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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
戦の前の一休み2
しおりを挟む「なぜ私が貴方達のために、調理場を確保しなければいけないんですかねえ。私も今日は疲れ果ててさっさと眠りたいんですけれどねえ」
「ご、ごめんなさい……でもありがとうございます……」
ブツブツ言いながらも、俺達の頼みを聞いて素直に案内してくれるんだから、アンノーネさんも律儀と言うか優しいというか……。
でも、最初と比べたらこの人も随分と態度が柔和になった気がする。
王族や王宮勤めの獣人は、基本的に耳を動かして感情を悟られないように、鈴を垂らしたイヤリングを着用しているんだけど、今のアンノーネさんは不満を隠しもせず大きな象の耳をばったんばったんさせている。
なんなら尻尾も不満げだ。でも、それがなんだかちょっと嬉しい。
なんだかんだで、俺達の事をちゃんと味方だと認識してくれてるってことだもんな。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「で、どこの調理場に連れて行こうってんだよ。この道は厨房でもハレムの調理場でも無いぞ。適当な場所に連れて行くつもりじゃないだろうな」
「どこまでもうるさいですねこの人族は……。安心しなさい、別に粗末なゴミ捨て場に案内するつもりはありませんよ。試験室に連れて行くだけです」
「試験室?」
ロクと一緒に首を傾げながら鸚鵡返しをする俺に、クロウが応えてくれる。
「おそらく、この場合は新たに入手した食糧を試す部屋だな。【食糧庫】に入れる前に、王宮の料理人や毒見役が生の味や加工した時の味をためすためにある」
「そんな部屋を特別に……!? よっぽど食べるのが好きなんだなぁ」
思わず驚いてしまったが、話を引き取ったアンノーネさんの言う事には「この試験室を作ることによって、毒の有無や種族ごとの好みを調べている」らしい。
多種族が住む王都だけあって、王宮では住んでいる人々の特徴や違いを把握しているらしく、食用可能な新しい食べ物は流通する前にそこで調べているのだそうだ。
ちなみに、毒見役は毒に強い種族や特殊技能を持つ人が担当しているらしい。
うーむ……俺の世界で言う、食品検査場みたいなモンなのかな?
確かに、言われてみれば必要な場所だと思えるけど、人族の大陸ではそんな事も無く普通に色んな食料が流通しているので、獣人達の場合は「衛生的にする意識が強い」と言うよりも「それだけ食べ物に執着してる」の方が正しいのかもしれない。
……よく考えたら、常春の国のライクネス王国はそこら辺に食べられる野草がポンポン生えてるからか、料理が微妙な地域が多いんだもんな……。
人族の方が、なんでも気にせず食べてしまう雑食っぽさがあるのかも知れない。
でもそんな事を言ったら、人族を見下しがちなアンノーネさんは俺達を「ハハッ」とか鼻で笑うだろうし、ブラックは絶対ビキビキするだろうから言わないでおこう。
そんなしょうもないことを考えているうちに、食糧庫へ続く廊下が見えてきた。
夜だからか、昼間よりも少し薄暗い気がするが……今は大人数で移動しているので、怖さはさほど感じない。
巨大な扉って、暗いところで見ると何故か怖い感じに見えちゃうんだけど、やっぱり大勢で居ると安心感が違うな。
その食糧庫に続く廊下――――から途中で横道に逸れると、こちらもまた厳重な扉で守られている部屋が見えてきた。内部は分からないが、あそこが多分【試験場】と言う部屋なのだろう。
「ここにも一通り食糧がそろっているので、好きに調理してください。あ、でもちゃんと後片付けはして下さいよ。明日も使うんですかららね!!」
「なんだこの象、人を散らかし魔みたいに」
「ヌゥ、ブラック落ち着け。アンノーネは綺麗好きなのだ」
どこだろうと象さんは綺麗好きなのだろうか。まあ真面目系メガネ男子のアンノーネさんのイメージにはぴったりだけども……。
まあでも使わせてもらうんだから綺麗に使うのは当然のことだよな。
そこはしっかり者の俺がバッチリやり遂げるから安心めされい。心の中でドンと胸を叩いて自信満々になる俺をよそに、アンノーネさんは鍵で【試験室】の扉を開けた。
「どうぞ。……あまりいろいろな場所に触れないように」
チクチク注意されながら部屋に入ると、そこには幾つかの長机が並んでおり、壁にはかまどと調理台が何セットか並べられていた。
ここはここでちゃんとした厨房みたいだな。でも、奥の方には試験をするための器や乳鉢などの、調理器具とは少し違う物が置かれた机や棚が見える。こちらで調理を行い、あっちで詳しく成分を確かめるんだろうな。
そしてその試験エリアの隣には、小さいが倉庫部屋があった。
ここに一通りの食材が入っているんだろうな。小部屋からは、【食糧庫】と同じように青い光が薄らと漏れている。
「へー、一応ちゃんとした研究を行う場所なんだな」
「獣人にとって、食は命だけでなく武力をも左右する重大な要素だからな。人族との交流の結果こういった施設が整えられたらしいぞ」
「なるほど、獣人からすれば知らない食べ物がたくさん入ってくるんだもんな。そりゃ一度は検査しようってなるか……」
こういう所はしっかりしてるのに、それでも獣としての仲間意識の強さが作用して、疑うべきも素直に疑えないってところが不思議だ。
そんな事を考えつつ、俺はとりあえず小部屋に入り食材を確認することにした。
――――けど、当たり前だがめぼしいものは少ない。
というか、肉を焼いただけではない「料理」を作れと言われると……どういうものを使ったらいいか、ちょっと考えてしまうのだ。
「うーん……相変わらず味噌や醤油なんてなじみのあるモンはないし……蜂蜜を使った肉料理は前にさんざんやったからなぁ……」
「キュ~」
どうしたものかと悩みながら小部屋を隅から隅まで漁っていると――――ふと、棚の奥まったところに隠すように置かれた瓶に目が行った。
なんだろうかと引っ張り出してみると、しっかり皮と紐で封がされている。
解いて開けてみると、ぶわっと独特なニオイと刺激が襲ってきた。
うぐっ、こ、これ酒だっ。獣人ってのは真面目な場所にまで酒を置いてるのか。これは……うん、アレだな。カージャとかいう果実酒だ。
何度も嗅いだことがあるから分かるが、強い酒精の中にも甘酸っぱさが香ってくる獣人がいかにも好きそうなお酒だ。
「果実酒か……。そういえば、婆ちゃんは毎年近所の爺ちゃんに梅酒を貰うとお礼に、そのお酒でこしらえた角煮を作ってたな」
近所とはいっても田舎なので数十メートル幅があるのだが、たしか畑の他に梅の木も育ててる農家の爺ちゃんに梅酒や青い梅を貰ってたんだ。
俺は飲ませて貰えなかったけど、漬けた後の梅のゼリーとかは食べてたな。
うまくいくか自信はないけど、アレと同じことをしたらいい感じにならないだろうか。
「ともかく……やってみるか」
「キュー!」
ロクも手伝うよ!
と小さくて可愛いお手手をパタパタさせながら飛び回るロクの偉大な癒しの波動に心を打たれつつ、俺は小部屋の陰でコッソリ【リオート・リング】から肉の塊を取り出すと、お酒の瓶と一緒に調理場に戻ってきた。
ブラック達とアンノーネさんは大人しく待つ姿勢のようで、どこから持って来たのか長机が並んだところに椅子を置いて待っている。
待たせてしまったかなと思いつつ、肉と瓶を置くと、なぜかアンノーネさんが驚いたようにガタッと立ち上がった。
「なっ……それはカージャ酒! だ、誰だこんなモノを持ち込んだのはっ。ああもう、明日も忙しいってのに始末書を書くバカを探さないといけないんですか!」
「落ち着けアンノーネ」
クロウが窘めているが、アンノーネさんはキーキーおかんむりだ。
やっぱこういう試験場にお酒の持ち込みはご法度だったのか……そりゃあんな風に隠しておくわけだよな……まあ、どのみち見つかれば取り上げられていただろうし、今は俺達のために有効活用されてくれ。
背後に喧騒を聞きながら、俺はとりあえず塊肉を鍋に入る大きさに切り、水でさっと洗った。この世界じゃ流水はないので、ロクちゃんに柄杓で流してもらうのだ。
そうして大なべに肉を入れ、浸るぐらいにお酒を注ぐ。もちろん、そこには臭み消しのマーズロウも投入だ。角煮の時は生姜とかだったけど、この世界じゃ生姜っぽい物を未だ発見できてないので、その代わりだな。
回復薬のための薬草だけど、マーズロウに関してはまだ若干の余裕がある。と、いうか、料理用に余分に残しておいたのだ。役に立ってて良かった……。
「キュキュー?」
「そうそう、ちょっと浸るくらいにね」
これで調味料が揃っていれば角煮だったのだが、それは敵わないので蜂蜜を入れタマグサやカージャの実も入れてみる。
……これでどうなるかは俺もわからんが、マズくはならない……はず。
「うーん……やっぱり欲しいなぁ味噌と醤油ぅう……」
こんなバクチ打ちをしてどうすんだって気持ちもあるんだけど、圧倒的に葉物野菜が足りない獣人の大陸ではチャレンジするしかない。
……まあ、これで無茶な味になったら俺が責任をもって全部食べよう。
そんなことを思いつつ、半刻程度グツグツと煮込んで――肉を味見してみる。
俺に酒を飲ませたくないブラックが背後から強い視線で監視していたが、心配ないと示しつつ、俺は味が染みて柔らかくなった肉を削ぎ、口に入れる。
「……ふむ……。んむ? これは……以外とイケるかも……?」
「キュ~……?」
ロクと一緒にもぐもぐして首を傾げる。
風味としては、酒精は完全に抜けていて酒の甘酸っぱさが染みた感じと言おうか。
蜂蜜のとろみが良い感じに表面を酒がコーティングするような働きをしていて、これは……もっと煮詰めたら、酢豚みたいになるのでは?
「………………酢豚……」
お酒と蜂蜜で煮詰めて酢豚ってもう意味が分からないんだが、ここは異世界なのでお酒に素敵なサムシングがあって化学変化を起こしたのかも知れない。
いや化学っていうか魔法か。お酢が無いのにこんな風になるとはなぁ。
「とはいえ、フルーティーな酸っぱさかな? 酢豚の方しか知らない俺にはなんだか違和感があるけど、カージャに慣れてる獣人からするとおいしいのかも……」
でも、油断は禁物だ。
ここは俺にも厳しいアンノーネさんに試食を頼もう。
クロウだと忖度して美味しいとか言っちゃう可能性があるからな!
手招きして不満げな象さんを呼び寄せると、肉を一切れ試食してもらう。
アンノーネさんはツンデレばりの動きで俺と肉をチラチラとチラ見していたが、肉を差し出すと「仕方ないですね。……仕方ないですね!」と何故か二度同じことを言いつつ、肉をぱくっと一口で平らげた。
「むっ……」
「あ、あの……どうですか……? 美味しくなかったりします……?」
伺うように相手を見上げると――――
「むむむ……!」
アンノーネさんは目を輝かせ、象の耳をパタパタ動かしていた。
こんなアンノーネさんを見るのは初めてだ……。
「カージャの風味が見事に肉に染みこんで、肉をさらに甘く、そして増した酸っぱさでその甘さを引き締めている……!! これは新たな味ですね……!」
「ってことは……みんなで食べても問題無さそうです?」
冷静に問うと、アンノーネさんはハッとして慌てて取り繕うと、眼鏡を光らせ奥の瞳の表情を悟らせないようにしながら、クイッと眼鏡の位置を直した。
「ま……まあ、良いでしょう。甘さが人族の許容範囲かは知りませんが、我々にとっては十分常食に耐えうるものです。甘味の入手が問題ですが……ハチミツ? という物でこのようなとろみが発生するのは新たな発見ですね」
「素直に美味いと言えよ耳デカクソメガネ」
「あ、あはは、とりあえず大丈夫みたいでよかったです」
ともかく、大丈夫そうなのでブラックとクロウにも食べて貰おう。
食べやすいように盛り付け、改めて配膳すると、ブラック達は我先にと食べだした。
「ウム……酒をこう料理に使うと、ぐっと甘みや酸味が増した味になるのだな」
「むっ……これはヒノワの酒がほしくなる……っ! まさか、あの甘い果実酒がこんな風に変化するとはねえ……。やっぱりツカサ君の手料理は美味しいよ~!」
ホッ……心配だったけど、ブラックも美味しそうに食べてくれてるみたいだ。
ブラックも結構素直に感想を言う方だけど、でもやっぱり作った俺に配慮しているのか、酷い評価をしたりすることはないからな……。
それはそれでう、嬉しくなくはないけど……でも、俺からすればブラック達が美味しく食べてくれるのが一番だから、今回はそうじゃなくて良かったよ。
ラスターやアンノーネさんくらいの忖度なしな感想を言ってくれればいいんだけど、このオッサン達は変なところで俺に甘いからな……。
ロクショウも美味しそうに食べてるし、ひとまず合格ってところだな。
しかし……やっぱり、調味料がほぼ存在しないのが悔やまれる……。もっと完璧な味を知っているがゆえに、その味に届かないのが何とも歯がゆい。
以前、キュウマが「俺達が好き勝手に設定した世界である以上は、多分代替え品みたいな物は存在するはず」と言っていたので、それらしい物がきっとあるはずなんだが……キュウマも細かく見つけるくらいの力は未だ戻って無いみたいで、どんな物なのかが全然分かってないしな……。
「この戦が終わったら、調味料も本格的に探してみるか……」
「キュ~?」
なんかフラグくさい事を言ってしまったが、こんなので立つしょうもないフラグなんて存在しないはず。ともかく、調味料確保が最優先だな。
人族の大陸に帰ったら、こんな博打をしなくても済むように、ちゃんと吟味した材料を探して納得のいく料理を作ろう。
料理は、俺がブラック達にしてやれる数少ないことだし……素直に美味しいって言って貰えるのは、純粋に嬉しいからな。
……いや、その、ブラックが嬉しそうにするからとかじゃないからな。断じて。
普通にみんなに喜ばれることがうれしいっていうか……
「…………ん?」
心の中で考えていることが恥ずかしくなり、つい自分自身への言い訳を連ねている途中。ふと、視界の端に何かが動いたような気がして俺は目をやる。
すると、少し開いた扉の向こう側にニョロっとした何かが見えた。
あれは……ナルラトさんの鼠の尻尾かな?
「あっ、そうだ……ナルラトさんも疲れてるよな……」
いっぱい働いたから、そのせいでお腹が空いて匂いにつられて来たのかな。
だとしたら外でこちらを伺うままにさせるのは可哀相だ。手前味噌な料理なので、本職のナルラトさんに食べてもらうのは恥ずかしいのだが、腹の足しになるなら是非寄って行って欲しい。
でも、ナルラトさんは結構引っ込み思案なところがあるからな。
きっと自分が入ってはいけないと思って、扉の前でウロウロしているのだ。
ならば俺が引き入れるしかないだろう。
そう思い、この場をロクに任せて俺は扉の外に顔を出した。
が……ナルラトさんの姿はない。
どこに行ったんだろうかと廊下に出ると、奥の方へ動く鼠の尻尾が見えた。
「ナルラトさん?」
呼びかけるが、その前に尻尾は去って行ってしまった。
どこに行くんだろう。
気になって、食糧庫の方へ向かったネズミの尻尾を追いかける。
「ナルラトさん!」
そう呼びかけながら元来た方へ廊下を進み、曲がろうとすると――――
どん、と、いきなり何かにぶつかった。
「っ……!」
「シッ! 静かに……」
うわっ、と叫びそうになる口を、大きな手で塞がれる。
驚いてその手の主を仰ぎ見ると、そこには焦った顔のナルラトさんがいた。
そんな顔をしてどうしたんだろうと思ったら、相手は俺を抱えたまま廊下にある調度品の陰に移動して体を隠す。
俺も一緒に隠れてしまったが、何をするつもりなんだろうか。
目をしばたたかせていると、ナルラトさんは俺に目配せをして、それから食糧庫がある廊下の奥を見つめた。
その動きに倣い、俺もそちらを見つめる。と、そこに――――
誰かの、黒い影が見えた。
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