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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
16.巧妙な遺跡
しおりを挟む「それにしても、ツカサ君が何かピンとくるような部分なんてあったかなぁ。あれだけの情報じゃ、何も分からないと思ったんだけど……」
「いや、実はさ、アッチの世界で……」
かくかくしかじか……。
なんて感じで、俺はシベに聞いた事を簡単に説明してやった。
いやまあ、ただ単に「アッチの世界で似た図があって、それが仏教って言う宗教の神様のような存在の形と似ていた。その形を知ってる人に、唱えるとその神様の力を貸して貰える【23文字】に該当する呪文を教えて貰った」っていう程度なんだけど。
……でも、シベが教えてくれたって言う事は言わないでおいた。
だって、シベのことを説明したら、どうして人様の別荘に俺がいるのかを教えなきゃいけなくなるし、そうなったら……心配かけちまうもんな。
まあ、ブラックなら友達でしかないシベにすら嫉妬しそうってのもあるけど、それよりも俺としては、ブラックに悪辣な先輩との件を知られたくないんだ。
何も出来なかったから悔しいってのもあるけどさ。……それより、殴り合いになったのを知られたら……なんか、気まずいって言うか。
あんまりそういうの、ブラックには知られたくないんだよ。
心配かけたくないのと同時に、なんていうか……俺って、あっちの世界じゃ本当に何も出来ないガキなんだなって知られたら、凄く嫌って言うか。
…………結局のところ、心配されたくないっていうのと同じくらい、俺はブラックに「本当に使えないヤツだ」と思われたくないのかも知れない。
いや、ブラックは俺にそんな事は言わないけどさ。でも、俺が嫌なんだ。
どっちの世界でもダメダメで友達に助けられてばかりだなんて、格好悪い。それに友達を自分の力で助けられなかったのも、不甲斐なくて仕方ないんだよ。
……俺だって、その……大事なヤツに、見栄を張りたい心は有るのだ。
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って、何の話をしてるんだ俺は。
ともかく、色んな理由があってシベの事は喋れなかったのだ。
幸い、ブラックもそこは聞いて来なかったので、話す機会は無かったけど……でも何か嫌な予感がするのは何故だろう。
おかしいな、危機は回避したはずなのに……。
「それで、その……コウミョウシンゴだっけ? その呪文は覚えてるの?」
なんだその技術派っぽいシンゴさんの名前は。
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「安心しろ、めちゃくちゃ覚えて来たから!」
「ホントかなぁ。まあでも、やってみてソンはないもんね。早速唱えて貰おうか」
コイツ、俺をまた低く見積もりやがって……普段が普段だから仕方ないが、もう少し期待して欲しい。23文字も覚えられないって俺どんだけアホなんだよ。
まったく……こういう所があるから、余計に俺も見栄を張ってしまうと言うのに。
「ウキュー」
「ロク~、慰めてくれるのか~!? やっぱりロクは優しいなぁ」
「はいはい、ほらついたよ」
階段を苦も無く降りて最下層の地下三階に到達すると、ブラックは俺を図形の前に連れてくる。……うむ、やっぱり大日如来っぽい図形だな。
「ありがと。降ろしてくれ」
「えぇ~?」
「この状態じゃ気が散って忘れそうになるんだよっ」
良いから降ろせと睨むと、ブラックは物凄く不満そうな顔をしたが、渋々といった体で俺を解放してくれた。まったくこのオッサンは……。
これで失敗したら何を言われるか分かったもんじゃないな。
でも、ここまで来た以上はやってみなければ。
俺は深呼吸をして気持ちを整えると、図形が描かれた壁に手を当てた。
目を閉じて思い出す「光明真言」は、確か……――
「……オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラ ハラハバリタヤ ウン」
そう。この言葉だ。
梵字で示された、ずっと昔の言葉。
シベが言うには「梵字」という言葉自体に言霊が在って、その言葉そのものに力が宿っているという。
「言霊」ってだけでも格好いいのに、梵字とか……本当ヤバいよな。
俺の中の男の子ゴコロがめちゃくちゃワクワクしてしまうが、しかし人前で真面目な顔をして唱えるのはちょっと恥ずかしい。
いや、仏様の前とかお坊さんが言うのは全然恥ずかしくないんだが、ほら、俺ってばニワカみたいなもんだから……それに、失敗したらブラックとロクにキョトンとした目で見られそうだし……。
――ああ、どうか合ってますように、神様仏様お願いします!
そんなことを思いながら、閉じた目を開くタイミングが掴めずどうしようかと思ったと、同時。背後から慄くような声が聞こえた。
「うわっ!?」
「ンギュッ!?」
オッサンの声とロクちゃんの可愛い声が聞こえて、何事かと慌てて目を開く、と。
いきなり強い光が目を焼いて、俺は思わず腕で顔を隠した。
やばい、なんだこれ眩しすぎる……!
チカチカする視界に混乱しつつ、何が起こったのかと改めて正面を見やると――――なんと、目の前の横に広い壁が白く光り輝いているではないか。
何が起こったのか分からず一歩退くと、図形が描かれていた場所を中心に、長方形の入口を象るような線が走り、その線の中の壁が急に動き出した。
いや、動き出したなんてモンじゃない。
無数の小さなブロックが積み重なっていたかのように、それぞれが細かく動いた思ったら、それらは互い違いに回転しながら奥の方へ引っ込み左右へ割れて……なんと、更に下へと続く階段が現れたのだ。
しかもその階段は、足元が危なくないように天井が白く光って周囲を照らしている。
あからさまな超古代の技術。
前にも見た事がある類のものだったが、しかしいつもとは違う出現の仕方に、俺達は戸惑って顔を見合わせてしまった。
「これって……」
「…………とにかく、降りてみよう。罠は無いみたいだし」
不安がって俺の胸に飛び込んでくるロクを抱きつつ、頷く。
ブラックは俺を庇うように先頭に立つと、躊躇いなく光る階段に足を踏み入れた。
その胆力は、さすが熟練の冒険者といったところか。
俺はゴクリと緊張を飲み込むと、広い背中に続いた。
「造り自体は上のと変わらない……のかな?」
「そうだね、別に特殊なものは使ってないみたい。そのあたりは、別の遺跡と違う所かもしれないね。だとしたら、この階段を照らす光は別の技術か……それとも、何かの“術”ってことになる」
「術って……」
「……まあ、下まで降りてみれば何かは分かるだろう」
博識なブラックですら、ハッキリしたことは言えないみたいだ。
やっぱり、地味ではあるけど珍しい遺跡なんだな……。
そんな遺跡の地下に何があるのかなんて、想像もできない。
「光明真言」を扉のパスワードにしていたところからすると、俺の世界の人間か……もしくは、そういう知り合いがいた人物が造った遺跡だと思うんだけど……一般人が知ってる知識ってワケでもないパスワードを設定したのが謎だ。
何を隠していたのか想像がつかない。
出来れば物騒なモノじゃないといいけど……なんて思いながら、ブラックの背中に視界を奪われつつ階段を下りていく。と。
「わぷっ」
急に背中が止まって、俺は思いっきりぶつかってしまった。
か、硬すぎる。どんな背中してんだお前。
もしかして最下層に到着したんだろうか。
なんだか滝みたいな水の流れる音が聞こえるけど、何があるんだ?
「なんだ、ここは……」
「ブラック? なに、何があるんだ?」
「キュー?」
呆気にとられたような声を漏らすブラックに問いかけるが、相手は答えてくれない。
ええい、何があるってんだ。俺とロクは何とか背中の向こう側を見ようとして左右に体を揺らすが、しかしデカい背中のガードが堅い。
どうすりゃ良いんだと思っていると、ブラックは数秒で我に返ったのか、すぐに階段から完全に降りて、俺達に道を開けてくれた。
「にわかには信じがたい光景だけど……」
「うん……? どれどれ……」
ロクを肩に乗せて、俺も階段の向こう側に到達する。
滝のような凄い音を出すモノは、どういうものか。そして、どんな場所なのかと周囲を見て――――俺は、瞠目し言葉を失った。
――いや、別に衝撃的な物をみたんじゃない。怖い物が在ったわけでもない。
ただただ、冷たい空気を流動させる広い空間の有様に驚いたんだ。
だってそこは……
“高い天井から落ちてくるいくつもの滝”に周囲を囲まれた森と……古いお寺へ続く道があったのだから。
「……なに、ここ……」
妙な空間だ。
階段から続く道は一本道で、真正面には奥へ広がっている大地が在る。
そこには青々と茂った森があるけど、周囲は濠のようになっていて水が囲んでおり普通の空間ではない。しかも、その濠も段々になっていて、奥の壁に面した所からは滝のような水が天井から落ちて流れ込んでいるが、階段に近い天井からは、小雨のような水がぽたぽたと落ちてきているだけだった。
どうやら天井も段々になっていて、俺達が居る場所が一番天井が低いみたい。けど……この天井から落ちてくる水はどこから持って来たのか。
濠も天井も段になっているのは、水を流すためなのか?
でも、それがどういう意味を持つ仕掛けなのかよくわからない。
段ごとに水が落ちてくる量が違うのは、何か意味があるのかな……。
それに……真正面に見える、森の中の寺っぽい建物は何だ。
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……パスワードが「光明真言」だったから、お寺なのかな。
でも、なんでお寺。仏様が居ないこの世界で、なんでそんなものを?
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「……行ってみようか」
「お、おう……」
ブラックが言うのに、ただ頷く。
なんだか得体が知れなくて少し怖かったけど、近付いて見なけりゃどんな物なのかも分からないもんな。ここで逃げ帰っては冒険者魂が廃る。
この空間がどういう意味を持つのかを知るためにも、調べなきゃな。
そう決心すると、俺は寺らしき建物へ向かって歩き出したのだった。
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