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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
15.闇夜の焦燥
しおりを挟むあれは……何をしているんだ?
暗いせいでよく分からない。俺はブラック達のようにすぐれた暗視が出来ないので、食糧庫の扉の前に人影がいる……くらいのことしか分からないのだが、ナルラトさんは正体に気付いているのだろうか。
でも、口を塞がれている今の状況では聞くに聞けない。
とにかくあの影が何をしているのか、俺も観察してみよう。
そう思い、目を凝らして影を見つめると――――相手は、扉の前で何やら探し物をするかのように動いている。
なんだろう、何か落としたのかな。だとすると、怪しい人ではないってこと?
まだよく分からなくて、内心首を傾げながらも影を見続ける。
すると、影は床を気にするような動きをやめて、何か苛立っているような動きで肩を震わせると、急にこちらに振り返ってきた。
その、寸でのところで俺はナルラトさんに引き寄せられて事なきを得る。
調度品から顔を半分覗かせている程度だったが、一歩遅れたら相手に気付かれていたかもしれない。急に緊張でドキドキしてきたけど、引き寄せてくれたナルラトさんの体が背中にあたる感触がして、少し和らぐ。
こういうコソコソするのって、ホント慣れてないんだよなぁ……。
自分一人じゃ震えてしまって、気付かれたかも知れない。こうして気を付けてくれる人がいてよかった。
そんな事を思いつつ、自分でも体を強張らせ物音を立てないようにしていると、件の影がどんどんこちらに近付いてきた。
絨毯があるせいで微かな音しか聞こえないけど、かなりイライラした足さばきだ。
でも、何をそんなにイラついてるんだろう。
ってかコイツは誰なんだ?
そもそもの疑問を抱えて、影が自分達の前を通り過ぎるのを待っていると――――ついに、その正体が俺達の前を足早に横切った。
「…………!」
微かだが確かな足音を立てつつ、通り過ぎて行った相手。それは。
――――ルードルドーナ・アーティカヤだった。
「っ……」
思わず、息を呑む。
だが相手はよほど苛立っているのか、陰に隠れている俺達に気付かない。
そのまま、向こう側へと歩いて行ってしまった。
……何が何だかよく分からないが、ナルラトさんはルードルドーナを追ってるって事だよな。じゃあ、俺がいたら邪魔になるんじゃないか、と、思ったんだけど。
「んんっ!?」
「シッ……この際だ、お前も付いて来てくれ」
何を思ったのか、なんとナルラトさんは俺を抱えたままルードルドーナが去った方向へと走り出したではないか!
…………って、なんでだよ!?
いや別に付いて行くのはいいけど、でも俺が同行しても役に立たないどころかポカをやらかすかもしれないし、そもそも抱えたまんまって邪魔くさいだろうに。
でも、ナルラトさんが俺を解放する様子はない。
ちょっと焦った様子でルードルドーナの行方を追いながら、すんすんと鼻を動かし、大きなネズ耳を忙しなく動かしていた。
そ、そこまでされると、何も言えなくなるな……。仕方ない、邪魔をしないように、今は木にでもなったつもりで大人しくしているとしよう。お遊戯会で木の役をやりきった俺に任せておくがいい。
そんなどうでもいい事を考えていると、ナルラトさんの足が急に速度を落とした。
もうどこまで来たのか分からないが、どうやらここは……王宮の奥、かな。今まで俺が来たことのない場所だ。廊下も、煌びやかとはいえ過度な装飾は無く、落ち着いた雰囲気であることから、ここは恐らく役人の人達が使う部屋ばかりのエリアだろう。
通り過ぎる部屋をチラリと見やると、やっぱり机が並ぶ風景が見えた。
そういえば、ルードルドーナは国王であるドービエル爺ちゃんの息子であると同時に、役職を担う【五候】の一人なんだもんな。普段はここで仕事をしているのか。
「……!」
「ん?」
再び手で口に蓋をされ、ナルラトさんの動きが完全に止まる。
どうしたんだろうと顔を見上げると、相手は真剣な顔をして「静かにな」と言うように目配せをしてきた。それはもちろんだ。頷く俺を、相手はそっと離した。
どうやらここは、どこかの部屋の前のようだ。
入り口横で屈んで息を殺すナルラトさんに倣い、俺も降ろされた時のままで四つん這いのポーズを取りながら耳を澄ませる。
すると、薄ら月明かりが漏れる入口の向こう側からボソボソと声が聞こえてきた。
「……――――ん……、……ですか…………だ……――――たのに……!」
これは……ルードルドーナの声だろうか。
徐々に声が大きくなってるけど、焦ってるからなのかな。
……いや、でも……これ、明らかに独り言じゃないよな。
誰かと喋ってるのか?
だとしたら、誰と喋ってるんだろう……。
――――俺はナルラトさんと顔を見合わせて、音を立てないようにジリジリと部屋の入口に近寄って低い姿勢を取った。この方が見つかりにくいし、相手は声の小ささを考えるとここよりもっと奥の方で話しているはずだ。
きっと、並べられた机が邪魔をして、俺達がいるとすぐには気付かないだろう。
そんなことを考えていると、ナルラトさんがグッと喉を鳴らし、俺の上に覆い被さって来る。これは多分、さっき言ってた「俺のニオイの隠蔽」と、いざとなったらすぐに俺を抱えて逃げようと思っているからだろう。
俺は四足歩行じゃ全然スピードなんて出ないけど、ナルラトさんは獣人だからな。
しかし、こんな時にまで冷静なんだから流石の斥候だよなぁ。……ま、まあ、冷静さで言えば、ブラックも相当のもんだからな。驚きはしないけど……。
「――――。…………ぅ?」
色々考えつつも、ルードルドーナが喋っている相手の声を聞こうとするけど……声が小さいのか、それとも相手も周囲を警戒しているのか、正体が分からない。
せめて、二人が何を話しているのか聞き取ることが出来たらいいのに。
なんとももどかしい……!
そんなことを考えていると、俺のベストの内側からロクがシュルッと出てきた。
「……!」
どうしたんだろう、と思う間もなく、ロクは俺の目の前で両手をパタパタさせて超絶可愛いアピールをすると、俺が止める前に部屋に入って行ってしまった。
驚いて目を丸くしてしまったが、どうやらロクは俺がもどかしがっているのを見て力を貸したくなったらしい。なんて賢くて優しいヘビトカゲちゃんなのだ……。
思わず感動の涙が頬を伝いそうになったが、鼻水まで啜ってしまいそうだったので、なんとか耐える。どうもナルラトさんも声を聞き取れていないみたいだから、きっとロクが俺達に吉報をもたらしてくれるだろう。
ちょっと違和感を感じつつも、未だに口論しているらしい二人に再び耳を傾ける。
すると――ルードルドーナは余程カッとなっているのか、声が大きくなってきた。
「……から……っ! どうしてこんなことになるんですか……! 私は今まで誰よりもこの国の事を考えて……!!」
かなり興奮している。
相手との会話でカチンと来ることがあったのか、それとも……――
「――――、…………。」
「ッ……! ですが……っ、私は……私は、力ある者はそれに見合った役割を与えられるべきだと信じ……っ! ……くっ…………」
とても悔しそうな声。
まるで、自分の考えが伝わらなくて、もどかしさに耐え切れず怒鳴ってしまう子供のようだ。けど……今のルードルドーナの言葉からは、嫌な感じはしない。
これがこの人の素なんだろうかとすんなり納得してしまうほど、素直な声だった。
しかし、そんな声も何者かに返答されたおかげなのか、すぐに小さくなってしまう。
説得でもされて落ち着いてきたのか、それとも己で己を恥じ入ったのか。
どちらにしても、ここからでは分からない。
「――――……」
「そう、ですね……。正しい教えはきっと…………」
誰かが話していたらしい少し長い沈黙の後、ルードルドーナは落ち込んだような声で冷静さを取り戻すと同意を返す。
……聞き取れた範囲の言葉を脳内で繰り返すが、これもさっき感じた違和感とは別の引っ掛かりがあって、俺は思わず眉を歪める。
なんか……ルードルドーナの言ってること、前にもどっかで聞いたことがあるような気がするんだけど……どこだったっけ……。
「……っ!!」
そんなことを考えていると、急にグッと体が上へ持ち上げられて俺は思わず喉をギュッと締める。いやだって、予兆もなく胸の下に腕が差し込まれて抱えあげられたら、誰でも驚くだろう。
っていうか、ナルラトさんてば何でいきなり俺を抱えたんだ!?
――と、思う間もなく視界が急に動いて、入口から離れだす。何が起こったのか一瞬理解できなかったけど……これは、逃げてるんだ。
何故かナルラトさんは俺を抱えて、あの部屋から離れたのである。
まだ状況が把握できないけど、たぶん二人の話が終わったんだ。それで、見つからないように先手を打って逃げることにしたんだな。
この逃げ足の速さは、さすが鼠人族と言ったところだろう。
「逃げる」のコマンドだって、どこで押すかが重要だからな。
「……って、ろっ、ロクっ。ナルラトさんロクがっ」
「あの賢い尊竜様なら後で追いついてくれる! とにかく身を隠すぞっ」
ヒソヒソ声で話しながら、俺達は五部屋ぐらい先の部屋に入り込む。
なるべく遠くまで行って隠れ、相手がどう動くのか視るのだろう。
俺も再び声を殺して、ナルラトさんの足の間に挟まる形で座り込み、じっと件の二人がどう動くのか待ってみた。……けど……一向に、足音は近付いて来なくて。
むしろ、俺達とは反対側の方向に消えていくのを微かに聞いた。
「……ハァ……っ。逃げ場が限られたところは難しいな……。っと、すっ、すまんっ、変な所に押し込んで……っ」
「あ、いやいや……。もう声を出しても大丈夫なんです?」
「うん……どうやらアイツらは向こう側に行っちまったらしい。……足音は途中で二手に分かれたから、これ以上動きはないだろう。……今夜は、たぶん」
それも斥候のカンというものだろうか。
なかなかに難し
「おいコラクソ鼠、なにツカサ君を汚い股で挟んでるんだ殺すぞ」
「ギャッ!! なっ、なななな!?」
「うわあブラックの旦那!! なんでここに!?」
ヒッ、びっ、びっく、びっくりした……っ!
せ、せっかく真面目に考えてたのに急に入口の方からこ、声が……っ、いや、って言うか何でブラックがここに……。
「もうっ、ツカサ君こっちおいで!」
「あああ」
考えようとしても混乱していてまともに思考できない俺を、ブラックは抱え上げる。
ナルラトさんから引きはがされて、今度は無精ヒゲによる頬ずり地獄に落とされてしまったが、まあ、これくらいは耐えよう。
抵抗したらもっとひどくなるんだ。俺は知ってるんだ。
「あ、あの、ブラックの旦那どうしてここに……。アッ、俺達別に変なことをしてたわけじゃ……!」
「分かってるよ。僕のツカサ君が浮気するわけないだろ。どうせ何か見つけて追ってたんだろう?」
よく分かるなぁ……。
さすがはブラックって感じだけど……でも、それだけで納得するのもな。
そもそも何でここが分かったんだ。
別に俺には発信機なんて……アッ……も、もしや、この首から下げている指輪で、俺の位置を把握して追ってきたってこと……?
…………迷子になった時は助かる機能だけど、いざ使って追いかけられると心臓がヒュッてなるな……いや、別にイヤではないんだけど……。
「キュキュ?」
「あっ、ロクぅう! 大丈夫だったか、見つからなかったか?」
ブラックがナルラトさんを睨んでいる最中に、重い空気を割ってロクが帰ってくる。胸に飛び込んできた小さな相棒を見やると、ロクは「ちゃんと隠れたよ!」と自信満々で両手をぱーっと上げてくれた。
クッ……今の可愛さはもはやノーベル平和賞だろう……っ。
「も~、ツカサ君てばまたロクショウ君にばっかり構って……」
「今回ばかりは当然だぞ! なんたってロクが、話を聞いて来てくれたんだから」
なあロク、と問いかけると、ロクショウは勿論とばかりに得意げな顔をする。
そんな表情も可愛いとしか言いようがなく、俺はつい鼻の奥から熱いものが流れ出そうになったが、グッとこらえてロクに問いかけた。
「それで、何を聞いて来てくれたんだ?」
「キュキュー! キュッキュキュ、キュキュー、キュ!!」
「なるほどわからん。ツカサ君無駄だったんじゃない?」
「ロクの頑張りを無駄とか言うな!!」
ぐっ……そ、そういえば俺達の間には既にテレパシー能力はなかったんだった。
でもでも、愛があればロクの言いたいことは理解できるんだ。
だから、ロクのジェスチャーで詳しい会話もなんとなく理解できる……はず……!
「よ、よし今からジェスチャー当て大会だ! お前らも参加しろよ、これは強制参加だからな!」
「ぜ、ぜすちゃー……?」
「まーたツカサ君が変なことを言い出した……」
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……ともかく、さっきのルードルドーナは明らかにおかしかったんだ。
これはブラックにも詳しく聞いてもらって、みんなで考えた方が良い。
もし彼が裏切り者なら……深刻な問題になるし、たぶん色々厄介なことになる。
それをはっきりさせるためにも、いろいろな情報が必要だ。
まずは、ロクが聞いてきたことを解読しようではないか。
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「だから心の声を読むなってば!」
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