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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
14.趣味もマニアも人それぞれ
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「よし、潜祇。夕食にするが、お前はどれにする?」
「え、どれって?」
帰って数分、なんとかバレずに帰って来ることが出来た安堵により、俺はソファの上で溶けていたのだが……周囲が薄暗くなった頃に、シベがどこかへ消えたと思ったら――――何やら、デカい箱を持って来た。
ドンと置くのは、リビングのでっかいテーブルだ。
八人も席が用意されているツヤツヤのテーブルに置かれたその箱は、この豪華な別荘に全然似合わないものだった。
箱、っていうか……コンテナかな、これ。
俺が以前ちょっとだけバイトしていたコンビニで見たコンテナの箱そっくりだ。この中にスナック菓子とかが入ってて、棚に陳列するんだよな。
……っていうか、そっくりっていうか、ソレそのものでは。
青くて折り畳み出来るヤツじゃんコレ。完全に業務用のやつじゃん。
この豪邸にどうしてそんなものがあるんだと思っていたら……何故かニヤニヤしているシベが、まるで宝物の箱でも開くかのようにコンテナの蓋を開けた。
と、そこには……。
「…………か……カップ麺……!?」
「ふっ、ふふふっ、塩醤油ミソとんこつ何でもあるぞ……ご当地麺もある……!」
「いやご当地麺て……お前もしかして、カップ麺マニアなの……?」
そう質問した瞬間。
シベのメガネが、つるぺた幼女イラストを発見した時のように白く光った。
……あっ。これ完全に自分の世界に入ってるヤツだ。
そのイケメンとはとても思えない様子に慄いてしまうが、ふっふっふと悪の科学者のように笑うシベは止まらない。むしろ、俺にマニアと言われて喜んでいるのか、手にカップ麺を持って軽くガッツポーズを見せながら熱く語り始める。
「マニアなどとは烏滸がましいがな、しかしお前、カップ麺は人類の英知……人間が発明した偉大なる発明の一つと言っても良い!! しかも昨今ではノンフライだの味変だの世界の味を再現だの、変化に満ち溢れている!! この先進的かつ革新的な食べ物を好きにならずになんとする! そう、俺はマニアではない。マニアでないが、それでもカップ麺を愛する者の一人なんだっ」
「え……えぇ……。でもお前金持ちだろ……カップ麺とか食べないんじゃ……?」
「食べるに決まってるだろう! こんな美味いものがあると知ったら!」
そりゃカップ麺は美味しいし俺も好きだけど、シベみたいなハイソな人達が庶民の慣れ親しむ味を楽しんでいるとは思えない。
っていうか……お金持ちにはお金持ちの付き合いってのがあるだろうし、レストランとかで一級品の味を覚えることが大事そうなイメージなんだけどな。
いやまあインスタントが好きなお金持ちも居るだろうけど、シベの場合は御令息な立場なんだし、女子にモッテモテなイケメンだし……とても、カップメンにギラギラするようには思えなかった……ん……だが……。
今目の前には、カップ麺をみて目をギラギラさせるシベがいるんだよなぁ。
しかも、つるぺたイラストを見ている時と違って食欲がそそられているからか、その顔には、クロウが興奮した時のような獣っぽい凄みを感じる。
きっと、カップ麺を選んでる時もこういう表情をしてたんだろうな……。
…………カップ麺をコンテナに詰め込むシベか……。
二次元つるぺた美少女のイラストを密かに収集していることと、カップ麺にギラつくことを女子が知ったら、どう思うんだろう。
いや、決して誰かに喋ったりははないけど、しかしイケメンと持て囃される男の本性がコレだというのを目の当たりにすると、遠い目になってしまうことは否めない。
だってさ、こんだけ豪華な別荘に来てカップ麺でギラギラだぜ?
正直俺でも内心ズッコけたわ。そこは豪華なディナーじゃねえのかよと。
この豪華な別荘でカップ麺はさすがにナイだろうと。
凄すぎるアイスを食べたからなおさらそう思ったが、しかし事情は人それぞれというものだ。ツッコミを入れるのは、シベの話を聞いてからでも良いだろう。
俺は気を取り直して、シベに事の真意を問うた。
「お前がカップ麺を好きなのは分かったけど……なんで夕食がコレ? 管理人さんにワザワザ取り寄せて貰ったのか?」
そう問いかけると……相手はギクリと硬直して、片眉を眉間に寄せた。
……さてはこれ、シベの私物か……?
疑うような目を向けると、シベは一分くらいたっぷり沈黙した後、目を泳がせながら、激盛りとんこつラーメンを手に取って口をちょっと尖らせた。
「それは……」
「……もしかして、私物か……?」
「…………」
「実は、管理人さんの夕食を断って、こっそり持って来たコレを出した……とか?」
「グッ」
あっ。こいつ今ギクッってした!
思いっきり分かりやすくギクッってしたぞ!!
さてはコイツ、夕食は最初からカップ麺を喰う気だったな!?
「お前……カップ麺も良いけどちゃんとしたモンも食えよな!」
あれっ、ツッコミってこれで合ってるかな。
けどカップ麺だけってのも栄養が気になるしな。そもそも、俺はともかくシベは今日のご飯をまともに食べていなかったはずだ。
それなのにカップ麺だけってのは、食べ盛りの俺達には酷な事だろう。
日本人ならコメを食え。米を。
やっぱりツッコミが間違ってる気もするけど、でも御令息のシベだったら、なおさら麺だけを食うってのはマズいだろう。
そんな俺の指摘に珍しく動揺したシベは、慌てて俺に言いかえしてきた。
「くっ、食うし、普段はちゃんと食ってるっての! でも、その……カップ麺は……家の中とか、使用人が居るところじゃ好きに食えないし……」
「……もしやお前、俺を保護するついでにしめしめと思って持ってきやがったな」
「グウーッ。い、良いだろそれくらい! 俺だってたまには息抜きしたいんだよ!」
今のツッコミもよほど突き刺さったらしく、シベはヤケクソ気味に大声を出しながら己の計画を認めた。なるほどな、やっぱり自分の息抜きも兼ねてたのか。
だからシベの家とかじゃなくて、別荘地に連れて来たんだな。
……なるほど、つまり俺の保護は隠れ蓑だったってワケだ。
まあでも、守って貰ってる手前、俺も色々言いにくいし……考えてみれば、メシまで用意して貰ってるんだから贅沢は言えないよな。
それに、ちゃんとした食事は異世界で済ませて来たから、軽くラーメンでも食べて腹を落ち着かせた方が良いのかも知れない。
仕方ない、今回はシベに乗ってやるか。
「まあまあ落ち着けって。責めてるんじゃねーんだから。食べていいなら、ありがたく選ばせてもらうよ」
慌てているシベにそう言って、シベの横に回りコンテナの中を見ると、ようやく相手は落ち着いたのか、目を泳がせながらぽつりと声を漏らす。
「そ……そうか……でも、その……」
なんだか色々と言いにくそうだ。
もしかしたら、シベにとってはわりと知られたくない趣味だったのだろうか。
カップ麺好きくらい良いのでは、とは思うけど、シベ的には色々あるのかもな。
……とはいえ、誰にも言うなと口止めしたいほどの秘密なら、カップ麺が好きなんだと俺に曝け出す必要もなかったとは思うんだけど……。
まあ、あまり話を長引かせるのもシベに悪い。
俺は気持ちを切り替えると、コンテナの中から今食べたい味を選んだ。
「分かってるよ、誰にも言わないって。おっ。この塩ラーメン良さそう。貰っていい? コッテリとかも良いけど、今はサッパリ味が欲しくてさー」
お湯を沸かそうぜと笑顔で言ってやると、シベは頭を掻きつつ頷いた。
「……おう」
ヤカン……が無かったので、鍋でお湯を沸かしてラーメンの完成を待つ。
途中、袋麺は守備範囲外なのかとか無駄な話をしつつ、俺達は待望の出来上がりを待った。実際、カップ麺はこの時間もそれなりに楽しい。
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ふやかすと麺が汁を吸って美味いし、早めも麺が硬くて美味しい。
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俺もわりと食い意地が張ってるから、気になるカップ麺がコンビニとかにあったら、つい食べたくなっちゃうんだよな。
「いただきまーす」
久しぶりの塩ラーメンは、あっさりとしていてツルツルの麺がとても合う。
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「…………っ」
シベは、顔に影を落としながら目の前のカップ麺を見ている。
かなり真剣な表情だが、カップ麺にそんな顔をする奴は見た事が無い。ステーキを初めて見た明治の人かよお前は。
いやでも本当にそんな感じの神妙な雰囲気だ。
思わず俺もゴクリと唾……いや麺を飲み下していると、時間になったのかシベは手を恭しく上げて、まるで何かの北斗な拳法でも始めるのかと言わんばかりの手つきで、ゆっくりフタを剥がし始めた。
この時点でハァハァ言ってるが、本当に女子がここにいなくて良かったと思う。
たっぷり時間をかけてフタを剥がしたシベは、両手を合わせて感謝の意を示すと、そこから――――猛烈な勢いで麺を啜り始めた。
…………シベ……お前……。
……いや、いい、何も言うまい。大好きな物を全力で楽しんでいるのだ。その光景を揶揄するのは、紳士的ではないだろう。
というか俺も趣味に没頭している時の顔が危ない可能性があるので、今のシベの姿をどうこう言えない。さわらぬ神に祟りナシなのだ。
俺はあえてシベの凄まじい様子を見ないようにしながら、塩ラーメンを堪能した。
……俺が食べ終わるまでの間に、シベの横に三つくらいカップが積み上がっていたが、それも見なかったことにする。
これは、まあ……なんだ。人ってモンは千変万化だからな! うん!
「ゴチソウサマデシタ……」
「はぁー、食った食った! ここ最近ずっと我慢してたから、思う存分食べられて満足したぜ。これでしばらくは禁断症状も出ないな」
「我慢って……お前、そんなにカップ麺食うヒマないの?」
食後のお茶を啜りつつ訊くと、シベは難しそうな顔をして腕を組む。
「お前な、三食バランスのとれた食事やリストランテに日々忙殺される俺が、こんな手間のかからない間食を許されると思うのか?」
「すっげえイラッと来るけど、まあ来ないとは思う」
「だろう? ……っていうか、俺の親父がそういうのキライなんだよ。そもそも和食党だし、家でくらい和食を食えってなもんでな。お前らとつるむ前は、スナック菓子すら食べた事がなかったよ」
その告白に、俺は目を丸くする。
高校生になるまで、スナック菓子を食べた事が無いだって?
そんな人生が世の中に存在するなんて。あんなにうまいものなのに……。
「えっ、じゃあお前、今までお菓子って……」
「パティスリー直送か土産物の菓子しかないが何か」
「殴りてぇ~~~~」
ぱてすりーてアレだろ、言葉の響き的に多分洋菓子とかだろ。
コイツ何さらっと金持ちアピールしてんだしばき倒してえ。
「……まあ、だから……部屋にも迂闊に宝物を置いておけないんだよ。親父もお袋もカンが良いから、俺がお湯なんて沸かした時点で即逮捕だ。……会社で作ってる物は一般家庭向けのくせして、俺は全然そういうものと接した事が無かったんだよ」
「お前も大変だな……」
「まあな。だから、ガキの頃に貰った試供品のカップ麺のうまさが忘れられなくて……今となっては、我慢できずにこうして隠し持つことになったわけだ」
そういう理由なら、シベがカップ麺好きになったのは仕方ないか。
人によって衝撃を受ける食べ物は違うワケだし、子供の頃からご子息として大事に育てられてきたシベには、ガツンとパンチのある庶民の味がソレだったのだろう。
抑圧された子供時代……なんて言葉が思い浮かぶが、深くは聞くまい。
とりあえず今は幸せそうなので、その気持ちのままいさせてやろう。
「お前も色々大変だなぁ……。でも、独り立ちすればカップ麺なんてそのうち食べ放題になるだろうし、いくら好きでもそればっか食べるなよ?」
「分かってるって。ここでもちゃんと食事はするよ。……ってかお前、赤点クソ野郎のクセに、たまにお袋みたいなこと言うよな」
「赤点クソ野郎は余計じゃボケェ」
まだ期末テストの結果も判明してないのに、赤点呼ばわりはやめてください。
ともかくシベが満足したならそれでよし。
俺も久しぶりのカップ麺で満足したし……って、そう言えば俺、わりと長い間異世界に居て、やっと帰ってきたところをシベに捕まったんだっけ。
そりゃ食べ慣れたものにホッとしちゃうよな。
欲を言えば今は白米が食べたいが、それはまあ家に帰るまでの我慢だな。
うっかりシベのラーメン好き発覚に気を取られてしまったが、俺が気にしなきゃいけないのは、いつ異世界に行けるのかってことだ。
あの謎の図形と「23」の謎も解けてないってのになぁ……。
えーと……なんだっけあれ……。
「なあシベ、ちょっとメモとかある?」
「ん? 電子メモならあるが……ほれ」
棚の上に置かれていた板を放り投げてくる。いやこれ明らかに高そうなヤツなんだけど……ま、まあいい。俺はペンを手に取って、忘れないうちに図形を記した。
すると、俺が何を書いているか気になったのかシベが真向いの席からメモの画面を覗き込んでくる。腰を少し浮かせる様子は、いつものクールなシベと違う感じで少し気にはなるが、俺はなんとか覚えてる図形を再現することに成功した。
……けど、やっぱりコレ、意味わかんねーな。
大きくて平べったい花の上に、手を合わせたっぽいポーズの簡単な人の形が描いてあって、その体と頭の後ろに輪が二つある。頭の後ろの方の輪は、体の大きな輪の方にちょっとだけかかってる感じだった。
そしてその下に、数字が描いてあるんだ。
異世界の文字はコッチでは異質なので、「23」はこっちの数字に直したけど……うーん、やっぱり謎だ。ヒントを得るにしてもどうしたらいいんだろう。
まったく手掛かりが無くて首を傾げていると、シベが席を立ち横に回ってきた。
「ん……」
「ちょっと見せて見ろ」
「ん? うん、良いけど……」
素直にシベに渡すと、相手は目を瞬かせながら図形を見て首を傾げる。
やっぱり博識なシベでも判んないよな。だって異世界の図形だし……。
この謎が解ければ、遺跡があの場所に存在する理由とか、色んな事が分かると思ったんだけど……と、思っていると、シベが不意に顔を上げた。
「これ、なんかのクイズか?」
「うん……そんな感じのモノ。でも答えが分からなくってさ」
そう言うと、シベは首の後ろを掻きながら何てことなさそうに呟いた。
「ふーん、お前みたいなの相手に、こんな問題出しても分かるワケねえのにな」
「……え?」
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「ん? えっ、え? ちょっと待って、シベお前、答えが分かるのか!?」
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…………え。
な……なに?
コウミョウシンゴン……?
→
※また朝になっちゃった…!
修正ルビ入れ完了しました!
こんなんですがいつもイイネとエールありがとうございます!
いつも嬉しがっておりますです( ;∀;)
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