異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
814 / 952
断章 かつて廃王子と呼ばれた獣

11.少年期を過ぎて

しおりを挟む
 
 
 “年若い大人”となった獣人は、その時点で大人と見做みなされる。

 幼児でもなく大人でもない、ほんのわずかな時間の姿である「少年」となったクロウクルワッハも例外では無く、その頃から父にすすめられ「訓練」が始まった。

 父親であるドービエルからすれば、引きこもっているクロウと彼へ向けられる周囲の冷たい視線の両方を改善させるための親心だったのだろう。
 戦うすべを学び、学問をきわめる事でクロウクルワッハの価値を高めようとした。

 この「訓練」により、王子として相応ふさわしい子供だと、認めて貰おうとしたのだ。

 実際、それは普通に成長してきた獣人には有効な事で、本来ならば周囲の大人達に実力を認めさせる手段となり得るのだが――――クロウクルワッハの場合は、少々事情が違っていた。

 まず、彼はそもそもが下に見られあわれまれた子供だった。
 それが多少の訓練で「成長」出来たとしても、彼らの評価は「やっと一般的なことが出来るようになった」としか思われない。努力は倍必要だった。

 そして……クロウクルワッハは、一部の王族から明確に見下みくだされていた。
 いや、恨まれていると言った方が良い。

 ――――あの凶事の際、体格頭脳ともに幼児でしかなかったクロウクルワッハが出来る事などほとんどなかったというのに、彼らの認識はいまだ変わる事は無かった。

 オスとしてすべき事を出来ておらず、おさの貴重なメスを殺した。
 元より「年齢にしては成長が遅すぎる」という第二王子の特殊な性質にもどかしさと苛立いらだちを感じていた王族の一部は、クロウクルワッハの成長の遅さを「そういう個体」ではなく「劣った性質」と考えており、国の不安要素とすら考えていた。

 さもありなん。
 獣と言うものは、弱い子供や足手まといを徹底的に排除する。
 その本能による切り捨ては人間の姦計などはるかにおよばないほどの無慈悲さで、おのれの子供であろうと「不要である」と思えば簡単に切り捨てるのだ。

 獣人に半分人族の血が混ざっているとはいえ、その本能はいまだに強い。
 理性を持つヒト種の一派とはいえ、その行動にはモンスターとしての血が作用することが多く、その誇り高さゆえに無様を嫌う獣人にとって、この「切り捨て」の性質は、時に理性を強く揺さぶる衝動となってしまっていた。

 だからこそ……いや、その本能を抑え込む理性ゆえ、だろうか。

 クロウクルワッハを第二王子として“不適格”だと思う者達は、決して「遅い成長」を始めたことを評価せず、ただただ「王妃を守れなかった無様な弱いオス」という評価を変えることはなかった。

 その筆頭が、第一王子のカウルノスである。

 彼はスーリアの事も、自分の第二の母のように思っていた。
 物心ついた時からすでに母と父が戦に出陣していた彼にとって、唯一自分の事だけを考えて接してくれたスーリアは、もはや血の繋がりがなかろうとおのれの家族のように想っていた。年頃であれば、それは恋心かと錯覚するかもしれないほど、カウルノスにとってスーリアと言う存在は特別なものだったのである。

 それゆえに、カウルノスはクロウクルワッハに対する周囲の反応が許せなかった。

 王族の冷たい視線や憐れむ目を強く感じ恐れたクロウクルワッハに対して、長兄であり次期おさとして期待される生活をしてきたカウルノスには、弟を取り巻く光景が別のものに見えていたのである。

 ……あの出来損ないは、あんなことを引き起こしておいて守られている。

 父上に必要以上の庇護を貰い、カウルノスの母親であるマハからも甘やかされている。自分は、あれほど甘やかされたことは無い。両親とも戦がいそがしくて、あれほどの愛情をそそいでくれなかった。なのに、アイツだけ特別に甘やかされている。

 すぐに王になるための教育を受け、厳しい鍛練を積んでいる自分は、そんな風に頭を撫でられたり、抱きしめられることなど数えるほども無かったのに。
 なのにどうして、その「人殺しの出来損ない」に甘くなる。

 何故、誰もあの出来損ないを責めないんだ。
 あいつはスーリアを見殺しにしたも同然の、オスとして最悪の存在なのに。

 ――――このあたりは、クロウクルワッハがつい先日、カウルノスから吐露された感情であったが……それでも、聞くことで納得するような態度ではあった。

 別に、体が成長したからと言って心まで付いてくるわけではない。
 獣人は誇り高く、基本的に親の背中を常に見て過ごす。だからこそ、おのれも誇り高い者であろうという意識が強くなり、すぐに大人の精神に育っていくのだ。

 しかし、人族と同じ生活を行う「王族」はそうもいかない。
 そもそもカウルノスが生まれた頃は、猿族との奴隷戦争の只中ただなかだった。

 彼が手本にするための大人は出払っており、カウルノスもまた精神的な成長に関しては遅れていたのである。
 そこに起こったのが、スーリアの事件だ。

 カウルノスの激情は、クロウクルワッハの抱える感情とは違うが、それでもいまだに心は少年であった彼の性格をげるだけの重苦しさがあった。

 ――――だが、だからといって人を憎むための許しにはならない。

 今となっては後悔していたカウルノスだが、その時の彼は感情を抑えることもままならず、長い間クロウクルワッハに憎しみと殺意を抱き悩むことになる。
 また、クロウクルワッハも、兄からの敵意にさいなまれることになった。





「おい」
「…………」

 名前を呼ばれることもない、呼びかけ。
 数年王宮で暮らしていて、自分の名前を呼ぶものは数えるほどしかいない。

 給仕をする者達からも無言をつらぬかれるクロウクルワッハは、その状況をおのれの罪として受け入れ続けた結果、滅多に表情を動かさない青年になっていた。

 ……もう、幼い頃のように笑ったり泣いたりもしない。
 大人らしい理性を手に入れたかのように振る舞い、そのじつ、己の感情を動かすことを抑え込み、いつの間にか表情を動かすことも忘れてしまっていたのだ。

 ――十数年人族と同じ成長を続け、やっと青年の姿にったクロウクルワッハは、その間、憎しみと憐れみに加えて奇異の目にもさらされた。
 幼い頃に理解できなかった視線も、大人になるにつれ理解してしまうようになる。
 その視線を避けるため、感情を顔に表すことを放棄したのだった。

 だが、その自身を守る行動は、クロウクルワッハを敵視する者には逆効果だった。

「返事くらいしろ、お前は耳まで機能しなくなったのか!」
「……はい。なんでしょうか、兄上」

 訓練場で一人、石像相手に拳を打つ練習をしていた途中。
 いつものように誰も訪れないまま終わると思っていた鍛練に、思いもよらない訪問者が現れたのだ。
 だが、その訪問はクロウクルワッハにとって嬉しいものでは無かった。

 声すら大人しく、あまり抑揚が付かなくなったおのれの弟に、カウルノスは不快極まるとでも言いたげな顔をして、牙を見せクロウクルワッハをにらんできた。

「お前に兄上と呼ばれるたびに虫唾むしずが走る……クソッ、また打ちのめしてやりたい所だが、今はそんなひまなど無い。……行くぞ、猿どもの残党が見つかったんだ」
「…………猿、ですか。猿とはあの、父上が殲滅せんめつしたという……?」

 種族の名前は覚えていないが、かつていくさが起こったという記憶は捨てられない。
 おのれの罪に関する記憶は、どれほど忘れようと思っても忘れられなかった。

 そんな弟の心のうちなど知ってか知らずか、カウルノスは憎々しげに顔を歪めた後、クロウクルワッハを睨みつけながら続ける。

「そうだ。……そいつらのメスがかくまっていた残党が、また怪しい動きを見せているとか言う話で、俺の軍を動かすことになった。……その軍に、お前も下級兵として参加し、付いてこい。実践の訓練を積ませろという父上の命令だ」

 ああ、そうか。
 自分を仲間として認めたからでは無く、尊敬する父親の命令だから、カウルノスは逆らえずに自分を迎えに来たのか。

 元から誰かに認められることなど無いと思っていたが、しかし実際に「嫌々ながらも仲間に入れに来た」という態度を取られると、心が痛くなる。
 何度自分を押し込めても慣れない痛みに、クロウクルワッハは内心ここから逃げ出して戸棚の中に引きこもりたい衝動に駆られたが、しかし「誇り高い獣人」に成るための戦いは避けられない。

 なにより、誰かに認めてもらうには、武功を立てることが重要だった。

(……が活躍すれば、兄上は少しでも認めて下さるだろうか……)

 王族らしく、礼儀を身に着けた。
 もう子供の頃のように、誰かに迷惑をかけないように大人しくした。
 武人らしく鍛練も毎日欠かさず、誇りを汚すようなことは徹底的に避けた。

 自分の心が弱いのだからと、二度と感情を出して誰かを困らせるようなことがないようにと、表情すらも殺して見せたのだ。

 だが、誰もクロウクルワッハのことを認めてはくれなかった。

 あのドービエルとマハですら、愛してくれるものの「か弱い私達の息子」という認識を崩してくれず、クロウクルワッハが名誉を得る機会を無意識に失わせていた。

 誰も、いまだに自分の事を許してはくれない。

 まだみなが「母親を、メスを見殺しにした哀れで弱いオス」だと、
 「役に立たないオス」だと、

 そういう目で、クロウクルワッハを見ていた。

(…………私は……どう、つぐなえばいいのだろう……。いくさに出れば、母上をむざむざ見殺しにしてしまった罪を償えるのだろうか。それとも、償えるかと考えること自体が、もう罪を重ねてしまっているのだろうか……)

 考えても、分かる事は無い。
 無表情で突っ立っているだけだとまた後ろ指を差されるだけなのだ。

「おい、またボーっとしているのか!」
「……いえ。わかりました。……精一杯、下級兵としてのつとめを、果たします」

 きっと、下級兵の群れに入っても自分は同じような扱いを受けるのだろう。
 だが、高い地位にあって「つかえないもの」と呼ばれるよりはマシかも知れない。

 何か一つでも「今とは違うこと」が出来れば、認めてくれる人が出てくるのか。

「フン……さっさと来い。遅れたら承知せんぞ」
「承知しました」

 兄の……いや、兄と呼ぶ事すら許されないだろう第一王子の背中を見て歩く。

 希望と言う単語すらも思い至らなかったクロウクルワッハに、そんな小さな希望が少しだけ宿ったが、だからといって立場が変わるわけではない。
 それは理解していたが、しかしその小さな希望だけは、捨てきれなかった。











 
しおりを挟む
感想 1,046

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...