異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

  異能の番犬と勇猛な熊2

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「なっ……!?」

 何が起こっているのか、一瞬理解できなかった。
 だが次の瞬間、建物が崩れるような雷にも似た凄まじい音が上から聞こえてきて、今の「地面のガレキを天井へぶち上げた行為」が、この場の天井を破るために行われた行動だと気づき、俺は息を呑んだ。

 地面の瓦礫が深々と突き刺さった地面が、ひび割れて落ちてくる。
 このままだと生き埋めだと青ざめた俺を背中に引っ付けたクロウは、こちらが事態に対処できていないと言うのに、すぐさま詠唱をしていた。

「瓦礫の刃よ、砕け砂となり大地へ還れ……!
 我が血に応えろ――【ルイーナ】!!」

 そう唱えた口から、鼓膜をビリビリと震わせんばかりの熊の咆哮が放出される。

「~~~ッ!!」

 耳を塞ぐことが出来ず、肩を竦めるがそれでも体全体に伝わる痛いくらいの振動は防ぎきれない。思わず目を細めながらも必死に前を見ると、信じられないような光景が広がっていた。

 ――浮き上がり天井を伴って落下してこようとする土の塊が、クロウの咆哮により振動した空気の動きに当たり、その場で制止する。
 と、認識した瞬間、それらの塊が砂になって落下し始めたのだ。

「なっ……すごっ……!?」

 まるで無重力みたいに浮き上がっていた地面の塊が、一気に綺麗な砂に変化して地面を埋めていく。天井は大きく割れてしまったのか、上から光が差していた。
 こんな状況じゃなければ、神殿の中に光が降り注いでいるみたいで綺麗なのに。

 そうふと考えてしまうほど、今の状況は現実離れしていた。

「砂にしてしまえば、威力などあってないようなものだ」

 当たり前だとでも言うように言いながらクロウは着地するが、そんな事を言えるのは砂や土を操ることが出来るクロウくらいのものだと思う。
 この世界の土の曜術師でも、こんな芸当はできないだろう。

 ともかく、これでこの場所が更に崩壊するのは防げたのだろうか。
 考えてアクティーの方を見ると、彼女は口惜しそうに地面を爪でガリガリと掻いて、俺達を憎らしそうに睨みつけていた。

 即座に攻撃を切り返したクロウに我慢がならないのだろう。エジプトの神様であるアヌビスのような姿にも関わらず、唸りながら鋭い牙を剥き出しにしている。操られている象徴なのか、瞳をギラギラと光らせていて本来の彼女とは全く違う。
 ……怒りの感情まで操られているんだ。そう思うと、胸が痛くなった。

「グルルルルルゥゥウ……ガアァアア!!」

 アクティーが、一際大きく唸り人間の怒声とも思える声を吐き出す。
 そして、苛立ちを示すように、その細いながらも筋肉の起伏が見える黒い足を再び地面へと強く突き立てた。が、力があまりにも強すぎたのか、前足は地面に留まれずに思い切り地面へと沈んだ。

 その瞬間、アクティーの巨大な犬足が沈んだ場所から地面が盛り上がり、まるで波を起こしたかのように放射状となって前方に広がっていく。
 硬い土の地面のはずなのに、まるで液体みたいで……いつ崩れてもおかしくない恐ろしい動きだった。

 その波に戦慄しながら周囲を見渡すと、いつの間にかナルラトさん達も仮面の男達もいなくなっている。ナルラトさんが避難してくれたのは良かったけど、あいつらまで消えたってことは……これ絶対、他の場所にも被害が及ぶよな?
 俺達はなんとかなるけど、フレッシュゾンビになってる冒険者達が危ないぞ!?

 もしアクティーが標的を変えて冒険者を狙いだしたら、彼らを守れるか分からない。
 操られている以上、彼女が拒んでもどうしようもないこともあるだろう。どうにかしてアクティーをここから連れ出さないと……!

「ぬぅ……! このままだと他の者を巻き込みかねん、外に出るぞツカサ!」
「う、うん……!」

 俺が考えていた事と同じことを考えていたのか、クロウが俺に叫ぶ。
 先ほどの咆哮で少し耳がマヒしていて聞こえ辛かったが、大きい声で叫んでくれたおかげでなんとか判る。俺が頷くと、クロウは横顔で薄く笑って再び前を向いた。

「命無き砂よ土よ、叫び求める声を聞き臓腑を開け――――その屈服により我が血に応えろ――――【エデュケイト】!!」

 クロウの体が一気に橙色の綺麗な光に包まれ、その強い光から“大地の気”のような雪のように細かい光の粒子が一気に周囲へと広がる。
 瞬く間に消えた光に息を呑んだが、事態はそれだけでは終わらなかった。

 クロウが宣言するように術の名を唱え終わった瞬間、土で出来た空間が震え、土埃を立てながら俺達の周囲を動き始める。
 まるで、演劇の舞台で大きな背景が動いて行くような妙な違和感。
 変わり映えがしないはずの土の部屋が蠢き、そして。

「――――えっ、光……!?」

 まるで重い石像が地面を擦って動く時のような、不可解な重い音。
 その音が響いてくる方向を見やると、そこからは縦に伸びた柱のような光がこちらへ差し込んでいて……いや、違う。これは……壁が、開いたんだ。

 本来なら動くはずもない土の壁が、クロウの術で動いて壁を自ら動かした。
 外へと続く「扉」を、創り出したんだ。

「グアァアアアッ!! ガァア゛ア゛!!」
「アクティー……!」

 巨大な黒い犬と化したアクティーが、鼻の付け根に何重もの皺を寄せ、牙どころか歯茎すら剥き出しにしながら修羅のような顔で唸っている。
 一目見ただけでは、こちらの所業に怒り狂っているように見えるだろう。

 だけど、あれは違う。きっと、アクティーは苦しんでるんだ。
 怒り狂えという「命令」に、閉じこめられている心が苦しがっている。例え抵抗出来なくても、囚われている魂は必死に抗っているんだ。
 見ていられない。アクティーだって女の子なのに、あんな顔させたくないよ……!

「クロウ、頼む。アクティーを鎮めてやってくれ! 近づきたいのに、このままじゃ俺もクラウディアちゃんもアクティーに近づけない……!」

 彼女の望みは、誰も死なず誰も殺さず「本当の願い」を思い出すこと。
 操られてもなお誰かを殺したいと思えなかったあの子を、人殺しにしたくない。

 そんな俺の情けない声に、クロウはしっかりと頷いてくれた。

「ツカサの願いはオレの願いだ。お前がそう望むなら、オレは必ず叶えてみせる」
「クロウ……」
「だがまずは、相手を完膚なきまでに倒さねばならない。……ツカサ、肩を掴む形に変えられるか」
「え? う、うん……っ」

言われるがまましがみ付く体勢を変えると、クロウは「しっかり掴まっていろ」と再度俺に注意を促す。いったい何をするんだろうか。
 分からなくて頭上に疑問符を浮かべてしまったが、クロウは俺が素直に従ったのを感じ取ってか――――大きく息を吸って、また大きく吠えた。

「ッ……!!」

 ヒトの声とも獣の声ともつかない、不可思議な咆哮。
 その刹那、効きなれた爆発音と共に俺の目の前は一気に白い煙に包まれた。

「ぁ……っ」

 何も見えない。その煙の中で、体が急に浮き上がる。
 いや、これは下から……というか、しがみ付いているクロウの体が急に大きくなり、背中が徐々に水平になるように上がってきたんだ。
 同時に、掴んでいる肩が大きく蠢き、人間のソレから獣の肩へ変化し、俺が掴む場所がどんどん肩から離れていく。外側が固い熊の毛に覆われた手は、もうヒトの肩を掴んでいるんじゃなく、大きな獣の首の付け根を掴んでいた。

 あまりにも、大きな変化。
 今までこうして感じた事の無かったクロウの「獣化」に、何故か肌が粟立つ。

 ヒトが獣に変化する瞬間を直に肌で感じた人間は、そういないに違いない。
 きっと、もっとも無防備な瞬間なのだ。そんな時に俺はひっついて、クロウの背中が獣に変化していくのを感じ取っている。

 何故かそのことが、妙に気恥ずかしいような気がして勝手に顔が熱くなった。

「グルルルル……ッ」

 掴んだ首根っこから、低く唸る声が響いてくる。
 もう声帯は獣の方が強い。いつの間にか俺の体は大きな絨毯に俯せになっているような格好になっていて、クロウがいつもより大きな熊の体になった事を知った。

 ……確かクロウの一族である“二角神熊族”もとい“ディオケロス・アルクーダ”は、元々普通の熊よりもっと大きなサイズの熊であるはずだ。
 “神獣”という種類だからかどうかは知らないけど、クロウの兄のカウルノスや伯父さんであるデハイアさんが見せた獣の姿は、かなり大きかった。

 ドービエル爺ちゃんには及ばないが、それでも大型トラックとタメを張れる姿だ。
 いつもは加減して姿を縮小しているらしいが、元々のクロウは……今の姿よりもっと大きい熊なんだろう。そう思うと、なんだか不思議な感じがした。
 まるで、今のクロウの姿は「初めて見る姿」みたいな……。

「グルルルルッ!! グガァアアッ!!」
「ッ!!」

 クロウのではない唸り声が聞こえる。
 白い煙を引き裂いて現れたのは、黒い鼻筋と光る瞳。

 こちらが獣化したことを察知して飛びかかってきたアクティーに、クロウは素早く体を傾げて爪の一撃を躱す。だがそれだけでなく、熊の巨体とは思えぬ動きで、手首を軽く傾げてごく僅かな動きで旋回すると、そのままアクティーの片足に噛みついた。

「ギャウウッ!!」

 軽くは無い、だが重症ともいえない一瞬の噛みつき。
 クロウがすぐに牙を離したとはいえ、アクティーは痛みに驚いたのか俺達と距離を取ろうとして飛び退く。最早、白い煙は消えて隠れる場所もない。

 外に開いた土の壁から強い日差しが差し込むのを横目に見つつ、クロウ……俺がいつも見ている姿よりもっと大きな熊の姿になったクロウは、同じように象よりも巨大な姿をした犬を見て、同じ目線でじっと相対す。

 アクティーは噛まれた右足を庇うように一歩引いていたが、しかしこちらへの闘志は尽きていないのか、睨んだ顔のままずっと威嚇の声を零していた。

「ツカサ、しっかり掴まっているんだぞ」
「お……おう……っ!」

 クロウが先に仕掛けるつもりなんだ。
 なら、俺は必死について行くまでよ。

 しっかり熊の毛を握りしめた俺に、クロウは鼻でフッと軽く笑うと、余裕を見せたような雰囲気でアクティーを見据えた。
 そうして――――彼女めがけ、一気に突進する!

「グルルルルァアア゛ァア゛!!」

 唸りから吠えへ変わる声を響かせながら、クロウがわずかに体を傾げてアクティーへと突進する。が、相手はそれを見切ったかのように最小限の動きで躱した。
 こちらと同じことをしている。だが、クロウは構わずぐいっと首をアクティーの方へと動かして、頭突きをするようにまた突進した。

 その動きに、アクティーは再び後退する。
 片足を噛まれたことで獣の本能が警戒しているのか、クロウが頭をブンと大きく振り突進してくる姿に、ぶつかるのではなく回避することばかりを選択していた。

 だが、それは悪手だ。
 クロウはアクティーに「わざと」躱すように仕向けている。

 操られていても獣の本能は忠実だ。そして、戦い慣れていないはずのアクティーは、この瞬間ぶつかり合う事が最善手であることにも気付いていない。
 初めて受ける「獣の姿での攻撃」に戸惑い、操られていながらも緊張しているのだ。

 それが、罠であるとも気付かずに。

「ガァアアア!!」

 クロウが、トドメとばかりにわざと大きな咆哮を上げてアクティーへ突進する。
 その動きに彼女がまた避けようと体を傾げた刹那。

 彼女にぶつかる直前に、クロウは急停止して――――ドン、と、地面を鳴らす。
 その熊の前足が地面を叩いたと、同時。

「グアァッ!?」

 クロウに支配されていた部屋の一部が歪み、
 いつの間にか「扉」近くまで追い詰められていたアクティーを、外へ押し出した。

「やった……!!」

 アクティーの体が、崖から下へと落ちる。
 強い日差しのせいで彼女が無事かどうかわからず目を細めるが、そんな俺の心配を読み取ったのか、クロウは熊の口を薄く開いて「安心しろ」と呟いた。

「相手も獣人だ。あの姿で戦い慣れていないとはいえ、ある程度の訓練を受けている娘である以上、この高い崖でも死なずに着地しているだろう。アイツらの命令で何かさせられる前に、オレ達も下に降りて足止めするぞ」
「そ、そうか、分かった!」

 なるほど、確かにアクティーは護衛の兵士として訓練を積んでたもんな。
 だったらかなり高い崖から落ちても、あの巨体なら大丈夫だろう。この【アジト】の外は、恐らく“骨食みの谷”の入口あたりだ。
 カウルノス達が戦っている“ヤドカリ”の所までは被害が及ばないはず。

「すこし揺れるからな」

 クロウはそういうなり、扉へと足を踏み出す。
 が、下は当然何もない。それを知っていて、クロウは空中へ飛び出したのだ。
 だけど、今のクロウには崖を降りる事なんて簡単だった。

「――――!!」

 また、クロウが空気を震わせるほどの咆哮を響かせる。
 と、またもや熊の体から橙色の光が発せられて、落ちる寸前に崖からにゅっと四角い柱がこちらへ伸びてきたではないか。

 その柱は、階段のように次々に現れて俺達が下へ降りれるように続いて行く。
 クロウはそれを当然のように駆け下りていった。

「う、うう……ほんと毎回凄いと言うかなんというか……」

 こんな芸当、この世界の土の曜術師では出来ないって話なんだけど。
 でも、クロウは最初からこういうことが出来たんだよな。

「……ツカサ、先に一つ言っておくことがある」
「え……? ど、どうした?」

 驚きっぱなしでついどもってしまう俺に、クロウは振り返らずに続けた。

「ツカサは、オレの力を最初から買い被ってくれたが……オレが力をこういう風に使う術を知ったのは……ツカサが、オレを見つけてくれたからだ」
「……俺が、見つけて……?」

 それは、どういうことだろうか。
 目をしばたたかせる俺に、クロウは少し振り向き、凛々しくも可愛い熊の顔のまま、いつもの大人の目で少し笑んで見せた。

「最初に出会った時……――――」

 クロウが答えを教えてくれようとした、と、その時。
 崖の下から声が聞こえて、俺達は会話を中断しそちらを向いた。

「なっ……あ、アクティー!? どこいくんだよ!!」

 巨大な黒い犬の姿をしたアクティーが、大きく遠吠えを鳴らしたかと思うと――俺達には見向きもせず、突然別の咆哮へ走り出した。
 明らかに普通ではない。まさか、なにかまた「命令」されたのか……!?

「いかん、街か戦場へ向かう気だ! ツカサ、しっかり掴まっていてくれ!」

 クロウが少し焦ったかのように言い、階段の途中から飛び降りる。
 どん、と落ちるが、今のクロウはかなりの大きさなのに、荒野の硬すぎる地面はびくともしない。それを気にもせず、クロウはアクティーを追って走り出した。

 さっきクロウが言ってたのは……国に属していない“海鳴りの街”と、カウルノス達が戦っている戦場の事だろうか。
 確かに同じ方向だけど、アクティーはどちらに向かう気なのか。
 なんにせよ、なんだか嫌な予感がする。

 彼女が到達する前に、なんとかして止めないと……!











※ツイッターックスで言っていた通り遅くなりました
 (;´Д`)オマチドウサマデス…!
 
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