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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
46.魂呼び
しおりを挟むまた、俺の胸……丁度、指輪が触れている中央のあたりから光が漏れてきて、頭の中に声が響いて――――って、これはクラウディアちゃんの声だ。
急に姿が見えなくなったが、それは危なく無いように俺の中に隠れているんだろうと見当がついたので、心配していなかったけど……。
アクティーの姿を見て、きっとクラウディアちゃんは心を痛めているだろう。
それを思うと俺も心苦しかったが、しかし彼女だってアクティーの過去を見て、彼女の本当の心を知って、覚悟を決めているはずだ。
アクティー自身も、自分が操られて酷いことをするであろうと語っていた。
だから、クラウディアちゃんも冷静な声で俺に話しかけてくれたんだろう。
……そんな風に耐えさせている事に申し訳なさが増したが、しかし今は自責の念に酔っている場合じゃない。
『私の力を使って』とは、いったいどういう意味なんだろうか。
返答するように心の中で思うと、また声が聞こえてくる。
『おにいちゃん、前にわたしの【魂呼び】の力の使い方を教えたでしょう? ……本当は、自分で覚えていく方が負担が少ないと思うんだけど……でも、今はアクティーが心配なの。だから……おにいちゃんに、私の一部をあげる』
「え……」
私の一部って、どういうことだ。
まさかクラウディアちゃんの魂に何か起こるんじゃないかと不安になると、その感情すらも伝わっていたのか、相手は姿が見えないながらも小さく笑った。
『大丈夫。おにいちゃんの中に入って分かったけど……移しても、残るものは有るんだよ。それに、おにいちゃんに渡しても“結局は同じところに行く”から、安心して』
――結局は、同じところに行く……?
その言い方に何故か引っ掛かりを覚えたが、クラウディアちゃんが「問題ない」のだと確信しているのは間違いないようだ。
俺は魂だけの存在になった事が無いから分からないけど……迷える腐幽霊なのに自分の行き先が分かっているみたいな感じなんだろうか。でも、クラウディアちゃんの魂に負担をかける事になるのは……。
『大丈夫。自分の意志でやるんだもの。抜け毛を足で掻くようなものよ。それに【誰かの魂の記憶を継ぐ】のは、最初はとても苦しいっておかあさまが言ってたから、むしろおにいちゃんに負担をかけると思う。でも……このまま何もせずに、アクティーが悪いことをするのはイヤなの……! だからお願い、おにいちゃん……!』
クラウディアちゃん……。
…………よし、分かった。俺も男だ!
君が大丈夫なら、俺も記憶を受け止める。そうしたら【魂呼び】が使えるんだね。
でも、その【魂呼び】でどうしたら良いんだろう?
『表面的な記憶を受け継ぐんじゃないって、おかあさまは言ってたよ。たぶん、やり方とか手順……? っていうのを受け継ぐんだって。記憶は来てくれた魂から見るもので、記録は受け継ぐものなんだって。だから砂狐族は、ずっと昔の人から記憶を延々と受け継いで色んな知識を知ることが出来たって言ってたよ』
なるほど……やり方を取り込むのか。
受け継ぐことが出来たら、俺にも【魂呼び】が自由自在に使えるのかな?
『うん! わたしには上手く説明できないけど、一緒にやるからきっとおにいちゃんにも出来るようになるよ! ……じゃあ、やるね……!』
アクティーを止めるためなら、何だってやってやろうじゃないか。
……それにコレは、俺の【黒曜の使者】の能力じゃないから大丈夫なはず……。
ともかく、やってくれクラウディアちゃん!
『ちょっと頭がくらくらして、目がチカチカするかもしれないから気を付けて……!』
幼くて愛らしい声がそう注意を促した次の瞬間、目の前が、立ちくらみを覚えたかのように揺れ始めて、強烈な船酔いにかかったように頭が揺れた。
思わず、吐き気がこみ上げてくる。
だけどこれは乗り物酔いの時の感覚じゃない。まるで、体の中に異物が入ってきて、頭を掻き回しているような感覚だ。咄嗟に目を閉じたのに視界がぐるぐる回って、頭が気持ち悪くて、何も見ていないのにチカチカと光が明滅する。
痛覚で感じるつらさじゃなくて、五感を直球で掻き回されるつらさだ。
でも、同時に俺の中でクラウディアちゃんが必死に「おにいちゃん、頑張って」と何度も励ましてくれる。可愛い女の子に励まされてるのに負けられるものか。
ぐ、ぬ、ぐぬぬぬぬ……っ。負けない、お、落ちないしこの強烈な不快感にも絶対に負けないぞ。クラウディアちゃん達のためにも……!
『――――おにいちゃん、もういいよ。目を開けて!』
「……っ!」
そう言われたと同時、急に頭を苛んでいた強烈な感覚が消え去る。
まだ頭の中がぐわんぐわんと波がある感覚が支配していたけど、さきほどの強烈なものよりはずっとマシだ。
言われるがまま目を開くと――――
「え……」
そこには、奇妙な光景が広がっていた。
「ぬっ……どうしたツカサ!?」
俺の異変に気が付いたのか、クロウが即座に問いかけてくる。
だけど俺はそれに応えている余裕がなくて、まるで誰かに導かれるように次の行動を起こしていた。
「炎の獣の周りにだぶって……同じ獣がみえる……」
変な感覚だ。
まるで、簡単な立体映像を作るふろくで用意される、赤と青の輪郭が重なった絵のように、炎の輪郭に同じものがまとわりついている。
だけど、重なろうとしてもそれが成らず、彼らは怒っている顔をしていた。
炎の獣は明確に「こちらを威嚇し攻撃しようとしている」といった獣そのものの表情なのに、ブレて見えるまとわりついた光る半透明の姿は、人間のように起こっているかのような表情だ。
あれはもしかして……あの炎の輪郭のモトになっている、殺された獣人達……?
『おにいちゃん、あの人達は怨みで大地に還れない魂だよ。……わたしたちの一族は、魂達の残り香? みたいなものを読み取って記憶を探るんだけど、こんな風に、意志を持って残ってる強い魂が見える事があるの』
「なんだ、ツカサどうした?!」
「あっ……く、クラウディアちゃんが、俺に……あの炎の獣達の周りに、本当の彼らの魂がまとわりついてるのを見せてくれてるんだ!」
俺以外には声が聞こえてないんだったな。
心配するクロウに慌てて返すと、クロウは向かってくる彼らに唸る。
クラウディアちゃんとはかなり話したつもりだったし、あの強烈な感覚も数分続いたとばかり思っていたのに、まだ目を瞑ってから数秒も経過していなかったらしい。
「なにっ……!? クソッ、彼らは大地に還る事が出来ていないと言うのに、魂すらも未だに囚われたままだというのか……!!」
滅多に怒声を聞かない冷静なクロウの声音が、激しい怒りに染まっていく。
――獣人にとって、命がけで敵と戦って喰われることと大地に還る事はもっとも誇りが保たれる埋葬方法だ。
だが、この大陸で名を知られた強者達は、未だに遺体を弄ばれてその姿形すらも利用されている。そのせいで、魂が救われていないのだ。
……そんなの、獣人であり武人でもあるクロウにとって許せるはずがない。
獣人であることを最も大事な誇りと考えているクロウにとっては、激怒するほどの事なのだ。でも、それは人間の俺だって十分に理解できる。
身内がこんな風にされて成仏も出来ないなんて、そんなの考えたくもない。
『おにいちゃん、近くに行って大きな声であの人達の名前を呼んで! そしたらあの炎を乗っ取れるよ!』
「いっ……ち、近付いて魂達の名前を呼べば炎を乗っ取れるって言ってる!」
「なにっ……わかった、ギリギリまで近付くぞ!!」
そう言うなり、クロウは待ちの姿勢からすぐさま駆け出し、一気に彼らに近付く。
あまりの速さに俺は心臓が縮み上がったが、そんな俺を心の中からクラウディアちゃんが叱咤し、彼らの名前を教えてくれた。
その名を、俺は思い切り天を仰いで喉が擦り切れるほどの声で叫ぶ。
「――――――!!」
数名の、今はもう亡き彼ら名前。
長らく呼ばれていなかったその名を呼ばれた魂達は、急に動きを止めた。
そうして、俺達を見たと思った刹那、嬉しそうに遠吠えを上げてぐるりと炎の獣をそれぞれ取り囲む。そうして――――魂が、中に入った。
「むっ……!?」
クロウの足が、止まる。
同時に炎の獣達も動きが止まったかと思うと、体のあちこちがボコボコと動き出し、妙な動きを見せた。が……最後に頭がぼこぼこと動いた後、急に彼らは生きている獣のように居住まいを正し、こちらへ顔を向けた。
『つかの間だけど……みんな、戻って来たよ』
クラウディアちゃんのその声に、かつて生きていた獣達は喜びの声を上げる。
もう人としての言葉を発するほどの力は残っていなかったみたいだけど、それでも器を得たことで、彼らは「自分」を取り戻したようだ。
そして、数匹の炎の獣達は俺達の横をすり抜けて駆けて行った。
「む……やつらは、もしかして……」
『……おじちゃん達がいるあじとってところに向かったみたい』
「……そっか、アジトに……」
何をしに行ったか、は、もうなんとなく分かっている。
だけどその「心残り」は、きっと今も残って戦っているブラックとナルラトさんを助けてくれるに違いない。彼らは強者だけど、獣の誇りを失った人ではないのだ。
誰が敵か誰が味方かを間違えるほど、愚かな人ではないだろう。
「……ツカサ、黒い犬を追うぞ!」
「おう!」
きっと彼らは、彼らなりの“戦い”を行うのだろう。
なら、俺達はやるべきことをやるだけだ。
『おにいちゃん、アクティーのところに……』
うん。絶対に、追いつこう。
アクティーに人殺しはさせない。
今度は、彼女の魂を解き放つんだ。
→
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