異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

24.例えそれが現れても

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 ――――とまあ、そんなこんなで人様には言えない痴話喧嘩をしてしまったが……そのあとに何とか後処理をしてぐったりと入浴を終えた俺は、改めて気絶した後の話をブラックから聞くことになった。

 何故かベッドの上だが、まあ下半身がほぼ動かなかったので仕方がない。
 上半身が筋肉痛で下半身がもう痺れるレベルで感覚がなくなったのは某かの剣で刺されたせいではなく、ブラックの野郎にケツをみだれづきされまくったせいなので、あとで覚えとけよワリャこのスケベオヤジ。

 ……ゴホン。
 ともかく、ブラックには詳しい説明を徹底的にしてもらうことにした。あと腰がへにゃへにゃになってる俺を最大限介護させることも確約させた。

 そのせいで添い寝されるわ横からブドウっぽい果物の粒をムリヤリ食わされそうになるわで大変だが、これはブラックの斜め上の性欲をよく考えずに「介護しろ。俺の事をもう少し大事にしろ」と言ったのが悪いので口を閉ざしておく。

 で、肝心の話だが、俺が刺された後の事を時系列順で説明するとこうなった。

 ――――俺を刺した犯人……ヨグトさんは、ブラックに発見されて逃走したらしいが、それをナルラトさんが追って行った。その結果は、どうも取り逃がしたらしい。

 ナルラトさんには怪我がなく、ジャルバさんもブラックに怒鳴られて看護兵を呼びに場を離れたらしいので、危ない状況になる事は無かったらしい。
 ロクも戦いに巻き込まれず、クロウは……――あの“畑の土”が何故か氾濫して外に出てきたのを曜術で何とか塞き止めてくれていたのだとか。

 “畑の土”が氾濫とは、いったいどういう事か。
 最初に聞いたときに思わず「はんらん?」と半疑問調で返してしまったが、どうやら俺が刺された直後から、畑の土が勝手に動きだし外に出ようとしていたのだという。

 だから、クロウはそれを術で縛り、なんとか抑えていたと……。

 ……でも、終わってみると色々と疑問が残る。

 俺が刺されたのは、敵側に組み込まれてしまったヨグトさんが奇襲をかけたものだと思うとしても、それと同時に起きた“畑の土の氾濫”がよく分からない。

 土、というと、恐らく敵側に居る【アルスノートリア】の土属性を司る魔導書――
 【礪國れいこくの書】を取り込んだ人物がいるが、そいつの仕業だったのだろうか。

 だとしても、規模が小規模すぎるし何故オアシス全体の土ではなく、畑の土だったのかも謎だ。そもそも、奇襲だって失敗している。
 王宮を混乱させたいのだとしても、やりかたがズサンすぎるのだ。

 【黒い犬のクラウディア】が指揮する軍は、そもそも「どうしてそんなことをするのか」が理解できない不気味な行動ばかりしてるけど……でも、奇襲をかけるなら、こんな風に適当に暗殺者に殺させて、土で王宮を埋め尽くそうなんて思わないはずだ。

 そもそも、王宮には国内最大戦力ばかりが常駐している。
 一番の強者であるドービエル爺ちゃんだけでなく、その下にいるカウルノス達王子や【五候】の人達も間違いなく一騎当千の恐ろしい実力者だ。

 “弱肉強食”を基本とするこの獣人大陸では、上に行くほど権力も実力も強くなる。
 それをクラウディアが知らないはずはない。だとしたら、むしろここは雑兵を減らすか、それとも爺ちゃん達が守りたい国民を人質にとって確実に潰すはず。

 この国に潰されて困る「兵器」は無い。

 殺すのであれば、強大な兵器であり死してなお民を潤す巨体を持つ【国王】のみ。上さえ殺してしまえばほぼ国を掌握できる。

 なのに、そうせずに、何のために居るのかよく分からないだろう、一番弱そうな俺を殺そうとしたというのは……本当に、わけがわからない。

「……まあ、ツカサ君を狙った謎はひとまず置いておかれたワケだけど……当然、国のど真ん中に賊が入り込んだわけだから、話し合いはすることになった。何が目的か判らなかったから、結局牽制だろうってことになったけど……」
「けど?」
「……土の氾濫に関しては、ちょっと思う所があってね。僕と熊公、その伯父に加えバカ殿下と国王で少し話をしたんだ」

 鳥の餌付けのごとく俺の口にムリヤリ果物を詰め込みながら、添い寝中のブラックはニマニマと笑う。本人的にはあまり面白くない話題みたいだけど、俺を弄り回すのが嬉しいらしく今回はご満悦だ。

 …………これが美女とか美少女なら、俺もデレデレするんだがな……。

 でもまあ、ブラックが機嫌よく話してくれるなら良い。
 果物を詰め込まれ過ぎて頬袋が果汁でいっぱいなのも我慢しておこう。

「んぐご……ご……んご……っ、そ、それでその話って?」

 ブラックの次の果物攻撃を手で牽制しつつ問うと、相手は「んー」と口を尖らせ唸りながら、当時の事を思い出すように再び語り始めた。

 ――――五人が話し合ったのは、会議……とも言われない“話し合い”で議題にも上がらなかったこと。つまり「畑の土」の話だ。

 ブラックはこの時、畑の土が「別属性の自分にも見えるほど膨張していた」と話したのだが、曜気の事が分からない他の人達にはスルーされてしまったらしい。
 だけど爺ちゃんとデハイアさん、怒りんぼ殿下……カウルノスだけは、今までの事や己の能力から、ブラックの話に疑問を持ったのだそうだ。

 “土の曜気”を常日頃から見ることが出来るナーランディカの領主に、クロウと共にビジ族と戦ったことで【土の曜術】というものの存在を強く認識した殿下。
 それに、クロウの父親であるドービエル爺ちゃんも、曜術と言うものの不可思議さを知っていた。だから、人族の曜術師であるブラックが「おかしい」と言った事を重要な事だと思ってくれたんだろう。

 デハイアさん、カウルノス……なんだかんだでアンタらいい奴だよ……。

 思わず感動してしまったが、それは置いといて。

 五人で改めて話をした結果、畑の氾濫に関して妙な事が浮かび上がった。

 その発端はクロウの話なのだが、どうやらクロウは「最初、土を掌握しようとしたら、誰かの曜術のようなものが中に含まれていて抵抗された」らしいのだ。

 この証言は、ブラックが俺を抱え畑の土から湧く光を見る前。
 なのに、畑が光った後は「急に相手の力が弱まって、一気に制御できた」という。

「これは多分、ツカサ君が血を流したからじゃないかな。ツカサ君の血には特殊な力があるけど、その一つだろう呪いをも解く【浄化】が働いて、敵意のある曜術を弱めたのかもね。そのおかげで、熊公は楽々土を抑えることが出来たワケだ」
「なるほど……」

 しかし、土を抑え込んだ瞬間、土からは「術の抵抗」が消えてしまったらしい。
 打ち勝ったのではなく、完全に“放棄した”ような消え方だったそうだ。

 ふむ……クロウが土を制御権を完全に握ったからなのかな?と甘酸っぱい果物に口をモゴモゴさせて頷く俺を見つつ、ブラックは猫のように目を細め口を笑ませた。

「でもさ、そもそも変だと思わない?」
「ん?」

 変って……なにが。
 なんだか話の風向きが変わったなと目を丸くすると、ブラックは俺のパンパンの頬を指で撫でた。

「あいつら、どうやって“畑の土”に目を付けて、どうして操ろうとしたんだろうね」
「んん……? どゆこと……?」
「畑、あいつらに見えない場所にあるよね?」

 端的にそう言われ、俺はハタと気が付く。
 そうだよな。仮にソコに土があったとしても、あいつらが気付くはずもない。

 っていうか、そもそも相手はどうやってこんなピンポイントなところに術をかける事が出来たんだろう。畑って部屋の中だから、絶対あいつらに見えないはずだよな。

 この大陸には飛べる鳥の獣人は存在しない。
 それに、操るんならオアシスの土でよかったはずだ。……どうやって遠隔で曜気も少ない土を操れたのか謎だけど……ともかく、畑じゃなくてよかったはず。

 なのに、どうやって。どうして畑を?
 そもそも土だったら、巨大ヤドカリが吐き出した土で用が足りるはずだ。

 強大な術で操って見せたんだから、それを王都に向けて放ってもよかったはず。
 だけど……そうはしなかった。

 【黒い犬のクラウディア】達は、こんなまどろっこしい方法を使う必要もないし、王宮を崩すためなら他にもっと豪快で即決させられるようなやり方があったんだ。

 なのに……こんなことをした。

 …………考えてみたら、確かになんかヘンだよな。

 でも、ブラックが何を言いたいのかはハッキリ分からない。
 業を煮やした俺は、観念して質問した。

「つまり……どういうこと?」

 するとブラックは人懐こい笑みでニッコリと笑って。

「キスしてくれたら教えてあげる」
「……却下」
「いひゃひゃごえんごえんっへは~」

 なーにがごめんってばだ!
 それに軽くほっぺを引っ張ってるだけなのに何が痛いだこの野郎。

 ちゃんと話せと睨むと、ブラックはわざとらしく引っ張った方のほっぺをさすりながら答えを話し出した。

「まあ、つまるところ……あの畑の土ってのは、最初から“敵が用意したもの”で……最初から、敵はツカサ君を“試し刺し”したかったんじゃないかなってこと」
「…………?」

 ???
 思わず頭上にハテナマークが乱舞する。三つもクルクル回って、こんがらがらないだけ上々だ。でも、そんな自分を誇っても全然疑問は解決しない。

 “畑の土”を、敵が用意した?

 俺を“試し刺し”した?

 ヤバい、話がついて行かない。会議をしたブラック達なら分かるんだろうか。俺にも分かるようにもう少しレベルを落として話して貰えないでしょうか……。

「あは……ツカサ君たらほんと可愛いなぁ」
「うぐぐ」

 仕返し、とでも言いたげに、やっと中身が消えたほっぺをブラックがつねる。
 とはいえ全然痛くない。むにむにと頬を指で揉みながら、相手は微笑んだ。

「簡単に言うと……ツカサ君を刺し殺す……いや、恐らくは多少なりともツカサ君の力による“曜気”の援護を防ぐために、わざわざ“畑の土”に自分の曜気を含めた土を混ぜて王宮に侵入させ、ツカサ君と分断……あわよくば王宮の一部施設を己の土の支配下に置くことで事を有利に進めようとしたんじゃないかな」
「俺を刺し殺すために土を混入!? いやなんで俺!?」

 土に“自分の土の曜気で操った土”を混入させたってのは、俺にも分かる。

 相手が俺達の事を知っているとすれば、こちらがどう動くかは容易に想像できる。木と水を操る“日の曜術師”である俺の力を見込んで、ジャルバさんのような食糧を管理する人達が籠城戦を予期して「畑を作ってください」と言うのは確実だし、それを実現するための土を王宮に運び込むことも予測できるだろう。

 王都への道を封鎖させたのは【黒い犬のクラウディア】だ。人族の戦を知る【教導】が後ろについていれば、籠城した者達が食糧を捻出するために畑を作ろうと考える事も熟知しているはず。

 俺のようなチート能力者がいると知っていれば、なおさら確信しただろう。

 だから、予めジャルバさん達が運び込む土に、己の術をかけた土を入れて……俺が注いだ土の曜気を利用し、術を強化してあんなことが出来たのかも。

 でも俺を殺すためにってのは……どういうことだ。

「んもー、ツカサ君たらすぐ自分のこと忘れるんだから。ツカサ君は、無尽蔵の曜気を僕達に与えることが出来るじゃない。それってさ、僕だけじゃなく誰にだって有効なんだよ? しかもツカサ君の体や体液は獣人達にとってごちそうだ。なんなら、国王陛下より強力な兵糧になるんじゃない? そんなもの、敵なら封じておきたいよね」
「あ……」

 そう、か。
 あっちに【アルスノートリア】がいれば、当然ブラックが【グリモア】で、俺が【黒曜の使者】だって情報も既に仕入れているはずだ。

 なら、俺を無力化するために土の曜術で閉じ込めておきたくなるだろう。
 俺だって、ラスボスを無限回復させるラスボスの右腕とかは真っ先に倒すし。

 …………なんか獣人大陸じゃあんまりチートで男らしい活躍してなかったから、頭の中からすっぽり抜け落ちてたな……。

 でもブラックの言うとおり「俺を何らかの方法で無効化したかった」のなら、あのやり方にも納得がいく。俺達の事を知っているなら、ああするしか方法が無かったのだ。

 まず、俺は不死身だ。それに、ブラックは一級以上、滅多にいない【限定解除級】の曜術師であり炎と金属を操る【グリモア】でもある。
 俺を金属製の檻で囲ったって、大した意味はない。

 それに、俺を連れ去ってもブラックは必ずやって来るから、要塞の中で乱戦は避けられないし、そうなると兵士を消耗するのはあちらだろう。クラウディアは何故か人死にを嫌うから、それは避けたかったはずだ。
 でも、目標を達成するまで俺は無効化しておきたい。

 ならどうするかと考えた結果が、あの“畑の土”だったのだろう。

 炎の曜気も金の曜気も、土の曜気には干渉できない。
 強固な大地が相手ではどれほど強い攻撃や曜具も弾かれてしまうのだ。

 しかも獣人の大陸では曜気を視認できるものはごく少数だし、土の曜気はブラックの鋭い目が行き届かない。虚を突くのにぴったりだった。

 それに加えて……
 この場所には、強力な【グリモア】に対抗できる【アルスノートリア】の力を牽制する事が出来るような“土の曜術師”は、存在しないのだ。

 だから、出血多量のまま放置されて動けず、能力も発揮出来ない俺を強力な曜術が掛かった土で閉じ込めてしまえば……誰も俺の曜気を受け取れない。

 …………確かに、成功していたら恐ろしい作戦だな。

 俺は半死半生のままだっただろうし、助けて貰うまでに時間がかかっていたら……その間に、王都に攻め込まれていたのかも……。

 いや、クロウが土を抑えてくれていなかったら、確実にそうなっていただろう。

「クロウがいてくれて本当に良かった……」

 不意に口を突いて出たその言葉に、ブラックは一瞬不機嫌そうな顔をしたが――――何故か暴言を言う事も無く、驚くほど素直に肯定した。

「……そうだね。アイツがいなけりゃ、たぶん敵の思うとおりになっていただろう。僕も、実際ツカサ君を守れなかったかもしれない……」

 ブラックが己を下方評価するなんて、よっぽどだ。
 ……一歩間違えれば、敵の思うようになってたってことなんだろうな。

「にしても……本当にアレがアルスノートリアの術なら、それを防いだクロウって本当に凄いな。曜術師なら一級……いやその上の限定解除級なんじゃないの?」

 獣人族という“曜術が使えない種族”だというのに特殊技能が【土の曜術】一つだけという不可解な力を持つクロウ。
 俺は最初から凄いヤツだなと思ってたけど……考えてみれば、なんだか不思議な境遇だよな。先祖返りの血ゆえだって話だけど、曜術が使える獣人だなんて。

 母親のスーリアさんもそうだったようだが、あれほど強力な曜術を扱えるのはクロウだけのような気がする。

「…………認めたくはないけど……駄熊が“足る力”を持っているのは確かだろうね。だけど、それがアレに認められるかどうかは別の話だ」
「……ブラック?」

 見返した相手の表情は、なんだか強張っている。
 真剣なような緊張したような、なんとも言えない表情だ。

 何故そんな顔をするのか分からなくて眉根を寄せた俺に、ブラックは目を向けた。
 ――菫色すみれいろの瞳が、なんだか揺れているような気がする。

 どうしたんだろう。
 何か不安な事があるんだろうか。

 心配になって手を伸ばすと、ブラックはその手を取って頬を摺り寄せてきた。
 ちくちくざりざりした、いつもの痛痒い感覚。だけどなすがままにさせていると、表情が緩んできた。少しは心が静まったんだろうか。

 伺う俺に、ブラックは苦笑を滲ませたような表情を浮かべた。

「まあ……ともかくさ、一応【五候】は敵の曜術の凄まじさについては理解したから、外から向かってくる術は自分達が弾こうと門に向ったってワケ」
「そういうことか……」

 最初ブラックが適当にはしょって説明するから混乱したけど、しっかり会議をして、そのうえでみんな「警戒態勢」ってことで外に行ったんだな。
 じゃあ……ひとまずは、緊迫した状況ってわけじゃないのか。

 ……いや、もうヤドカリが見えてきているし、乗りこまれたのは事実だし、楽観視はしてられないんだろうけどな。
 でも、他の人達が一気に襲われる……みたいな状況にはならなかったようで、本当に良かった。そこだけは、クラウディアもぶれなかったんだな。

 とはいえ……こんなこと、あの人が考えるだろうか。
 俺には、あの人がどうも“見た目通り”に見えないし……それに、あの人に対しての優しさが嘘だとは思えない。だから【教導】あたりがこんな汚い作戦を考えたのではと思ってるんだが、実際どうなんだろう。

 未だに誰が【礪國れいこく】なのかも謎だし……うーん……まだまだ謎が多い……。

 腰のふにゃふにゃと上半身の筋肉痛で上手く頭が回らず唸ってしまうが、そんな俺をブラックはずっと見つめていたみたいで。
 そうして。

「……ねえ、ツカサ君」

 納得している俺に、ブラックが意味深に声をかけてくる。
 なんだか、いつも違う……少し沈んだ真剣な感じの声色だ。

 さっきから何だか様子が不安定で、どうにも気になってしまう。やっぱり、さきほどのやりとりだけじゃ拭えない深い不安があるのだろうか。
 ……このオッサン、なんだかんだ自分一人で色々と考えちゃってそれを誰にも言わないからなぁ……。さっき心配したばっかりだってのに、また心配になるよ。

 察してやりたいけど……心を読む力は俺には無いし、ブラックだって言える範囲の事以外は、知られたくないだろうしな。それがもどかしい。
 だけど、何か俺にして欲しがっているなら、叶えてやりたいと思う。

 そんな思いで相手を見つめ返すと――ブラックは、俺にぽつりと問いかけた。


「…………もし、ツカサ君が“支配”されてもいいと思うやつが現れても……

 僕を……僕だけを、一番だって思っててくれる……?」


 ――――……それは……どういう、意味だろう。

 支配されてもいいヤツが現れても、って……グリモアのこと?
 だけど、なんで急にそんなことを言うんだろう。

 よく、分からない。
 分からないけど……。

「…………」

 なんだか、言葉にならなくて。
 だから、俺はブラックの左手を自分の方へ持ってくると……俺の瞳と同じ色をした宝石がはまっている指輪を見つめながら、その大きな手を頬にあてた。

 武骨で、カサカサするくらい皮が分厚くて、太い指をした大人の手。
 俺の胸に下げた指輪と同じものをずっと嵌めてくれている、その……愛しい、手に、ゆっくりと一度目を閉じて顔を預けてから、俺は息を吸った。

 なんだか、また変に顔が熱くなっているような気がする。
 でも、俺だって。

 ……俺だって、言わなきゃいけない時に、言えないような男になりたくない。
 だから俺は……ブラックの菫色の瞳を見つめて、掠れた声で呟いた。

「俺、は……その……あ、アンタ以外のやつに……

 ……指輪……絶対、貰わない、から……」

 ――――我ながら、稚拙すぎて嫌になる。
 これで、伝わるんだろうか。

 もっと気の利いた言葉をサラリと言えたら、安心させられただろうに。そうは思うけど、俺みたいなヤツにはキザな言葉を考える頭なんてない。

 でも、愛してるだの好きだのなんて言うのも、恥ずかしくて。

 何度も言っているはずなのに、それでも……本当にそう思ってるから、口に出してしまうと自分がどれくらいブラックに対して本気なのか自覚してしまって、そんな自分ののせいで、余計に恥ずかしくなってしまう。

 それに……言葉一つだけ呟いても、伝わらないんじゃないか。
 ブラックが思ってくれるのと同じくらいの思いを伝えてやりたいのに、俺の言葉では「好き」も「愛してる」も感情の全部が伝わらないような気がして。だから、自分の言葉にどぎまぎして上手く言えなくなるのかも知れない。

 ……無意識にそう思ってしまう貪欲な自分も、なんだか情けなく思えて。

 ブラックに見つめられるだけで顔が熱くなる。
 でも、俺だって。

 俺だって、アンタが不安になるって言うなら、伝えたいんだよ。
 この指輪を貰った時、俺がどれだけ胸を締め付けられたか。
 今だって、どれほどこの指輪の頼もしさに助けられているのかを。

 “アンタから貰った”指輪だから、そう思えてるんだってことを。

「ツカサ君……っ!」
「わぷっ」

 触れていた手がするりと後ろに回り、後頭部を掴まれぐいっと引き寄せられる。
 ブラックの胸に強く押し付けられ、息を吸うと俺とは少し違う風呂上りの香りについ心臓がギュッとなるが、相手はすぐに俺を引き上げてキスをしてきた。

 額に、頬に、口に、軽くついばむように何度も何度も。

 恥ずかしかったけど、でも、今のブラックがどれだけ喜んでいるかを思うと、無下にも出来ない。つい押しのけたくなる男心を必死に押さえつけつつ、ブラックのしたいようにしていると……やがて、落ち着いてくれたのか再び密着してくる。

 ……少し寒い、オアシスの王宮の夜。
 だけど、ブラックの体温と心臓の音がカッカした俺の体を落ち着かせて、心地のいい温度へ誘っていく。

「あぁ……なんでそう、ツカサ君ってば……」
「……?」

 感極まったみたいに、ブラックは少し震えている。
 怖さやつらさからくる震えじゃないみたいだけど、どうしたんだろう。

 本当に何事もないのかと顔を見やると、ブラックは目を潤ませてまたもや俺の口に当たり前のごとくキスをした。

「ツカサ君……大好き……愛してる……」
「…………」

 なんでそう、コイツはすらすらと素直に言えるんだろう。
 それに……どうして、一言だけで……そんな風に、伝えられるのかな。

 ……俺も、もう少し大人になったら、短い言葉だけで相手を喜ばせることが出来るようになるのかな。ブラックをいつも喜ばせてやれるように、素直になれたりするのだろうか。つい、考えてしまうけど。

 でも、今じゃなきゃそんなの意味ないんだよな。

「ツカサ君……」
「……うん……」

 肩口に顔を埋めるブラックに、恥ずかしさを隠しきれない言葉が漏れる。

 ……ブラックが何を不安に思っているのか分からない。
 けれど、もし不安が尽きないなら、何度だって「大丈夫だよ」と抱きしめてやりたい。それで安心できるなら、何度だって繰り返してやる。
 鬱陶しく思う事なんてない。それだけ、ブラックは大事なヤツだから。

 だから……俺に何度も伝えてくれるその愛の言葉と同じくらい、不安な言葉も素直に伝えてほしい。

 今さっきの問いも、何度問われたって全部同じ答えで返すから。

 そう強く思って、俺はブラックの背中に腕を回した。











※たっぷり遅れてしまいました…
 (;´Д`)難産でしたスマヌ

 
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