異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣

  人族の大陸へ2

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 まず初めは職を探す事。

 クロウクルワッハ達が降り立った【ハーモニック連合国】という国は、常夏とこなつと呼ばれる常に暑い気候が特徴の国で、砂漠と荒野の大陸にむ獣人達には住み慣れた場所と所々が似通っており、人族の大陸に慣れるには最適な場所だった。

 とはいえ、まだ獣人と正式に国交を結んで百年も経っていない国だ。
 獣人は珍しいようで、ジロジロと見られてはいたものの、不思議な事に恐怖や奇異の目で見られることは少なかった。

 ――――どうやら、このハーモニックという国は多民族国家……獣人族で言う所の「多種族が寄り集まって出来た国」らしく、そのため理解の方が強かったようだ。
 最初は恐る恐る対応していたか弱そうな人族達も、こちらが理性のある存在であり「武人である」という矜持きょうじを持っていることに気が付くと、すぐに気安くなった。

 彼らは脆弱ぜいじゃく小賢こざかしく、全てが獣人族におとるという話を昔から聞いていたが、実際に接した下層の人族達は、どうも違ったように思う。
 貧しくとも日々を楽しく生きる彼らは、少しだけクロウクルワッハの心を癒した。

 ああ、この国ならば、この大陸ならば自分達は自由に過ごせるかもしれない。
 そんなかすかな希望を抱けるようになったのは、間違いなく人族のおかげだった。

 しかし、仕事と言うものは常にうまくいくものではない。
 傭兵ようへいとして雇われようと「ギルド」という施設に向かったは良いが、実際の傭兵業と言うものは実入りが少なく、そして「競争社会」――獣人とは違う弱肉強食の世界を形作っていた。

 先達せんだつの傭兵集団が言う事には、いくさも無く警備の必要も少ない平和な大陸ゆえに、元々ここ百年ほど依頼は少なかったそうだが……さらに冒険者と言う下賤げせんな職業のせいで、一気に需要が減ってしまったのだと言う。
 ゆえに、かせげるのは一定の信頼と功績がある傭兵に限り、最近は食うに困って賊のような事をする傭兵が出始めたとなげいていた。

 獣人は肉を食らうための、生きるための争いを常に行ってきたが、彼らのような「職を奪い合う戦」というものを経験した事が無い。

 しかも人族と言うのはずいぶんと細かいところが気になる人種のようで、獣人からすれば「それしきのことで?」となる物品や建物の欠損も、殊更ことさら騒ぎ立てた。

 どうも、彼らにとって「価値のあるもの」は「もの」であり、自分達のように「強きものの肉」や「武力」などは重要視されないらしい。
 彼らは古くから伝わる物や家、護衛対象である人ですらも、傷一つなく守りきる事を望んだ。獣人からすれば偏執狂とも思える不可解な主張だったが、それが人族の「大事なこと」なのだ。

 彼らにとって強さは重要ではない。
 だが、その事に気が付くのが……――少し、遅すぎた。

 気が付けば、クロウクルワッハ達は満足な仕事も得られず「職」というものにありつく事も出来ない獣人に成り果てていた。

 ……食糧は、街の外のモンスターを狩りさえすればなんとかなる。
 寝床も獣姿なら必要がない。だが、人族の「暮らし」にじって生きるのならば、どうしても「金を貰える職業」が必要になってしまう。

 冒険者へ転向するという選択肢も考えたが、冒険者ギルドに登録する金もない。何より、その頃のハーモニック連合国で条件付きの旅客というあつかいになっていた獣人は、許可が無ければ別の国に行くことすら出来なかった。

 傭兵業を満足におこなえていない獣人……つまり、力ばかりがあって信用のならない獣人では、犯罪者になり得るとして移動を認めて貰えないのだ。

 さもありなん。自分達は、人族からしてみれば脅威きょういだろう。
 だから、大陸の移動を制限することも当然と言えた。それに不満は無い。

 しかし……――自分達よりもうまく人族に溶け込む「武力におとる獣人達」を見ていると……クロウクルワッハ自身、自己嫌悪におちいるような感情が湧きあがってくる。

 ――――なぜ、あんな弱い連中が上手くいっているのか。

 ――――どうして、自分達なりに頑張っているのに満足に働けないのか。

 ――――自分達は、あの獣人達よりも優れているというのに。

 そんな、意地汚い考え。
 これでは、かつて自分を嫌っていた王族達と変わらない。

 分かっていても、人と関わりを持ち心機一転と心を入れ替えた所に何もかも上手く行かなかったクロウクルワッハの心はなげくことをやめてくれなかった。

 役立たずの自分が一番悪いことは理解しているのに、本心では「環境が悪いのだ」とわめく弱くさもしい自分が居る。
 そのくせ、状況を打破することも出来ず、何も出来ない。
 せっかく武力があっても、いくさの知識があっても、情緒の制御方法や人付き合いといった処世術など知らないクロウクルワッハにはどうしようもなかった。

 ありとあらゆる交流が「普通では無かった」がゆえに、人族や弱い獣人の間でかわわされる信頼関係の構築の仕方など、行いようもなかったのである。

 そう、クロウクルワッハには、足りない物が多すぎた。
 これでは、人族の大陸にのがれてきた「脆弱ぜいじゃくな獣人」のほうが有用だ。

 しかし、だからと言って大柄な獣人ばかりの傭兵など、引き取り手もいない。

 まさに八方塞はっぽうふさがりだとヤケになって、クロウクルワッハは仲間と酒場で最後の酒盛りを盛大に行うまで堕ちてしまっていた。
 その姿は、最早もはや王子であった頃の姿とはかけ離れている。

 今現在のクロウクルワッハよりも酷い、野盗と間違われても仕方ない姿だった。

 ――――しかし。

「やあ、貴方達が獣人兵団ですか。探しましたよ~!」

 そんな明るい声――今となっては、すごくわざとらしい親しげな声に思えるが――を掛けてきた男が居た。
 落ちぶれて薄汚いごろつきのような見た目のクロウクルワッハ達に、敬語を使って話しかけてくる羽振りの良さそうな太ましい中年男。一番するどい眼光をしている獣が指揮官だろうと値踏みしたのか、クロウクルワッハに笑いかけてくる。

 その笑みは、獣人の世界では見たことの無いみょうな笑みで。
 ――――今はそれが「何かをたくらんでいるいやらしい笑み」だと分かるのだが、人族と触れ合ってまだ数年も経たないクロウクルワッハ達は、彼らが「良い人族」ではないという事実を見分けられなかった。

「何の用だ」

 クロウクルワッハに話しかけた相手だが、第二大隊の副隊長であったスクリープが話をさえぎって視線を強引に奪う。
 人の視線にあまりさらされたくなかったクロウクルワッハをおもんぱかっての事だったが、その態度は相手を少し不機嫌にさせたようで、雰囲気が少し重くなった。

 獣人は、自分達に向けられる敵意に関しては人一倍敏感だ。
 それが人族の世界では「野生のかん」と呼ばれるものだと知るのも先の事だったが、ともかくクロウクルワッハ達は用を聞くことにした。

 そんなこちらの態度に、相手はすぐに笑みを浮かべ直し手をみ始める。

「いやあ、実は貴方がたに依頼をしたいと思いまして……今まで探していたんですよ。傭兵ギルドに聞いた所、酒場にいらっしゃるだろうという話でしたので……」
「私達に用事、だと……? 評判などもう地に落ちたと思っていたがな」
「少なくとも、貴方のような身なりの方の仕事は我々では荷が重いと思うザンス……思い、ますよ」

 近頃は敬語も忘れかけていたシーバが、何とかくちを整える。
 口調はともかく、今言われたことはその通りだ。人族が大切にするものを、自分達では上手く守ることが出来ない。ゆえに、今の自分達は仕事も無くこうして飲んだくれているのだ。そんな種族を探して傭兵など頼むものではない。

 他を当たれ、と、クロウクルワッハは部下と共に太ましい男を追い払おうとした。
 が、相手は何故か食い下がり、それどころかこちらを妙にほめそやしてくる。

 獣人は強い、自分達の依頼に最適だ、私は獣人に恩義があり、貴方達を援助する気持ちがある。恩返しがしたい……などなど。
 今となっては中身のないスカスカの言葉だったが、ほぼ一日中飲んだくれて酒が少し回っていたクロウクルワッハ達は、その言葉に耳をかたむけてしまっていた。

 ……なにせ、人族の大陸に来てからほとんど他人に認められなかったのだ。

 得体のしれない男の言葉であっても、心さびしい男達には充分な効力があった。
 少なくとも素直な部下達は、すっかりほだされてしまったのである。

 それでもクロウクルワッハは疑念ぎねんぬぐえなかったが、相手はこちらが警戒する事も織り込み済みだったのか「お近づきのしるしに」と、酒を持ち込んできた。
 背後にいる素性のしれない“ローブ姿の男”に持たせていた、高級そうな酒。
 何本もあるソレを無償で渡された酒好きの部下達は、当然喜んで飲んだ。

 そろそろ酒も尽きかけ、最後の飲酒になるところだったのだ。
 我慢が出来なかった部下を責めることなど出来ない。こんな不甲斐ふがいないていたらくになったというのに、それでも自分をしたう彼らをしかる資格などおのれには無かった。

 もう、飲むしかない。
 酒を勧められたクロウクルワッハは、部下達と共に何度も酒をあおった。

 強くまろやかで香りが強い、獣人の自分達ですら強いと感じる酒。
 だが強烈なのど越しはあらがえるものではなく、ただただクロウクルワッハ達は極上の酒を飲み酔いしれた。今まで何樽飲んでも泥酔した事が無かったというのに、たかが数十本程度ていどで前後不覚になってしまうほどに。

 ――――そして、酔いは回り、だんだんと意識は夢現ゆめうつつ揺蕩たゆたい……

 クロウクルワッハと部下達は、その場で深い眠りに落ちてしまった。
 五感が鋭い獣人達が近付く人族の気配にも気付かず、机に突っ伏すほどに。

 ……眠って。
 …………今、自分達がどんな状況に置かれているかも考えず、眠り続けて。

 そうして、ふと、目が覚めた時……――――


 自分達の首には、家畜のような首輪がめられていた。












 
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