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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
5.すっかり専属冒険者
しおりを挟むう……く、苦しい。
でも、正直なところを言うと、ちょっと嬉しかったりする。
……お、俺だって別にブラックのコト嫌いじゃないんだし、こ、こ、恋人だって、自覚は俺もあるし!! だから、その……安心するっていうか……ホントは、こんなすぐに会えると思ってなかったから、こんなに早く会えて……って、俺の感情はどうでも良いんだよっ!
ともかく、抱きしめられて大歓迎は良いんだけど……ここはどこだろう。
今頃は船に乗っているものだとばかり思ってたんだけど、ここはどうやら……どこかの街の路地裏……っていうか、もしやラッタディアか?
でもアレから数時間くらいしか経過してないだろうに、もうラッタディアなんて早すぎないか。どういう事なんだろう。
気になって、俺は自分を抱き上げているブラックの顔を見た。
「ブラック、ここ……」
「あっ、そっか。ツカサ君は知らなかったっけ」
「キュー!」
と言うなり、ブラックとロクは俺に今までの事を説明してくれた。
……ふむふむ、キュウマがアドニスが使うような【異空間結合】を使って、一気に船からラッタディアまで連れて来てくれたんだな。
そんで、シアンさんに報告したら、そのまま次の依頼を任されてしまった……と。
……キュウマはそこまで力を取り戻していたのか……と思ったけど、まあ今はどうでもいいか。それより大事なのは、別の事だ。俺は思考を切り替えると重要な事をブラックに問うた。
「ブラック……シアンさん、大丈夫そうだった? やつれてなかったか?」
「普通、ここまで話を聞いたら『行き先はどこ?』が先じゃない……?」
あっ、ブラックが何故かぶすくれちゃった。
でも俺はシアンさんに会えずじまいだったんだから、心配するのは当然だろう。
むしろ何で行き先を先に聞こうとするんだと眉間に皺を寄せる俺に、ブラックは不満を表したようにぷくーっと頬を膨らませた。
だからオッサンがその顔しても可愛くないんだってば。
「それで、シアンさんはどーだったんだよ」
「むうーっ。大丈夫だったから心配ないよう! そもそも僕らに依頼を押し付けてくるんだから、弱ってるもクソもないでしょ! 元気だよあのババア!」
「あっ、こらっ! お母さん代わりの女性になんてことを!」
その発言は許さんぞ、とブラックのほっぺを指で掴んでむにむに引っ張るが、相手はどこ吹く風で「ふんっ」と頬を再度膨らませて俺の指を退けると、仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いて俺を地面へ降ろした。
「ともかく……ロクショウ君とこれから出発しようかって話をしてたんだよ。この子ならアコール卿国まで一っ飛びでしょ?」
「えっ、アコール卿国? シアンさんてば何を俺達に頼んだんだ?」
「まあそれはロクショウ君の背中で話すよ。とりあえず、アコールの適当な街で物資を揃えてから目的地に向かいたいし」
確かにそれもそうだ。
ロクに頼んでアコール卿国に向かうのなら、出発地点のラッタディアで色々な物資を揃えるより、新鮮な物を手に入れられる近場で購入した方がお得と言える。
となればこんな所で立ち話をしているヒマもない。
俺達は一旦街から出て、人気が無いところでロクに乗せてもらう事にした。
最早ロクが居ないと移動できないようになっている気もする……っていうか、折角の久しぶりの旅なんだから、これまたお久しぶりの藍鉄に運んで貰って、もう少しゆっくり旅路を堪能したかったんだが……まあ俺の方もそこそこ時間がないし仕方ないか。
ロクにはいつも頑張って貰ってばかりだから、人族の大陸に戻ってきた今こそ何か労ってやらなければな。
そんなことを思いつつ、再び空の旅になった俺達は、ようやくブラックに「シアンさんからの依頼」の話を聞くこととなった。
「んで、シアンさんからの依頼って? アコール卿国に何かあるの?」
俺を背後から支えるブラックに問いかけると、相手は「ふむぅ」と面白くなさそうな声を漏らして、しぶしぶと言った感じで答えた。
「うん……実は、シアンのヤツからアコール卿国の遺跡調査を頼まれてさぁ」
「遺跡? 遺跡って……【空白の国】の?」
【空白の国】ってのは、この世界における遺跡の名前だ。
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そんな遺跡が溢れているので、それらを調査して、オタカラをネコババ……ゴホン。人類に有用な古代の技術を持ち帰ったり、その【空白の国】に属していて正確な地図が存在しない場所を探検しながら切り開いていく職業――――【冒険者】が、ギルドと共に生まれたのである。
まあ、出資者が大商人とか色んなお金持ちなので、欲がないとは言わないが……俺達が属する【冒険者】ってのは、まさに未知の領域に飛び込んで開拓していくって職業って事なんだよな。ふふん。
あ、でも、俺が漫画やチートものの異世界小説で知ってる【冒険者】と同じように、市民からの依頼を受けて日銭を稼いだりもするぞ。
本来は探索が仕事だけど、やっぱりしょっちゅうってワケにも行かないらしいからな。
俺達も実際そんなに積極的に遺跡調査はしてないワケだし……。
……閑話休題。
なので、シアンさんが遺跡調査の依頼してくるのは当然ともいえるんだけど……ブラックが言うには、どうやらこの依頼は俺達を指名したものらしい。
俺達じゃなきゃダメって、どういうことなんだろう?
「詳しい話は、目的の遺跡がある領……【エショーラ領】の領都【ナバラスリ】で使いの者に聞けって話だったけど、どうやら相手は遺跡調査で“街興し”……いや、領地興し? をしたいらしい。だから、僕らに頼んだんだって」
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遺跡調査で町おこしってどういうことだろう。
「まあ実際、評判がいいんだろう? だからツテを使ったんだろうね。アコール卿国の国主卿は、あのいけ好かない飄々オヤジだ。どうせ自分の権力を使って依頼を捻じ込んだに違いないんだったら。あーホント権力者ってやだねーやだやだ」
「確かに強引に依頼を受けさせられるのはちょっとな……。でも、シアンさんに頼まれちゃったんじゃやるしかないよ。とにかく、領都に行ってみなくちゃな」
「グォン!」
断ったらシアンさんの立場が悪くなるかもしれないし、それでなくともシアンさんは今自分の息子の事で、色々と危ういかもしれないのだ。
それを考えたら、俺達が依頼を受けて他の【裁定員】の心証を良くしておくってのも必要な事かも知れない。
なんだかんだで俺達シアンさん専属の冒険者っぽくもあるしな。
俺達が活躍すれば、なんとか面目も保てるかも。
そう考えてブラックの顔を振り向くと、相手はムッと不満げな顔をしていたものの、俺と同じような事は考えていたのかそれ以上愚痴を言う事は無かった。
……やっぱり、何だかんだでブラックもシアンさんが心配なんだよな。
ただの腐れ縁だ、昔の仲間だ、とブラックは憎まれ口を叩くけど、それでも「自分は母親代わりだ」と言って常に気遣ってくれていたシアンさんに対してだけは、ブラックも特別な思いを抱いている。
それは愛とか恋じゃないけど……でも、大切な気持ちだと俺は思う。
だから、内心では心配していても上手く言い出せないブラックの為にも、シアンさんの株を上げるような依頼をガツンと成功させなくっちゃな。
「はぁーあ……せっかくツカサ君と二人きりでのびのびイチャイチャできると思ったのに、これじゃいつ休めるんだか分からないよ……」
「まあまあ、これが終わればきっと休めるだろうからさ。まずは親孝行しようぜ」
「グォングォン」
「う゛ー」
俺達が窘めると、ブラックは子供っぽく唸って俺に圧し掛かってきた。
まったく、オッサンのくせに面倒臭いんだから。
…………でも、こうやって気楽に喋っているのが何より安心する。
俺も中々に面倒臭いことになっちゃったなと心の中で苦笑しつつ、前を向いて青々とした広い大地を見下ろし小さく笑った。
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