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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
7.ヘタと上手は紙一重1
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あの後、しっかり三人で巨大城ヤドカリを観察した俺達は、そそくさとその場を退散して王都へと戻った。
こんなことになるなら、記憶力おばけのブラックに偵察を頼めばよかったと思ったが、しかし一度引き受けた役目だし俺だって記憶力は悪くないつもりだ。
だから、この衝撃が新鮮なうちに戻って、ドービエル爺ちゃん達に一刻も早く、あの脅威とも言える怪獣の姿を説明したかったのである。
そんな俺達の話を聞いて、ドービエル爺ちゃんは即座に【五候】を交えた会議を開くことを命じ、俺達はその間にヤドカリの姿を正しく伝えるべく詳細な図解を用意する役を与えられた。とりあえず、三者三様で描いてみてと言われたので、ロクとナルラトさんと一緒に二刻……二時間ほど集中して細かく描いていると、アンノーネさんが「会議の準備ができました」と呼びに来てくれた。
俺達もちょうど絵が完成したところだったので、いざ出陣ってことで会議室への廊下を一緒に歩くことになったんだが……。
「それにしても……この前もそうでしたけど、みなさんなんか到着が早いですね」
前回も、いつの間にか【五候】がいたし、爺ちゃんもなんだか「スグ呼べる」みたいな雰囲気だったんだよな。
この大陸の地理からすると、彼らの領地は王都からだいぶ離れたところにある大河の近くばかりだし、俺を妹認定するデハイアさんの領地なんて東南の端っこだ。
俺達がでっかわいい準飛龍モードのロクショウで移動しても数時間かかる距離なのに、そんなにすぐ到着できるようなものなんだろうか。
……確か、爺ちゃん達の口ぶりでは専用の連絡手段がある……みたいな話とかはしてたと思うんだけど……。
「私達は独自の連絡手段を持っていますので、緊急時に遅れなく対応できます。まあ他の種族でも、できないことはないでしょうけどね」
「その、連絡手段が……ですか?」
アンノーネさんの顔を見上げると、相手はメガネをクイッと直して光を反射させた。
「我々には、モンスターの血の名残として“群れ”の長になった時に、自動的に部下への指示の伝達が可能になる“デイェル”が与えられます。とはいえ、熟達したものでなければ、一人ずつの指示になりますし……そう色々と伝えられるものではありません」
「伝達……群れの長になると、また別の技能が生えてくるんですね」
これは、リーダースキル的なものなのかな?
人族だと「スキルが生えてくる」なんてことはないし、あるとしても……曜術師だけに発生する【法術】くらいなものだろう。
でも、アレはブラックやラスターみたいな高度な術師にある日突然現れるっていう、属性もない“特殊な術”って話らしいし……ちょっと違うかな。
獣人達のデイェル――特殊技能は、魔法などでなく本当にモンスター特有の身体的技能ぽい感じなので、そういう風に新しい力を習得するものなのだろう。
……俺としては、どっちかっていうとそっちの方が物語でなじみ深いんだけど……そのあたりはちょっと獣人がうらやましいな。
「別の技能が生えてくる……まあ、確かにそうですね。とはいえ、後天性の物なので、使いこなすにしても天性の才覚や長年強者であり続ける者でなければならないようですが。しかぁし、我々がお仕えする神獣“二角神熊族”は違います! 特に陛下は一族の中でも突出した傑物であらせられるゆえ、その“群れの長”としての能力も、部下であれば容易に即座に伝えられるのですっ!!」
ああ、アンノーネさんがすごいドヤッている。
つい大きな象の耳もパタパタさせてしまっているが、本当にドービエル爺ちゃんに心酔してるんだなぁ。けど……それにしては、ちょっとヘンだな。
「じゃあ、あの時は俺達やナルラトさんをメイガナーダ領に寄越すより、伝達した方がよかったのでは……」
数人に伝達できるなら、爺ちゃんがすぐに伝えれば遅延なしで済んだよな。
なのに、わざわざナルラトさんを寄越したのはどうしてだろう。
不思議に思って問いかけると、アンノーネさんはちょっと口ごもったようだった。
「…………」
どうしたんだろうかと立ち止まると、アンノーネさんは俺達を見渡して、それから――なぜか周囲を探るように象の耳を細かく動かすと、何かを確認し終わったのか、口の横に手を当てて声を潜めた。
「あまり他言はしてほしくないんですが……貴方達は全面的に陛下の味方と信じてお話しします。ですので、出来れば気にかけていただければ……」
「……まさか、陛下になにか……?」
部下であるナルラトさんはやはり気になるのか、真面目な顔になって問う。
それに頷き、アンノーネさんはヒソヒソと答えた。
「実のところ……陛下のお力は、完璧に戻ったとは言えません。なにせ、陛下のお力は、全盛期なら三王に並ぶとも言われた偉大なお方です。それゆえ、いくら側妃達が癒そうとこの程度の期間では三分の一程度がやっとです」
「そんなに……」
「ええ。それゆえ、能力も未だ不安定です。……それに、陛下は仮の王……長としての力は、大幅に制限されています。それゆえ……伝達もそう何度も発揮できません。長としての力は、あってないようなものだと思ってください」
「え……」
それって……大丈夫、なんだろうか。
別に、長の力がないからって弱くなったわけじゃないだろうけど、それでも今の状況では不足ということなんだよな。……どこまで爺ちゃんがパワー不足なのかは分からないけど、それは確かに誰にも聞かれたくない情報かもしれない。
…………そういえば、俺は爺ちゃんから【召喚珠】を貰って、一度使った後は色々と事情があって「呼びかけに応えられない」って言われたけど、もしかして戦のほかにも、力が足りないとかそういう理由があったのかも。
今までは、それでも奥さん達の力を借りてゆっくり武力を溜め直せばよかったのに……黒い犬のクラウディアが唐突にやって来たから、そうもいかなくなったんだ。
ううむ……これって、けっこうヤバいかも……。
「このことはくれぐれもご内密に……また力の制御ができなくなって、陛下がちょっと大きくなっていても、知らんふりをしていてくださいよ」
「そ、それは知らんふりできるかなぁ……」
ちょっと自信がないが、でもまあ二倍に膨れてるとかじゃなければまあ……。
ともかく、今はドービエル爺ちゃんを戦力として考えちゃいけないってことだよな。
それだけは覚えておこう。
「それでは行きましょう。あまり遅くなると不振がられますので」
「あ、は、はい」
俺とロクショウとナルラトさんは顔を見合わせると、そのまましばらくアンノーネさんについて行った。
とはいえ、まあ何度か訪れた場所なので会議室の場所は知ってるんだけどね。
「すでに【五候】は到着しておいでです。話はすでに通してありますので、図を見せて下さいね。詳しい説明もお願いします」
「は、はいっ」
なんだかにわかに緊張してきた。
三人で一緒に部屋に入ると――そこには、あの時と同じように円になって座る人々がいる。ドービエル爺ちゃんとマハさん、エスレーンさん。カウルノスはマハさんの隣で、ブラックとクロウは少し離れて座っていた。
ルードルドーナは、今は王子としてではなく【五候】としての地位にいるからか、他の候と一緒に残りの半円形を形作っている。
その中にデハイアさんを見つけると、相手はこちらに軽く手を挙げてくれた。
おお……最初の頃とはえらい違いだ。
でも、こっちを気遣ってくれるのは嬉しい。
少し緊張がほぐれて、俺達は早速彼らに「巨大要塞ヤドカリ」の姿を説明することにした。とりあえず、俺達が描いた絵を見せよう。
そう思って、円座の中心に三人ずつ持ってきた紙を広げたのだが。
「…………これは……なんというか……」
「なにこれ」
「あらあら……かわいらしいわねぇ」
「…………」
「うむ。ツカサの絵はこれだな。妹らしい可愛い絵だ」
五者五様というかなんというか、俺達が思っていたのとはちょっと違う感想だ。
……あれ……おかしいな……みんなちょっと怖がるかと思ってたんだが。
「いやなにこの絵。ロクショウ君のは迫力はあるけどぶっとい筆で描いたみたいで、図解っていうより芸術品だし、ツカサ君のは子供の描く絵じゃん。ヘタじゃないけど、絶妙になんか違う感じじゃん。ネズミ野郎のカクカクしたのが一番マシだよ」
「キューッ!?」
「なん……だと……!?」
俺はともかくロクショウになんてこと言うんだこの無精ひげおじさんは。
ロクのはヤドカリの怖さをよく表現できた絵じゃないか。尻尾で大胆に描いた姿は素晴らしいくらいに迫力があるぞ!
あとナルラトさんのだって、ヤドカリの形をハッキリ描けてるし、俺だって……。
「ツカサすまん、俺もちょっと……ツカサの絵だと怖さがわからない……」
「ぐわー」
今のクロウの言葉で俺の心にものすごいダメージが来た。
そ、そりゃ……そりゃ俺は別に絵がうまいとは思ってなかったけどさ、でも正直意外とイケてるっていうか、ちゃんと特徴はとらえられてるって思ってたんだぞ。
それなのに怖さがわからないってなんだ!
「こっ、怖かったもん!! めっちゃこわいヤツだったもん!!」
「そんなに顔を真っ赤にしなくてもわかるってばも~。可愛いなぁツカサ君は」
「うむ。良い妹仕草だ。満点をやろう」
「いらねええええええええええ」
もうこのおっさんども誰か黙らせて!!
返して俺の努力ッ。
「ま、まあまあ……落ち着けみなのもの」
「でもホント可愛いわぁ。昔ルーちゃんが描いてくれたおかあさんみたい!」
「うんうん、ウチのカウルノスも土によくこういう謎のモンスター描いてたなぁ」
「はっ、母上!!」
ほらもうブラックたちが変なこと言うからカウルノスとルードルドーナにまでヘタウマ絵の話題が飛び火したじゃんか!
あやまれ! おもに俺とロクショウにあやまれっ!
「ともかく! まあそのなんだ、単品だとあまりわからんが、この三つを合わせれば、敵のことは何となく理解できる。あとは口頭での説明だ。……ツカサ、ナルラト、それから、尊竜様。詳しい説明をこの図と一緒に頼む」
パン、と手を叩いてムリヤリ雰囲気を捻じ曲げたカウルノスが良いことを言う。
そうだそうだ、今は絵のなんたるかを話し合っている暇はない。早く九段の巨大な敵のことを話さなくっちゃな。そうだよな、なっ!
「……うう……や、やっぱり俺はこういうのには向かない……」
「な、ナルラトさん……」
ナルラトさんは顔を真っ赤にしながら、ネズ耳と顔を伏せている。
そのお気持ち、お察しします……。
彼の背中をポンポンと叩いて落ち着かせつつ、俺は気分を入れ替えるために大きく息を吸うと、とりあえず今さっき見たことを詳しく話し始めた。
→
※ツカサが描いた絵は若干ヘタなゆるくて可愛い感じのヤツです
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