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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
真の姿は何処に2
しおりを挟む「テメェ、なにしやがるっ!!」
鋭い金属が思い切りぶつかるような、耳を塞ぎたくなる激音。
視界が急にぶれて体が後ろに飛んだと思ったら、俺の目の前には鋭い剣と敵の爪が克ち合いギリギリと不快な音を立てている光景が唐突に現れた。
いや、これは、ブラックが一瞬のうちに俺を庇って剣を抜いてくれたんだ。
でも相手……ウルーリャスという“嵐天角狼族”の長の息子がこちらに飛んできたのは、たった数秒前の事だったはず。
俺は対応しきれず息を呑んだだけだったのに、ブラックは対応して捌いたのだ。
分かってるのに、それをまだはっきりと頭の中で理解できない。
ほとんど瞬きの間に起こった接近と防衛についていけず目を見開いていると、滞空時間が消失したのか両者はお互いに相手を押し打つように武器を払い、少し距離を置いて赤茶けた地面に着地した。
クロウの術で、いつの間にか部屋に湧いた土はすべて力を失っている。
そのことに少し安堵しつつ前を向くと、ウルーリャスは鋭い爪を持つ指を動かしコキコキと嫌な音を立てさせながら、俺達の方を見てニヤリと笑った。
「ほう? 人族風情にしては多少動けるじゃねーか。マイヤカラブ程度の機動力しかねぇと思ってたが、なかなか見どころがありそうだ」
「なんだかバカにされた気がするけど、その日暮らしで走り回って脳味噌まで筋肉が詰まった獣人風情に何を言われてもねえ」
…………口の悪さはお互い様な気がするなぁ……。
って、オッサン同士のバチバチに付き合っているヒマなんてないぞ。むしろ二人が会話で時間を浪費している間に、俺はクラウディアちゃんとアクティーがどうなったのか、ともかく無事なのかを確認しておかなければ。
そう思って玉座の方を向くと、クラウディアちゃんは土塊になったアクティーを見て、未だに「信じられない」とでも言うように目を見開きボロボロと涙をこぼしていた。
「クラウディアちゃん……」
……あまりにも悲しい光景に、思わず胸が強く痛む。
アクティーは、本当に土の塊になってしまったのだろうか。
考えても納得できず、なんだか心の中に釈然としないモノが有った。
――――空に響く太鼓のような音は、未だに鳴り続けている。
それに、どうやら外の騒ぎも収まってはいない。ゴーレムは動き続けているんだ。
ならば恐らく……アクティーは、まだ死んではいない。
今崩れ落ちたアクティーが「土で作ったニセモノ」だとすれば、ここまで簡単に城に侵入できたのも、彼女の周りに【教導】や他の二人が居なかったのも理解できる。
これは、フェイク……いや、陽動か?
ともかく見たそのままの状況ではない。アクティーは、きっとまだ生きてるんだ。
でもそれを伝えようにも、このウルーリャスとかいうオッサンが邪魔くさい。
ブラックからすれば、お荷物の俺もきっと邪魔くさいだろう。だから、俺も早いところ腕の中から脱出したいのだが……その隙が無い。
クラウディアちゃんを見る視界の端にチラチラと見える相手は、額や腕などに怒りの青筋を浮かべながらブラックと睨み合っている。
もう何も会話してないみたいだが、俺が少し気をそらしている間に、かなり辛辣な言葉の応酬を繰り広げていたようだ。お互いに苛立っているのは明らかだった。
いやまあ、そりゃイヤミ投げ合ってたらそうなるけども、何故やってしまうんだ。
それともイヤミで闘気をアゲておこうってことなのか。
なんか心身に負担がかかりそうで、俺はちょっとご遠慮したいんだが。
「ウルーリャス、お前はさっさと群れに帰れ。こちらはお前に構っている暇など無い」
おおっ、クロウ!
一触即発の雰囲気の中よく入ってきてくれた。頼むから助けてくれ。
相手が一瞬で距離を詰められる以上、この状況から無暗に動くわけにも行かないし、俺もクラウディアちゃんの所に行けなくて困っていたんだ。
どうにかここで割って入って貰って、俺だけでも抜け出せないものだろうか。
そんな事を考えている俺をよそに、ウルーリャスがケッと蔑んだ声を漏らす。
「あ゛ぁ? っるっせーな廃王子の分際で。テメェの群れに捨てられたのに、ノコノコと戻ってきて尻尾振ってるような家畜に構ってるヒマなんぞねーんだよ」
廃王子に家畜だと。なんてこと言うんだこのムキムキ緑狼!!
ウルーリャスは獣人が激怒するような嫌な言葉ばかりを投げつけてくるが、クロウは全く意に介さず、いつもの無表情で涼しげな顔のまま一歩踏み込んできた。
「お前がオレをどう思おうが勝手だし、そこの中年は好きに罵ればいいが」
「おい」
「ツカサを食おうとしたのは許せん。オレのメスに邪まな目を向けるな」
誰がメスだ誰が。
ツッコミたいが、実際そうみたいだし状況が状況なだけに口を挟めない。
ともかく、クロウが気を引いてくれている間に抜け出さないと。
「ブラック、この場は頼むっ」
「あっ!」
下にずり落ちて俺を拘束しているガッチリした腕からスポッと抜け出し、俺はすぐにオッサン三竦み状態の場所から距離を取る。
ブラックは一瞬驚いたようだったが、俺が何をしたいのかなどお見通しだったのか、すぐに俺をアシストする方向に舵を切ってくれたようだ。
……くっ……こ、こういうところがなんかもう……。
べ、別にお前の頭の良さとか気遣いにギュッてなったんじゃないからな!!
「キュー」
「ハッ、そ、そうだな。俺達はじりじり距離を取ってクラウディアちゃんの所に行こう」
あのウルーリャスとかいう狼は案外単純なのか、クロウをバカにしていたと思えばブラックの挑発に乗ってすぐ見ている方向を変えるので、視界から外れやすい。
とはいえ、相手は獣人だ。五感が鋭いから俺の動きなど知れてるだろう。
たぶん、俺はザコっぽいから見逃されているってだけだ。
少しでも派手な動きをすれば、目を付けられる。そう思い、俺とロクは身を低くして小物感を出しながら、やいやい言い合っているオッサン達を迂回し玉座へと走った。
「クラウディアちゃん!」
自分のザコ感がこんなところで役立つのは嬉しいやら悲しいやらだが、ともかく目を付けられず無事にクラウディアちゃんのところに来られた。
外野が睨み合っているのを感じつつ、俺は跪きクラウディアちゃんの方に触れた。
――――暖かさは感じないが、確かに形があって存在している。
どういうことなのか分からないけど、クラウディアちゃんは今実態があるんだ。
なら、なおさらあんな危険そうなムキムキ緑狼の前で一人にしておけない。
俺は緑狼に背を向けクラウディアちゃんを庇うように移動すると、出来るだけ優しい声で彼女に話しかけた。
「クラウディアちゃん、ここは危険だから一旦避難しよう」
『でも……でも、アクティーが……っ』
そう言いながら、ぽろぽろと光の粒のような涙を流す少女。
……ヘタに希望を持たせるのは、残酷かもしれないけど。
でも、ゴーレムが今も動いている以上、アクティーは生きているとしか思えない。
彼女から橙色の光があふれて来たのは事実だし……俺には、あの暴走が「誰かに“暴走したフリ”をさせられている」ようには見えなかった。
思い込みかも知れないけど、でもだからって安心させるようなことも自分の考えに嘘をつくようなことも言いたくない。
本気で大事な人の事を……アクティーを思って泣いているクラウディアちゃんには、正直でいたかった。
「……クラウディアちゃん、俺は……アクティーは生きてると思ってる」
『っ……!? ほん、と……?』
「うん。……でも、これは俺の思い込みかも知れないし、間違って可能性もある。けど俺は……外で暴れているゴーレムを残して、アクティーが消えたと思えないんだ」
そう言うと、クラウディアちゃんは大きな砂狐の耳を外の方へ向け、確かに聞こえる乱闘の音を聞いて頷く。
先ほどまで泣くばかりだったが、今は涙を拭って真剣な顔をしている。
……クラウディアちゃんは、クラウディアちゃんなりに真剣で、覚悟もしているんだ。
子ども扱いするのは失礼な事だったなと自分を恥じて、俺は続けた。
「どこに行ったかは分からないけど、きっとこれはニセモノの体だったんだよ。外の土人形と一緒で、アクティーが意識を移して操ってたんだ」
その言葉に、クラウディアちゃんはハッとした。
どうも何かに気が付いたようだ。
『あ……。お、お兄ちゃん、もしかしたらそれって……【魂呼び】かも……』
「え……?」
短い言葉で聞き返した俺に、クラウディアちゃんが説明しようと口を開く。
が、その前に――背後から凄まじい風が吹きあがって、俺はクラウディアちゃんの方へ思いっきり押されて体勢を崩してしまった。
『きゃぁあっ!』
ぐっ、ぐぉおおお!!
小さい女の子を下敷きにしてたまるもんかああああ!!
四つん這いになって必死にクラウディアちゃんを守るように耐えるが、この格好は他の奴らに見られたら誤解を招きかねない。
何とか足を閉じて風に抵抗できるようにすると、俺は自分の下に倒れている彼女を抱え上げた。気持ち悪いかもしれないけど、今は勘弁してくれ!
それにしたって今何が起こってるんだ。
なんとか上体を起こすが、強制的に前進しそうになってしまう。それでも背後を振り返った、そこには――――
「おう上等だア!! てめぇらまとめて俺様の嵐で挽肉にしてやらあ゛ぁ!!」
水を吸った重い土すらも巻き上げて強風が吹きあがっている。
さっき「俺様の嵐」と言ったが、まさかこれが“嵐天角狼族”の特殊技能なのか。
土がビシビシと背中に当たって痛い。振り返った顔にまで飛び散ってきそうになって、ヘタをすると目が潰れそうだ。ともかく、クラウディアちゃんが飛ばされたり土の礫に当たらないようにしなくては……っ。
「クラウディアちゃん頭出しちゃだめだよ!」
『うっ、うん……っ!』
俺が抱きかかえているにもかかわらず、クラウディアちゃんは嫌がらず頭を俯けて俺との体の間に潜り込ませる。ちょっとだけ透けてて妙な感じだけど、ちゃんと感覚があって形もあるんだもんな。この子が怪我しないようにしないと。
そう思って立ち上がり、ともかく柱の陰にでも隠れなければと僅かに後ろを見た。
と、同時。
「ウォオォアァアアアアアア!!」
「ツカサ君!!」
「――――ッ!? うわぁああ!!」
凄まじい風に吹かれたと思った瞬間、まるで地面が陥没するかのような凄まじい音が聞こえて、今度は強烈な浮遊感が襲う。
今度は下から来る強風に、何が起こったのかと周囲を見て……俺は目を剥いた。
「なっ……お、落ちてるぅう!?」
強烈な風と浮遊感は、ウルーリャスが吹かせた風だけじゃない。
城の床が強風で落ちて俺達が落下しちまったんだ!
「キューッ!!」
「ロクッ!」
風の音が耳を塞ぐ中、ロクの甲高い可愛い声が聞こえたと思ったら、ボウンという音と共に白煙が追ってきて急に下から突き上げる安定感が生まれた。
ロクが空中で俺とクラウディアちゃんを拾ってくれたのだ。
「グオォオ!」
「ロク、ブラック達も頼む!」
なんとかロクの首根っこに捕まってお願いすると、ロクは声に答えるようにもう一度吠えて、ぐいっと体を旋回させた。
この強風にもかかわらず、ロクショウの黒い鎧で覆われたかのような体は空を切り離れた場所にいるブラックとクロウを回収しようとする。
だが、それを遮るように嵐を纏い滞空している大きな男がいる。
そいつは、俺達がブラックに近寄るよりも先にこちらを向きやがった。
「なんだお前、トカゲのくせにデカくなりやがったじゃねーか!!」
「あぁ!? なに間違えてんだロクはザッハークだぞ、強いんだからな!!」
強風であまり聞こえていないようだが、しかし言い返してやらねば気が済まない。
こんな可愛くて格好いい準飛竜を見て「トカゲのクセに」とは何たる暴言だ!
あとトカゲも可愛いし強いだろうが!
獣人って強いモンスターには畏敬の念を覚えるとはいうけど、こういう例外の愚かなヤツもいるのか。まあ人それぞれだしいるわなそりゃ。
でもロクを見下すヤツは許さんぞどつきまわすからな!!
「あ゛? オスに対して口答えするメスたぁなんとも躾がなってねぇな……体でわからせてやろうかゴルァ!」
げっ、アイツ竜巻みたいに渦を巻いてる風に乗ってやがる。
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ドービエル爺ちゃん達が「自称ライバル」とか言ってたが、その他にも「神獣になりそこねた種族」みたいなことを言っていたな。
やっぱり、そう言われるほどの実力や特殊な能力を持っているって事なのか。
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「ロク、逃げて!」
「グォオ!」
「ろっ、ロク!?」
逃げ切れないと思ったのか、ロクはその場に留まって口を大きく開ける。
また青い炎の鎖が周囲に現れて、口の中から青い光が漏れてきた。
「なんだその光……――」
風に乗って飛んできたウルーリャスが、ちょうど間近に近付いてきた。
だが、止まってももう遅い。
「グオォオオオオオオ!!」
ロクが叫んだ刹那、至近距離にいたウルーリャスめがけて光線のように脳密度な青い炎が吐き出された。
→
※遅くなると言ってましたが物凄く遅れちゃいました…
_| ̄|○スミマセン
体調はだいぶよくなりましたが、泣きっ面にハチってやつですな…
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