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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
56.最後の仕掛けと三日の宴1
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その日、絶望と死の恐怖を味わった人々は、その苦しみを凌駕する素晴らしい力を目の当たりにする幸運を得たという。
俺の手にある『王都時事日報』という新聞のような藁半紙に似た紙には、そのことが絵姿と共にぎっしりの文面で克明に記されていた。
その文面の内容って言うのは、こうだ。
【未曽有の災害に襲われし王都、聖獣ベーマスの使徒により復興す】。
――――昨日、我らが【武神獣王国アルクーダ】の王都【アーカディア】は、突如として現れた巨大な城の怪物と、獣の風上にも置けない愚かな家畜どもによる未曽有の大災害に襲われることとなった。
しかし我ら秩序を重んじる王都の民は、ただの獣ではない。
現在王権を代行するドービエル陛下の名采配により、我々は貴族居住区へと迅速な避難を完了することができ、いざという時には一丸となって抵抗できるように迎撃の準備を進めていた。これぞ、賢き群れの一員の行動である。
だがしかし、それがあわや海岸の砂像となる展開が起こった。
数分の膠着の後、巨大な城の怪物が、緑の光で作られた雷によって、王都を守護していた謎の砂巨人の体ごと街の一部を吹き飛ばしたのだ。
その光景に、我々は驚愕し尻尾を巻かざるを得なかった。
最早これまでかと覚悟し、恐らくは我らが尊敬する王ですらただではすまないだろうと絶望を感じ、あの強者である獅子族・虎族・狼族ですら嘆いたのである。
しかし、聖獣ベーマスは砂漠の民を見離さなかった。
我らは見たのだ!
砂漠に高き柱を立て、その頂きで夕陽の光を纏い吠える一人の男の姿を!
彼の者は王都へその手を伸ばし、糸のように光を操ってそれらを瓦礫となった所へ容易く伸ばした。すると、王都が夕陽の光に包まれ――――
なんと、土塊となった家屋や防壁がひとりでに動きはじめ、全てが元の形へ戻っていくではないか。一部が壊れた王宮も、手を触れず即座に再現されたのだ。
それはまるで、大地の基礎となるほど大きく偉大であった聖獣ベーマスのような、天地創造にも見えた。無論、装飾や物品などは壊れたままではあったが、膨大な時をかけて復興する過酷な未来を思えば、これほど助けられることはない。
道すらも元の美しい姿へ戻してしまったその男に、我々は遠くから賛美を送った。
戦場で雄々しく戦っていた兵士達の勝鬨も同時に響いたあの日は、優れた王都の民である我々に新たな一体感を齎したと言っても過言ではないだろう。
これにより、王都アーカディアは未曽有の危機から救われることとなった。
我々はこの日を忘れることは無いだろう。
ドービエル陛下、戦竜賢竜両陛下、王妃両陛下、護国武令軍の兵士達
そして、人族の大陸より帰還した、この件の功労者
クロウクルワッハ様、並びにツカサ・クグルギ殿とブラック・ブックス殿に、王都臣民より最大の敬意と感謝を申し上げ奉る。
「クロウが認めて貰えた! ……のは嬉しいんだけど、ナルラトさんや王族の人達も頑張ってたんだけど名前が無いな……。アンノーネさんも助けてくれたんだけど」
ベッドでだらしなく寝転がりながら、俺は藁半紙を破らないよう慎重に持ちながら、改めて自分達を褒めてくれている記事を読み直す。
一面記事なのはありがたかったが、他の記事のどこを読んでも他に活躍した人の名前は載っていなかった。……いやまあ、ウラで働くナルラトさんや、内勤が基本の文官であるアンノーネさんを一般の人が知らないのは仕方ないんだけどさ。
けど、今回活躍しなかった俺の名前をどこかから聞きつけて書いてくれたというのなら、俺よりもアンノーネさんとナルラトさんのことを功労者として欲しかったな。
そう考えて、俺は藁半紙をサイドチェストに置きゴロンと横に寝転がる。
……いや、感謝してくれるのはありがたいし、贅沢な事を言っているのは分かっているんだけどさ。
でも、何も活躍していないのに活躍した人より感謝されるのは、一人の立派な男としてなんかこう……申し訳ないっていうか、恥ずかしいと言うか……。
俺自身が「あの人のおかげで出来た!」って確信しているからこそ、その人の助力に報いる事が出来ないっていうのがイヤなんだろうな。
けど、それだって俺の独りよがりな感情だし、ナルラトさん達は謙虚だからきっと「俺達は良いよ」なんて遠慮しちゃうから、話はそこで終わっちゃうんだろうけどさ。
「ぐぅう……二人には後で俺が個人的に何かお礼をしなきゃな……」
それと、カウルノスにも何か感謝の品を贈らねば。
なんだかんだ緑狼を引き付けてくれていたし、俺の事も助けてくれたもんな。
あと、クロウの伯父のデハイアさんにも……うーん、やっぱり正しく物事が伝わってないと気持ちが悪い。みんな大人だから何も言わないけど、ここは俺が最年少として少しガキっぽくなって騒ぐべきかもしれない。
とはいえ、どう上手くやれば良いのか思いつかないんだが……。
「くそー、ブラックが居てくれたら良いアイディアを教えてくれそうなのに、最低一人は宴に出ろって言われて連れてかれちゃったんだもんなぁ……」
「キュー?」
起きてからブツクサ言っていると、客室のベッドルームにロクが入ってきた。
ロクも「尊竜様」として、王宮の宴に呼ばれてるんだよな。まあそこは当然だ。
だって、ロクは竜人モードで値千金の活躍をしてたっていうし、そりゃもうみんなから可愛い強い凄いと讃えまくられて当然なのだ。
ふふん、さすがは俺の可愛くて最高な相棒ってところだな!
みんなから愛される世界一可愛いヘビトカゲちゃんはロクショウに決まったも同然ってヤツだ。これは素直に俺も鼻が高いよ。
とはいえ、今はブラックに言われて俺の様子を見に戻ってきたんだろう。
心配させちゃって申し訳ないな。
ベッドにぽすんっと乗ってきたロクの頭を撫でると、相手は「だいじょうぶ?」と心配そうな目をして俺の顔を見上げてきた。
なんという可愛さ……これは宴でもロクはモテモテだったに違いない……!
「えへへ、様子を見に来てくれたんだよな? ありがとうなロク」
「キュー! ゥキュキュ?」
「うん、体の方はだいぶ良くなったよ。俺だけ欠席しちゃってごめんな。宴の方、何か大変なんだろ……? 三日三晩やるとかなんとか……」
「グキュー……」
――――あの後。
戦が終わって、クロウと一緒に色んな興奮した人にもみくちゃにされながら王宮へ戻ると、すぐに会議が行われたんだよな。
そんで何を言うのかと思ったら「とりあえず宴だ!」ってなって……。
…………うん、事後処理とかより先に宴をする意味が分からんかったが、詳しく話を聞いてみると、それが案外浮かれた理由だけじゃなかったんだよな。
ドービエル爺ちゃんとアンノーネさん曰く、大規模な宴を行う事によって王都の民を安心させるだけでなく、一つに集めて食糧を振る舞ったりすることで、その間に損害や状況をスムーズに把握したりすることが出来るらしい。
なにより獣人達は欲求に素直だし、食事とお酒が大好きだから「戦勝記念の宴」って事にすれば不安も取り除けるし、三日後には復興のための案も出来上がって彼らがすぐに支援を受けられるってことで……ともかく良いこと尽くめなのだそうだ。
そんなに上手くいくのかなと疑問だったんだが、どうやら宴一日目は大盛況のようで……ううむ、まあ、みんな喜んでるなら良いんだよな。たぶん。
けれど、ロクからの話を聞いていると、随分てんやわんやの無礼講な宴らしく、小さなお手手でジェスチャーして教えてくれた話によると、面白半分で喧嘩したり料理や酒が空を飛んだりするらしい。人族大陸育ちの俺達にはかなりワイルドで、心臓がドキドキしてしまうようなレベルのヤンチャが行われているのだそうだ……。
…………なんか、俺がついて行けない陽キャのカホリがしてきたぞ。
既にもう宴に行きたくなくなってきたが、しかしこの無礼講が獣人達の不満を解消する手助けになってるっぽいし……やっぱり有効なのか、宴。
しかし、ロクやブラック達からすれば大変なんだろうなぁ……。
ブラックとクロウがウンザリしている顔が見なくても分かるのは何故だろうか。
なんか俺一人でのびのび静養してるのも申し訳なくなってきたな。
「ロクも少しここで休んでいくか?」
「キュー、キュキュッ」
ロクはどうやら「尊竜様」として獣人達から尊敬を集めているようで、そのおかげで彼らのいざこざを収めることが出来ているらしい。
今のロクは、言わば宴の喧嘩を取り締まる宴ポリスなのだそうだ。
だから「大半の人が寝るまで、喧嘩しないようにお世話をするよ!」とのことで……ううっ、ロク、お前って奴はなんて賢くて優しい天下無双の可愛さを誇る責任感トップクラスのヘビトカゲちゃんなんだっ!
これは最早国宝、いや世界の宝と言っても過言ではないのでは……!?
「ロクのために、【世界の宝】認定制度をシアンさんに提案しなくっちゃ……!!」
「きゅっ、キュキュ~……?」
「あっ、何でもない、何でもないぞ~! 俺は明日の朝まで様子見だけど、ロクも無理しないようにな。眠くなったらいつでも帰ってきていいからな」
「キュー!」
俺が頭を撫でると、ロクは気持ちよさそうに目を細めしばし堪能すると、元気満タンになったのか颯爽と飛び去って行った。
きっと、ブラックに俺の体調を報告してくれるだろう。会議が終わって力尽きたので、夕方からの宴には参加できなかったから、たぶん心配してるよな。
けど、あの時はとにかくバタバタしてたから、むしろ俺を寝かせて対策の方に回ってくれたのはありがたかったかも。ブラックとクロウが居れば、そういう対策とかは持ち前の頭の良さでサクッと良案を出してくれただろうし。
まあ、俺も何か手伝いたかったが、生憎と頭脳労働は苦手でな……。
眠っている方が他の人には都合がいいタイプなのだ、俺は。
「はー、自分で言ってて空しいけど、とにかく上手く言ったんならヨシだな」
一息ついて、鈴虫が鳴くような音だけが響く部屋で伸びをする。
月の光だけが照らす部屋は、この部屋に通された時と同じように少しも暗い感じがしない。外から少し流れてくる風と金色の粒子が、俺の心を一層宥めてくれた。
うん。なんだか凄く気持ちがいい。
でも明日は俺も宴に参加しなきゃいけないし、もう少し眠らせて貰おうか。
クロウの事や敵の事も色々考えたいが、一人でぐるぐる考えていたって仕方がないのだ。こういうのは、ブラック達と一緒にやんないとな。
それに、バタバタしてたせいで、ブラックとナルラトさんがあの後どうやって【教導】を撃退したのかも聞けずじまいだし。
「とりあえず……今は大人しく寝なおすか……」
ブラックがすんなり宴の提案を受け入れたってことは、ひとまず【教導】が今後何かをしてくるってことは無いだろう。もしかしたら、完全に斃してくれたのかもしれない。
なら、俺も次の緊急事態に動けるように完全回復するまでだ。
そう考えて、月光の明かりが差し込む中、再びベッドに潜り込もうと体を傾けた所で――――外に、何者かの気配を感じた。
「……ツカサさん。お疲れの所にお邪魔して申し訳ない」
低い声。
耳を澄まさないと聞こえないくらいに小さな足音を立てて入ってくる誰かに、俺は寝ようとする体を起こし入口の方を向いた。
――……この声は、聞き覚えがある。
そういえば彼は、あの後全く姿を見せなかったんだっけ。
どこに行ったのか謎だったけど……どうして今、ここに来たんだろうか。
月明かりを背にしてベッドに近付いてくる相手は、どこか遠慮がちだ。
まあ、今までの事を考えれば無理もないけど……でも、今の相手からは殺気も何も感じなくて、俺は全てが終わったことを察し手を差し出した。
「どうぞ。……あの、お茶とか飲みます?」
「あ、いえ……」
「……飲んでいって下さい。冷たい麦茶、美味しいですよ」
急に動くと少しふらつくが、しかし、バッグから【リオート・リング】を取り出してお茶を用意するくらいは問題ない。というか、リハビリとして少し動いた方がいいだろう。
そんなことを思いながらベッドから降りようとする俺に、相手は何を遠慮したのか、深々と頭を下げると心底申し訳なさそうな声を絞り出した。
「本当に……申し訳ない……っ」
…………この人は、いつも俺達に謝ってばかりだな。
そう思うとなんだか切なくて、俺はその小さな声を聞かなかったことにすると、彼の為に冷えた麦茶をカップへと注いだ。
→
※めちゃ朝…!!
いつもイイネとエールありがとうございます!
凄くありがたくて元気でますです!\\└('ω')┘//
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