異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編

8.おいしい植物とまずい約束

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「それにしても蝋燭ろうそく草なんて珍しいねえ。人里ひとざとじゃすぐられちゃうし、こういう涼しいところだとあまり見かけないのに」
「ろ、ロウソク草?」

 相変わらず抱きかかえられて尻に凶器を突き付けられてる状態だが、ブラックは顔色一つ変えずに平然と鑑定し始める。
 さすがは熟練の冒険者かつ様々な本の知識を覚えてる超記憶能力保持者……。

 しかしガマの穂は異世界じゃ蝋燭ろうそく草と言われてるんだな。
 確か俺の世界でも婆ちゃんが「狐の蝋燭とも言う」とか言ってたから、確かにそんな風に見えるなとは思ってたけど……なんか共通点があってちょっと面白いな。

「あ、でもその太い部分を刺激しちゃだめだよ。一気にワタが爆発して、周囲にワタと種が飛び散るとんでもない事になるから」
「えっ」
「キュッ!?」

 ロクがビックリして目を丸くしてしまったが、俺もちょっとビックリだ。
 爆発ってなにそれそんなヤバいのガマの穂。いやこの世界のがヤバいのか。
 なんにせよブラックが注意するんだから、多分爆発したらとんでもなく面倒臭い事になるに違いない。さわらぬ神にたたりなしだな。

 でも……ガマの穂って、なんか色々利用法があるって話だよな。

「俺の世界にも似たようなのがあるけど、やっぱり薬に成ったりする?」
「うーん、僕も植生とか薬に関しては詳しく調べてないからなぁ……気になるんなら、久しぶりに携帯百科事典で調べて見れば良いんじゃない?」
「あっ、そう言えば有ったなそういうの!」

 そうそう、俺にはラスターがくれた【携帯百科事典】があったじゃないか。
 さすがに獣人大陸については記述が無かったので、しばらくバッグのやしになってしまっていたが、人族の大陸でこそこの道具は輝くのだ。

 俺はゴソゴソと金属が折り重なった小さな単語帳っぽい物を取り出して、早速目の前の【蝋燭ろうそく草】の名前を思い浮かべながら、百科事典に曜気を込めて見た。
 すると、すぐに目の前に半透明の本のようなものが現れ目次が表示される。

 物凄く久しぶり過ぎて懐かしさすら覚えてしまうが、その気持ちをぐっとこらえて俺は該当のページを絞り込んだ。


蝋燭ろうそく草】
 別名:偽肉草、ポップブーラッシュ
 剣状の大きくしなやかな葉を持ち、中央部から直立する細い茎を伸ばしており、その先に細く伸びた雄しべと雌しべを持つ。これらは通常、雄しべのみが黄色い花粉をまとった棒状の形態になるが、その花粉を受けた雌しべは種を内包した茶色の蝋燭ろうそくのような形になる。蝋燭ろうそく状の部分は、圧縮された自然綿である。
 蝋燭ろうそく草は受粉後、爆発することで圧縮した綿と共に種を飛ばす。
 常春とこはるの国と東方の島国にのみ存在しており、その草の全てが庶民により様々な事に利用されている。
 花粉は採取したのち乾かせば火傷や外傷の止血に効果があり、バメリの花粉と共に回復薬や軟膏などに利用される。
 また綿は冬場の衣類や掛け布に利用され、火口ほくちとしても有用である。
 虫系のモンスターの一部はこの綿上の部分を燃やした煙が苦手であり、文献には『この煙をもちいて虫除けとする』という記述がいくつかみられる。
 また、花粉は粘りを持ち甘く、地下茎も食用となる。


「なるほど……中々有用だな蝋燭ろうそく草……偽肉草っていうのが気になるけど」
「湿地帯でモンスターに幻覚を見せられた冒険者がよく食べちゃうらしいよ。その時にボンって破裂して、口の中にワタと種がいっぱいふくらむから、たまにバカみたいな死に方をする奴もいるみたいだね」
「ヒェ……」

 やめてください。俺が知らない謎の死に方を丁寧ていねいに教えないでください。
 ていうかそんな死に方したら死んでも死にきれないだろ。実例になった冒険者の人には同情を禁じ得ない……ともかく、迂闊うかつに触らない方が良いって事は分かった。

 ロクが無事なのは、蝋燭ろうそく状の太い部分を避けて茎を持ってるからだな。

 しかし、そんなヤバいものだとしたらどう処理したものか……。
 食用って部分は茎とか根っこらしいし、ここで爆発させたら危ないよな。

 どうすりゃいいだろうと迷っていると、ブラックが俺を抱いたまま手を伸ばして、ロクからガマの穂……いや、蝋燭草を拝借していた。何をする気だろう。

「百科事典にも載ってたと思うけど、これいい火口ほくちになるんだ。乾かしてないままの綿なら、脂があるから長く燃えるよ」
「そうなの? ていうか綿取るのに乾かさないとダメなんだな」

 俺の世界のガマの穂にはそういうのは無かった気がする。
 やっぱり異世界の植物だなあと目をしばたたかせていると、ブラックはフフッと笑って、茎をまんだままゆらゆらと蝋燭ろうそく草を揺らして見せた。

「外側の茶色い部分は中の種を守るために分厚くてつるつるしてるからね。その油分が何か反応して、刺激を与えると爆発するみたいだけど……触れずに茎の方から炎を点ければ、そのまま燃えて蝋燭の代わりにもなるよ」
「なるほど……危ないけど使いようによっては便利なんだなあ」
「そういうこと。ツカサ君も料理するなら強い火が欲しいでしょ? コレがあれば、草やちょっとの枝でも火が強くなるよ」

 それは百科事典に書いてなかったな。やっぱり冒険者としての知恵なのかな?
 むむ……なんかそういうのってちょっと格好いいな……いや、べ、別に、ブラックが格好いいとか言ってるんじゃなくて、実体験があるのが格好いいっていうかさ。
 熟練の冒険者ってやっぱ、俺的には凄いあこがれるし……。

 ゴホン……ともかく。
 経験者が語ってくれて活用してくれと言うのなら、俺も存分に使わせてもらおう。

 花粉は粘って甘くなるってことは、焼いたりできるのかな?
 甘い花粉か……なんかめっちゃ気になってきた。

「そっか、そんだけ有用なら、ちょっと何か作ってみようかな。花粉の団子とか」
「ダンゴ? なんだかよく解らないけど作って作って~! ツカサ君の美味しい料理、いっぱい食べたいよ~!」
「キュッキュキュー!」

 ……そんなに期待してくれるの?
 へ、へへ……そこまでされたら作らないワケにもいかないよな。

 よーし、いっちょ頑張って美味いメシ作ってみるか!
 まあまずは肉のスープと川魚の確保が先だけど、新しいデザートも出来るとなると何か俺もワクワクしてきたな。考えてみれば久しぶりの野草採取でもあるし……。

 ……依頼とかなんとか考える事はいっぱいあるけど、でもまずはリラックスして俺も野宿を楽しんだ方が良いかもしれない。
 その方が、良い案も浮かびやすくなる可能性が高いもんな。
 折角涼しい高原に来たんだから、俺もまずはブラックみたいに楽しんでみるか。

 とりあえず……この、背後でしっかり発情してるオッサンをなだめてからだが。

「じゃあ早速魚とかも獲りに行ってくるから、離してくれませんかねえブラックさん」
「ええ~? このままじゃダメ?」
「ダメに決まってんだろ! どうやって採取すんだよ!」

 囲い込もうとして来る腕をバシバシ叩いて抗議するが、しかしブラックは俺の肩口から顔を伸ばしてきて、悲しげな顔をしながらこっちを見つめてくる。

「僕が抱っこしてあげるから、ツカサ君は疲れないよ? それに、ツカサ君の事だから絶対魚を捕まえる時に川に落ちそうだし……だったら、僕が最初から捕まえてた方が安全で僕も嬉しくてお得じゃない!?」
「なんでお前がお得になる必要があるんだよ!」
「だってイチャイチャしたいんだもん~! ロクショウ君なら分かってくれるよね? 僕がツカサ君と二人っきりでイチャイチャしたいの理解してくれるよねえっ」
「あっこらお前可愛いロクに何てことを!」

 そんな私利私欲まみれの主張なんて、ロクが同意してくれるわけがないだろう。
 というか、ピュアなロクに強引にうなずかせようとするんじゃない。

 子供を人質にとるかのような戦法で俺を追い詰めてくるブラック負けじと、俺はロクの方を向いて、その純粋さゆえに「どうして?」と可愛く首をひねってくれるのを待っていたのだが……ロクは、思ってもみない反応を見せた。

「キュー! キュキュッ、キュッ!」

 何故かロクはウンウンと頷いて、可愛いお顔をニコニコと微笑ませると、ガマの穂を再び持ってテントの前にちょこんと座ったのだ。
 そうして、まるで親指を立てるようにちっちゃくて可愛いお手手で指を一本立てる。

 これはもしや……ブラックの言う事を肯定しているのか。
 いやいやいやありえない。

 そうじゃなくてコレは、ピュア過ぎるゆえに勘違いをしているのだ。
 ロクは多分「一緒にいたいイチャイチャしたい」と言うのを、ただ単に「俺を独り占めしてじゃれ合いたい」と思っているんだ。

 だから、優しくて世界一可愛いヘビトカゲのロクちゃんは、ブラックにその「甘える権」を譲ってあげるつもりで、この場に座ったんだろう。
 わかる、分かるぞ。だってロクは優しくて可愛いんだもの。

 でも今はその優しさは抑えてて良いんだよおおおお。

「ふ、ふへっ、そ、そう!? ふぇへへロクショウ君がそういうなら、僕たち二人で外に食べ物探しに行ってこようかなぁ! ねえツカサ君っ!」
「ねえじゃない……っ、お、おいコラ! 抱き上げるなっ、勝手に進むなー!」
「じゃあロクショウ君、いってきまーす」
「キュー」

 ああっ、ロクが何の疑いもなく俺達に手を振っている。
 違う、違うんだよロクちゃん。コイツが今抱いている感情は、甘えたいとかじゃなくてもっと別のヤバい感情なんだよ。けどそれを説明してロクを汚したくないいい。

 そんなこんなで葛藤している間に、俺は再び外に連れ出されてしまっていた。

「さあ一緒に探しに行こうねえツカサ君っ」
「ぐうううう……い、言っておくけど何もしないからな。外で変な事するなよな!?」

 一度ヤると約束してしまった手前、そういうコトはしない……とは言えないが、しかし外で何かするのだけは避けたくて宣言する。
 けれどブラックは俺の言葉などどこ吹く風で、上機嫌な笑みを見せながら、再び川の方へと進んで行くのだった。

 ……あああ……やっぱり約束するのは早まった気がする……。
 なんでこう俺ってヤツは、ブラックの押しに弱いんだろう……うう……。










※ホントのガマの穂の茎は若いものじゃないと
 無味らしいので、茎にしろ穂にしろ食べるのであれば
 若々しいガマを利用するのがベターなようです。
 (茎はともかく穂はパンパンに膨らむともうダメらしい)

 
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