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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
1.どこへも行けなかった獣達
しおりを挟む【武神獣王国・アルクーダ】を襲った大事件は終息を迎え、俺達には束の間の休息が与えられることになった。
……と言っても、人族の大陸へ戻る船がやってくるまでの一週間だ。
それまでは、王宮で寛いで過ごしてくれと言われたのだが……俺は、このベーマス大陸で絶対にやっておきたいことが一つだけあった。
それが、墓参り。
俺を命がけで助けてくれた“根無し草”の鼠人族――ラトテップさんの墓に参り、彼がしてくれた事は誇りある行為だったのだと示すために、どうしても彼の故郷に行きたかったのだ。
そんな俺の願いを叶えるために、ロクショウとナルラトさんが協力してくれて、今の俺達は“故郷”へと向かっていた。
「ツカサ君、もう少し近くでも良かったんじゃない? さすがにずっと岩山の下り坂ってのは、君には危険な気がするんだけど」
だいぶん急な岩場の坂道を慎重に下る俺……の横で、何事も無いようにスタスタと歩くオッサンが声をかけてくる。
「今バカにしたなオメー。大丈夫だって、俺だって冒険者なんだから」
とはいえ、正直ちょっと怖い。
コケないように歩いて行かないとな、なんて思っていると、横から心配する声が次々に突撃してくる。
「ムゥ……やはり抱いて行った方が早かったのでは」
「ツカサ、悪いことは言わないからそうしなって。この“敵転がし”の坂は一回コケると村どころか海に落ちそうになる坂なんだからよ」
「キュ~」
ぐうう……全員にここまで心配されると、逆に意地でも頼りたくなくなってくる。
俺だって、足腰の強さには自信があるんだからな。こうなったら、ブラック達が何と言おうと絶対に自分の足であの眼下の集落までたどり着いてやる。
そう思い、俺は長く急な坂道の終点を見やった。
――――背面が険しい崖のような斜面で、一方はすぐ海に面している。
そんな、細く帯状に崖に張り付く平地に、ぎゅっと集まった小さな集落がある。
恐らく平地に降りればもう少し広く思えるんだろうけど、上から見下ろしたその土地は、本当に隠れ里であり「どこにも逃げ場が無かった人達の最後の場所」のような、何か物寂しい感じを覚えた。
ナルラトさんとラトテップさん、それにヨグトさんが属する“根無し草”の鼠人族は、昔から偵察の仕事だけでなく暗殺者という生業も背負ってきた。
だけど暗殺は獣人からすればもっとも恥じるべき所業で、そのせいで彼らは長い間虐げられたり、逆に酷い種族に捕まってこきつかわれていたという。
そんな彼らが必死の思いで守り抜いたのが、この集落だ。
かつて……この山の先にある“赤い砂漠”に王国があって、その国が滅びた直後、彼らの先祖は迫害を恐れてこの土地を見つけたのだという。
だけどこの土地での暮らしは地獄のように過酷で、結局オス達は“根無し草”として外の世界に出ざるを得なかった。そのせいで現在まで暗殺者のレッテルは消える事も無く、彼らは艱難辛苦を耐え抜いてきたのだそうだ。
……もう既に種族自体が暗殺者だって認識されてたから、外に出る事も難しかったんだろうな。ヘタすると、暗殺の仕返しに子供が狙われてただろうし。
現に、ドービエル爺ちゃんが救出するまで仕えていたサルの一族では、この村の事を知られてしまったから脅されて、子供を供出させられてたんだもん。
ここ以上に迫害されない場所なんて、どこにもなかったんだよな……きっと。
ここへ来る道すがらそんな話を聞いて、俺はつい心に重いものを抱いてしまったが、ナルラトさんは「もう昔の話だ、気にするな」と言ってくれたので飲み込まないとな。
俺が暗い顔をしていたら、墓参りに来た意味がなくなる。
ラトテップさんが望む死を迎えられたことを俺が示すために、ここに来たんだ。
お墓に参って、ラトテップさんは誇らしい存在だったことをみんなに報告するまでは、ここでションボリしているワケにはいかない。
そう腹に決めると、俺は縺れそうになる足をなんとか動かしながら、時間をかけて“根無し草”の集落へとたどり着いたのだった。
――――ナルラトさんの故郷でもあるこの集落は、何と言うか……あまり、こう表現したくはないんだけど……正直な話、すごく粗末な建物ばかりだった。
獣人の大陸は基本的に石や岩で家を作るんだけど、その岩がボロボロになってて穴が開いたりヒビが入っているモノも少なくない。
たぶん、食糧採取や訓練に時間を割くせいで、家の修復に手が回らないんだ。
周囲を見回すと、家の残骸なのか建材として役に立たなくなったのか、小石の山がそこかしこにぽつぽつと積まれていた。
まさかアレがお墓と言うわけではないだろう。
「旦那がた、こっちです。今から、次期長……いや、今の長に紹介しますね」
ナルラトさんが数歩先に歩み出て、俺達を集落の中に案内する。
言われるがまま進んで行くが、家々のガラスも鎧戸もない開けっ放しの窓の奥は薄暗くて、海からの照り返しと平地の蒸し暑さがじりじりと体をむしばんでくる。
もしかすると、この気候が家の劣化を進めているのかもしれない。
人気が無いのも、この暑さでは昼に外に出られなくてみんな眠っているのかも。
そう思ったが、どうやらちょっと違ったらしい。
「……隠れてジロジロ見るなんて、礼儀知らずなヤツらだな」
「ブラック、わざとらしく怒るな。根無し草のメスどもは俺達を警戒しているんだろう。他の土地から来たオスなど、厄介者でしかなかっただろうからな」
そうか、彼らは俺達がラトテップさんの知り合いだと知らないんだよな。
「ラトテップさんの墓参りに来るかも」という情報はナルラトさんから知らされていても、それが俺達だって保証もないしな。だったら、隠れて居るのも無理はない。
まったく、ブラックもわざと挑発するんだからなぁ。
でも、クロウがそれを嗜める姿を見るとなんだかちょっと嬉しい。
お互い悪友だ殺すだなんだの言ってるけど、やっぱり結局仲がいいんだ。
クロウが自信を取り戻してから、こういう言い合いもわりと対等になってる気がする。第二のオスだからって遠慮が抜けたのかな。
なんにせよ、仲間が仲良くしているのを見るのは俺としては嬉しい事だった。
この調子で鼠人族の人達とも仲良くなれればいいんだけどな。
「ああ、ここです。ちょっと待ってて下さいね」
「いや『ああココです』って……コレが、長の家か……?」
ナルラトさんが立ち止まって、スタスタと入っていった海辺に一番近い家。
砂浜すら存在しない、水面に降りればすぐ深い海になっていそうなまさに瀬戸際に、とてもボロボロになった家があった。
……いや、まあ、家もちょっとだけ大きいし、まわりには潮風に侵食されないようにとの配慮か、小石が積まれた壁みたいなものがあるし、豪華っちゃ豪華だけど……。
でも、これが一族の長の家だなんて考えられない。
高地の岩山に住む人族の人達だって、まだちゃんとした家で暮らしてたのに。
…………これが、極地で暮らす「ここを選ばざるを得なかった人達」の家なのか。
「長がお待ちです。さ、どうぞ」
ナルラトさんが俺達を招いてくれる。
ぽっかりと空いた薄暗いドアなしの入口。
今にも崩れそうなヒビ入りの岩で作られた家は、俺達が入ったら壊れるんじゃないかと少し怖かったけど……招かれた以上入るのが礼儀だ。
しかし俺は念のためにロクだけは守るようにして懐に入れると、意を決し暗がりの中へとお邪魔することにした。
「…………」
三人で入って最初に思ったのは、家の中がかなり暗いこと。
そのおかげで日差しの熱からは守られて少しだけ涼しいけど、でも目が慣れるまでかなりの時間が掛かるくらい、家の中は真っ暗だ。
こんな家で暮らしているなんて、本当に大変だよ……。
自分だったら耐えられるか分からない、と唾を飲み込んだ俺に向かって、正面から少ししゃがれた女の人の声が聞こえて来た。
「ああ、外の人にはお暗いでしょう。お待ちくださいね、今明かりをつけますので」
ここで気付いたと言わんばかりに、正面の暗がりで人が立った時に聞こえる布擦れの音が聞こえる。ややあって、小さな明かりが灯った。
「この方が、今の俺達の長……ニグラ様だ」
徐々に周りを照らしていく小さな灯りに浮かび上がったのは、痩せて白髪を蓄えた、獣人の女性。だが、彼女の容姿は俺達が想像していたものと違っていた。
「ようこそ、皆様。私がこの村の長を勤めています、ニグラと申すものです」
彼女の鼻の先は、獣と同じ黒い柔らかそうな鼻頭に変わっていて、顔立ちはネズミの毛皮にヒトとしての目と口を与えたような……半獣人、とでも言えばいいのか……とにかく、形容しがたい不可解な変化を遂げていた。
これは……質問して良いことなのだろうか?
「あ、あの……」
「狭く何もない家ですが、どうぞお好きな場所にお座りください。昼間ゆえ、火を焚く事はどうかお許しくださいませね」
そう言いながら、ニグラさんは家の中央……焚火を囲うように平たい石がいくつか置かれた所へ俺達を誘う。
きっと平たい石が座布団の代わりで、焚火は囲炉裏の代わりなのだろう。
だけどやっぱり……この設備を見ると、いやおうなしにここでの暮らしを考えてしまって、俺は再び気持ちが重くなってしまった。
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※断章は、クロウが自分の過去を語る章です
数回程度ですが短編として読んでいただけると嬉しいです!
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