異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

18.夢見の者

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   ◆



「なるほど、わからん。何故お前が寝ているツカサに添い寝する必要があるんだ」
「初手から理解拒否ってんじゃねえよテメエその無駄な熊耳引きちぎるぞ」

 客室に戻った俺達は、早速善は急げとばかりにベッドに向かい、不思議そうにしているクロウに軽く説明をしてコトを試そうと思っていた。……のだが。

 ベッドに体を横たえて目を閉じ、あとは睡魔が来るのを待つだけ……だというのに、何故左右から立体音響で不機嫌なオッサンの声が聞こえるのだろうか。

 俺は悪夢を見ているのかと思ったが、どうやらこれは現実のようだ。

 ……うん。っていうか、戻ってくるなりケンカするのやめてくれませんかねえ!

「ム。自分にケモノ耳が無いからと言って、ひがんでいるのか。嫉妬は見苦しいぞ」
「はぁ? なに勘違いしてんだクソ駄熊。ねえツカサ君コイツもう細切れにしていい? そのあと煮込んで無意味に捨てていい?」
「だーもうやめーって!! 寝られないだろ!」

 どうして会話して数秒で喧嘩腰になるのがデフォルトなんだお前らは。
 最近やっと確信が持てたが、クロウもわざと言ってんなこれ絶対そうだな。ブラックに対して煽りを入れてくるのは、なんかの対抗心の表れなんだろうか。

 小競り合いレベルの喧嘩するのは微笑ましいから良いんだけど、頼むから今回は真面目にやってくれ。それともアレか、お前らいちゃついてるのか。

「ツカサ君なんか悍ましいこと考えたでしょ、本当にそういうのはやめて」
「オレも寒気が走ったぞツカサ」
「いや心読まれた俺の方が怖気で寒くなってるんだけど……」

 本当にどうやってお前らは俺の心の声を……って、今はどうでもいいか……。
 ともかく、今は眠ることの方が先決だ。もう邪魔すんなよと睨むと、オッサン二人は分かりやすく口を不満げに尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。

 よしよし、そうしてくれれば良いんだ。

 個人的には「横に居て呼びかけ続けて」の解釈が違うのが気になるのだが、そこは俺がはっきり言わなかったので仕方ない。
 こちらとしては、ベッドの横で座って囁いてくれるイメージだったのだが、そこを説明しなかったらコイツは当然添い寝するもんな……いや説明しても「添い寝のほうが! 絶対! イイ! から!!」とか押し切ってきそうだけども……。

 と、ともかく、準備は整ったからこれでヨシ!

「それで……ツカサ君、僕どうしたらいいの? ずっと耳元で囁いたらいい?」
「眠れなくなりそうなのでそれはやめて……。えーと……俺が寝てる時にクラウディアちゃんの事を呟いてくれてたらいいのかな……。なんか、寝てる人に囁き続けると、そういう夢を無意識に見ちゃうとか言うじゃん?」
「えっ、じゃあ、耳元でツカサ君としたいセックスを事細かに言い続けると、ツカサ君は夢の中でも僕とぐちゃどろセックスしてくれる……ってコト……!?」

 名探偵が事件解けた時みたいなハッとした顔するなムカツク!!
 ていうか真面目な表情でとんでもない事言うなよホントにお前はああああ。

「クロウに代わって貰おうかな……」
「ああんごめんごめんんん! 真面目にやるから添い寝させてよ~。ねっ!」

 だから語尾にハートマーク散らすなと言うに。
 なんとも言えない気分になったが、まあ大人しくなってくれたのでよし。

 俺は横からの視線を気にしないようにすると、深く寝入るために頭を枕に沈ませて目を閉じた。……そうすると、案外早く覚えのある感覚が襲ってくる。
 どうやら、俺もそれなりに結構疲れていたらしい。

 ……意識がボンヤリしてきて、心地良い感覚が頭を支配する。
 ブラックがすぐ隣にいて、ずっと自分を見ている状況なのに、それでも眠れるものだろうかと思っていたけど……どうやら、その心配も杞憂だったようだ。

 ――――もうすぐ、落ちるかもしれない。

 ふっと意識が飛びそうになると、その頭に何かが触れたような気がした。
 暖かくて大きい、ほっとするような何か。

「ツカサ君が、クラウディアという娘と会えますように……」

 ああ、これって多分……ブラックの、手なんだな。

 なんの疑いもなくそう思えて。
 そうして――――体中から全ての力が抜けた。





「…………あ……」

 声を発した瞬間、そこから世界が始まったみたいに視界に風景が広がる。
 でも、俺はそれを当然のように思っていて、何故自分がそこに居るのかという疑問すら湧かない。だけど、ぼうっと立っているうち急に頭が働き始めた。

 白い、空間。
 前方にぼんやり何かの色……いや小さな風景が見える。

 なんだこの状態は。

 ――――…………あ。
 ああ、そうだ。これって夢の中なんだ。

 だから俺はここに来た記憶もないし、それで変じゃないと思っているんだろうな。
 夢ってのは、そういうものだ。とんでもない場所に居ても、それが「物語の途中」で自分がそこに存在することは当たり前だと思っている。

 ヘタすると、そんな設定すらない。
 唐突にスーパーマンになってて図書館で魚釣りをしていても、それが当然のことだと思ってしまうものなのだ。夢ってのはそれがまかり通るんだよな。

 ……でも、今の俺は正気だ。
 世の中には“明晰夢”という「意識がはっきりした状態で夢の中を体感できる」行為を難なく行える人がいるみたいだけど、俺からするとこの感覚は珍しい。

 いや、前にも何度か感じたことがあるけど……自分で望んでこんな風になった事が無かったので、なんだかヘンな感じだった。

「ええと……あ、そうだ……クラウディア……クラウディアちゃんを探すんだよな」

 夢のなかって、あらすじ通りの思考しか出来ないようなもどかしさがあるんだけど、今の俺は何故かすんなり現実の重要事項を思い出せる。

 これは、ブラックが外で囁き続けてくれているおかげなのかな。

 だとすると、やっぱりこの方法で夢の中に入るのは正解だったんだな。でも、肝心のクラウディアちゃんが見当たらない。
 どこに居るのかと見渡したが……やはり、あの楕円形に切り取られた小さな風景の中が怪しいような気がする。ってか、それ以外全部白い空間だし……。

「ともかく、行ってみるしかないよな……」

 そう呟き、足を踏み出そうとすると。

「――――ッ!?」

 ぐっと風景が動いたような感覚があり、周囲が引き伸ばされ……いや、後ろへと急に引っ張られたように動いて、一気に小さな風景が白い空間に侵食してきた。
 まるで、あの風景が覆いかぶさってきたみたいだ。

 思い切り驚いてしまって目を剥いたが、その間に周囲はすっかり見違えたように色鮮やかに変化していた。

「……こ、これも夢の中だからか……」

 キョロキョロと見回して、すっかり変わってしまった風景に目を白黒させる。

 俺が今立っている場所は、見慣れないものばかりの広い部屋だった。
 ……いや、見慣れないとはいっても、そこまで奇抜ではないぞ。

 壁の幅木(床や天井に接するところを保護するためにくっついてる、細長い板とかのこと)は黄金で彩られていて豪華だし、壁に埋め込まれたようになっている支柱も、それひとつで芸術品ってくらい彫刻や金の装飾でキラキラしている。

 床もピカピカに磨き上げられていて、俺の影どころか姿すら薄ら映ってて……いや本当にすごい豪邸だな。窓の枠すらキラッキラだ。
 でも、やっぱりここは獣人の国の部屋だからなのか、椅子などは無く円形の絨毯とお決まりのクッションの山がドンと聳えている。

 調度品や家具の小ささにしては、かなりのクッションの盛りっぷりだ。

「……ん? 家具が小さい……そういえばこれ、子供サイズだな……」

 洋服タンスや棚は子供が手に取りやすいよう小さく作ってあり、背が高い棚の横には、子供が登れる階段付きの台が用意されていた。
 そういえば……棚には、なんだかよく分からないが可愛い感じの動物の石像などが置かれているな。ミニチュアの宮殿っぽいものも……。

 もしかしてこれは、女の子の部屋なのだろうか。
 そういえば、部屋の奥の壁に面した場所には、煌めく装飾が眩しいピンク色の天蓋が付いたベッドがあるんだよな。しかも、布製のぬいぐるみもたくさんある。

 そうか……獣人の女の子……っていうかお嬢様?の部屋ってこんな風なんだな。
 けど何で俺がそこにいるんだ。もしやここってクラウディアちゃんの部屋なのか。

 初めて見た風景だけど、これも俺が夢の中で創り出したのかな。
 いや、違うよな多分。これは……俺の中で眠っているクラウディアちゃんが、無意識に創り出した思い出の風景なんだろう。

 自分の中に誰かがいる感覚は無いんだけど、俺の中の空きスペースにこうやって間借りしてるような物なんだろうか。
 まあクラウディアちゃんが快適に過ごせてるならそれでいいんだけど……。

 大家みたいな気持ちになりつつ、めったに見ない女の子の部屋と言う物を興味深く見渡していると――耳に、微かな音が聞こえてきた。

「…………あれ……これって……泣き声?」

 あの天蓋で閉じられたベッドの中からだ。
 恐る恐る近づくと、薄い幕の向こうに突っ伏して泣いているような姿が見えた。

「クラウディアちゃん……?」

 呼びかけてみる。
 すると――顔がフッと上がって俺の方を向いた。

「お……おにい、ちゃん……? どうしてここに……」
「あ、えっとね、クラウディアちゃんの様子が変化したような気がして心配だったから、ブラックに協力してもらって夢の中でキミに会えないか試してたんだ。……どうやら、この方法は正解だったみたい。会えてよかった。体調は大丈夫?」

 何かあったのではないかと心配すると、クラウディアちゃんは起き上がってベッドの上にぺたんと座り込む。そうして、ふるふると首を振った。

「ううん……大丈夫……。ごめんね、お兄ちゃん……」
「いや、良いんだよ。でも……なにかよっぽど怖い事でもあったの?」

 話せることがあるなら、少しで良いから聞かせてほしいな。
 無理強いはさせたくないけど……でも、さっきの会話でクラウディアちゃんが何かを思い出したのなら、聞きたい気持ちもある。

 だから、出来るだけ無茶をしないようにと思い、そんな風に優しく声をかけたのだが――――俺の言葉に数秒悩むようなそぶりを見せたものの、彼女は幕の合わせ目からそっと顔をのぞかせて、小さく頷いてくれた。

 ……俺はロリコンのケなどないが、これは確実に人が数人ノックアウトされる。
 可愛さがもはや天元突破しているんじゃないのか、こんな健気で尊い子のご両親に感謝してしまうレベルじゃないか。

 クラウディアちゃんは、古代の王国である太陽国アルカドビアのお姫様の可能性が高いが、お姫様と言われてすんなり納得してしまうほどの可憐さだった。
 キツネのようなピンと立った大きな三角耳と、長くてふわふわな金色の髪なんて、そりゃもう王族っぽいもんな。今は服装が曖昧でシンプルなワンピースだけど、元はきっと凄く可愛い服を着ていたに違いない。

 …………でも、そんな愛されるに違いない女の子だったのに……彼女とご両親は実の祖母達に討たれて、今の年齢で命を落としてしまったんだよな……。

 ……それを思うと胸が痛むが、それでも聞かなければいけないことはある。

 もしかしたらクラウディアちゃんにとって苦しい質問になるかも知れないけど、でも俺だって、クロウ達の故郷を守る手伝いがしたい。
 彼女の記憶の中に、あの巨大なヤドカリの弱点が何か隠されているのなら……何としてでも、教えて貰わなければならないのだ。

 でも、それはあくまでも穏便に。
 出来るだけ彼女を傷つけないようにするけどな!

「あの……お兄ちゃん……」
「んっ、なにかな!?」
「……あの、ね……その……さっき、ね、聞いたことのある言葉、思い出したの……」

 聞いた事のある言葉。
 なんだろうかとクラウディアちゃんをじっと見つめると、彼女は幕の合わせ目の隙間から少しだけ顔を覗かせたまま、どう言えばいいのかと視線を揺らす。

 慌てなくていいからと辛抱強く待っていると、やがて彼女は幕を開き、ベッドの縁に座って姿を現してくれた。そうして……浮かない顔で、語り始める。

「あんまり、覚えてないの……。でも、でもね、わたしとアクティーがお城の中をたんけんしてる時に、おばあちゃまが、ちょうろう様とお話ししてたの」
「それは……どんな?」

 床に膝をついて、彼女と同じ目線になってから問いかける。
 すると、クラウディアちゃんは泣きそうに眉を歪めた。

「よく、聞き取れなかったけど……でもね、言ってたの。力ある人は、それに見合ったヤクワリを貰うべきだって。だから、自分達もそうすべきなんだって」

 ――――それ、って……。

 それってまさか、リン教の教義……?

 いや、待てよ。クラウディアちゃん達の国が滅んだのは、数百年以上前の事だ。
 今回の件とは直接関係が無いから、偶然という可能性もある。だけど……その話で彼女の祖母が決起したのだとすれば……。

 …………。
 なんだか、奇妙な一致だ。気味が悪いほどに、似ている。

 彼女の祖母もルードルドーナも、リン教の教義に酷似した考えを持っている。いや、誰かに植え付けられていると言った方が良い。
 その教えによって、二人とも決起しているのは確かだろう。

 でも……まだ、リン教が関わっている確証もないし、そもそも獣人の考え方はリン教と凄く似ているので、たまたま感化された言葉が似ただけってこともある。
 だから絶対にそうだとは言えない。言えないけど……。

 もし、クラウディアちゃんが聞いた言葉の元がリン教だったとして、ルードルドーナが“傾倒している誰か”に吹き込まれた教えもリン教の教義だったとすれば……――


 それって一体、どういうことなんだろう?


「…………おばあちゃまが変になったの、それからだったの。……昔のおばあちゃまは、わたしとアクティーといっぱい遊んでくれたの。お父さまとお母さまとなかよしで、お庭でいっぱい……あそんでくれてたのに……っ、ぅ、ぅえぇ……っ」
「クラウディアちゃん……」

 祖母の心変わりがよほど悲しかったのか、クラウディアちゃんの目から大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
 居た堪れなくて、俺は即座にハンカチを差し出した。
 本来は鞄の中に入っているだろうものだけど、夢の中ならば関係ない。

 悲しい思いをしてほしくないという気持ちがこもっていたのか、ハンカチで涙を拭くと、クラウディアちゃんは大きくて可愛い目で俺を見て緩く笑ってくれた。

「おにいちゃん、ありがとう……。お兄ちゃんの中のココも、はんかちも、とっても温かくて……いつも、やさしい気持ちになるの」
「え、えへへ、そうかな……? なんか、こっちこそありがとう?」

 褒められたように感じてしまって、変な返し方をしてしまうが、クラウディアちゃんはそんな俺にも嬉しそうに微笑んでくれる。
 ううっ……ほんと、なんでこんな優しい子がこの年齢で幽霊になっちゃったんだ。

 今更ながらに悲しさと悔しい気持ちがこみあがってくるが、そんな俺の心の機微も今の場所では相手に筒抜けになってしまうのか、クラウディアちゃんは困ったような表情を少し滲ませていた。

「……お兄ちゃん……ごめんね。わたしたちのお城のせいで、みんな怖い思いをしてるんだよね。アクティーの…………せいで……」
「ん……?」

 アクティーの、せい?
 いやでも、今の言葉には間があった。

 やっぱり……あの【黒い犬のクラウディア】は、アクティーの子孫ってことなのか。
 それとも、直接的な関係はないってことなのだろうか?

 ……詳しく聞きたいけど……でも、クラウディアちゃんに無理をさせたくない。
 さっきの言葉に相当ショックを受けてたみたいだし……。
 やっぱりこれ以上聞くのは難しいよな。

 そう思って身を引こうと思ったのだが、クラウディアちゃんが俺の腕を掴んだ。

「お兄ちゃん、あの、あのね、今のアクティーは、アクティーじゃないの。違うの。でも、アクティーはお城のことたくさん知ってて……きっと、お城を動かしてるのは……海の向こうのひとたちがくれた、お庭のお花を元気にしてくれるキカイのせいだとおもう」
「機械……もしかして【緑化曜気充填装置】のことかな?」
「う……お、おなまえ分からないけど、よーぐなの……だから、たぶんそう……?」

 よーぐ。曜具か。
 確かブラックが、装置に曜気を注ぐ手段をこの子に聞いた時に何やら色々と教えて貰ったんだっけ。確か、クラウディアちゃんのお母さんと誰かが曜気を充填していたはず。後半誰だったかは覚えてないんだが……。

 しかし、海の向こうの人ってことは……やっぱり人族なのか?

「海の向こうの人って、俺達みたいな人族かな」
「そう、だと思う。アモウラさんも一緒に来たから。……お母さまが、毎日お庭や街に土のかごをしなくて良くなるって喜んでたの」

 土の加護、かな。
 クラウディアちゃんのお母さんも、やはり土の曜気を操る特殊な獣人だったのか。

 アモウラって人は……たぶん、一緒にやって来た土の曜術師かも。
 使い方を教えると同時にクラウディアちゃんの母親を補佐してたんだろうな。

 太陽国アルカドビアが栄えたのは、彼女の母親の力も大きそうだ。
 けど……まさか、土の曜気が古代の城の遺跡に残ってるとも思えないし……。
 やっぱり【教導】や冒険者達が曜気を注いだのだろうか。

 そんな俺の考えを読み取ったのか、クラウディアちゃんが俺の腕をぐいぐいと引いて俺の意識を自分へと向けさせた。
 何かを怖がっているような、その姿に。

「クラウディアちゃん……?」
「ぅ……あ、あのね……アクティーが、悪いことしてるの、熊さんたちを怖がらせてるの、わたしも分かってるの……。でも、これ、一緒……また、一緒なの……だから、だからお兄ちゃん、お願い、たすけて。アクティーを助けて……!」

 やばい。
 クラウディアちゃんの手の震えが強くなってる。

 彼女は、怯えているんだ。
 けど、何に。

 アクティーと混同する【黒い犬】を指して、何を怖がっているんだろうか。

「クラウディアちゃん、落ち着いて……」
「お願い、アクティーのところに連れて行って。そしたら、わたし最後の力でアクティーとお話しができるから。きっと、アクティーを止めるから……! だからっ……だから、お願い……あの子に殺させないで……あの、こわい人たちに……またアクティーを殺させないで……!」

 ――――なん、だって?

 “また”アクティーを、殺させないで……?

「クラウディアちゃん、それって……――――」

 問いかけようとして、言葉が止まる。
 急に頭が重くなってぐわんぐわんと視界が回り始める。これは、いけない。夢から目が覚めるのか、それともこの部屋が不安定になっているのか。

 ともかく、今の状況が危うい事だけは確かだった。
 このままでは、この部屋も崩壊してしまうかもしれない。

 だから俺はクラウディアちゃんをとっさに抱きしめると、彼女を守るように体全体で覆いかぶさるように包み込んだ。

「お、おにいちゃん……っ」
「わかった。俺が、クラウディアちゃんを連れて行く。あの黒い犬の真正面まで、俺の体に乗っけて連れて行くから……!」

 だから、何も心配はいらない。

 必死にそう言って、小さくてか弱い体をギュッと抱きしめる。
 すると。

「お兄、ちゃん……。あり、がとう……わたし……待ってる……アクティーに、会えるの……待ってるから……」

 最早声ではない、振動のように耳に直接響いてきた声。
 今までそこにあった小さな少女の部屋も、気が付けば全てが下へと流れ去って、俺が跪いていた場所は床の形もない。

 ただ真白く広い空間に、再び戻っていく。
 それと比例して、俺の意識は急に落下するような感覚を覚えて。

 ――――ああ、夢が終わる。

 小さな体を抱きしめながらぼんやりとそう思うが、もはや自分が確かにクラウディアちゃんを抱きしめているのかも分からない。
 体の感覚もなくなり、まるで砂に溶けるように俺はプツリと意識を失った。





「――さ、く……かさく…………ツカサ君!」
「…………っ……ぁ……」

 体が、重い。
 瞼すら思うように開かなくて、時間がかかってしまったが……段々と、自分が今まで夢の中に居たことを思い出す。

 また夢の中じゃないかと少し不安になったけど、このだるさと体の重さは現実だ。
 横から不安そうに覗いてくるオッサン達の顔も、夢ではなかった。

 思わず、息を吐く。

「大丈夫……?」
「一刻ほどだったが……最後のあたりは随分とうなされていたぞ」

 思ったより心配してくれる二人が、それぞれ体を起こしてくれたり水を持ってきたりしてくれる。意識がはっきりしてくると至れり尽くせりで逆に申し訳なかったが、それでも体が何故か異様に重くて動かず、俺はその優しさを甘受するしかなかった。

 夢を見ていただけなのに、何故か凄く疲れた感じがする。
 これが明晰夢ってヤツの代償なのだろうか。

 どうしたものかと思ったが、しかし二人にこれ以上心配させるのも申し訳ないので、俺は何でもないように振る舞いながらブラックの方を見やった。

「……なんとか、クラウディアちゃんと話せたよ。……知らない場所だったし、これは普通に夢じゃなかったと思う」

 今更ながらちょっと自信はないけど、でも俺にはアレが夢だとは思えない。
 だって、今でもクラウディアちゃんに捕まれた腕の感触が残ってるんだ。自分に都合のいい夢ではなかったと信じよう。

「どんな話をしたのか、聞かせてくれる?」

 眠りに落ちる前はあんなにふざけていたのに、今のブラックとクロウの表情は真剣そのものだ。二人とも、俺の言葉を信じようとしてくれていた。

 だったら、俺も正直に伝えるまでだ。

 俺は頷き、クラウディアちゃんとどういう話をしたのか語り始めた。










※ツ…エックスで言っていた通り少し遅くなりました(;´Д`)

 
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