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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編
2.頬の紅潮にも二種類ありまして
しおりを挟む煉瓦敷きの小道を通り、すこしだけ傾斜のある道を登って高台へ向かう。
といっても小高い丘程度だけど、見上げた先には白い板壁のレトロな洋風の屋敷が見えた。なんか古いドラマで見るような、典型的な金持ちの別荘だ。
でも実際に近付いてみると、やっぱりちょっと興奮してしまう。
だってやっぱ洋館とか普通に格好いいじゃん。シベの家はビルの中にあるくせに、こういう別荘は古き良きみたいなのを用意するからズルいよなぁ。
いや、金持ちなんだしこだわりとかあるのは当然なんだけど、こう……俺的にグッときちゃって悔しいのがズルいっていうか何と言うか。
そういう反応するから陰キャと言われるんだろうが、金持ちのイケメンという概念が憎いという気持ちは消えないんだからしょうがない。俺は心の狭い男なのだ。
例えシベん家の別荘が入ってすぐオシャレ模様が入った石材の床でツルッツルの綺麗な玄関だろうと、真正面には広いリビングルームにクソデカいソファと掃き出し窓が見えるオシャレな吹き抜けの空間だろうと、ソファに近付いて玄関側を振り返ったらこちらを見下ろせる二階の廊下の柵が見えようと、俺は凄いなんて思ったりしない。「吹き抜けの廊下あんのかよ金持ちっぽい!」とか絶対に思わないぞ。
ここへ連れてきてくれた運転手さんがウェルカムドリンクを俺に渡してくれようとも、めっちゃ美味しいぶどうジュースだろうと俺はぁああ。
「オイ、苦み走った顔で嫉妬するか顔キラッキラにして喜ぶかどっちかにしろ。どっちの顔も気持ち悪い」
「ホラこいつホントこういうコト言う!! 友達に向かってこういうこと言うー!!」
「やかましい、お前が顔までうるさいからだろうがっ! そんなに元気があるんなら、今から予習復習でもさせてやろうか!?」
「ひゃいすみましぇん……」
自分の非力さが恨めしい。
でも連れてきて貰った手前、俺には何の選択権もないのだ。
ならば、せめて二日間勉強の魔の手から逃れるために大人しくするしかない。大人しくしていれば……そうだ。リビングの端に見える小部屋になったキッチンで、何やら金持ちっぽいご飯を作って貰えるかもしれない。
金持ちごはん、良い響きだ。
っていうか、折角自分の力では逆立ちしたって生涯訪れられそうにない場所に来たんだから、ここは気持ちを切り替えて楽しむべきだよな。
久しぶりにコッチに帰って来たんだし、良いモノを食べさせて貰おうではないか。
「ハァ……。お前な、その分かりやすいところを本当に直……」
何やらシベが再び俺にお小言を言いそうな気配がしたと、同時。
――――ピンポーン、と、俺の家のインターホンとは異なる高級そうな呼び出し音が聞こえた。音は一緒なんだけど、なんか透き通ってるんだよなこれ。
こんなところまで金持ちは差を見せつけるのか、とまたジェラシーが湧いてきてしまったが、何故かシベはその音にハッとして焦るように俺を見る。
どうしてそんな顔を見せてくるのか分からず、思わず目を丸くしてしまうが、シベはそんな俺を見て「クソッ」と失礼な事を吐き捨てると、爪を噛んだ。
「こんなに早く……出来ればお前を会わせたくなかったんだが……」
「ん? 誰か会いに来てるのか?」
「…………ああ。立場上……お前も一度くらいは礼を言わなきゃならん、そういう面倒くさい相手だ。……仕方ない……」
「……?」
女子受けしそうな薄いダークブラウンの髪をガシガシと掻いて、玄関へ向かう。
誰が来たんだろうと突っ立って待っていると、数分誰かと話しているような声が聞こえて、シベがその話し相手だろう「訪問者」を連れて帰ってきた。
その訪問者とは……先ほど、俺に手を振った細くて背の高い男性だ。
なんだ、あの人ってシベの知り合いだったのか。
「やあ。君が潜祇 司君だね。聞いてたとおり、スレてなさそうな子だ」
「は、はい……? えと……よろしくお願いします……?」
どうやら相手は俺を知っているみたいだが、そうなると俺はどう返事すればいいのか分からない。とりあえず軽く頭を下げると、相手はクスクスと笑っていた。
シベと同じ眼鏡の男だが、シベと比べるとなんか……クールの種類が違うな。
涼しい場所だからか黒いハイネックの長袖と細身のスラックスを穿いているだけのラフな格好をしているけど、真ん中分けで整えられた少し長い髪とノンフレームの眼鏡が品のいい知的なお兄さん感を醸し出している。
どういう人にしろ、まあ金持ちであるのは確かなようだった。
……そういえば俺、キュウマ含めて四角い眼鏡の男ばっかと会ってるな今日……。いやキュウマはフレームが太くて、シベは細めの銀縁で、この人はノンフレームなので違いはあるんだが……制服姿の運転手のおじさんが恋しくなってきた。
思わぬ眼鏡地獄に少し気後れしていると、知的お兄さんは俺を見てまた笑う。
バカにしてるんじゃなくて「面白い」と思ってるのが分かる笑いだ。
けど、そんな眼鏡お兄さんにシベは何やらご立腹なようで。
「潜祇は貴方の事を知らないんですから、自己紹介くらいしてくださいよ」
あれ。シベって俺達以外には結構丁寧な対応なのに、なんかかなり嫌々敬語を使っているような感じだな。
どうしてだろうと不思議に思っていると、眼鏡お兄さんは一歩踏み出して、ポケッと弛緩させていた俺の右手を取って両手で包んだ。
「それもそうだね。ふふっ……こんにちは、ツカサ君。僕は、青柳晴臣っていうんだ。君は知らない……というか、知らされていないと思うけど、君が運び込まれた病院は僕の家が運営しているんだよ」
「えっ……じゃ、じゃあ、シベが頼んでくれてあんな良い部屋を紹介してくれたのは、青柳さんのご厚意だったんですか! あ、あの、ありがとうございます!」
そうか。そう言えば、あの病院はシベの持ち物ではなさそうだった。
だとしたら、シベが誰かに頼んであの部屋を用意して貰ったはずだ。
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謝った方が良いよなとすぐさま思ったが、そんな俺の焦りを察してなのか、青柳さんはほっそりとした両手で俺の右手を包んだまま、長い指にぐっと力を込めた。
「ふふ、気にしないで。僕は病院の経営に直接かかわってるワケじゃないし、真言君とはある意味“同僚”みたいなものだけど、僕自身は別荘を渡り歩いてる放蕩息子でお礼を言われるような立場じゃないからね」
「そう……なんですか……」
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「嫌だなあ真言君、そんなに邪険にしなくても良いじゃないか」
「潜祇には、あまり独特な世界を味わわせたくないんですよ。これ以上コイツの人生に衝撃を与えるようなモノを見せて捻じ曲がったらどうするんですか」
そう言って睨むシベに、青柳さんは穏やかににっこりと笑って返した。
悪意ゼロの、そりゃもう爽やかな笑顔で。
「過保護だなぁ。そんなに干渉したら、嫌われちゃうよ? いくら守ってやりたいくらい可愛く思ってる男の子でも、相手は二次元じゃなく人間なんだから」
「なっ……!! 俺はそんなこと思ってません!!」
いや本当なんの見間違いなんですか青柳さん。
コイツ絶対俺にそんなこと思ってませんて、なんなら今俺は勉強と言う名の折檻をされそうになってたんですって。あとコイツ俺の事すぐキモイって言うし。
とはいえダチなんだから、それも軽口の範囲だし俺は気安いと思っているから良いんだけど、さすがにそれで「可愛く思ってる」はおちょくりすぎだよなあ。
おかげで、シベが珍しく顔を真っ赤にしてめちゃくちゃ怒ってるじゃないか。
……うーん、青柳さんって、いつもこんな風にシベをからかうのかな。
だとしたら、何でシベが嫌そうな顔をしてたのか納得だな。
俺も大人におちょくられたらムキーってなるし、嫌になる気持ちは分かるぞシベ。
「ほらほら、そうやって否定するところが正直なんだよ君は。ははは」
「あ、青柳さんもうそのくらいで……」
さすがにシベが可哀相になってきた。
こういうのは反応した方が負けなのだ。例えそう思っていなくて必死に否定しても、相手はその必死さをわざと「ほらそう思うから否定してるんでしょ」とか言うんだよな。もうそうなると、否定したって相手のおちょくりからはもう逃げられない。
個人的にそういうのは好きじゃないので、勘弁してほしい。
そんな思いを抱きつつ青柳さんの顔を見上げると、相手は俺の顔を数秒じいっと見つめて……それから、ほのかに笑うように目を細めた。
「君は良い子だね、ツカサ君。なんだか君には可能性を感じるよ。出来れば、末永く仲良くして貰いたいな」
「……? は、はい……こちらこそ……」
…………なんか、目が怖いな。光が入って無いように見えるくらい、黒い瞳だからかな。青柳さんは薄口の顔の美形だと思うんだけど、そういう人の目が薄笑いの黒い目だとちょっと怖くなる。いや、そう思うのは失礼なんだが……。
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「おやおや過保護だねえ君は本当に。じゃあまた来るよ。ああツカサ君、もしヒマなら明日“良いところ”に連れて行ってあげる。僕の別荘はこの家の一軒下だから、何もする事が無いならおいで」
「は、はい……」
「行きませんからご厚意だけ頂戴します!」
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そんなシベの行動にも青柳さんは笑みを崩さなかったが、からかい過ぎたと思ったのか、それ以上なにも言わず挨拶だけして去って行った。
……な、なんか嵐って言うか旋風みたいな人だったな……。
「シベ、もう青柳さん行ったから離していいぞ?」
俺を引き寄せたまでは良かったけど、その、正直ダチの体が背中にくっついているのは、ちょっとゾワゾワして居心地が悪い。
ヒロは昔からの事があるから慣れちゃったけど、やっぱブラック達と違って友達とは身を寄せ合うのも抵抗があるんだよなぁ。
嫌いとかじゃないし、いざとなったら抱えて逃げてやるくらいには思える悪友なんだけど、普段の肩とか手でふざけてじゃれあうのとは違う、こういう触れ合いは遠慮したいと思ってしまうのだ。
そんな俺の指摘に気が付いたのか、シベは珍しく目を見開いてまたもや大きく動揺すると、顔を真っ赤にしながら慌てて俺を突き飛ばした。
「モギャッ」
おいこらソファが無かったら顔面から床に直撃してたぞ!
謝れこの暴力金持ち!!
「う、うわっ、すまん潜祇っ。つい、そのっ……」
「暴力反対」
ふかふかのソファに手をついて、上半身を捻って振り向き相手を見やる。
すると、俺の睨みにシベは怯んだのか、顔を赤くしたままちょっと後ずさりした。
「ぅ…………す、すまん……」
なんだかずいぶん素直に謝られたな。
おっと……これはもしかして、オネダリチャンスなのでは。
「……じゃあアイス。アイス食べたい。俺が普段食べないようなお高い奴な!」
それで許してやろう、とソファに座り直して腕組みをすると、シベは数秒俺を真っ赤な顔のまま見つめていたが……やっと落ち着いたのか、頬を掻いて目を泳がせた。
「…………コイツだけ連れて来たのは間違いだったかな……」
「え、なに?」
「な、何でもねえよ。……くそっ、仕方ないな……」
頬の赤みも引かないまま、ブツブツと何か言っていたようだが、相手は俺の頼みを聞いてくれるつもりなのか、どこかへ歩いて行ってしまった。
高級アイス。どんなのが来るんだろう。
ちょっと、いや物凄く楽しみ……ってそんな場合じゃないな。
楽しいけど……でも、やっぱブラックの事が心配になってきたよ。
シベとくっついた時にブラックを思い出しちゃったからなんだけど、俺がこっちで夏を楽しんでいればいるほど、やっぱアッチに行った時になんか凄くヤバい事になるような気がする。どうにかキュウマと連絡を取る方法は無いんだろうか。
そう考えて、俺は“あるもの”の存在を思い出した。
「……もしかして、ここのどこかに【禍津神神社】の分社とかないかな……」
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だって俺には、コレがあるんだから。
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出来るだけ肌身離さず身に着けているこの大事な指輪が、俺とブラックの世界を、別の場所からも繋げてくれるかもしれない。
そう思うと胸の奥が熱くなって、俺はTシャツ越しの指輪を握りしめた。
「よし……あとでこっそり、指輪を使ってみよう」
ブラックは俺が帰る時に文句を言ってたけど……
俺だって……あ……アンタと、離れたいわけじゃない……し……。
……だから、出来れば。
こんな遠い場所でもアッチに行けるなら、少しでも……ブラックに、会いたい。
………………う……な、なんか恥ずかしくなってきた……。
「おい、管理人に頼んで今から持ってきて貰……なんで真っ赤になってんだ、お前。冷房が効いてなかったか?」
「あっ、いっいや何でもない! なんでもっ」
→
※実際のシベの髪色は銀煤竹色が一番近いです
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