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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
35.亡者の嘆き1
しおりを挟む「しかし、謎の光が“骨食みの谷”へ向かったってのは確かなのか?」
乗って一番、先程よりもヤケに不機嫌そうな顔でブラックが言う。
既に高度を得て戦場を遥か下方に見るロクの背中は、確かに顔を強張らせるくらい寒いのだが、どうやらそういう方向での不機嫌ではないらしい。
アンノーネさん達の証言に納得がいかない所があったのだろうかと思ったが、この不機嫌さの感じは不満の色の方が強いように思う。
……多分、その原因はクロウだろう。
どうやらブラックが今までクロウの服一式を預かっていたらしく、本人としてはそれが大層気に入らなかったようだ。
いや、まあ、気持ちは分かるけども。
俺だって同性が今まで着てた服を預かるのはちょっとイヤだけど、そんな場合じゃないだろうに。そうは思うが、クロウは気にせずいつもの声で言葉を継ぐ。
「そこは大丈夫だ。みな目を患ってはいないし、アンノーネはメガネをかけているが、アレは遠視が強いためで、むしろ視覚は優れている。伯父上だけでなくアンノーネ達にも見えた強い光なら、見間違えることは無い」
服一式を着直したクロウの言葉は、確信しているようなはっきりとした感じだ。
確かに……クロウの言うとおり、曜術師が巨大な術を使う時には、その属性以外の人でも曜気の光が見えるようになるんだもんな。
これは多分、曜気がそれだけ寄り集まってて凝縮してるせいだろうから、それと同じように、密度が高くなった光は見えるようになるのかもしれない。
だから証言に関しては何もおかしいところは無いんだよな。
それに、ここは曜気がほとんどない不毛の大地だ。
橙色の高密度な光となると、そりゃもう他に可能性は無いだろう。
「それを一旦信じるとしても、どこに向かったのやら……」
「うーん……やっぱりアルカドア……? あそこは、太陽国アルカドビアの遺跡の上に建ってるんだろ。なら、やっぱりそこに帰ってるんじゃないか?」
【教導】達がどこにいるのかは分からないが、アクティーがある程度自分の意志を持っているのなら、かつての自分の故郷に帰っているかもしれない。
なんにせよ、アクティーが逃げた方向に【教導】が居るだろうことは、その場の全員が察していることだった。
しかし、俺の予想にブラックは「うーん」と唸る。
「それも一理あるけど……拠点である城まで動かしたのに、今更あそこに戻るものかなぁ……。そもそも、古代の城はもう存在しないし、今のあの街は黒い犬にとっては別の街にも等しいんじゃないか? そこに戻るもんだろうか」
「む……そう言われてみると確かに……」
本拠地ごと動いて攻撃を仕掛けてきたってことは、マジで王都を盗りに来たって事だろうし……だとすると、城を放棄して逃げるのはなんだか妙な気がする。
……っていうか……今冷静になって考えてみれば、なんだか色々ヘンだよな。
【黒い犬のクラウディア】ことアクティーは「国を滅ぼすが、民を襲う事はしない」とか言ってたし、最初に王都へ接近した時も国民への主張をしたくらいで、襲ってくるのは今回が初めてだ。
まあ、俺達は事前に巨大ヤドカリが襲いに来るって事も知ってたし、その上クロウの故郷で若い“ビジ族”に襲われたし……それに加えて、王宮では土の曜術とヨグトさんに襲撃されたりしてたからな。
だから、襲ってきても『敵がついに攻撃してきた』と思ったし、準備だってしてたから「いよいよ戦が始まる」って雰囲気になってたけど……。
考えてみたら、あんなに急に王都を襲いに来るのもアクティーらしくない。
…………いや、敵に「らしくない」とか言うのも変だけどさ。
でも、今までのアクティーは、わざと冒険者をアルカドアに入れず壁の外で無意味に曜術を連発してただけだったし、王都にも宣言を出してた。
俺達に対しては常に強襲しまくりだったけど、逆に「王族じゃないもの」に対しては、これでもかってほど誰も死なないような回りくどい事をしてたんだよな。
人族の冒険者や、クロウ達王族に対しては、刺客をけしかけたり領地の崩壊すらも考えて凶暴な種族を送り込んできたのに。
……そのアンバランスな感じに毎回妙な動きだなとは思ったけど、それだけ無関係な人だけは徹底して守ろうとしてた……んだよな?
なのに、そんな事をしておいて、急に宣言もなしに急に王都を襲うなんて。
民に対して何か語りかけるでもなく、ゴーレムを急に送り込んでくるなんて……何か変な感じがするんだ。
……もし俺の感じ方が正しいのだとすれば、やっぱりブラックが言ったように「アルカドアに撤退した」というのは……なんだか、納得がいかない。
そう思っていると、不意にクラウディアちゃんがおずおずと見上げてきた。
『あの……。私も、アクティーはもうアルカドビアに居ないと思う……』
「クラウディアちゃん……どうしてそう思うの?」
否定したいわけじゃなかったので、出来るだけ優しく問いかける。
すると、クラウディアちゃんは迷う素振りを見せながらも答えてくれた。
『……アクティーね、私達が死んじゃうちょっと前にはもう……アルカドビアのお城のこと、二度と見たくないって言ってたの。おばあさまも、ソーニオも、ガイおじちゃんも、長老さま達もみんなキライって言ってた……だから、逃げようって……』
お婆様とは、暴君と言われたネイロウド・グリフィナスの母親である【国母ジュリア・グリフィナス】だろう。
ソーニオは、手記と歴史書によるとネイロウドの護衛だった“寝返り”のソーニオ・ティジェリー。ガイおじちゃんは、……何度か聞いた名前だ。
確か、夢の中でクラウディアちゃんとアクティーの教育を任されていた人で、絵本を作ってあげた人。だけど、それだけじゃなかったような……いや、今は置いておこう。
最後の長老様達は恐らく、王族として名を連ね、国母やネイロウドと共に【太陽国アルカドビア】を運営していた人々だろう。
全員が、ネイロウド達を暴君と偽り彼らを討った人々だ。
……クラウディアちゃんやネイロウドが大好きだったアクティーにとっては、彼らは不倶戴天の敵で憎んでも憎み切れない相手だろう。
そう考えて、ソーニオ・ティジェリーの手記にあった“黒い犬の少女の亡霊”が夜毎に囁いていた恨み言を思い出す。
『かえせ。私の居場所を返せ。許さない。私達を殺しておいて、幸せな居場所を奪っておいて、嘘つき達が私達の上に国を建てるなんて。許さない。弱きものを騙し欺瞞の国などを作ろうとするお前達は、絶対に許さない』
――――これは恐らく、ソーニオの病んだ心が生み出した幻覚だろうけど。
でも、同じような事をアクティーが言っていたことを思い出すと……彼女にとっての「居場所」は、恐らくアルカドビアが在った場所ではないはずだ。
アクティーが……あの夢の中の小さな女の子が望んでいたのは、きっと……
大事な妹と両親が生きている、あの幸せな場所だ。
小さな少女二人の命を奪ったソーニオの幻覚は、ある意味正しいのだろう。でも、それがアクティーの“生き返った理由”にはならないはずだ。
リメイン……――――【皓珠のアルスノートリア】だったデジレ・モルドールは、悲惨な末路を辿ったうえに、その末路の先にある絶望を見せつけられ怨みを持つことで、感情を爆発させて【アルスノートリア】になった。
何も望まず昇天を望む魂なら、きっと感情は揺れ動かない。
この世に再び現れて力を持とうなんて思う気持ちも湧かないだろう。
だけど、リメインは違った。
【菫望】に更なる残酷な結末を吹き込まれたのが原因だけど、それでも彼がその事に絶望し、全ての者に怨みを抱いたのは事実だ。
その恨みによって、リメインの魂は【アルスノートリア】を使いこなすほどの【感情】を再び抱くことになったんだろう。
……そう。
この世界の魔法……【曜術】は、感情と想像で発動する。
高名な曜術師ほど変人で性格が苛烈である理由は、心を常に動かし、感情を湧き立たせるほどの活力を持つ人でないと、強力な曜術を扱えないから。
感情豊かだからこそ、曜術を扱えるのだ。
……きっと、【アルスノートリア】は、そこも狂っているのだろう。
これは俺が今思いついた予想でしかないが……
恐らく【アルスノートリア】には……――――
曜術における『怒静優楽猛』という、特定の感情に反応する“設定”が存在しないのかもしれない。
…………あくまで思いつきだけど、でも、そうとしか考えられない。
でもないと【菫望】が二度も三度も死者を呼び起こして、色んな人の人生を狂わせるほどの“怨み”を植え付ける理由が無いじゃないか。
「…………そうか……」
自分で考えて、ようやく頭の中で引っかかっていた事の一つが解けて落ちる。
――そうだよ。
きっと、そういうことなんだ。
あの魔導書は、そういう部分まで【グリモア】と違う。
感情の苛烈さや修練の差で人を選ぶ【グリモア】と違って、あの【アルスノートリア】には、そういう厳格な選定が設定されていないんだよ。
だから、威力もデタラメで色々と“規格外”と“設定の甘さ”が目立つんだ。
「発動するために沸き立たせる感情は、何だって構わない」のだとすれば、【菫望】が人の弱みに付け込んだり死者に怨みを植え付ける理由にも説明がつく。
例え、強く抱く感情が“怨み”であっても……【アルスノートリア】なら、何の感情でも心が沸き立てば術が使えるようになってしまうんだ。
――――さっき、アクティーが動揺した時に術が勝手に発動して暴走したのも、こういう“設定”なら説明がつく。
俺と一緒で「術を使う制約がほぼゼロ」だから、簡単に発動してしまったんだろう。
ブラックやクロウは、少し特殊だがそれでも真っ当な【曜術師】であり、【グリモア】も細かいぐらいに設定がなされている。だから、動揺すれば術が消滅するし、そもそも動揺したままでは曜術の発動なんて出来ない。
それを考えれば、アレが普通の曜術師の術じゃないと考えるのは当然だよな。
デタラメな魔導書だからこそ、ああなったんだ。
だから、きっと……胸糞悪いあの【菫望】は、アクティーにも何か吹き込んだに違いない。リメインを蘇らせて……彼を再び絶望させながら操った時みたいに。
彼女がクラウディアちゃんと話して動揺したのは、それに関係があるのだろう。
『おにいちゃん……?』
「あ、ああ、ごめんね。…………その、クラウディアちゃんは……最後の時までずっと、アクティーと一緒に居たから、分かるんだよね」
さっきの彼女の言葉を肯定するように聞き直すと、クラウディアちゃんはゆっくりと、しかし確かに頷きを返した。
『アクティーね、一緒に違う場所に行こうって言ってた。だから……その……えっとね、えっと……私たち……どこに行ったらいいか、分からなくて……そしたらアクティーがね、双子の山の向こうに行こうって言って……それで、それで……』
「クラウディアちゃん……?」
なんだか、様子がおかしい。
顔色を窺おうとすると、クラウディアちゃんは両手で頭を抱えた。
『う……うぅ……っ。それで……っ』
「あっ……だ、大丈夫、いいよ! もう良いから、分かったから……!」
この反応は、尋常じゃない。危険だ。
もしかしたら彼女は自分の最期まで思い出そうとしているのかもしれない。
そうだとしたら、そんなのとても聞いていられないよ。
ソーニオ・ティジェリーが言うように「全員断罪された」のだから、きっとクラウディアちゃん達の最期は悲惨なものだったはずだ。
彼女の幼いままの姿が、それを物語っている。
そんな最期、思い出してほしくない。クラウディアちゃんが苦しむなら、これ以上話をして欲しくなかった。だけど、相手は首を必死に振って口を開こうとする。
『しって……おにいちゃん、たちにっ……私たちの、こと……きいて、ほしいの……! 聞いてほしい、のに……っ』
「クラウディアちゃん……!」
抱きかかえている体を、少しでも守ろうと引き寄せる。
すると――――前触れもなく、突然に彼女の体が金色に光り始めた。
「グオォッ!?」
「なっ、なんだこの光は! どうしたツカサ!」
「い、いや急にクラウディアちゃんが……!」
「ツカサ君っ!」
金色の光が強くなり、俺の体まで覆い始める。
それを見取ってブラックが俺を引き寄せようとするが、動くことすら難しいこの状況では、僅かな抵抗にしかならない。
そのうち、光が俺達を包んでいき視界が金色に塗りつぶされて――――
気が付くと、見たことのない場所で立ち竦んでいた。
→
※めちゃくちゃ遅くなりました…_| ̄|○スミマセン…
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