暗号みたいに読めないからって、欲するようなもんじゃないよなこういうのは。
これは、盲目の人のための大事な文字なんだから。
…………。
そうか……盲目の人のための文字、か……。
「…………なあブラック、点字のことは置いておくとしても……ここにその本があるってことは、ここには盲目の人がいたのかな」
「うーん……断言はできないけど、こんな特殊な印刷の仕方を知っているって事は、まずそうである人か……そういう仕事に関わってた人なんじゃない?」
「あ、そうか、印刷する人も該当するのか……」
だとすると、盲目の人が作った本とは言えないのかな。
ああ、どういう内容の本なのかってことさえわかれば、これがどんな人が遺した物なのかも分かりそうなのに……凄くもどかしい。
くそう。自分の知識のなさが恨めしいぞ。
内心で悶える俺を余所に、ブラックは再び点字の本をぱらぱらとめくる。
何か手がかりがないかもう一度探してくれるみたいだ。
すると……そのめくる風圧に負けてか、中から一枚の紙がするりと逃げ出した。
それは、規則的な穴がぽつぽつと開けられた紙。
本に使われている点字の打ち方とは真逆だが、穴の形状からして、人の手で穴が打たれたメモのようなものだった。
……確か、個人用の点字機って穴をあけるタイプだったよな。
メモに使うって教わって、俺もなんかよく解らないけど紙に穴を開けてキャッキャしていた覚えがあるぞ。ってことは……やっぱり、これは「この本が必要な人」が書いた本ということになるんじゃなかろうか。
でも、だとしたら……この世界に、目が見えない人も連れてこられたってことか?
こんな、モンスターも普通に闊歩しているような世界に……。
「ツカサ君、落ち着いて。……仮に、そういう人がコッチに来ていたとしても……多分、盲目でも問題なかったんじゃないかな。だって、この書斎の本棚の本には【七人の男女】が一緒に行動している記録みたいなものばかりが遺されてるんだ。よく探せば、たぶん盲目の人物の描写もあるはずだよ」
「あ……じゃあ、協力して一緒に旅をしてたんだな」
どうやら、顔に出るほど俺は心配になっていたらしい。
……でも当然だよな。今は違うけど……昔は、俺のような【黒曜の使者】を抹殺するために神様が罠を仕掛けたりしたし、普通に暮らしていた人を次々にこちらの世界に送り込んでは、役に立たない異能を授けて見殺しにしたりしていたんだ。
俺はそれを“知ってしまっている”から、余計に怖くなったんだと思う。
…………その残酷な神様が、俺と同郷だと知っているから、なおさら。
でも、仲間が居てくれたのなら話は別だ。
何故七人も異世界人がいたのかは謎だけど、盲目の人が何も分からず異世界に放り出されるような展開じゃなくて本当によかったよ。
俺だって大変だったんだからな、ホントに。
「ひとまずこれは……あのクソ眼鏡神に渡しておいたらどう? もしツカサ君の世界の言葉なら、ツカサ君が一度帰った時に、その点字の対応表を持って来ればいい。そうすれば、あの白い空間で解読作業が出来ると思うよ」
「ブラック……おまえ天才か……!?」
思わず相手を軽いノリで称賛してしまったが、その通りだ。
キュウマの神様空間なら、俺の世界のモノを色々持ち込んでもオッケーだし、この世界の物品も存在することが出来る。
もしこの本の点字が俺の世界の物と一緒なら、あそこで解読できるじゃないか。
それに、俺が分からなくてもキュウマなら何か知ってそうだし。
いやでも、俺ならともかく、それを当事者じゃないブラックが当たり前みたいに考え付いちゃうのが凄いよ。俺当事者なのに全然思い浮かばなかったし。
ちょっと知能の差が出てるみたいでイヤだが、まあその、そこは仕方がない。
俺は考えるのが苦手なのだ。赤点ギリギリ常習犯に無理を言わないでほしい。
ひとまず自分の事は置いといて、今はとにかくブラックを褒めよう。
そう思い相手の顔を見やると、このオッサンは俺の称賛がよほど嬉しかったのか、デレデレと顔を緩めていた。
「えへ……えへへぇ~。僕天才? ツカサ君惚れ直しちゃう?」
「なんで常にそっちに行くんだよ。普通に褒めただろ今!」
「あっ、そっか! ツカサ君は僕をずっと大好きだから、惚れ直しちゃうとかないか! だってツカサ君と僕はずぅ~っとアツアツの恋人で婚約者だもんね~!」
いやたまに「百年の恋も醒めそうだな」とか思う事はあるぞ。お前には。
――と言いたかったが、ぐっと堪える。
だってそんな事を言ったが最後、ブラックが何をするのかなんてもう嫌と言うほど体に叩き込まれちまったからなあ!
…………いや威勢よく言うことじゃないんだけど、ともかく余計なコトは言わないに限る。二人と一匹でいるせいか、いつも以上に密着してるってのに……これ以上困る事が起こったら俺もどうしようもないんだからな。
「と、ともかくそれは置いといて……じゃあ、これは俺が一旦持って帰るよ。残りの本の翻訳作業も早くやろうぜ。もしかしたら、七人の詳しい情報があるかもだし」
「……ツカサ君、逃げたね」
「お前がこっ恥かしいコトばっか言うからだろ!? それにいつまでも膝の上じゃ飯の用意もできねーじゃねーか!」
「むぅ……。まあでも確かに……イチャイチャするなら本の事なんて邪魔だもんね! ちゃっちゃと片付けた方が逃げ道もなくなるし、その方が良いか。よーしやるぞー」
おい、今コイツ逃げ道を潰す宣言をしやがったぞ。
このオッサン、翻訳作業が終わったら絶対やらかすつもりだ。
俺はそんな事を考えて作業を勧めたんじゃないのに、何でこうこのスケベオヤジは一足跳びの発想をするんだよ。天才か、天才だからなのか。
だったら俺は天才の頭脳なんていらねえ。
「ううう……ロクぅ……助けてえ……」
「キュ~……」
ブラックのご無体宣言に、さすがのロクも困り顔だ。
机の上でぺたんと座って小さなお手手で頬を掻くロクの姿に癒されつつ、俺は今後どうやってブラックの過剰な行動から逃れるかを考えるのだった。
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