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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
13.つかの間の閑話
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「スクリープさんって、金色の毛の猿だったから……もしかしてとは思ってたけど……やっぱり、あの【俊剛金猿族】の生き残りだったんだな」
ハーモニック連合国のリゾート島【パルティア】で出会った、クロウとの繋がりが深い三人の獣人。そのうちの一人であり、三人の中でも率先して指揮を執っていた金色の毛並みの巨大な猿……スクリープさんという大柄でマッチョなあの人は、その特徴から「もしかして」とは思ってたけど……。
でも、スクリープさんにそんな過去があるとは思わなかった。
もしかして、隻腕の青い虎であるタオウーさんや……クロウのことを盲目的に尊敬している三つ目の狼のシーバさんも、似たような過去があるんだろうか。
そう問いかけるようにクロウの顔をみやると、相手は小さく頷いた。
「スクリープの群れは、大将首の猿王に対して奴隷制の撤廃を提案していた数少ない金毛猿の一派だった。スクリープの話では、かつての猿どもも他の獣人と同じ実直で誇り高い暮らしをしていた誉れの一族だったらしいが……ともかく、昔の暮らしを取り戻そうとしていた彼らは、猿族の鼻つまみ者だったようだ」
「……正しい事をしてるのに嫌われるなんて、悲しいな……」
人を虐げたりせずに、昔ながらの素朴な生き方を掲げる。
それだけで充分に清廉で誇り高い暮らしだと思えるのに、どうして悪い方へと道を誤ってしまったのだろうか。猿族なんて、とても頭が良さそうなのに。
「仕方あるまい。“正しいこと”というのは群れによって異なる。……俺達の一族とて、他人を尊重することが正しいと思うから動いていただけであって、もし奴隷を作る事が正しいと説き伏せられていたら、それをどうにか“正しいと思える解釈”にして、今も奴隷を作り続けていたかもしれない」
「…………そっか。一歩間違えば、なんて話は誰にでもあるもんな……」
クロウ達の一族が間違うはずが無い、と、俺は思っているが……でも、クロウの話を徹底的に否定できるほどの確証はない。それに、人って他人が思うよりずっと心が揺らぎやすくて弱いんだよな。ルードルドーナやジャルバさんがそうだったように。
……だから、どれだけ優しい人達でも、堕ちる時は堕ちてしまう。
それに、幼い時から“無自覚な悪意”を向けられてきたクロウからすれば、大多数の人達がそれほど気高いわけではないのも分かっていたんだろう。
クロウの気持ちを思うとまた胸が痛んだが、俺は同情するような気持ちを抑え込んで、ただ同意を返した。
すると、クロウは俺をより一層深く抱え上げて、俺の髪の中に鼻を埋めてくる。
「ツカサ……」
「……ん?」
「いや……ただ、こうしたくなった」
髪の毛の中で喋られるとくすぐったいけど、でもやりたいようにさせてやる。
ぽんぽんと頭を撫でるように叩くと、クロウは久しぶりにグウグウと喉を鳴らした。
クロウ特有……かは分からないが、猫が喉を鳴らすのと一緒の低い音だ。
しばらく黙って撫でてやっていると、またクロウは語り始めた。
「それから……オレは、スクリープ達の赦免を兄上に嘆願した。最初は訝しがられ、彼らともども拳で何度か打ち据えられたが、嘘は言っていないと兄上も理解して下さったのか彼らをオレの下へ置くことを許してくれた。……まあ、父上の教えを思うと断罪もし辛いし、兄上の軍で労役を科すにしても奴隷だった者達が居るからな……。それもあって、オレに厄介ばらいをしたというのが本音だろうが」
多分、昔はそんなこと思ってなかったよなクロウ。
いや思ってたけど、自分がそんな穿った目をするのは烏滸がましいって、今までは考えないようにしていたのかもしれない。
だから、今みたいにちょっと意地悪な事を言うのも俺としては嬉しいけど……そんな事を言えるようになったのも、カウルノスと仲直りしたからだもんな。
改めて、二人が和解したことは喜ばしい。
出来れば、償い終えたルードルドーナもそうなってくれたらいいんだけど……。
……まあともかく、スクリープさんとのそういう出会いがあって、やっとクロウに仲間が出来たんだよな?
スクリープさんは、クロウのことを凄く心配してたわけだし。
俺のその予想を肯定するかのように、クロウは話を進めた。
「ともかくオレは、スクリープと数人の小隊を組み細かな任務にあたることになった。偵察、調査……獣人が苦手な調べものなどを主に行っていたな。……色々な場所を飛び回っていたから、気が楽だった。その頃にはルードルドーナが生まれていて、アイツが後方支援を担うまでは、オレの部隊が後方支援を担当していたんだ」
「うん。クロウが楽しそうだったの、なんとなくわかるよ。だって声が嬉しそうだもん」
無表情で抑揚のないボーっとした声がいつものクセだけど、でも俺の前でだけは、その無表情が和らいで色んな感情を見せてくれる。
気を許してくれた時から変わらない、俺も嬉しくなるクロウの“クセ”だ。
そんなクロウの変化を読み取ると、相手は嬉しそうに息を漏らした。
「フ……そうか……。最初は“羨ましい”とか“他人に慕われる術が知りたい”と思って、スクリープ達を部下にすることになったが……確かにあの時は、王族と全く関係ない、オレの武力と采配だけを評価してくれる彼らに救われていたのかもしれないな」
うん、クロウは王族だもんな。
それに……血族の人達とのしこりもあるし……スクリープさん達と出会えたことは、クロウの中でもとても嬉しい出来事だったんだろう。
スクリープさん達にとっても、きっと良い出会いだったんだろうな。
そうじゃなけりゃ、彼らも大陸まで付いてこようなんてしなかったはずだ。
「他のみんなともそうやって出会ったの?」
「ウム。小隊として各地を回るうちに……どうも、オレに似た“はぐれもの”が目につくようになってな……。気が付けば、大隊を組めるほどの厄介者を抱え込んでいた。猿ゆえに敬遠されるスクリープや……タオウー、シーバもその一員だった」
クロウと一緒にいた獣人達の中でも特別な感じがしたあの三人か……。言われてみれば、確かに他の獣人達とは毛色が違った気がする。
忠誠心もトップクラスみたいだったし、クロウとの間に色々あったんだろうな。
でも、それを語るには時間が足りなかったみたいで、クロウは「その辺の話は、またの機会にな」と少し惜しそうにしながらも、話を切った。
――――ともかく、そうやってクロウは青年期を乗り越えて、泥臭くも大変な仕事を担いながら、辛い思いをしつつ仲間と共にやって来たんだな。
……本当に、スクリープさん達が居てよかったよ。
でも……クロウの問題は、片付いてなかったんだよな……。これだけ強い絆があるのに、スクリープさん達にもどうにもできない事だったのか。俺達と一緒に帰ってくるまで、クロウはトラウマになってたわけだし……いや、もしかしたら、話を切り出しにくかったのかもな……。
だって、クロウは王族で色々な事を背負っている。
そこに部下が口を出す権限はないし、突っ込んだら傷つけてしまうかもしれない。
大人としてそう思ったから、彼らは出来るだけ触れないようにして、クロウが安らげるように仲間として傍にいたのかもしれないな。
…………みんな同じような傷を持ってるから、触れられなかったんだろう。
自分の傷が癒えない事を知っている人は、無理に人の傷をえぐり出そうなんて思わない。
俺は結果的にクロウの傷を開いてしまったけど、普通なら無茶なことなんだ。
ずっと残ってる心の傷は、きっと深くて癒しにくいものなんだから。
だから……いくらクロウを楽しませても切り出せなくて、スクリープさん達も「自分達と同じような傷」を見ないようにしていたのかもしれない。
それでも、クロウの傍に彼らが居てくれて俺は良かったと思う。
共感してくれる人も、きっと必要だったと思うから。
「……みんな、今どうしてるのかな」
「シーバ以外は、それぞれ自分がやるべき事があると故郷に帰って行ったな。だが、シーバと通して連絡を取ることが出来る。……アイツらとの繋がりが消えたわけではないから安心しろ」
「う、うん……」
心配を見透かされてたか。ちょっと恥ずかしい。
でも会いに行こうと思えば会える状況みたいで安心したよ。
「……それまでのオレは卑屈で臆病だったが……スクリープ達と出会ったおかげで、様々な事を知り『誇り高い武人』のなんたるかを教えて貰うことが出来た。……そして話の中で、父上達がどれほどの高みにいて、周囲からの尊敬を集めてやまない存在なのかも知った。……最初、オレはスクリープを羨ましいと思ったが、その稚拙な感情はいつの間にか、父上のようになりたいというものに変わっていたのだ」
クロウは誇らしげに言うけど……でも、なんだか少し雲行きが怪しい。
英雄である父親を改めて尊敬することは何も悪い事じゃない。でも、そんな明るい言葉とは裏腹に、クロウの声のトーンは少し沈んでいた。
「……なにか、あったのか?」
話しやすいように、促す。
すると、クロウは僅かに俺を抱きしめる腕を強めて声を漏らした。
「ああ……。そもそもオレは、王族からすると鼻つまみ者だったが……ルードルドーナが成人し、第三の大隊が完成した頃からだろうか。……あれからの出来事が、この国を離れる決定的な出来事になった」
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