異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

  痩せ鼠の記憶

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※二話連続更新です。ご注意ください。
 
 
 
 
 師匠から聞かされていた「獣人の当たり前」は、多岐にわたる。

 ――例えば、家の中にある吊るし針が大きく太ければ、その家のオスの暗殺には難儀する。……とか、酒に酔いやすいと言って体が貧弱なワケでは無い、とか。

 相手を確実に“仕留める”ための知恵を、何度も聞かされた。

 ……それは、形は違えど獣人の“群れ”の長老達が子供に伝える“生きる知恵”のようなものだ。それゆえ、ナルラトは兄のラトテップと毎日その教えを反復し、獣人の性質や文化と言う物を忘れないように頭に刻んでいた。

 そんな知恵の中の、最たるもの。

 師匠のヨグトが時折自嘲するような嘲笑するような笑みを僅かに見せて話した事は、他の知恵よりも深い印象と共にナルラトの中に刻まれていた。

(獣人は、ほとんど書物を読まない。口伝の知恵と情報を己の知識の全てとする)

 ――――そう。

 獣人は、人族のように書物によって古の事象を記録する事が無い。
 この大陸では書物として使える材料が乏しく製造しにくいという理由もあるが、そもそも獣人にとっては、歴史よりも生活の知恵が重要だったからだ。

 獣人は、粗野な暮らしをしているが決して愚かではない。
 モンスターの血を持つとはいえ知能は比べ物にならないほど高く、書物を持つ人族となんら遜色ない対話ができる。それどころか、人族など指ひとつで頭を貫けるほどの力を常に有しているのだ。

 そんな高等な種族であっても、獣人は交易に来た人族を積極的に襲うことは滅多にない。国と言う法秩序が存在する場に居る獣人が接するからと言うのも大きいが……実際は、ほとんどの獣人が理性的であるのが大きな理由だろう。

 親の口伝を余す所なく吸収する頭脳を持つ我々が書物を持たず、今も誇りある闘争を繰り広げているのは、決して野蛮だからと言うわけではないのだ。

 歴史に頼らず、己が武力と理性のみで秩序を成し遂げている。
 それゆえ、過去の知恵をわざわざ二度手間で書物に記す必要が無かった。

 ヨグトがそう教えたことは、ナルラトも様々な経験を経たうえで納得した話だった。

 ――……しかし、中にはそれを逆手にとって悪用する者もいる。

 獣人族は書物に興味が無い、とはいえ変わり者はどこにでもいるもので、たまに「歴史を記すのだ」と血気盛んに主張し、獣皮紙に日々の記録を記すものもいる。
 かつて栄えた【太陽国アルカドビア】や、今自分が仕えている【武神獣王国・アルクーダ】でも、書物は生産されていた。

 彼らの考え方は、獣人の秩序に「歴史の重要さ」を加えたものだ。
 過去にあった悲劇を繰り返さないため、過去の戦に学びより強くなろうとするため、そして失われた群れの記憶を残そうとするために、彼らは記していた。
 ……そこに、よこしまな気持ちは一切ない。そのはず。

 ともかく、多種族にも分かる形の知恵の伝授は、昔から細々と続いていた。
 未来を生きる子孫達に、少しでもより良い暮らしをさせてやるために。

 だが、それを「自分達に有益な情報」として掠め取り、悪用した獣人族もいた。

(それが……俺達がこき使われてた【俊剛金猿しゅんごうきんえん族】だったな……)

 今思い出すだけでも怒りとも恐怖ともつかない感覚で、体が震える。
 暗がりに潜む今は、集中力を切らしている場合ではないというのに、それでも機を待つうちに余計な事を考え始めてしまった頭は過去を思い出し熱くなった。

 【俊剛金猿族】は、まさに悪魔だ。
 そう評されるほどに惨いことばかりを好む猿だった。
 賢く、狡く、そしてどんな種族よりも残酷な思考を持つ獣だったかもしれない。

(思い出したくないってのに、まだふと考えちまうんだよな……)

 今でも思い出すのは、かつての蛮行。
 書物を愛した人々が良かれと思って残した書物を使い、多種族の弱点を探し非道な支配を敷いたのだ。この王国のような平和で平等な支配ではなく、己の種族以外すべてを奴隷として扱うようなやり方で、彼らは群れを広げようとした。

 そのさまは、まさに南方に広がる“地獄”の砂漠のような陰惨さだった。

(……だが、もうそれも昔の話だ。陛下が、全てを変えて下さった)

 もう数十年も前だろうか。

 年は経ても思い出せるのは、解放されたあの時の喜びだ。
 現在がどうであれ、あの時“根無し草”の鼠人族は自由を手にした。

 その自由を与えてくれたのが、誰でもないこの国の王――
 ドービエル・アーカディアだった。

 ――――あの頃のアルクーダは、未だに各地の群れとの戦や交渉を続けており、建国して数百年を数えてもまだ安定した国として機能してはいなかった。

 獣人は基本的に長命で眼鏡ではあるのだが、それでもそれでもアルクーダは既に六代の王を経てなお、巨大な国家の片鱗を見せてはいなかったのである。

 さもありなん。
 建国したかつての群れの王は、抜きんでて優秀だったにも拘らず、熊族を纏めるのにすら百年を使ったという。そんな熊族の者も、日々猛獣と化し食うか食われるかで戦いを挑んでくる他の種族との闘争に明け暮れていた。
 巨大な国と言う安定した場所を作ることすら難しいほどに。

 ……それだけ、かつての大陸は今よりずっと荒んでいたのだ。

 そんな中にあって、最大最後の敵だったのが【俊剛金猿しゅんごうきんえん族】だ。
 奴隷と言う概念を蔓延させ長い間様々な種族を苦しめてきた悪魔に、二角神熊にかくしんたい族が、ある時急に反旗を翻した。それを旗印に、初めて大きな群れの獣たちが一丸となって敵とする悪魔に立ち向かったのだ。

 この大規模な戦により、ベーマス大陸は安定を取り戻すこととなる。
 まだ傷は癒えきれていないが、それでも“弱肉強食”という世界をよこしまな考えで崩し脅かそうとする影は消え去ったのである。

 まさに、二角神熊族の王・ドービエルは【武神獣王】の名に相応しかった。

 今アルクーダが国として認知されているのは、彼らが一番初めに勇ましく足を踏み出し、全ての獣人を支配下に置こうとしていた種族に立ち向かった功績を皆が口伝で伝えて一定の尊敬を集めているからなのである。

(あの猿どもの前も、俺達“根無し草”の鼠人族は暗い場所で生きていたようなものだった。けど……その因果を断ち切ってくれたのが、陛下なんだ)

 その結果、自分達は自由になった。
 ……自由になった後の暮らしも楽ではなく、人族の女性に雇われることになるまではつらい暮らしを兄弟で続けていたが、それでも暗殺奴隷の頃よりは、ずっとマシな暮らしだった。

(…………出来れば、こんなマトモで贅沢な暮らしをホーティーにも味わわせてやりたかったし、兄貴もきっとそう思って悔やんでただろうけど……ツカサが、その思いも全部持って行ってくれたんだろうな)

 おかげで今、ナルラトは己の仕事を悔やまないで済む。
 陛下や彼らの助けになるのなら、誰かを救うための力になれるのなら、自分の汚い能力もなんだって使ってやる気で居られた。

 ――――こんな風に、自分の雇い主の息子である王子の部屋に忍び込み、己の能を使い影の中で潜む行為ですらも。

(気配は……もう消えたな。そろそろ出てもいい頃か)

 部屋の暗がりに【影成り】の術で隠れていたナルラトは、ぬるりと姿を現す。
 “根無し草”の鼠人族に古くから伝わる、特殊な術。神獣のような優れた獣ですらも気配を察知できない己の術が未だ磨かれていることに安堵しつつ、ナルラトは忍び足で王子――――ルードルドーナの部屋を見渡した。

(几帳面で、寝台すら乱れていない。神経質な獣人のお手本だな。……だが、王族の息子にしては……やはり、蔵書の類は少ない。これは戦竜殿下も同じだが)

 戦に秀で“戦竜殿下”と呼ばれるカウルノスも、書物の類は苦手だ。
 しかし、策謀を得意とするはずの“賢竜殿下”も書物棚を一つ分しか有していない事が、ナルラトには少し奇妙に思えた。

 読書家が策士と同意義であるわけではない。
 現に、争うことが嫌いなクロウクルワッハ殿下は、親の影響もあって読書家なのは有名でかなりの知識量を有していたが、策謀に秀でているわけではなかった。

 いや、これは単に「謀は出来るがやりたくない」からなのかも知れないが。

(まあ口伝で戦のことは教えられているだろうし、むしろ王族として書物を嗜んでいるのだとすれば、この程度の蔵書でも普通なんだろうが……)

 しかしメイガナーダ領地の館で見た書棚の数を見ると、寂しく思えてしまう。
 人族の知識層ならば、すくなくとも三つは有ったような気がしたのだが。

(まあ、そんなことを言っていても仕方ない。お坊ちゃんの動向は調べてみないとな)

 神経質な獣人の持ち物を動かすのは、かなりの難易度だ。
 なにせ彼らは侵入者のニオイがないか確かめるだけでなく、所有物が動いてないかを執拗に確かめる。獲物に執着しがちな熊系の獣人族は、殊更それが酷い。

 ナルラトは慎重に動き、書類仕事のために置かれた文机の引き出しを探った。

(高級な木材の文机たぁさすが王族ばい……しかし中身は……)

 少々、表現しがたい。

 何故なら文机の引き出しに収められていたのは、私的な文書に関するものの他に――恐らくは人族にでも描かせたと思われる、エスレーン第三妃殿下の絵姿が何枚も隠されていたからだ。

(…………普通の獣人はオスメス問わず、己に愛を注いでくれた母親を大事にするというが、これはちょっと異常だな)

 いかがわしい絵は見当たらないので、恐らく敬愛や崇拝に近い感情なのだとは思うが、それにしたって親思いが過ぎる。
 ついゾッとしてしまうが、恋慕よりはマシだと思い直し、ナルラトは物を大きく動かさないよう慎重にいくつかある引き出しを漁った。すると、一番下の引き出し――厳重に鍵がかかっている引き出しを開けた所で、あるものを発見した。

(これは……本……?)

 分厚い皮を使った装丁の高級そうな本。
 人族が持つ「手帳」というものより一回り大きいが、普通の本よりも薄い。

 何の本なのだろうかと思ったが、題名が無い。
 その代わりに見たことのない家紋か何かの文様が彫られており、金で箔押しをされていた。よくわからないが高級そうなのは確かだ。

 ゆっくりと開いてみると。

(…………これは……リン教の経典……というか、なんだろうか。説話集みたいな物なんだろうか。人族がよく好む、空想の物語を集めたものだな)

 大抵の獣人は、己の群れの長達の英雄譚を聞くものであり、それ以外はベーマスの伝説くらいしか教わらない。
 話と言えば物語というよりも世間話や噂話が主な娯楽で、やはり獣人のサガなのか、物語より戦いの方が圧倒的な人気だった。

 当然、書物に興味が薄いルードルドーナも獣人らしい獣人だと思っていたが。

(鍵をかけているということは、誰かに見られたくないものか。しかし、殿下が自ら本を所望するとは思えない。母親の姿絵しかない所からしても、恋人の贈り物と言うセンは薄いだろう。となると……やはり、あの暗がりで会話した相手から貰ったのか)

 何か手がかりが無いだろうかと本を見るが、何も変わったところはない。
 ニオイに関しても、香水か何かで巧妙に隠されているのか、位の高い人族が付けているような甘ったるく嗅覚を狂わせるような嫌な臭いがした。

(チッ……なんにせよ、これで殿下がリン教に傾倒していることは明らかになった。が、コレを持って行っても証拠にはならなそうだな……普通なら、所有者なんてニオイですぐに判別できるというのに……まったく、小賢しいヤツは小細工ばかり考える)

 これがルードルドーナの仕業なのか、それとも他者の入れ知恵なのか。
 判断しようもなかったが、とにかく証拠は必要だ。

 どうしたものかと考えたが――――

(敢えて荒らして持ち出させるべきか? とはいえ、この状況では混乱に乗じて何もかもを証拠隠滅される可能性がある……。困ったな)

 “はかりごと”は苦手だ。
 とはいえ、策を弄さねば「本命」は出てこないだろう。

(こういうのは……やっぱりブラックの旦那が適任かねえ。俺は隠れてコソコソするのは得意だが、賢いヤツのハラを探るのには向いてないんだ)

 そんなものを探るより、料理に適した野菜を手で探る方がよほど楽しい。
 考えれば考えるほど憂鬱になるが、賢い者にぶつけるのは、やはり賢い者でないといけないだろう。そう考え、ナルラトは引き出しを元の状態に戻した。

(さて……他に俺が探れるものは……)

 そう考え――――ふと、座間の横に置かれた食卓に目が行った。

 王族ならではの豪華な円形絨毯に、数えきれないほどの美しいクッション達が山のように盛られている。
 その横には、食物を置くための脚が低い食卓が置かれていた。

(……ん……? あれは果物か? 王都じゃ荷が届かないってんで、そろそろ果物も底をつき始めて制限されてるっていうのに、王族は違うもんだな)

 とはいえ、それもまた食糧庫から持ち出したものだろうから、別に独り占めしているワケではなく何か理由があって置かれているのだろうが。
 大方、保存していた果物の味見か何かだろう。

(それにしても、良い暮らしをしているくせに……どうしてあんな風に怪しまれるような事をするのか……俺には理解できねえな)

 両親に愛され、兄に思われ、嫌っていた相手にすら心配されている。
 飢える事も無く知識すら望めば与えられる。

 ここまで贅沢な状況に居ても、人の悩みと言うのは尽きないものなのだろうか。

(……そんなことを思ってやる義理なんて、俺にはねえがよ)

 ともかく今できるのは、事細かにこの部屋を記憶することだけだ。

 ――――例え恩人の息子であろうと、後ろ暗い事があるなら探らねばならない。

 きっとそうすることが、国を思う恩人にとって一番良い事なのだから。

(陰に潜んで誰かを仕留めるより、ずっとマシだ)

 心からそう思い、ナルラトは再び部屋を探り始めたのだった。










※爺ちゃんは八十六番目の王(第一部参照)ですが
 この「王」は国になる前の“群れ”時代も含まれていて、昔の熊族の
 群れの中では常に長になるための争いがありポコポコ代替わりしたので
 年月や長命な性質とは関係なく代がとんでもない数字になってます。
 五胡十六国時代みたいな感じです…
 
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