845 / 957
麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
5.すっかり専属冒険者
しおりを挟むう……く、苦しい。
でも、正直なところを言うと、ちょっと嬉しかったりする。
……お、俺だって別にブラックのコト嫌いじゃないんだし、こ、こ、恋人だって、自覚は俺もあるし!! だから、その……安心するっていうか……ホントは、こんなすぐに会えると思ってなかったから、こんなに早く会えて……って、俺の感情はどうでも良いんだよっ!
ともかく、抱きしめられて大歓迎は良いんだけど……ここはどこだろう。
今頃は船に乗っているものだとばかり思ってたんだけど、ここはどうやら……どこかの街の路地裏……っていうか、もしやラッタディアか?
でもアレから数時間くらいしか経過してないだろうに、もうラッタディアなんて早すぎないか。どういう事なんだろう。
気になって、俺は自分を抱き上げているブラックの顔を見た。
「ブラック、ここ……」
「あっ、そっか。ツカサ君は知らなかったっけ」
「キュー!」
と言うなり、ブラックとロクは俺に今までの事を説明してくれた。
……ふむふむ、キュウマがアドニスが使うような【異空間結合】を使って、一気に船からラッタディアまで連れて来てくれたんだな。
そんで、シアンさんに報告したら、そのまま次の依頼を任されてしまった……と。
……キュウマはそこまで力を取り戻していたのか……と思ったけど、まあ今はどうでもいいか。それより大事なのは、別の事だ。俺は思考を切り替えると重要な事をブラックに問うた。
「ブラック……シアンさん、大丈夫そうだった? やつれてなかったか?」
「普通、ここまで話を聞いたら『行き先はどこ?』が先じゃない……?」
あっ、ブラックが何故かぶすくれちゃった。
でも俺はシアンさんに会えずじまいだったんだから、心配するのは当然だろう。
むしろ何で行き先を先に聞こうとするんだと眉間に皺を寄せる俺に、ブラックは不満を表したようにぷくーっと頬を膨らませた。
だからオッサンがその顔しても可愛くないんだってば。
「それで、シアンさんはどーだったんだよ」
「むうーっ。大丈夫だったから心配ないよう! そもそも僕らに依頼を押し付けてくるんだから、弱ってるもクソもないでしょ! 元気だよあのババア!」
「あっ、こらっ! お母さん代わりの女性になんてことを!」
その発言は許さんぞ、とブラックのほっぺを指で掴んでむにむに引っ張るが、相手はどこ吹く風で「ふんっ」と頬を再度膨らませて俺の指を退けると、仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いて俺を地面へ降ろした。
「ともかく……ロクショウ君とこれから出発しようかって話をしてたんだよ。この子ならアコール卿国まで一っ飛びでしょ?」
「えっ、アコール卿国? シアンさんてば何を俺達に頼んだんだ?」
「まあそれはロクショウ君の背中で話すよ。とりあえず、アコールの適当な街で物資を揃えてから目的地に向かいたいし」
確かにそれもそうだ。
ロクに頼んでアコール卿国に向かうのなら、出発地点のラッタディアで色々な物資を揃えるより、新鮮な物を手に入れられる近場で購入した方がお得と言える。
となればこんな所で立ち話をしているヒマもない。
俺達は一旦街から出て、人気が無いところでロクに乗せてもらう事にした。
最早ロクが居ないと移動できないようになっている気もする……っていうか、折角の久しぶりの旅なんだから、これまたお久しぶりの藍鉄に運んで貰って、もう少しゆっくり旅路を堪能したかったんだが……まあ俺の方もそこそこ時間がないし仕方ないか。
ロクにはいつも頑張って貰ってばかりだから、人族の大陸に戻ってきた今こそ何か労ってやらなければな。
そんなことを思いつつ、再び空の旅になった俺達は、ようやくブラックに「シアンさんからの依頼」の話を聞くこととなった。
「んで、シアンさんからの依頼って? アコール卿国に何かあるの?」
俺を背後から支えるブラックに問いかけると、相手は「ふむぅ」と面白くなさそうな声を漏らして、しぶしぶと言った感じで答えた。
「うん……実は、シアンのヤツからアコール卿国の遺跡調査を頼まれてさぁ」
「遺跡? 遺跡って……【空白の国】の?」
【空白の国】ってのは、この世界における遺跡の名前だ。
といっても普通の遺跡じゃなくて、それらは主に「その国の歴史に属さない、完全に出自不明の遺跡」に付けられる名称で、この世界にはオーパーツレベルの超技術や謎技術が眠っている不可解な遺跡がゴロゴロしている。
いやもう本当、びっくりするぐらい数えきれないくらいに。
で、こういう名称がつくレベルなので、当然【空白の国】ってのは各国にあるのだが、その遺跡の多くはモンスターが出たり、調査しても理解が追い付かなかったりで、解明は遅々として進まないのだそうだ。
そんな遺跡が溢れているので、それらを調査して、オタカラをネコババ……ゴホン。人類に有用な古代の技術を持ち帰ったり、その【空白の国】に属していて正確な地図が存在しない場所を探検しながら切り開いていく職業――――【冒険者】が、ギルドと共に生まれたのである。
まあ、出資者が大商人とか色んなお金持ちなので、欲がないとは言わないが……俺達が属する【冒険者】ってのは、まさに未知の領域に飛び込んで開拓していくって職業って事なんだよな。ふふん。
あ、でも、俺が漫画やチートものの異世界小説で知ってる【冒険者】と同じように、市民からの依頼を受けて日銭を稼いだりもするぞ。
本来は探索が仕事だけど、やっぱりしょっちゅうってワケにも行かないらしいからな。
俺達も実際そんなに積極的に遺跡調査はしてないワケだし……。
……閑話休題。
なので、シアンさんが遺跡調査の依頼してくるのは当然ともいえるんだけど……ブラックが言うには、どうやらこの依頼は俺達を指名したものらしい。
俺達じゃなきゃダメって、どういうことなんだろう?
「詳しい話は、目的の遺跡がある領……【エショーラ領】の領都【ナバラスリ】で使いの者に聞けって話だったけど、どうやら相手は遺跡調査で“街興し”……いや、領地興し? をしたいらしい。だから、僕らに頼んだんだって」
「町おこしって……あっ、そうかトランクルを俺達が立て直したから、それで?」
そうそう、すっかり忘れていたが……俺達は一度、村を観光地として立て直したことがあるんだ。といっても素人仕事なので、成功したのは村の人達の頑張りが大きい気もするのだが……ともかく、評判になったのは間違いない。
あの村が観光地として人気になればなるほど、俺達が関わった事はどこかの誰かの耳に入ることになる。それが今回は【エショーラ領】の領主だったってことか。
……いや、でもなあ……。
遺跡調査で町おこしってどういうことだろう。
「まあ実際、評判がいいんだろう? だからツテを使ったんだろうね。アコール卿国の国主卿は、あのいけ好かない飄々オヤジだ。どうせ自分の権力を使って依頼を捻じ込んだに違いないんだったら。あーホント権力者ってやだねーやだやだ」
「確かに強引に依頼を受けさせられるのはちょっとな……。でも、シアンさんに頼まれちゃったんじゃやるしかないよ。とにかく、領都に行ってみなくちゃな」
「グォン!」
断ったらシアンさんの立場が悪くなるかもしれないし、それでなくともシアンさんは今自分の息子の事で、色々と危ういかもしれないのだ。
それを考えたら、俺達が依頼を受けて他の【裁定員】の心証を良くしておくってのも必要な事かも知れない。
なんだかんだで俺達シアンさん専属の冒険者っぽくもあるしな。
俺達が活躍すれば、なんとか面目も保てるかも。
そう考えてブラックの顔を振り向くと、相手はムッと不満げな顔をしていたものの、俺と同じような事は考えていたのかそれ以上愚痴を言う事は無かった。
……やっぱり、何だかんだでブラックもシアンさんが心配なんだよな。
ただの腐れ縁だ、昔の仲間だ、とブラックは憎まれ口を叩くけど、それでも「自分は母親代わりだ」と言って常に気遣ってくれていたシアンさんに対してだけは、ブラックも特別な思いを抱いている。
それは愛とか恋じゃないけど……でも、大切な気持ちだと俺は思う。
だから、内心では心配していても上手く言い出せないブラックの為にも、シアンさんの株を上げるような依頼をガツンと成功させなくっちゃな。
「はぁーあ……せっかくツカサ君と二人きりでのびのびイチャイチャできると思ったのに、これじゃいつ休めるんだか分からないよ……」
「まあまあ、これが終わればきっと休めるだろうからさ。まずは親孝行しようぜ」
「グォングォン」
「う゛ー」
俺達が窘めると、ブラックは子供っぽく唸って俺に圧し掛かってきた。
まったく、オッサンのくせに面倒臭いんだから。
…………でも、こうやって気楽に喋っているのが何より安心する。
俺も中々に面倒臭いことになっちゃったなと心の中で苦笑しつつ、前を向いて青々とした広い大地を見下ろし小さく笑った。
→
54
お気に入りに追加
1,009
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~
鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!
詳細は近況ボードに載せていきます!
「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」
特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。
しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。
バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて――
こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる