異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編

4.会いたい気持ちは一緒だから

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   ◆



 金持ち御用達ごようたしのアイス、というのでどんなものか楽しみにしていたのだが……その中身は、俺が想像もしていないものだった。

 てっきり、カップに入った市販のアイスクリームを貰えると思っていたのだが、流石さすがは金持ちだけが集まる別荘――――管理人さんが届けてくれたのは、恐らく最高級の素材を使った手作りアイスだったのだ!

 いや、アイスっていうか何かジェラートってものらしいが、それはともかく。
 濃厚でありつつすっきりした甘さのバニラと、イチゴっぽい果物を丁寧ていねいに混ぜ込んだピンク色の甘酸っぱいアイスの味はとにかく最高で、俺はついがっついてしまった。

 普通のアイスも勿論もちろん大好きだが、手作り高級アイスってのはスプーンを入れた時の感触や、舌触りまで本気で違うみたいだ。
 バニラの味なんて、香りが鼻に抜けるくらい鮮烈だったもんなあ。

 ……こんなアイスを食べたのは生まれて初めてかも知れない。
 正直、ものすっごく美味しかった……。

「ヤバい……俺はこの先どんな顔をして普通のアイスを食ったらいいんだ……」
「お前はどうせ明日には平気な顔してかき氷食ってるから安心しろ」

 こ、こいつ、なんでこうすらすらにくまれぐちが出てくるんだ。
 しかしアイスをおごって貰った手前てまえ何も言えん。しかもかき氷好きだし。中古の安いかき氷作り機をお小遣い貯めて買うくらいにはかき氷美味しいし……!!

 って、そんな話ではない。
 というかこんなにまったりしているヒマはないのだ。

 地図もダウンロードが終わったし、アイスを食べながらスイスイ地図を動かした限りでは、どうやらこの周辺に神社仏閣は見当たらない。
 となると、やっぱりこの周辺からキュウマに何とかして貰うのは無理なんだろうか。

「何見てんだ?」
「あ、いや、ここってどんなトコなのかなーって地図で見てたんだよ。ちょっとトイレ」

 スマホを持って席を立つと、一階のトイレに駆け込む。
 ……金持ちの別荘なだけあって、やっぱりトイレもちょっと広いしなんかフローラルな香りがする……ドラマで見かける高級ホテルのトイレみたいな感じだ。

 その事に居心地の悪さを覚えつつ、俺はスマホを手洗い場に置いて首から下げていた指輪を取り出した。そうして、両手でぎゅっと握る。

「地図上ではわかんなかったけど……もしかしたら、神社でなくても異世界への入口とかが存在するかもしれない……。山ってなんか不思議な場所って言うし……!」

 そんなオカルトな話に一縷いちるの望みをかけて、俺は自分の中の力を込めるようにして指輪に「ブラックの居場所を教えて」といのった。

 ――――この世界では、俺の【黒曜の使者】の能力は使えないだろう。

 だけど、初めて指輪が光で道をしめした時、俺はブラックの事を想っていた。
 ならばこの方法で再び「異世界に行く方法」を探し出してくれるはずだ。

 そう思い、目を閉じて一生懸命に指輪をくれた相手の事を思い浮かべていると――――不意に、手の中に自分のものとは違う熱を感じた。

 クーラーとアイスで冷えた体からじんわりにじみ出るような熱じゃなく、俺のてのひらに誰かの暖かさが触れているような優しい熱。
 薄く目を開けて、恐る恐る確かめると――――

 菫色すみれいろの綺麗な宝石をめこんだ指輪から、俺を導くような直線の光がある方向へとひかえめに伸びていた。

「やった……! やっぱり反応して……っとと、喜ぶのは禁物……ええと……」

 今居るトイレがどの方角に近いかを確かめながら、俺はスマホにダウンロードしておいた地図を触って「その光がいつもの神社を指していないか」を確かめる。
 光が強めだから、たぶん俺の家の近所の神社ではないだろうとは思っていたが、やっぱりこれは近くにある何かをしめしているみたいだ。

「でも……近くに神社っぽいモンは無かったよな。もしかして地元の人しか知らない山の小さな神社とかがあるのかな?」

 山を歩くとたまに出くわすとかいう話を聞いたことがあるし、俺も婆ちゃんの田舎で一度そういうほこらみたいなものを見た記憶がある。
 だからもしかすると、そういう場所が近くにあるのかも。……そもそもこの別荘地は、地図に「私有地」ってだけしか書いてないし……探してみる価値は有るぞ。

 早速行ってみよう。そう思い、俺は一応手を洗ってからリビングに戻った。
 リビングのソファでは、相変わらずシベがゆったり座ってスマホをいじっている。
 くそっ、横柄おうへいそうな態度で座ってるのに、イケメンだとさまになってんなオイ。

 だが今嫉妬しっとの炎を燃やしても良い事は無いのだ。
 俺は心をしずめると、何の気なしをよそおって遠回しな所から会話を始めることにした。

「なあなあ。ここってさ、私有地ってしか地図に書かれてなかったんだけど……本当に別荘地なのか?」

 真向いのソファに座り直して問いかけると、シベは目だけを俺に向ける。

「ん? ……ああ、こういう別荘地は大体“そうなる”んだよ。泥棒にでも侵入されたら面倒だろ。地図屋が何でもかんでも万人が見れる地図に書くつもりなら、こっちにも地図に書かせない権利があるからな」
「う、うん……?」

 なんだかよく解らないが、金が動いたがする事だけはわかるぞ。
 アレだな。金持ちがよくやる買収だな。いやこの場合は取引なのか。
 ちょっと汚いとは思うけど……でも、俺だってプライバシーを侵害される恐怖は最近イヤというほど感じたから、金持ちだともっと怖がっているのかもしれない。

 地図って、こっちの世界じゃ精巧な物ほど流出すると危ないっていうもんな。
 ネットの世界地図だって他国の侵略に使われちゃうワケだし。

 だからまあ、この辺一帯が真っ白なのはわかる。
 しかし俺はその先の情報を知らなきゃいけないのだ。幸い、シベもスマホに夢中で俺が何か探ろうとしているとは思ってないみたいだし、このまま話を続けよう。

「でも、これだと不便じゃないか? せっかく来たんだし散歩でもしようと思ってたのに、何がどこにあるのか全然わかんねーじゃん」
「ああ……お前自然大好きの野猿だったもんな。けどやめとけ、別に何もないぞ」
「あるじゃん自然がっ。管理人さんとかに聞けば見どころとかあるんじゃないの?」

 食い下がると、シベはようやくスマホから目を離してハァーと深い溜息を吐いた。
 なんだよその面倒臭そうな態度は。

「……正直、お前をあんまり外に出したくないんだよ。特に今のお前は」
「今の俺?」
「…………あまり考えたくないが、何者かに襲われても俺だけじゃ対処しきれん」
「えっ、ここ金持ちしかいない別荘地なのに!? ……って、考えてみれば先輩達も金持ちクラスだったか……」

 だとしたら、この別荘地にもなんか、凄い……あの……たぶん金持ちしか出来ないような手段を使って、乗り込んでくるかもしれない。
 なら、ほっつき歩いてもいられないのかな。ぐぬぬ……敵は強大だぞ。

 思わず顔をしかめてしまったが、シベは何故かそんな俺を見て「あちゃー」と言わんばかりに肩を落としてうつむくと……頭を掻き、勢いよく立ちあがった。
 な、なんだよ急に。

「ああもう良い良い。ちょっと待っとけ、ここらへんの散策マップ持ってきてやるから」
「なんだあるんじゃん! シベくぅー!」
「ったく……そういう意味で言ったんじゃねえっての……」

 ブツくさ言いながら、シベは電話台に近付いて、その引き出しから少し古めの紙を持ってくる。遊園地なんかのパンフレットみたいに折り曲げられた紙だ。
 開いてみると、そこにはこの別荘地――――というか、フェンスでかこまれた範囲の土地に存在する遊び場や散策コースが紹介されていた。

 森林に小川にバーベキュー場……は良いとして、テニスとかゴルフとか金持ちそうな遊び場があるのが何かイラッとすんな。
 けど特段神社がありそうな場所は無いな……と、思って森を楽しむための遊歩道に目をやった時、俺はそこのどんづまりに滝があるのを見つけた。

「えっ、ここ滝あんの!?」
「……滝に食いつく高校生なんてお前くらいな気がするが……まあ、あるにはある。だがそこは遊泳禁止だぞ。元はこの山で信仰されてた滝らしいからな。横の岩壁には、地蔵とかが立ってるし」

 滝、信仰、お地蔵さん。
 ……もしかしたら、もしかするかもしれない。

「なあなあシベ、ここ行って来ていいか?!」
「うーん、まあ……も言うほど食いついて来なかったし……まあ、良いだろう。だが、俺は用事があるから付いて行けんぞ」
「いや子供じゃないし一人で行けるってば。じゃあ早速ちょっと散歩してくる!」

 シベの煮え切らない言葉は少し気になったけど、良いと言うのだからよかろう。
 俺は地図とスマホを持つと、喜び勇んで別荘から飛び出した。

 自慢じゃないが、俺は地図が読める方なのだ。
 それに、この地図は手書きの素朴そぼくな絵で簡略化されているけど、道沿みちぞいの家や目印になる物が細かく描かれていて、迷う心配がない。

 俺は坂道をくだると、さっそく遊歩道への道を進んだ。
 もともと森の中の別荘地ではあるんだけど、遊歩道に入ってからは木々の密度が更に濃くなる。自然のままなのかそれとも植林したのかは不明だけど……木漏れ日が気持ち良くて、土をならしただけの道なのにとても歩きやすい。

 せみの声や小川のせせらぎも聞こえてくるし、本当に都会とは大違いだ。
 でも、婆ちゃんの家がある田舎だって、ここまで快適とは行かないんだけどな。
 本当に金持ちの別荘地は色々驚かされることばかりだ……なんてことを思いつつ進んで行くと、確かに遊歩道がUターンする場所からは小道が伸びており、そこからさらに森の中を進んで行くと、小川の音よりも強い音が聞こえてきた。

 これは間違いなく滝の音だ。
 進んで数分もしない内に、とうとう俺は滝に到着したのだった。

「おお……小さめだけどしっかり滝だな……!」

 滝つぼの大きさは学校のプールより小さいけど、滝の幅は広くて勢いが凄い。
 遊泳禁止って話だったが、滝つぼのふちで足を入れるくらいは出来そうだ。
 やってみたいけど、今はそんな場合じゃないな。

「ここかな……」

 再び指輪を握って、確かめてみる。
 すると。

「…………おおっ、指輪の光がもっと強くなってる! ……けど……この、指してるのって……滝の中心?」

 光の線がガスバーナーの炎のように伸びているのは、滝の中心。
 少し動かしてみるが、水が落ちる場所のある一点を指して動かない。滝つぼではなく、滝の水が落ちる途中を指してる……って事は、これはもしや……。

「……あっ!」

 岩壁ぎりぎりまで近付いて、滝の裏側を確かめる。
 するとそこには、ほんの少しだけの隙間があって――――この滝の真横ギリギリで見えるか見えないかくらいの、穴があるのが見えたのだ。

 角度的に、俺みたいにぴったり岩壁にくっつかないと見えないから、誰も気が付かなかったんだろうな。金持ちってこういうことしなさそうだし。
 とまあ偏見へんけんは置いといて、滝の流れと足場から考えると、これは子供か俺くらいの背丈までの人間しか通れなさそうだ。

 服が濡れてしまうかもしれないが……指輪は間違いなく、滝の裏にある洞窟を指している。そう思うと躊躇ためらう気持ちより進みたい気持ちが勝って、俺は慎重しんちょうにぬるつく岩場へと足を置き、時間をかけて滝の裏を進んだ。

 本当に、滝スレスレだ。湿しめびてこけえた場所を歩くのは怖かったけど、それでもここを進めば異世界に行けると考えれば我慢できる。

 俺だって、ブラックに会いたくないわけじゃないのだ。
 とはいえ人目につく可能性もあるから、明日あした明後日あさって含めて向こうには一日か二日の滞在しか許されなさそうだけど……それはキュウマに相談してみよう。

 そんなことを思いつつ、とうとう滝の裏側の中心に辿たどく、と――――

 ――そこには、縦長でひと一人分しか入れない洞窟がぽっかり開いていた。

「…………ここ、やっぱり神社だ」

 外には鳥居が無かったので分からなかったけど、この狭い中、天井と左右の壁ギリギリにひっつくようにして、色褪いろあせたしゅの鳥居が立っている。
 俺が歩くくらいなら余裕がある縦穴だけど、二人も入ればギュウギュウだ。よくこんな場所に神社を作ったな。

 スマホのライトをつけて正面を照らすと……これまた、少しでも触れると呪われそうなほどボロボロになったおやしろがあり、外れかけた小さな戸の向こうには、やけに光を反射する鏡が見えた。あれが御神体なのかな。

 ……指輪は、間違いなくあの御神体を指しているように見える。
 ならば俺がやることは一つしかない。息を吸って、俺は鳥居の前に立ち、あの言葉を小さく唱えた。

「異界へと繋がる道よ……――開け……!」

 指輪を両手でにぎり目を閉じて、いのるように呟く。
 すると――――

 目の前で風が大きく動き、まるで巨大な獣が口を開けるような音がして。
 ゆっくりと、目を開けると……そこには、見慣れた“入口”が、った。

「あは……や、やった……!」

 色褪いろあせた鳥居の真ん中。
 そこには、ブラックホールのように渦を巻き、星の光にも似た黄金の粒子を散らす、巨大でいびつな円が口を開けて俺を待っていた。

 何度も見ている、間違いなく“あちら”へ続く穴だ。
 俺は指輪を大事に胸にしまいこみ、躊躇ためらうことなくその穴へと突入した。

「キュウマー!」

  雪のように細かい、キラキラした小さな黄金の光をまといながら、はるか上へと流れて行く星空のような暗い空間をひたすら落下して行く。
 すると、ややあって黒の空間の先に白い光が見えきた。出口だ。
 急ブレーキをかける事無くそこに突入すると、俺は真っ白な空間に吐き出されて、尻でぼいんぼいんと地面に着地した。

「……お前もう、尻で着地すんのクセになってんじゃないのか……」
「まあまあ痛い着地じゃないんだから良いじゃん! やっほーキュウマ!」

 俺が気軽にそう声をかけるのは、随分ずいぶんと部屋っぽくなった場所で書類のような物を読みつつ整理している男。
 俺にとってはおなじみの、の神様……キュウマである。

 コイツは、俺と同じ年齢の日本人に見えるけど、実は千年以上も生きていて異世界の事もよく知っている元【黒曜の使者】だ。
 シベとは違い黒縁のスクエアフレームメガネだが、言動は大体酷いので、イケメンに分類されそうなインテリ眼鏡はみんな同じ性格なのかもしれない。

 そこには少々憎しみを感じつつも、俺はキュウマに近付いた。

「えらく帰ってくるのが早かったな。……っていうか、お前、なんかいつもとは違う所から跳んで来ただろ。何があった?」
「いや、それがさ……」

 今までの事を説明するために、俺は靴を脱いで部屋に上がりこむ。

 ……まあ、部屋と言っても後ろに二つしか壁が無い、まるでテレビのセットのようなあけっぴろげな部屋だし、卓袱台ちゃぶだいとかたたみとかしかなくて、周囲には下界の映像が映し出されるいくつもの半透明な画面が浮いているので、なんかチグハグなんだが。

 ともかく。
 冒険者服に着替えた後、俺は畳の上で帰ってから今までの事を話した。

「…………その金持ちの友達ってのは、ホントに大丈夫なヤツなのか?」
「な、なんだよそのケゲンな顔は。シベは良い奴だぞ?」
「お前の“イイ奴”は信用ならんからなあ……」
「もー、本当に大丈夫だってば! お前の故郷探しだって、シベに頼もうと思ってたんだぞ! あんまりに急だったから、まだ全然話せてなかったけど……」

 せっかくキュウマの本名と通っていた高校の名前を教えて貰ったのに、いまだに相手に話せていない。そのことについては申し訳なく思い、身をちぢめると、沢山たくさんの書物を積み上げた真ん中で書類の整理をしている相手は、ふんと息を吐いた。

「気にしてねえよ。そもそも、急ぐ話でもないし」
「キュウマ……」
「それより、お前の話なんだがな」
「ん? 俺?」

 急に話題が変わって虚を突かれた俺に、キュウマはようやく書類から目を離して、じっと視線を合わせてくる。
 な、なんだよ。何か深刻な話なのか?

「お前……最近ちょっと体がおかしいだろ。……ああいや、あの変態オヤジどもとの何やかんやで起こるヤツじゃなくて、ベーマス大陸での痛みとか気絶とかだ」
「あ……うん、なんか急に【黒曜の使者】のちからを使ったら痛みが出てきて……。それに、今まで気が付かなかったんだけど……能力を使って術を出した時に出てくる“光のつた”が、肩の所までめちゃくちゃ伸びてて……キュウマは何か知ってるのか?」

 問いかけると、キュウマは難しそうな顔をしてあごに手をえる。
 考え込むようなポーズだったが、数秒して再び俺の方を見た。

「正直……わからん」
「えっ」
「というのも、俺はその“光の蔦”なんぞ知らないし、俺の時代には【アルスノートリア】なんて奴らはいなかったからだ。その症状やアイツらは、多分俺より前の世代か……もしくは後の世代のものらしい。何にせよ、情報が不足していて詳細は不明だ。しかし、お前の不調には、その魔導書が関わっている可能性がある」
「お……俺の中に、二つの本が入ってきたから……不調になったのか……?」

 やっぱり、この【黒曜の使者】とは相容れない存在なんだろうか。
 二人からたくされたものではあるけど、もしそうだとしたら少し悲しい。

 しかしキュウマが放ってきたのは、思いもよらない返答だった。

「いや……むしろ……“何かが進んだ”のかもしれない」
「何かって……」
「……まだ、妄想の域を出ない予想だ。しかし、お前の不調の原因は間違いなく、体が“今まで以上のちからに耐えられていない”からだろう」

 今まで以上の力?
 ……俺、いつの間にかパワーアップしてたのか?
 でもまったく心当たりがない。

「まさか……【アルスノートリア】を取り込んだから、こうなった……とか……?」
「原因はそれしかないだろう。……が、それだけとも思えんがな……」
「ええぇ……」

 そんな曖昧あいまいな。
 でも、キュウマがそういうって事は、それだけ断定するのが難しい問題ってコトなのかな。この世界に詳しい相手でもわからない事なんだし。

「ともかく、今は無暗に【黒曜の使者】を使うのは避けた方が良い。とはいえ検証も必要だし……そうだな。今回は、帰って来た時に少しここで術を試してみるか」
「でも、ここでぶっ放しても大丈夫なのか……?」

 せっかく作った部屋が壊れたりしないかと心配になるが、キュウマは「問題ない」とばかりにうなづいた。

「ここは俺の裁量さいりょうで、ある程度ていどは自由にできるし、ちからは下界に還元される。お前がここで術をはなったとしても、変換して送れば問題は無い」
「ん? んんん?」
「ハァ……からんなら良い。……ともかく、まずは行ってこい。早くあのオッサンの所に戻りたかったんだろ」
「ぐっ……べ、別に……」

 そんな言い方をされたら、俺がブラックを恋しがってたみたいじゃないか。
 な、なんか恥ずかしくて人に言われると非常に不満だ。

 違うぞとついつい返答してしまうが、しかしキュウマはあきれ顔しかしない。
 お、おい。ホントだし。別に恋しがってなんかいないんだからな俺は!!

「あーはいはい、良いからさっさと行ってこい。ほら」
「えっ」

 キュウマがそう言った瞬間、シュッと空気が一気に抜けるような音が下から響く。
 何が起こったのか、と、分からなかったが――――自分の視界が一気に落下したのを目の当たりにして俺はあわてて上を向いた。

 ちょっ、こっ、これ落とし穴っ。
 急な落とし穴はやめろっ、キュウマめー!!

「まだ不確定な要素だらけなんだ、派手なチートは使うんじゃねえぞ!!」
「ぐわーっ!! キュウマの投げっぱなしジャーマンめー!!」

 忠告するならもうちょっと余裕を持ってやって欲しい。
 いやもう本当に、俺の周りにいるメガネってなんでこう傍若無人ぼうじゃくぶじんなの。

 あまりの急な行動に対応しきれず、俺はそのまま落ちて――――

「うわっ!? ツカサ君!?」
「キューッ!?」

 急に色鮮やかな風景が見えたと思った、刹那。
 よく知っている一人と一匹の声が聞こえて、体が何かにキャッチされた。

 大きな何かに体をがっちりと捕えられ、小さな何かに服をふくまれている。

 その感覚は、もう知っているものだった。

「ロク、ブラック!」
「あはっ、ツカサ君こんなに早く帰ってきてくれたのう!? 僕嬉しいっ!」
「キュキュー!」

 無精ひげだらけのオッサンの顔が、へにゃりと嬉しそうにゆるむ。
 そして横から、俺のほおめがけて小さくて可愛い体がしがみ付いてきた。

「へへ……ただいま」

 いつもならちょっと恥ずかしいんだけど。
 でも……何だか、嬉しくて。ちょっとだけ素直になって挨拶あいさつを呟く。
 するとブラックは、眩しげに俺を見て頬をでれでれに緩めた。

 菫色すみれいろの綺麗な瞳が、穏やかな日の光に潤んでいる。
 ……あっちの世界では見ることも出来ないような、綺麗な色だ。

 その色に思わず息を止めた俺を、ブラックはギュッと抱きしめたのだった。










 
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