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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
魂を愚弄する2
しおりを挟む「こういうモノを見ると、大概の無教養な方は激昂し理不尽な罵りを向けてきますが……別にこれは、違法な物でもなんでもないのですよ?」
そう言いながら、数十メートルほど離れた所に居る大男――【教導】は、大仰に両手を広げて……背後に居る“崩れた継ぎはぎの獣”達を「良く見ろ」と示してくる。
……違法なものではない?
アレが「違法なものではない」なんて、どの口が言うんだろう。
いや、この世界じゃ違法じゃないのかもしれないけど、でも倫理的にヤバいモノには違いないだろうが!
一万歩譲って、ヒトの体を繋ぎ合わせるのは問題ナシとしても……普通サイズの体に異様に大きな腕を付けたり、逆に物凄く細い獣の足を付けたりするのは、完全に遊び半分じゃないか。何が目的にせよ、趣味が悪すぎる。
なにより、恐らくもう生きてはいないだろう人達の体を弄ぶことが許せない。
やむを得ず利用したり、未来の人達のためにやるべき事だって言うんなら、やった事はともかく覚悟を決めて遺体と接しているのは解るから、理由によってはその行為を許容できたかもしれない。
だけど、この【教導】のやっていることは、とてもそんな風には見えない。
仮に理由があったとしても、俺達が納得できるようなものには思えなかった。
「……確かに、獣人大陸には遺体を許可なく損壊することを禁止する法律は無いだろうね。そもそも、法律なんてものが通用する大陸ではないし」
「さすが、人族の方は分かっていらっしゃる。その通り、この大陸では弱肉強食という“当たり前”が存在していますからねえ。彼らの体を使って、さまざまな可能性を持つ体を造るのも、まったく問題は無いのですよ」
そう言って【教導】はクスクスと笑う。まるで、俺達に見せつけるように。
――――あまりにも露悪的で芝居がかった仕草に、俺は気持ち悪さを覚えて吐きそうになった。だが、それでもクラウディアちゃんの体を正面に向けさせないようにしつつ、なんとか吐き気を堪える。
さっきも咄嗟に庇ってしまったが、やっぱりコレは子供に見せるべきじゃない。
俺だって見たくもないし説明だって聞きたくもないが、クラウディアちゃんにショックを受けさせたくはないからな。砂狐の耳も、両手で塞いで守らねば。
例え、今から更に聞くに堪えないようなことを相手が言おうとも。
「…………人族は愚かだと常々思っていたが、他種族の文化をわざとらしく誤解し、愚かな主張を通そうとする家畜以下の屑がいるとは思わなかったぞ」
クロウも【教導】の言葉に対して相当いらついているのか、声が重い。
冷静な口調だけど、明らかに怒っている。そんな雰囲気を漂わせているというのに、相手は微動だにしない。それどころか、笑みを深くして肩を竦めて見せる。
「おや、冷静だと思っていたのは買いかぶりでしたかね?」
「獣人には獣人なりの慣習や掟が存在する。それを捻じ曲げるような勝手な主張は、どの大陸だろうが“愚か”と言われても仕方がないだろう」
一般論だ、と鋭い眼光で【教導】を睨むクロウ。
だが【教導】は全く意に介さず、心外だとでも言わんばかりに息を吐く。
「おやおや……ですがその考え方も、本人が了承して私達に“負けた”のであれば、外野はなんとも言えないでしょう?」
「どういうことだ」
「簡単な事ですよ。……この素体を提供して下さった皆々様は、対価として自らの体を提供して下さったのです」
「……!」
ぴくり、と、クロウの耳が動く。
僅かな動きだったけど、【教導】はそれを目敏く見つけて笑いを漏らした。
「いやぁ、みなさん実に協力的でしたよ。……強さを誇りとし、その頂点を死ぬ時まで追い求める誇り高き獣……それゆえに、飢える事から逃れられぬ命! 他者を軽々と狩る獣の人生に飽いているくせに、絶対的に勝ち目のない神獣に挑む事も無い、倦んで死にゆくだけの生活を送っている彼らは、私の提案に即決してくれましたよ」
……言葉に、嫌なトゲを感じる。
きっとこのセリフは、真実だけど真実だけを語っているんじゃない。
【教導】は、恐らく……そういう獣達を差して“愚かだと嗤っている”んだ。
自らを強いと豪語するくせに、己が敵わない相手には決して挑まない。それのどこが「弱肉強食」なのだと嘲笑っている。あの男にとって、獣人達の「強さ」というのは、そうやって笑う程度の事だったんだろう。
だから、こんな酷い事をして平然としていられるんだ。
そして……実際に「自分は強い」と言ったのだろう、今は弄ばれている体の主たちは、恐らく【教導】の嘘八百に唆されて……。
「…………騙したのか」
微かに呟くような声が、己の口から零れ出る。
だけど、それは独り言として消えることも許されず、【教導】は俺を見て――楽しそうに口角を上げた。
「人聞きの悪い事を言いますねえ。私はただ、提案して差し上げただけですよ?
『神獣すら凌駕する力を手に入れる方法を知っている。勝てたら教えてやるが、逆に負ければ“体を強くするための実験”に付き合ってもらう』
――――そんな提案を、ね?」
「……ッ!!」
クロウの熊耳と髪の毛が、激昂によってぶわっと膨らんで浮き上がる。
目に見えてわかるほどの動揺。
思わず俺すら絶句する相手の悪辣さに、体が震えた。
だが、件の敵はその言葉を何とも思っていない。それどころか、俺達が動揺する姿を眺めながら……薄ら歯を見せて笑みを深めやがった。
「みなさん、実に熱心でしたよ」
実に楽しそうに声を弾ませる悪漢に、双子のような仮面の男達が続ける。
「でも弱かったねえ。誰も勝てないんだもの」
「ちょっと強かったねえ。でも誰も逃げられないから」
あべこべなことを言っているようだが、しかしクスクスと笑う彼らが言っていることは、最初から一つの意味しかない。
勝っても負けても、体を“獲られる”運命だった、と。
「それで、小悪党みたいな言葉遊びにホイホイ乗ってきた獣人どもを殺して、悪趣味なダケの置物を作ったってのか? 随分ヒマを持て余したもんだな」
今まで不機嫌な顔をしていたが、それでも俺達と違って冷静さを崩していなかったブラックですら、嫌悪を露わにした言葉を吐き捨てる。
もう、倫理観がどうのという話ですらない。
目の前の男達は、間違いなく“人でなし”だ。
怒りと同時に怖気を強く感じてしまい、俺は震えそうになる歯を食いしばる。
どんな感情で震えたのか自分でも判らないが、それでも……あいつらから目を離す事が出来ず、俺は必死に男達を睨んだ。
……そうすることしか、出来なかったから。
「契約という物の重さをご存じなかった彼らにも非は有りますよ? それに、ヒマ人と言われるのは悲しいですねえ。私は純粋に、神獣をも超える獣人を作り出したいと思って、今まで頑張っていましたのに」
そんなことを嘯きながら、【教導】は並ぶ異形達を振り返り、つらつらと今まで行ってきた努力を話し始める。
“骨食みの谷”の近くにある【海鳴りの街】で、幅を利かせている獣達を誘った事や、設備を苦労してここに造り上げた事。そして、それらがすべて「獣人のため」の「獣人達が更に高みに登るための研究」だったという事も。
……そういえば……あの街で“行方不明になった強い獣人達の話”を聞いた気がする。皆かなり腕に覚えのある人達だったのに、ある日突然消えたって話だ。
もしかして、その人達は【教導】に唆されていたのか。
だから戻ってくる事も無く、行方不明になったままだったんだろうか。
でも、そんな事が今更明かされたってどうしようもない。だってその行方不明の人達は……もう二度と、帰ってくることは無いのだ。
それどころか、五体満足で遺体が戻ってくる保証もない。
もう今は、継ぎはぎで誰がどのパーツなのかすら分からないだろう。
……彼らは、あんな奴のせいで……。
「目的は何だ。神獣に勝てる体を造ると言うが、それは“勝つことで目標を達成する”ための過程に過ぎないだろ。何のために体を造って、何をする気だったんだ」
みんなの疑問を、ブラックが代弁してくれる。
俺もクロウも、冷静に質問できるような状況じゃなかった。
特に、憤りを隠せずに拳を握っているクロウは、あと一言でも話せば【教導】に殴りかかりそうなほど衝動を堪えている。
人を蹂躙し、獣人の誇りすらあざ笑う相手に、明確な殺意を抱いていた。
だけど、その殺意は【教導】には届いていないようで。
「ふふ、前言撤回しますよ。貴方は、よく私の問答に応えてくれますねえ。しかも、常に答えは賢く好ましい。……まあ、相容れませんがね」
「気色の悪いことを言うな。さっさと今の質問に答えろ」
そう言って、何故か剣の柄へと手をやるブラック。
【教導】は臨戦態勢に入るブラックを見ながら、それでも表情を崩さず笑った。
「おやおや可愛い気のない……そこまで言うのなら、もう答えは分かったものでしょうに……それでも答えが欲しいんですか? 仕方がないですねえ」
「仕方ないねえ」
「仕方ないなあ」
教師気取りの言葉に、双子のように言葉を繰り返す仮面の男達が続く。
だがそれに気を取られる前に【教導】が動いて、踵を返し“崩れた巨大な獣達”の方を見やった。そうして、何やら呟いたかと思った――――刹那。
「あまり長引かせるのもなんですから、簡潔にお答えしましょう」
再び、両手を広げてこちらを見てくる相手。
だがその背景は薄暗く、何にも見えない。横一列に並べられた奇妙な姿の獣達だけが、唯一機器から漏れる青白い光を浴びて浮かび上がっている。
その、一つが――――
ゴキ、ゴキン、という嫌な音を立てて、と唐突に動き出したではないか。
「ひっ……!」
「不格好な死体を動かしてどういうつもりだ?」
息を呑む俺の声に被せて、ブラックが聞く。
【教導】はブラックの冷静さを見て満足げに口元を緩めると、動き出した異形に手を向けて、大きな声で盛大に答えた。
「決まっているでしょう。全ては、頂点に立つ者のため……今も故国の裏切りに怨みを抱き続けている悪霊の憑代として使い、大陸を支配させるためですよ!」
興奮したような強い声の【教導】の横で、異形がゆっくりと前進する。
兎の耳に、狼のような長い鼻梁。だが、体つきは筋肉質で硬く、足は上半身を支えられるようにか、ガッシリしているけど……目に、生気がない。
なにより……そのパーツ一つ一つが継ぎ接ぎしたようで、見るに堪えなかった。
「ですがコレは、もう“要らない”体なので……皆さんに差し上げますよ。どうか、この子の気が済むまで遊んでやってくださいね。……どんな遊びかは、知りませんが」
ずん、と、重い物が地面を揺らすような音を立てて、異形がまた一歩踏み出す。
だが彼は一言もしゃべらないし……表情すら、動かない。
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「チッ……悪趣味の極み野郎が……!!」
「ツカサ……その子を連れて少し離れていろ。下賤な血を浴びんように……」
金属がざらつく音を立てて、宝剣が鞘から引き抜かれる。
その音に負けない怒りを含んだ二人の声が、俺の耳をざわつかせた。
……俺も、戦いたい。
二人が何に起こっているのかは嫌と言うほどわかっているから。
だけど、今の俺では二人の足手まといになるかも知れない。この戦いは、長引かせてはいけないんだ。だから……今回は、二人の言うとおりにしよう。
俺は頷くと、クラウディアちゃんの耳を抑えた手を離して、再び彼女の手を引きながら少し離れたところまで後退することにした。
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「……クラウディアちゃん、もう少しだけ待っててね」
説明してあげたいけど……どう説明すれば彼女が悲しい顔をしないで済むのかが分からない。この惨事にアクティーが関わっているだろうことを考えると、余計に何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。
……今はただ、静観するしかない。
俺は己の不甲斐なさに歯を食いしばると、柱の陰に隠れてブラック達を覗いた。
→
※またもや遅れました…スミマセン…
眠気に襲われてわけわかんないこと書いてました
修正したけどなんか変な所があったらモウシワケナイ…
ぜひ教えてください(´;ω;`)ウッ…
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