異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

  代償と対価2

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「え……これ、は……」

 あまりに突然の事で、言葉が出ない。
 仮面の男達の一人が掴みながら差し出したそれ――橙色の光を放つ球体――を見た瞬間、頭が真っ白のなって何を言えばいいのか分からなくなってしまった。

 だけど、別に呆気にとられたからというワケじゃない。
 なんだか、嫌な予感がして、一気に頭の中に「現実になって欲しくない予想」が溢れ出てしまったせいで、何を言えばいいのか分からなくなってしまったのだ。

 けれど、男達は俺に一刻の猶予も与えてくれないようで、野球のボールほどの光球を更に近付けてくる。
 さっきよりも明確で、聞くのを拒否したくなるような情報を載せて。

「あのオッサン達がいるこの場所でなら、この黒犬を復活させられるよな?」
「――――っ……」

 やっぱり、これは【黒い犬のクラウディア】……アクティーなんだ。
 あの場で肉体が砂になって崩れ落ち、光る球となってここに逃れたなにか”……。そうでなければいいと思ってたのに、この光球はやっぱりそうだったんだ。

 でも、どうしてアクティーはこんな状態に。

 クラウディアちゃんと同じ幽霊なら、肉体が滅んだとしてもクラウディアちゃんみたいに確かな形が残るはずだ。少なくとも元気な幽霊……いや、魂は、人の姿を保つことが出来るはず。

 なのに、そうじゃないってことは……アクティーの魂は、それほど消耗してしまっているという事なんだろうか。
 俺達が動揺させたり抗ったりしたせいなのか。それとも本来のアクティーは、こんな小さい魂だったとでもいうのだろうか。

 分からない。
 自分がどうすれば一番良い方向に行くのか必死に考えるが、目の前の脈打つ光球を見ていると、無意識に焦りが強くなってくる。

 だって、この光球……いや、恐らくはアクティーの魂の脈打つ光が、なんだか徐々に弱弱しくなってきているみたいなんだ。

 このままだと、アクティーの魂は消滅してしまうかもしれない。
 だとしたら、どの道俺に出来る事は……。

「…………分かった。でも、俺をブラック達の所に行かせてくれ。そうじゃないと、心が安定しないから何度やっても失敗するかもしれない」

 覚悟を決めて、光球を受け取る。
 そんな俺を見て、仮面の男達は一瞬口笛を吹く程度に小さく口を開いたが、何かがお気に召したようで、ニタリと笑って二人で肩を寄せながら俺を見下ろしていた。

「ふぅん、出来るんだ? やっぱり出来るんだなぁ」
「そりゃそうだよね。出来なきゃ変だもの。出来て当然当然」
「ぐ……」

 なんだよ。何が言いたいんだこいつら。
 でも、ともかく俺の要求は聞いてくれたようで、仮面の男達はその場で呼び動作も無く飛び立つ。まるで瞬間移動のように消えた二人に目を剥いて探すと、生ける屍の向こう側から【教導】と仮面の男達の声が聞こえて来た。

 やがて、ゾンビ達が急に動き始め……自動ドアが開くみたいに、道が出来る。
 まるでモーセのナンタラって感じだが、左右は海じゃなくて活き活きゾンビだ。

 怖すぎて、茶化さないとやっていけないが……その先に、敵を威嚇しつつ、俺の方を見て心配そうにしているブラックとクロウが見えて、俺は覚悟を決めた。

 こ、怖いけど……この人達はオバケじゃないし、しかも操られているだけだ。
 今の俺達からすれば、この人達よりも【教導】のほうがよほど危険で恐ろしい。

 そう思えば、もう覚悟は決まったようなものだ。
 俺は思い切り息を吸って肺をパンパンにすると、そのまま呼吸を止めて一気に冒険者達が囲む道を一直線に駆け抜けた。

「ツカサ君!」
『おにいちゃん……!』

 ブラックの声と、クラウディアちゃんの声が聞こえてくる。
 なんとか苦しくなる前に辿り着けた俺は、片膝に手を置いて深呼吸を繰り返しつつ顔を上げた。すると、ブラックとクロウの横にはクラウディアちゃんが浮かんでいる。

 どうやら、危ない目には遭っていなかったようだ。
 ホッとして、俺は彼女に橙色の光球を差し出して見せた。

「それ、さっきアイツらが言ってた、アクティーの魂ってヤツ……?」

 ブラックの言葉に、俺は息を整えながら頷く。

「うん……。アイツらが嘘を言ってなければ、本物だと思う。……なんだか心臓みたいに脈打ってるし、生きているものの“なにか”なのは間違いないよ」
『そんな、アクティ……』

 クラウディアちゃんが、悲しそうに俺の手に包まれた光球に触れる。
 小さな手で包み込むが、何の反応もしない。

 そんなアクティーの魂を見て、クラウディアちゃんは目を潤ませたが、ぐしぐしと袖で涙を拭うと、気丈にも真剣な顔で俺を見てお願いをしてきた。

『おにいちゃん、お願い……アクティーを救って……。わたしが、おにいちゃんから金色の暖かい光を貰って“かたち”を思い出せたように、アクティーにも……。おにいちゃんなら……ううん、きっと……おにいちゃんにしか、出来ないことなの』

 だから、お願い。
 そう懇願するクラウディアちゃん。

 ――――どうしてそう思うんだ、とは、もう思わない。

 だって、俺には【他人に曜気を分け与えられる】という他の人が出来ないチート能力が備わっているんだ。今までだって、ブラックやクロウにその能力を使って来た。
 きっと、クラウディアちゃんも俺のその能力で今の姿を保っているんだ。

 そういえば……最初に出会った時、クラウディアちゃんは今より薄い姿だったけど、俺の中に入ってからは触れることが出来るようになるまでになっている。
 幽霊だと普通にそんなことが出来るのかと思ったけど、アクティーは俺の手の中に居ても、そうはならないから……たぶん、彼女は【魂呼び】の能力でどうにかして俺の中で金色の光……つまり“大地の気”を取り込んでいたのだろう。

 【魂呼び】という能力を詳しく知っているわけではないけど、クラウディアちゃんから教えて貰った大まかな情報の中では、どうやら“大地の気”を操る行為は然程外れた事ではなかったようだ。

 この世界では、魂と“大地の気”は密接に関係しているのかもしれない。

 だとしたら……俺に出来る事は、一つだけだ。

「ツカサ君、やるの……?」
「大丈夫か。さきほども力を使ったのに……」

 覚悟を決めた俺を見て、敵を警戒しながらもブラックとクロウが問いかけてくる。
 それぞれ心配していることが違うようだが、どちらも覚悟の上だ。

 アクティーに“大地の気”を注いだ途端に襲われようとも、ブラックやクロウが遅れを取るとは思えないし……クラウディアちゃんに攻撃が向かないようにするくらいは、俺にだって出来る。攻撃される可能性は重々承知だ。

 それに、どの道ここでアクティーを復活させなければ彼女がどうしてこんな事をしたのか分からない。クラウディアちゃんが本懐を遂げることも出来ないのだ。

 俺だって、何度も人に曜気を送ってるんだ。
 自分がヤバいかもってなる前に止める事くらい出来る。

 だけど相手は【アルスノートリア】の一因だ。
 【グリモア】のように俺を【支配】する力は持ってないと思うけど……仮に相手がムリヤリ俺の曜気を引き出してきたとしたら、俺は間違いなく失神するだろう。

「……もし相手が、グリモアみたいに俺から曜気を引き出せるなら……引きはがして貰えるように、頼んでいいか」

 両手で橙色に光る球体を持ち直す俺に、ブラックは一呼吸置いたが――ふっと笑うように息を吐いて、剣を鳴らした。

「仕方ないなぁ……。でも、やりすぎで倒れたらお仕置きだからね!!」
「ウム。オレ達が守ってやるから、後の事は心配するな」

 二人とも言っていることが全く別々だけど、今はなんだか安心する。
 別々のことを言っているようで、ほとんど同じことを言っているような薄気味悪さを覚える仮面の男達より、自分勝手な事を言うようなブラック達の方が、ずっといい。

 そう思うと、なんだか心が落ち着いて。
 俺はゆっくり息を吐くと――――橙色の光球……アクティーの魂を両手で包み、掌から光球へ“大地の気”がゆっくり流れ込むようなイメージを作った。

 息を吐いて、その呼吸に合わせながら優しく光球を包み込むように、と。

『あ……』

 クラウディアちゃんの小さな声と共に、掌の球体に変化が現れる。
 金色の光の粒子が俺の周囲から湧きあがり、俺の体を包むと、意志を汲み取って次々に光球へと緩やかに流れ込んでいく。

 光の粒は集積され光の川のようになり、俺の周囲に浮かび上がっては光球の方へ脇目も振らず動いて行った。

 その光は、みんなに見えているのだろうか。
 【教導】や仮面の男達すら、無言を貫いている。
 ただ、複数の視線が俺を刺すのを感じながらも、光球……アクティーがよみがえるようにと願いながら、大地の気を注いだ。――――と。

「……!」

 大量の“大地の気”を取り込んだ光球が、どくん、と強く脈打つ。
 今までは弱々しい明滅を繰り返していた光球は強く光り出し、そうして……ゆっくりと、俺の手から浮かび上がり始めた。

 ほんの、数センチ。
 だけど意志を持って浮かんだその光に、俺は息を呑んだ。

 まさか、ここからアクティーが姿を取り戻すのか。
 そう思って俺が目線まで浮かんできた光球に視線を合わせると。

『あっ……! おにいちゃん!!』

 クラウディアちゃんの声が聞こえたと、同時。
 橙色の光球が強く光り輝いたかと思うと、いきなり近付いてきた。

「えっ……!?」
『おにいちゃん!』

 視界いっぱいに、橙色の光が広がる。
 その向こう側にクラウディアちゃんの姿の輪郭が見えた気がしたが、俺はそこで一気に視界が真っ暗になった。











 
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