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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
11.思惑は成就せり1
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【武神獣王国・アルクーダ】の王宮“ペリディェーザ”には、武器庫よりも大事な蔵がある。それは、特殊な鉱石の壁で覆われた巨大な食糧庫だ。
……武器庫ではなく食糧庫が一番大事、とは不思議な感覚ではあるが、食べる事によって体力を回復し傷を治す獣人族にとっては、外付けの武器よりも自分が元から持っている武器を強化するモノのほうが大事なのだろう。
それに、モンスターの血を引く獣人族は、モンスターや人族を食べる事によって力を強化している部分もあるみたいだからな。
食事が一番重要であるってのも頷ける話ではある。
だからか、この【食糧庫】は代々【五候】の一家である【ナーランディカ】一族が財宝と同じように管理している。
宝飾品はしょせん王族の権威と足枷と認識している獣人達にとっては、食糧こそが彼らにとっての宝物だということだ。
だから、ここの【食糧庫】は、一番頭が良い財務のエキスパートが管理していた。
それが――――ジャルバさんだ。
「やあ、来てくれましたね」
「おおジャルバ、すまんなこんなところで待たせて」
軍人っぽい服装の、髪もヒゲも黒い紳士的な垂れ耳のおじさま熊さん。
それが、ジャルバ・ナーランディカ卿……ナーランディカの分家筋にあたる人だ。
いつ見ても前髪がちょろっと出たオールバックがシブくてダンディな姿だが、これで彼はクロウやカウルノスより少し年下だというから驚きだ。
ヒゲだって唇の上にふっさりと乗ってるいかにもジェントルなヒゲなのに……うーんブラックもそうだけど、ヒゲがあるとやっぱり老けて見えるんだろうか。
ブラックも剃ったら割とまだ若々しいもんな。まあおっさんはおっさんなんだけども。
……って本人を目の前にして何を考えてるんだ俺は。
早いところ用事を聞こう。なんか俺の薬の知識とクロウの曜術が必要みたいだし。
「ジャルバさん、お久しぶりです!」
お兄……じゃなかったデハイアさんに降ろして貰い、クロウと一緒にジャルバさんに近づくと、彼はニコリと笑って俺達に改めて挨拶してくれた。
「御足労いただいてすみません。こんな大変な時期なのに……」
「いえ、俺達も何かできないかと思っていたので……でも、どんな用事なんですか?」
わざわざデハイアさんに頼んだってことは、俺達をどうしても逃したくないのだろう。
そんな重要な用事となると、ちょっと緊張してしまう。
食糧庫の巨大で重厚な扉を背にしたジャルバさんの姿にゴクリと唾を飲み込むと――相手はフワリ笑いかけてきた。
「そう気を張らないで。大丈夫、難しい頼みではないんですよ。……クロウクルワッハ様、貴方にもお頼みしたいことなのです。とりあえず……横の事務室へどうぞ」
そう言いながら、ジャルバさんは食糧庫近くにあった入口へ進む。
俺達も敷居をまたぐと、そこには個人用の机がいくつか並べられた部屋があった。壁には本棚が取り付けられており、さまざまな紙束が収まっている。
さすが事務室だ。こういうところは俺達の世界とそう変わりはないんだな。
促されるままに応接用のテーブルに通されて座ると、ジャルバさんは話し始めた。
「実は、お頼みしたいことというのが……この土地に“畑をつくること”なのです」
「え……畑、ですか?」
二人してキョトンと目を丸くすると、ジャルバさんは頷く。
「ええ……これからもしかしたら、戦いが長引くかもしれません。そうすると、現在王都に在る食糧が尽きる可能性があります。……このような事態になった時、民が飢える事のないように用意された食糧庫ではありますが……いつ戦が終わるのか判らない以上、食糧庫ばかりに頼るわけにもいきません」
なるほど……確かにそうだよな。
これから籠城戦みたいになる可能性もあるだろうし、そうなった時に備えてちゃんとした畑を作っておこうってのは全うな備えだ。
ジャルバさんの言葉に、デハイアさんも頷きながら口を挟む。
「うむ……王都は特に、他の地域からの輸入に頼っているところがある。脆弱な民と強い民を抱えることから、後者が飢えて前者を襲わぬようにと頻繁に砂漠へ狩りに出かけて肉を賄い、前者には十分な栄養を与えるために東方の密林地帯から果実を取引している。その供給路が絶たれてしまえば、すぐに混乱は発生するだろう」
そうか、この王都・アーカディアは獣人大陸一の人口過密地域だ。
誰もが住みやすい場所ではあるが、様々な種族のあつまる混沌とした街と言ってもいい。保護されるような弱い種族だけでなく、強い種族や獰猛な種族、貪欲な種族も勿論存在する都なのだ。
そんな場所で、獣人達が一番大事にしている「食事」がおろそかになれば……
どうなってしまうかなんて、火を見るより明らかである。
弱い種族は蹂躙され喰われ始め、この地は再び弱肉強食になってしまう。
……ヘタをすると、王都が今まで保ってきた秩序も崩壊しかねない。
それをジャルバさんは恐れて、俺達に助けを求めたのだろう。
財務だけでなくこの国の事も考えているなんて……本当に素晴らしい人だ。
私怨に身をやつしているルードルドーナに説教してほしいくらいだよホント。
「なるほど……確かに、それは由々しき事態だ。オレ達にしか頼めないというのも、理解できる。土の曜気を感じることが出来るのは……まあ、オレ……と……あとは、植物の知識に詳しいのは、ツカサぐらいしかいないだろうからな」
今、クロウが言葉を飲み込んだのがわかる。
たぶん、この俺も土の曜気を感じられるって言いおうとしたのを慌てて掻き消したんだろうな。……この世界では、他人に曜気を与えられる能力を持つのは俺だけらしいし、しかも土の曜気まで操れるとなれば、話がややこしくなる。
もっと深いところまで突っ込んで聞かれかねない。
そうなるのをクロウは阻止してくれたのだろう。
まったく……スケベなくせして、そういうところはマトモで優しいから困る……。
「ええ、私もナーランディカ候から聞かせていただいて、あなた方ならこの危機も何とか救っていただけるのではないか……と思いまして。……ツカサくん、君にとっては関係のない話ではありますが……ぜひ、その人族の知識を以って、私たちに協力をして頂けないだろうか……」
深刻そうな顔をして、ジャルバさんが俺を見つめる。
いつも柔和な話し方をする真摯な相手が、本当に困っているのだ。
普通、大人がそのように弱弱しい顔をハッキリと浮かべることはない。
この世界のおかしいオッサンやブラック達は別だが、俺の世界の大人達はこんな風に深刻そうな顔をこちらに見せないものなのだ。
ジャルバさんもそういう真面目な人なのだとすれば、どれだけこの状況を憂えてるか判るってなもんで……本当に、深刻な問題なんだろうな。
だとしたら、俺が答えられる言葉なんて一つしかない。
「俺にどれだけ出来るかは分からないけど……やってみます」
「ウム……オレも協力しよう。この国の民が惑うところなど見たくはないからな」
ジャルバさんの願いに応えた俺に賛同するようにクロウも頷く。
そんな俺達を見て、デハイアさんが満足そうに頷いた。
「うむ。では俺も微力ながら手を貸そう。我が愛しのスーリアが残した薬草園の中のモノであれば、多少答えてやれる。必要なら、ツカサにも妹として教えてやろう」
「あ、ありがとうございます……」
妹としてってどういうことやねん。
何故そこまで俺を第二の妹にするのか疑念が湧いてきたが、デハイアさんにとっては、なんかそういう基準があるんだろう。たぶん。考えたら負けだ。
ともかく、こちらに拒否する理由はない。
三者三様で頷いた俺達に、ジャルバさんは本当に嬉しそうな顔をすると、判りやすく空涙を拭って席から立ち上がった。
「では……では早速、育てられるものがあるか食糧庫を見てみましょう! さあさあ、お早くこちらへ!」
先ほどまでの不安そうな雰囲気が嘘のように、ジャルバさんは食糧庫へ向かっていく。どうやら心の中の靄が晴れたらしいな。
嬉しそうな相手に俺達も微笑みあいながら続くと、ジャルバさんは既に食糧庫の扉を開き、俺達を早く中に入れようと待ち構えていた。
まあ善は急げっていうしな!
俺達も、出来るだけ力になろう。
「にしても……久しぶりに入るが、ここは本当に涼しいな」
律儀に扉を閉めるジャルバさんの後ろ姿を眺めながら、デハイアさんが言う。
確かに、ここはホントに涼しいんだよな。
王宮も特殊な鉱石を石材にして使っているのでそれなりに涼しいのだが、それでもやはり外廊下などにでると熱いは熱いし、部屋の中でないとゆっくり出来ない。
だけど、食糧庫はそんな外の世界とは違うのだ。
……まるで、海の中みたいにうっすらと青い空間。
【深海石】という、不思議な鉱石が採掘される獣人大陸ならではの鉱石により、この倉庫は多種多様な食材の保管を可能にしているのだが……壁や天井すべてがこの鉱石で形作られているので、なんか青い光に照らされてるんだよな。
この光のおかげでまた涼しく思える……なんて事もあるのかもしれないが、少なくとも、ここがクーラーをガンガンに効かせた部屋レベルで冷たいのは間違いない。
だから、食糧も腐らず長期保存されてるわけだしな。
「そういえば、薬草なども必要になるでしょうか? 使う事が無くて、一応在庫のために保管はしているのですが……そちらから先に見ましょうか」
「あっ、はい! 助かります!」
「ウム。俺が直々に解説してやろう」
デハイアさんはなぜか得意顔だが、お兄ちゃん的には年下の相手に教える行為は誇らしいことなのだろうか。
まあ、俺も獣人大陸の野草のことは知りたかったし、折角だから教えて貰おう。
何故か拗ねてるクロウの服を引っ張り、俺達もジャルバさんの後に続いた。
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