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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
4.罪過の子
しおりを挟むかつての【武神獣王国・アルクーダ】は、獣人の世界に「奴隷制」という悪しき風習を生んだ猿の一族との戦争に明け暮れており、熊族の若き獣王であるドービエル・アーカディアは、猿族との戦を率いる総大将として日々戦っていた。
そんな戦乱の時代、スーリア・メイガナーダは彼の妻になったという。
不毛の地メイガナーダ領から生まれた才媛。数多の古代遺跡を渡り歩き、領地の為に修復し活用するその手腕は、彼女が「能無し」であることを霞ませた。
――――平穏の世が訪れる前の時代は、とかく「能無し」には厳しかったという。
使えない“特殊技能”を持って生まれた獣人達は迫害され、さもなくば群れの最下層としてみじめに生きる事を余儀なくされる。
これは、現在の【アルクーダ】では考えられない事だが……
まだ「国」というものが周知されず、十分な体制も整っていなかったせいで、現在の「どんな弱い種族でも、どんな強い種族でも、掟を守れば幸せに暮らせる」という国の形すら見えていなかった【アルクーダ】では、彼らを救い上げる術もなかった。
それゆえ、戦乱の時代までは、奴隷制と相まって「能無し」への風当たりは強く、己が血族の一員であっても、『無駄な存在』という烙印を押されていた。
――とはいえ、手厚く保護する種族がないわけでもない。
“二角神熊族”の中でも未だ差別的視線が少なくなかった「能無し」を守ろうとしていたのが、他でもないドービエルとその妻マハ。そして、自らが不毛の地を守るが故に、血族を大事にする【メイガナーダ】の一族だった。
その厳しい世界の中で生まれ育ったスーリアは、自らの“特殊技能”が「土の曜気を扱う」という無能力に等しい力を持ちながらも、持ち前の頭の良さでただの側妃の一人ながら文官へとのしあがり、己の地位を確固たるものにしていた。
彼女が発掘し丁寧に修復した【遺物】は、彼女の価値を高めるだけの功績を持ち、戦で内政が乱れがちな群れを見事に安定させていたのだ。
ゆえに、スーリアは特殊な立ち位置でありつつ一族から尊敬の念を集めていた。
――――本人は、そんな自分の評価など気にもしていなかったようだが。
「……オレの母上は、自由気ままな人だった。父上に聞いた話だが、初めて出会った時も、メスだというのに王たる父を気にもしなかったらしい。その後、メイガナーダ領の画策で側妃に召しあげられても、ほとんど閨に来なかったそうだ」
部屋の中、寝袋を敷いた硬い石材のベッドの上。
俺を膝に乗せたクロウは、自分が生まれる前の事を淡々と語る。
だけどその語り口は、どこか少し嬉しそうで。
見上げるクロウの顔は、昔の事を懐かしんでいるような穏やかさがあった。
「スーリアさんって、恋愛に興味なしの学者肌だったんだな」
「ウム。母上は、博愛主義の父親と別種の博愛主義だったな。……ヒトに向ける愛情よりも、モノや遺跡に向ける愛情の方が強かった。もちろん、人を愛する心は充分にあったが……それも、父上と恋仲になってから深くなったと言っていた」
アレだな。恋愛ものでよくある甘酸っぱい良い話だ。
愛する人と出会う事で、より深く人を愛せるようになる。
スーリアさんも、もちろん人に優しい良い人だったんだろうけど、ドービエル爺ちゃんと恋人になってようやく、モノ以上に人を愛する心が育まれたんだろうな。
それだけ、二人は愛し合うことが出来たんだろう。
「だけど、王宮に仕えていた時は恋愛なんて興味なさそうだったのに……ドービエル爺ちゃんは、よくスーリアさんを射止めたな」
「それも切っ掛けがあると言っていた。母上は、よくその話をしてくれたな。あの頃は、切っ掛けとなったオレの兄に、変な夢を見ていた気がする」
――――そう。
スーリアとドービエルが互いを意識する切っ掛けは、長兄カウルノスだった。
かの戦乱の時代、当然ながら大人達は敵を殲滅するため忙しく動いており、その時は小さな子供であったカウルノスも放置されることが多かった。
しかも、ハレムのメス達は父親に懸想してばかりで構ってもくれない。
最前線で活躍する母親のマハに対して恨みは無かったが、それでも寂しく一人で遊ぶ事が多かったのだという。
そこにやって来たのが、本を読み研究ばかりをしているスーリアだった。
好奇心旺盛な子供が、そんな変わり者を放っておくはずがない。
なにより、父親に夢中ではないスーリアを見て、カウルノスは「このメスなら自分と遊んでくれるかもしれない」と思ったそうだ。
その通り、スーリアは寂しいカウルノスの心を察して慈しみ、彼の母親であるマハと同じように遊んでくれた。この事が、ドービエルとマハの目に留まったのだ。
そして彼らは群れを支えてくれていたスーリアの実力を知り、幼いカウルノスの為にも第二王妃になって欲しいと熱烈に頼み込んだ。
ドービエルも、彼女の聡明さと子供への愛情を見て、愛しさを覚えたのだという。
だから、スーリアが第二王妃になることを誰も否定することは無かった。
獣人族は実力主義であり、強いオスとメスが決めればその取り決めが絶対だ。
なにより、彼女の貢献は誰もが知るところで、それゆえに誰も反対することは無く、第二王妃と言う地位をスーリアは手に入れたのだった。
そうして、戦はやがて終わりを迎え――――スーリアに、新たな命が宿った。
その命こそが、クロウクルワッハ。
スーリア・メイガナーダが愛するドービエルと契り生まれた、第二王子だった。
しかし……――――その第二王子には、引き継いではならない、呪いのような力が、引き継がれてしまっていた。
――――“土の曜気を操るだけの能力”……。
この獣人大陸・ベーマスで最も使いようのない力を、スーリアが長年己の無力さに苦しみ“考古学”へと目を向けた原因である、罰のような力を持って……彼らの愛し子は、この世に生まれてしまったのだ。
……その事に、当初スーリアは酷く苦しんだという。
口さがない者からクロウが聞いた話は、自分が生まれたせいで母親は苦しみ、病を発症してメイガナーダ領に引っ込んだのだ……という話だった。
実際それは正しい事で、元々病気に罹りやすく他の獣人よりか弱かったスーリアは、産後の肥立ちが悪く獣人が滅多にかからない長患いを発病してしまった。
長患いとは、ほんの些細な事でも心臓が強く脈打つため、絶対に安静にしていなくてはならない……獣人からすれば死罪にも等しい病だ。
そのせいで故郷へ戻ることになったスーリアを見て、ある者は悲しみ、ある者は人の不幸を我がことのように嘆き、ある者は……
無能の力を持って生まれたクロウに、全ての罪過があると憎み蔑んだ。
世に生まれ出でたばかりの小さな赤子は、こうして人の悪意を向けられながら育つことを余儀なくされてしまったのである。
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