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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
11.妙な遺跡と夕ご飯
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「はい、そこ。ちゃんと魚を見て引っくり返して」
「ハイ」
「そっちの魚も引っくり返していいよ!」
「ハイ」
俺の指示で、オッサンがたき火に当てられた魚をひっくり返している。
粛々としていてさながら自動魚焼き器みたいになった感じだが、そうするだけの事をコイツはやらかしたので、これは正当な行為なのだ。
なんせ、俺の下半身が疲労で完全に使い物にならなくなったんだからな!
ブラックが色々やらかしたせいで!!
……ゆえに、今日のブラックには徹底的に魚焼き器になってもらうのだ。
魚が嫌いとか言い出したら、俺が苦労して取り出した川魚の内臓を口にぶちこんでやるんだからな。いや毒だからフリだけだけど。
ともかく、コイツのせいで俺はちょっと気絶してたんだ。
やめろと言ったのにやめてくれないこの変態オヤジが悪いのだ。
だから俺は今、痛む腰やらフシやらを労わりながら干し肉のスープを作り、ブラックには魚が焼ける様子を至近距離で逃さぬように見張るよう命令しているのである。
俺は悪くない。
一回だけっていう言葉の意味が俺とは違い過ぎるブラックが悪い。
例え「分かっていただろうにのう」なヤツでも、無茶をする方がイカンのだ。
つーか……変態おじさんと付き合っていると言っても、俺は理性を失くしてオッケーとは絶対に言ってないんだからな!?
それに、一回とか言って、俺にはさんざん……ぅ……うぅう……っ。と、とにかく一回でヤられるような行為じゃなかったんだってば。
確かにブラックが、その……シたのは、一回だけだけど……普通、色々あった後のこういうのって、もうちょっと「感覚取り戻していこうか!」みたいにならない……?
…………ならないかな……ブラックだもんな……。
期待した俺の方がバカだったという事になるのかもしれないけど、でもさ……なんでこう……性欲スイッチが入ると、ああなっちまうんだろうか。
俺としてはもうちょっとこう……えっちなことばっかりじゃなくて、例えばその……手、とか……繋いだり……ぎゅっとしたり……。
…………。
い、いやいや。ともかく、やりすぎはイカン。いかんのだ。
そもそも俺もう今日は動けませんし。だからブラックには反省のしるしとして焼き魚を焼いて貰っているのだ。
ちなみに魚を獲る方法はちゃんと教えて貰った。
俺の水の曜術で「水籠」を作ってその中に直接入れればいいという話だったのだ。
……考えてみれば魔法……いや、曜術が使える世界なんだから、水を自在に動かして水ごと魚を捕まえれば良い話だったんだよな。
サバイバルやアウトドアと言ったらクラフトでなんとかするってイメージだったから、普通に曜術で狩猟なんて考えてなかったよ。
そういえば……前に魚を釣った時も、俺は普通に釣竿を作ってた気がする。
まあこれは俺が異世界人だから。仕方ないか。
固定観念ってヤツだよな。
ブラックだって「なんで普通の曜術も使えるのに使わないの?」って、教えてくれた時に呆れ顔してたからな。物凄く上から目線で。ものすごく。
悔しいがその通りだし、ブラックは曜術師としても超一流なので仕方ないので、今はその見下し目線も甘受しておこう。
とりあえず今度からは魚を捕獲するのも楽になったしヨシとする。
でも水を操ったままでその場に保たせるってそこそこ難しいから、これも使い続けるなら練習しないとな。もしかしたら水の曜術の練習になるかも。
「ねーツカサく~ん……ホントに魚食べるのう……? 美味しいってのは知ってるけどさ、僕はお肉の方がいいなぁ……」
「だーめ! 魚や野菜があるならそっちも食べるんだよっ!」
「うぅ……ツカサ君が食堂のうるさいババアみたいなコト言うよぉ……」
なにそれ。こっちの世界でも「お残しは許しまへんで」おばちゃんがいるの。
凄く気になったが、今はメシの支度をすべきだな。気が付けばもう夕方になってるし、これから日が暮れたら手元が暗くなる。
料理をしている間は集中しちゃって曜術も使えないし、早く作り終えないとな。
……とまあ、そんなこんなでブラックをこき使っているワケだが、そんな事情なんて知らないロクちゃんが心配そうに俺を覗き込んでくる。
「ウキュー……?」
喧嘩したの?
仲直りする?
なんて可愛い事を思ってくれているのが丸分かりだが、今回ばかりは何も言えない。ロクに爛れた話なんて聞かせられないからな……。
なので、喧嘩してるんじゃないよ~と頭を撫でつつ、俺は干し肉で作ったスープの味を見て、塩や胡椒を足したりマーズロウなどの使い慣れた薬草を入れ、良い感じになるように掻き混ぜていた。
――と、魚が焼けたのかブラックが俺を呼ぶ。
「ツカサくーん、第一号焼けたけど……」
「ホント? どれどれちょっと味見……」
ブラックに渡された川魚を皿に置いて、焼け具合を見てみる。
うむ、やっぱり良い感じの焼き加減だ。こういう「焼き」に関しては、本当にブラックは巧いんだよな。さすがは炎を操る事にたけた熟練の一流曜術師って感じだ。
それにしても、この魚ってばいい匂いだな……。
形もさほど俺の世界の魚と変わらないし、気になるところと言えばヤケに胴の部分が丸っこい所くらいだ。そんな分厚い魚を二股フォークでつつく。
魚の身をほぐしてみると、タイのように柔らかくふっくらとした白身が出てきた。おおっ……川魚なのに、こんなに肉厚なのはちょっと特殊かも……。
試しにほんの一つまみくらいを咀嚼してみると、最初な淡白な感じだった白身からじんわりと旨味がにじんでくる。これはこの魚の脂かな?
噛めば噛むほどさらりとした魚の旨味が出てくる……なんだこの魚……!
思わず醤油をかけて食べたい衝動に駆られたが、ここに大豆製品は無い。白米も存在しないのだ。ああ、せっかくの美味い焼き魚なのに……っ。
でも、これはかなりヤバいぞ。
ご飯と言うメイン素材がない状態だと脂が苦手な人は敬遠しそうだけど、白パンに乗っけてさっぱりした野菜とはさめば良いサンドイッチになりそうだ。
嫌味のない脂だから、ふんわり白パンでも硬めの雑穀パンでもイケそう。
ううむ……イデラゴエリ高原の川魚、なかなかにあなどれないぞ……。
今日は干し肉のスープだけど、この魚ならぶつ切りにして入れ込めば、ダシがほぼ必要のない美味しいスープになるかも。明日のメシは決まったな。
にしても……あぁ……白米が喰いたい……何でこの世界には米が無いんだ。
日本人がいっぱい来てたんなら、醤油くらい用意してくれたらいいのに……っ。
「ツカサ君? 大丈夫なのそれ、やっぱマズいの?」
「はっ……。いやマズくないぞ、むしろ美味い! ほら味見してみて」
ブラックを呼び、俺はフォークで身の塊を刺してブラックに食わせてやる。
何故か途中から嬉しそうな顔をして魚を口に運ばれた相手は、素直に何度か咀嚼して目を丸くした。どうやら思っていた以上に美味しかったらしい。
「んー! なんだこの……脂? 脂が凄いね! 魚ってこんな肉肉しいのもいるんだねぇ……! これならまあ食べられるかな?」
「またそんな上から目線で……。まあちょっと待ってろ」
残りの焼けた魚を貰うと、俺はスープの鍋から離れてパンを切る。
少し硬めに焼かれた白パンを適度な大きさで切り、その間にレタス代わりの菜っ葉と異世界でも赤くて丸いトマトの輪切りを挟む。
そこに軽く塩を振った魚の切り身とほんの少しの調味料を振りかける。
貰って来た食糧の中にあった、ニンニクと唐辛子を混ぜたような黄色い液体(名前は【ヒルトゥムオイル】というらしい)と、レモン代わりのリモナの実の搾り汁だ。
脂が乗ってるので、パンに挟むならさっぱりしているほうがいいだろう。
「よしっ出来た! 高原川魚のバケットサンドと干し肉のスープだ!」
「キュー!」
ロクちゃん用に小さく切り分けたものも用意したぞ!
……というわけで、さっそく実食してみる。味見はしたけどパンと一緒に食べるのは初めてなので、まずは俺から毒見だ。
軽く具材を押して馴染ませると、俺は一気にかぶりついた。
噛んだ所から、じわりと魚の脂と調味料がにじむ感覚がする。そのまま咀嚼すると――――トマトの酸味と調味料のガツンとした強さ、そしてそれに負けない魚の甘さがある旨味が一気に流れ込んできて、俺は思わずうなってしまった。
白パンがうまいこと強い味を受け止めていて、これはこれでとても美味しい。
やっぱり欲を言えば白米が欲しいところの魚の味だが、ちょっと外国風の味付けにしてもなんら問題は無さそうで良かった。
さっそく二人にも勧めると、ロクは魚の身が気に入ったようで、先に身だけ食べてしまい、顔を脂でテカテカさせながら残りのパンをもしゃもしゃしている。
ブラックはと言うと、なんとも言えないほんわかした顔で頬を膨らませていた。
「うう~、魚なのに美味しい……うう、お酒のみたい……これはワイン……いや、辛口の清酒でもいい……」
「夕食を酒の肴にしようとすんな!」
「だってぇ魚なのにこんなに美味しいのはおかしいんだもん! まったくもうツカサ君たらパンに乗っけちゃってさ、こんな、トマトとか調味料とかで味付けちゃって! もう美味い脂と合わないわけないじゃない!」
「お前魚の味になるとなんで講評が半ギレになるんだよ」
それだけ魚が苦手だったっていうのと、美味しくて「こんなはずない!」ってなってるんだろうか。どのみち物凄くヘンテコだ。
しかしまあ俺も驚きだったので、結果としては大成功という感じだろう。初めての物ばかりで料理したが、ニンニクとかトマトがあれば大抵なんとかなるな!
でもこれくらい美味しい魚だと、やっぱり醤油と白米で食べたかったな……。
キュウマに白米はどこにあるのか聞きたいんだけど、いつも別の重要な話があって忘れちゃうんだよな……そういえば今回はロクな話もせずに来ちゃったけど、シベに探して貰うって話とかもまだしてなかったんだった。
帰ったらシベに改めてキュウマの事を調べる術がないか聞かなくちゃな。
うーむ、明日か明後日には一度帰らなきゃいけないけど、その時にまとめて聞いてみるか。あと醤油か味噌か大豆の行方も。
そんな事を考えながら食事を済ませ、後片付けをした後は休憩……とはいかず、満腹でエネルギーもそこそこ充填した俺達は、遺跡の下層――残りの二つの階を探索してみることにした。
夜だけども、この遺跡は暗いので夜だろうが昼だろうがあまり変わらないし、こっちには炎を自在に扱えるブラックだけでなく、【ライト】を使える俺もいるからな。
暗い場所でも平気ってわけだ。
……とはいえ、俺はあまり動けないので……竜人モードに変化した逞しく格好いいロクに抱えられて、下に降りる事になったのだった。
獣人大陸で久しぶりに見た竜人モードのロクだけど、いや改めて抱かれて思うが、本当に格好いい。準飛竜の時と一緒で、どこぞのゲームの召喚獣みたいに黒い竜型の兜みたいにも思えるツンツンした頭と、肩とか肘にもトゲっぽいのがついた厳つい体は、やっぱり普通の種族っぽくなくて特別な感じがする。
あれだけ普段が可愛いのに格好いい姿に変身も出来るなんて、本当にウチのロクは非の打ちどころがない。パーフェクトスネークと言っても良いだろう。
ただ一つ不満があるとすれば、ブラックやクロウがいつもやっているせいなのか、俺を持ち運ぶ時に何故かお姫様抱っこになる所くらいだろうか。
……おんぶで良かったんだけど、何故かロクは俺を横抱きにするんだよな。
たぶんクロウが俺を抱えてる姿を見て「アレが苦しくない持ち方!」て学んじゃったんだろうな……本当にロクの情操教育に適さないオッサンどもだ……。
「じゃあ第二層に降りるよ」
「お、おう」
「グォゥ」
炎を片手に、ブラックが先頭になって階段を下りる。
その後に続いて、俺とロクも先が真っ暗で見えない階段を進む。
……人一人がつっかえずに進める程度の余裕しかない、狭い階段。
蝋燭や松明などを立てる設備は一切なくて、どこからも灯りの確保が出来ない石材のみで造られたシンプルな階段だが、ここも夜は使わない場所なのだろうか。
それとも、灯りを自分で用意して進むのが前提になってるのかな?
最初は粗雑な遺跡なのかと思ったけど、隙間なくみっちりと石材が積まれた石壁や、年月を経てもカドが残っている階段を見ると、そうも思えない。
非常に丁寧に作られた場所ってことは、やっぱり何か目的があって作られた遺跡という事になるんだろうか。それとも、倉庫作りにも手を抜かない人達ってだけで、他にも遺跡が見つかったらだいたいみんなこうでしたって話なのか……。
うーむ……現時点では何もわからん。
とにかく進んでみないとな。
「あ……ツカサ君、下が見えたよ。……なんかヤケに長い階段だったね」
「おっ、ホントか? 確かに……そう言われてみるとちょっと時間が掛かったな」
深さを考えると、10メートルくらい降りた感じだろうか。
確かに普通の二階の高さを考えたら、ちょっとおかしいかもしれない。
けど、調査された結果「何もない」だったワケだし……何だかモヤモヤするが、今は置いといて俺とロクはブラックと一緒に第二層へ降り立った。
「地下二階は意外と広いみたいだね。正面に他の場所に行く入口が開いてるよ」
「一部屋じゃなかったんだな。降りる階段がないけど、他の部屋かな?」
ガランとして空虚な部屋は、エントランスっぽく横長でちょっと広い。
けど相変わらず遺物などはまったく残っておらず、まるで全部の設備を取り払った売り物件みたいに寂しい風景だった。
でも、やっぱり建物自体はそれほど劣化してない感じだ。
古代遺跡の技術のおかげなんだろうか。それとも、他の遺跡みたいにオーパーツ的な能力で綺麗に保たれているのかな?
カビ臭さもホコリもなさそうな部屋をキョロキョロと見回していたが、目ぼしいものの無い場所に居ても仕方がないので、先へ進むことにした。
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