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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
27.斜陽の兆し
しおりを挟む【武神獣王国・アルクーダ】――――それは、偉大な国家の名前だ。
恐らく、獣人大陸史――なんてものがあるかどうかは謎だが――の中で、もっとも数多くの獣人種族が平和に暮らしている国だろう。
長命な獣人種の中でも特に長く生き武力も最高位に達する“神獣”たる種族の熊の王が治めるこの国土には、無用な争いと言う物は今までなかった。
戦って相手を食らうことは、獣人としての誇りを大事にする彼らには必要な事だ。
それを何の憂いもなく正々堂々行い、例え後に狩られることになろうとも、一人一人が誇りある存在として尊ばれる国は、獣人達にとっての楽園だった。
その楽園の象徴ともいえるのが、王都・アーカディア。
オアシスを起点として広がる都会的な街並みは、砂漠の中にあってもその輝きが失われることはない。砂漠を囲う荒野からも、遠目でその華やかさは見て取れた。
楽園に相応しい、極彩色の防壁が守る緑に溢れた街並み。
王宮は強く厳しい太陽の光にも負けず輝き、その豪華な姿はまるで蜃気楼の中の風景のように現実離れしている。だが、そこで人が暮らしているのだ。
獣人大陸ではめったに見られない緑の洪水も、オアシスと王族達の尽力があってこそのもの。国を思う彼らの努力が、植物に溢れた街を作り上げたのである。
――――だけど、今となってはその“楽園”も……危険地帯になってしまった。
「まさか、オアシスであることが弱点だなんて思いもしなかった……」
廊下を歩きながら呟くクロウに、俺を挟んで反対側を歩くブラックが返す。
「ソレに関しては無理もない。獣人がいくらデイェル……特殊技能を持っていたって、遠隔操作が出来たりするようなものは稀だし、そもそもお前らは誇りだのなんだのと面倒臭い建前があるだろ。直接対決しか望まなかったのに、急にそこで暗殺みたいな事をされても対応が出来ないだろうよ」
「ムゥ……」
「とはいえ“根無し草”なんて元暗殺集団を雇ってるんだから、ちったあ警戒しとけよとは思わないでもないが」
「む……ムゥウ……」
こらブラック、クロウが落ち込んじゃったじゃないか。
確かに正論だし……何でもかんでも事前に対応しておくことが出来たら、そりゃ誰だってミスは起こさないけどさ。でも、それが出来ないのが人間なんだ。
それに、獣人達はある意味ではお互いを信頼し合ってる。
己の武力だけで直接戦いあう事こそが“相手を尊重する一番のやり方”だって理解しているからこそ、相手もそうであると信じてるんだ。
だから、今まで問題なんてなかったんだろう。
けれど……外から入ってきた、俺達みたいな人族がその均衡を崩した。
不満は以前から有ったのかもしれない。
それは分かる。でも、だからってこんな風に人の虚をつくやり方は卑怯だし、本当の自分の望みまで汚してしまうだろう。
ナルラトさんのような人達を強引に使役するヤツが忌み嫌われてきた世界では、俺の考え方以上に忌避されるやり方のはずだ。
なのに、それも【教導】がいるから……「俺達の種族ならありえないことだろう」っていう前提が崩壊してしまった。
忌み嫌われることでもやりかねない、という懸念が出てきてしまったのだ。
しかも、相手は【アルスノートリア】の土属性【礪國】を使役する存在で……。
俺を攻撃したことで遠隔操作できると証明した今では、最早相手が汚い行為すらも平気でやって来るのだと確定してしまった。
……なんか……なんていうか……悲しいのとモヤモヤするので、心が重くなる。
こんなことをするのが一番悪いことだとは思う。
でも、自分達の警戒不足や足りなさへの憤りや、どうしてこんな事をするんだという嘆きたい感情が綯交ぜになって、上手く言葉にできない。
俺達よりも焦ったり恐怖しているのは獣人のみんなの方なのに、それをどうにかしてやれない自分の頭の軽さも憎らしかった。
今の俺に出来るのは……目の前の口喧嘩をムリヤリ終わらせることくらいだ。
「不測の事態は誰にでもあるだろ、そんなに責めるなよ。それに、クロウにそんな事を言っても仕方ないじゃないか。今は出来る事をやろうよ。な、クロウ」
やめなさい、とブラックを鎮めてからクロウを見る。
俺の慰めも少しは役に立ったのか、クロウは熊耳を軽く動かしてウムと頷いた。
「そうだな。低俗な言い争いに付き合っているヒマはない。オアシス全体を構成する土が危なくなった以上、王都の民の非難が終わったら点検しなければならない」
「おい」
「あんなことがあってすぐで申し訳ないが、ツカサもよろしくたのむ」
「おうっ、まかせとけ!」
――――そう。
色々と考えてしまうが、ともかく今は自分達の陣地が無事かの点検だ。
【礪國】が遠距離でも自分達を強襲できることが判明したことで、俺達は急遽王都の土を総点検することになった。
なんでかって、ここが植物があふれる楽園だからだ。
植物が存在する……ということは、その場所には土があるって事だからな。
まあ、砂漠なら砂の上に育つ植物もあるんだけど、見た目も中身も瑞々しい植物となると、当然水分を保ってくれる土が無いと始まらない。常時植物が葉を広げ続けるのだって、水と栄養が必要不可欠なのだ。
そうなると、土があって然るべき……というワケだな。
だから、この王都もご多分に漏れず土の地面で構成されているのだ。
……それに、この土地の建造物も、この状況ではかなりの問題なんだよなぁ。
王宮の城下街……と言っていいのかはナゾだけど、街は当然石畳でその下は砂漠の地面だ。しかし、石ということは当然土の属性である。
つまり石材はすべて“疑わしいもの”になるのだ。
こうなると、王都は最早安全な場所ではなくなってしまう。
王宮は鉱石で構築されているが、しかしハレムや中庭には植物を育てるための土があるし、厨房なんかも煉瓦のような石材が使われている。いくらこの大陸が曜気の少ない場所で、土の曜気が流動するといっても、こうなってはもう火薬庫と一緒だ。
土の曜気が入り込むスキはどこにでも在る以上、問題が無いとは言えなかった。
【黒い犬のクラウディア】達が、事前に王都の石材にまで細工してた……とは思えないが、危険があるのなら調べなければなるまい。
というワケで、クロウやデハイアさんといった“土の曜気がハッキリ見えて、尚且つ信頼できる者”が、土の曜気に異変が無いか調べる事になったのである。
もちろん俺もコッソリ手伝うつもりだ。
日の曜術師の俺ではあるが、チート能力で全属性使えるし曜気も見えるからな。
敵には既に知られてしまったチート能力だが、それでも自分がどの程度能力を使いこなせているのかは知られたくない。
特に今は……ジャルバさんとルードルドーナが容疑者なのだ。
俺が巨大な術を使う事が出来ると知られたら、余計に警戒されるかもしれない。
……正直、二人を疑いたくはないんだが、今の状況じゃ仕方がないのだ。
なので、俺達はとりあえず「クロウの調査を手伝う体」でごまかすことにした。
今はクロウの土の曜術をみんな認めてくれているし、強力なものだって事は伯父のデハイアさんが力説してくれたからな。
もともとクロウを憎んでいた人が言うのだから、説得力は倍増だ。
だから、多少逸脱したことをしてもバレはすまい。
「にしても……もし異常が見つかったとして、ホントに俺の血でどうにかなるかな」
既に話し合いで決まった事だったが、大丈夫だろうかと俺は自分の腕を見る。
――――実はあの後、もし支配された土を見つけたらどうするかの話もした。
そこで、ブラックとクロウ、そしてドービエル爺ちゃんの提案により、ある方法が一番良いとされて……その方法を、実際に行うことになったのだ。
発見した土に、俺の血液を散布する方法を。
…………なんだか色々問題があるような気がするが、これが一番有効な方法ではないかと結論が出たので仕方がない。
ブラックが見たところによると、どうやら俺の血で相手の曜術が弱体化したらしいんだけども……浄化だのなんだの言われても、ピンとこない。
そりゃ、俺は過去に何度か呪いを解いたり、自分の血で実際助けられた人もいた。けど、曜術で使役されているにまで効くのかと言われたら……謎だ。
ブラックが太鼓判を押すので俺も頷いたけど、ホントに大丈夫かな。
いや、それだけじゃなくて、広範囲が支配されていた場合俺も出血多量でまた死んだりしないかなってところが怖くもあるんだが。
いくら死なないとはいえ、俺だって死ぬのは普通にイヤなんだからな。
痛みがないワケでもないし、全然慣れないし……!
「大丈夫だよツカサ君、点検するとはいっても街の石材なんかに予め曜気を仕込んで数日持たせるってのは、さすがに不可能だ。しかも土の曜気は流れやすいから、そういう事は出来ないはずだよ。【グリモア】にだって出来ないことなんだから」
「そっか……」
でも、相手はデタラメな力を持つ【アルスノートリア】だ。
死者を生き返らせる力を持つヤツがいるなら、可能なんじゃなかろうか……。
しかし、それだって確かめてみない事には分からない。
ともかく確かめてみるしかないよな。
「キュ~……」
「大丈夫だぞロク。どっちにしろ、確かめなきゃいけないんだ」
「そうそう、まあ……とにかく土のある場所を探してみよう」
ブラックの殊更明るい言葉に頷いて、俺達はとりあえず客室が並ぶ中庭の土から確かめる事にした。
畑は既に何の変哲もない土に変化しているが、その代わり何故かワサワサと植物が茂っている。俺の血が原因なのかわからないが、もしかすると俺って獣人だけじゃなくて植物にも美味しい存在なんだろうか……この世界で初めて出遭ったエロ触手植物のアンプネペントを思い出すので、あんまり想像したくないな。
ともかく、危険が無いならそれでいい。
中庭も調べてみたが、ここは幸いなにも問題は無かった。
土の曜気が滞留しているのが気になったけど、これは恐らくデハイアさんの館に有った【緑化曜気充填装置】が働いているのかもしれない。
曜気の動きがなんとなく似ている。
もしかすると、夜中ずっと中庭から聞こえていた鈴虫の鳴くような綺麗な音は、あの装置が働いていたからなのかもしれない。
ハレムの方や厨房も一通り回ってみたけど、別段変わったところは無かった。
クロウの目から“視て”も、あの時襲ってきた土のような気配はしなかったらしい。
俺は直接見てはいないからそこは分からないけど、クロウが言うなら間違いないと思う。ブラックもクロウも、そういうところはガチで頼れるからな。
途中でデハイアさんと一度合流して話し合ったが、やっぱり石材などには【礪國】の曜術が入り込んでいないようだった。
「もしかすると……直接手を触れた土じゃないと、遠隔操作できないのかも知れないね。だから、わざわざ畑の土を運ばせたのかも」
「うん……」
「妹よ、残るは街の中だが……動いて平気か?」
デハイアさんは、俺が刺されたことが今も気になっているのか妙に心配してくる。
妹として認めてくれたせいなのか、結構な過保護具合だ。
自分の「妹」という称号はどうかと思うが、しかし正直兄弟として心配してくれるってのはちょっと嬉しい。俺は一人っ子だから、なんか温かいんだよな。
でも、だからこそ心配させてもいられない。
恥ずかしいが「大丈夫だよ、お兄ちゃん」と月並みな言葉で安心させ、俺達は再びそれぞれに分かれて今度は街の中を調べる事にした。
「街は石材の塊と言ってもいい。それに人の出入りも多いから……もし何か仕掛けるとしたら、間違いなくここのどこかだろうね。……おい熊公、しっかりツカサ君の代わりに目ぇ光らせとけよ」
「ム……言われずとも分かっている」
「キュ~……」
毎度のことながら憎まれ口を叩きながらの会話にロクも呆れ顔だ。
そんな二人と一匹に笑みを漏らしつつ、俺はエスニック風の綺麗な街並みを眺めるようにゆっくりと見渡した。
街の人達の避難は始まっているのか、人通りは少ない。
比較的、金属に囲まれている貴族が住む区域へ移動したのだろう。このまま何事もなければ良いのだがと思いつつ、一歩踏み出そうと片足を浮かせた。
――――と。
「ツカサ君っ!」
「ッ!?」
体が、大きく揺らぐ。
思わずこけそうになった俺の体をブラックが支えて踏ん張るが、下から突き上げるような鋭い振動に自力で立つことが出来ない。
思わずブラックにしがみついて体勢を立て直そうとするが、妙な感覚を開けて何度も湧き起ってくる振動に、俺は相手から離れることが出来なかった。
「くそっ……来たか……!」
「来たって、まさか……」
顔を上げてブラックの顔を見ようとすると、横で低く唸るような声が聞こえた。
「あいつら……街を潰そうというのか……!」
クロウの熊耳の毛が膨らみ、怒りに逆立つ。
その視線が射る方向――――街の防壁を超えた向こうの空を“視”て、俺は言葉を失った。
そこにあったのは、
青空に放射状となって伸びる、橙色の光。
夕方かと錯覚するようなその濃く強い色に、背筋が泡立つ。
これは、術を発動する時の光だ。
しかもここから見えるってことは、尋常じゃない強力な術を使うのかも知れない。
近づいてきたからついに侵略しようってのか。国を壊そうってのか?
だけど、どうやって。
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