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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
3.真夜中の安息
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「…………過剰な湿度と熱気に当てられて、疑似的な湯あたりをしただけです。数刻涼しい場所で休ませていれば、目を覚まします」
――――……うん……?
なんだか、遠くでぼそぼそと声が聞こえるな……。
「くれぐれも私達のせいにしないでくださいよ。全ては貴方達のせいなんですから」
ええと……この声は……ブラックじゃなくて、クロウじゃなくて……。
……ああヤバイな、考えがまとまらない。
――――ぼけーっとしてる。
なんか黒くなったけど、一瞬また寝てたのかも知れない。でも起き上がれない。
視界がぼんやりしてて、瞼が重くて持ち上がらない。
流れてくる風が気持ち良いけど、なんか体が揺らゆらしてて……。
「っは……はぁ……っ、たく……もぉ……ツカサ君が悪いんだからね……ッ。僕を中途半端に放っておくからもう……っ!」
うああ。ゆ、揺れる。頼むから揺らさないで……。
なに、これ。ええと……えっと……。
………………。
――――………………。
「……あぇ……?」
「あっ、気が付いたんだねツカサ君」
気が付けば、見知らぬ……じゃねえや。ここは俺達がお世話になっていた王宮の客室だ。天蓋付きのデカいベッドもそのままだし、ちょっと固いけどそのぶん敷かれたマットレスが不思議なフカフカ具合でバランスが取れてる客室の寝室じゃないか。
いや客室の寝室ってややこしいな……ってそんなことはどうでもよくて。
ええと……俺、どうしてこんな所にいるんだっけ?
「喉渇いてるよね。ほら、お水だよ」
「ん……」
まだ起き上がれなくてボーっとしていると、誰かが近寄って来る音がする。
……外……いや、この部屋のすぐそばにある中庭からは、あの鈴虫が鳴くような音が聞こえて来るのに、不思議と部屋の中は静かで布ずれの音すら耳に届く。
そういえば、王宮を出てから色んな所を行ったり来たりで、こんなふうに静かな所でゆっくり寝たのも久しぶりな気がする。
たったの数日の事なのに、色々あったからなぁ……。
「ツカサ君、まだ起き抜けで飲めないの? じゃあ……仕方ないなぁ」
「んぇ……」
背中に大きな手が差し込まれて、ゆっくりと持ち上げられる。
きっと片手なのに、どうしてこんなに力持ちなんだろう。それに手もでっかくて、何故だか触れてる所があったかくなって安心するみたいな……。
「ツカサ君、ほら口開けて」
薄暗い目の前がやっとハッキリしてきて、赤い鮮やかな色が見える。
これはブラックの髪の色だ。……そうか、ブラックが俺を起こしてくれたのか。
なんだかまだ視界がボヤけてるけど、背中を支えてくれている手の感覚は分かるのって……なんかちょっと恥ずかしい。
でも、ブラックは俺に水を飲ませようとしてくれてるんだよな。
ちょうど喉が渇いていたからありがたい。手を軽く上げて、コップを受け取ろうとした、のだが――――
「んぐっ!?」
目の前が急に暗くなったと思ったら、い、いきなり口を塞がれっ……。
んんんんっ、な、なんか入って来たっ、生温っ……あっ、ち、違うこれ水……って待て待て待てこれもしかいて俺キスされてる!?
わあっ、お、お前起き抜けなのになんちゅうことを……っ!!
「んっ、んぅ……ぅ……んん゛ん゛……っ!」
「はふっ……いいから飲み下して……零したらもっかいしてあげるね……」
「んごぉっ」
そんなことせんでいい。絶対もういい。
なんか色々とゾクゾクする事になってしまったが、ここで反応してしまったらブラックの思うツボなのだ。押されて激痛が走る足つぼよりもヤバいことになるのだ。
思わず噴き出しそうになってしまった水をなんとか飲み下すと、ようやく顔を離したブラックは、嬉しそうにニンマリと笑った。
「ツカサ君、ちゃんと飲めたね」
ぐ、ぐぅう……コンチクショウ、語尾にハートマークつけやがって……っ。
やってることも言ってることもドンビキ案件なのに、なんでこうこいつは言動と格好が一致しないんだ。も、もっかいするとかヤバいコト言ってるくせに……外から部屋に差し込んでくる月の光に、顔の半分が薄ら照らされてて……。
その、ベッドに乗り上げて笑ってる姿が、もう、なんか…………。
「あっ、ツカサ君いま照れたでしょ。可愛いなぁ……」
「ちちち違いますけど!? てか暗いから分からないだろ赤いかどうかなんて!」
「僕は夜目が利くからバッチリわかるもん!」
いや色がどうなったかは夜目で解決するようなコトじゃねーだろオイ。
騙されないからなと睨むと、ブラックはアハハと笑って再び近付いてきた。
「それより……もうスッキリした?」
「え……あ……う、うん。そう言われると確かに……」
ちょっとドキッとしてしまったが、雰囲気にのまれてはいけない。
冷静さを心がけつつ、俺は今さっきまでのことを振り返った。
……ええと……確か俺は、風呂場でみんなに謎の鉱石のぬるぬるオイルを塗って疲れを取ろうとしてたんだよな。
で、なんか色々あって、ブラックと話してたら急にクラッとしちゃって……。
「あ……もしかして俺、失神しちゃってた……?」
「なんか湯あたりっぽいものになってたらしいよ。だからまだボーッとするでしょ? 今は、あんまり動かない方がいいよ」
「もう一度飲む?」なんて言いつつ、ブラックは素焼きのコップを渡してくれる。今度は何もしないって所が、変にバランスとれててムカつくんだが……まあいい。
冷たい水をもう一口飲んで、俺はとりあえずブラックに礼を言った。
「運んでくれてありがと……ロクショウとクロウは?」
「ロクショウ君は、まだ寝てるよ。熊公は……まあ、ちょっとね」
「……?」
ブラックがクロウの事で言葉を濁すなんて珍しい。
なにか気まずい事でもあったんだろうか、と相手の何とも言えない表情を見ていると、それに気が付いたらしいブラックはパッと表情を変えて更に近付いてきた。
「ま、それはともかく~! いろんなことは明日やることにしてもう寝ようよ。ねっ」
「わぷっ」
抱き着かれたと思ったらぼすんとそのまま押し倒されて、俺はブラックと一緒にまた寝転がる形になってしまう。
マットレスが沈んで、いやでも二人で寝ている事を感じさせられる。
いやもう、そんなのに気付く前に、すぐそばにブラックの気配とか体温とか吐息とかが在るって分かるから、もうなんか逃げたいんですけど!!
「おやおやぁ~? ツカサ君たらまた顔が真っ赤になってるんだけどぉ~」
「ちっ、違うって、なってないってば!」
「ふふふ……まあそういいう事にしておこうかな~」
あっこらっ、抱き着くなっ。
お前は何でそう俺を毎回おちょくるんだ!
こ、こっちは……こっちは、毎回……変に意識しちまってるってのに……。
「ブラックのばっきゃろ……」
「へへっ、嬉しい……。もっといっぱいバカって言って?」
「……もういいっ」
どうせ逃げられないし、ブラックの言う通りになるんだ。
だったらせめて口だけでも閉じてやる。もう今日は何も喋ってやらないからな。
そう覚悟を決めた俺を横で笑いながら、ブラックは顔を摺り寄せて来た。
「はー……あの風呂場は酷かったけど、役得で僕もスッキリ出来たし……ツカサ君と久しぶりに二人っきりで寝られるなんて良い癒しだよ」
「…………」
そういえば、ここ数日は絶対に誰かと一緒だったな。
クロウの故郷であるメイガナーダ領地でも客室は三人一部屋だったし、それでなくともデハイアさんやらカウルノスやら居たワケで……。
確かに、こうして誰の気配も無い静かな状態ってのは久しぶりかも。
けど、ブラックはあの液体で疲れがとれなかったのかな。
もしかして、俺が大規模な【幻術】をまた頼んじゃったからか?
だとしたらこんな事じゃ全然疲れなんて取れてないのでは。
急に心配になってブラックを見ると、俺の考えは筒抜けになってしまっていたのか、俺の顔を見るなりブラックは軽く噴き出してコツンと額を合わせて来た。
「大丈夫。……僕が言う【癒し】ってのは……誰にも邪魔をされずに、大好きなツカサ君と二人っきりでイチャイチャできることだけから」
「っ……」
「だから、今すっごく癒されてるよ! ツカサ君、ありがとうねっ」
そう囁くブラックの声が、額からじんじん伝わってくる気がする。
いつも聞いている低い大人の声なのに、それでも引っ付いているとどうしてか頭の中が茹ってきて、そんな自分に顔の熱がどんどん上がって行く。
なのに、ブラックは俺をジッとみつめてきて。
「ツカサ君が寝るまで、ずぅっとこうしててあげるね」
「…………」
そんなの、寝られる気がしないんだが。
……いっつも同じ事をしているはずなのに、どうして毎回こうなるんだろう。
自分でも自分に呆れながら、俺はもう寝ようと無理矢理に目を閉じたのだった。
「――――なるほど……」
謁見の間では部屋中に響くほどの大いなる声を今は潜めて、父なる影が呟く。
人に聞かれぬようにとわざわざハレムの狭い部屋に閉じこもり、しっかりと分厚い扉を閉めてまで集まった同胞は、皆一様に不安そうな顔をしていた。
そんな表情を見ながら、二人の兄弟熊――――カウルノスとクロウは続ける。
「ビジ族は限りなくモンスターに近く、知能が低い種族ですが、それでも獣人たる矜持を忘れぬ見上げた一族です。その若者どもが負けを認めて喋ったこと……これには、間違いはないとおもいます。なあ愚弟よ」
ちらりと目で見やるカウルノスに、クロウは大きく頷く。
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「そうか……明日、ドービエルが詳しい調査報告書を持って来るだろうが……我らの中に裏切り者がいるとなれば事は深刻だな」
「……父上、それは……本当の事なのでしょうか……」
「おい愚弟」
何を言う、と続けようとした兄をドービエルは手で制し、クロウに続けさせる。
立派なオスとなったクロウは、しっかりと背筋を伸ばしてこの小さく狭い倉庫の中で、父親に向かって己の考えを示した。
「オレは、ディオケロス・アルクーダの王族達が、他の何よりも武人である事を重要視する事実を知っています。それなのに……王族に裏切り者が居るのでしょうか」
誰よりも純粋で、誰よりも優しい問い。
しかし一国の王たる思考を強いられるドービエルとカウルノスには、その考えを頭から肯定する事は出来なかった。
「……クロウクルワッハよ。お前のその優しさは、とても尊いものだ。……しかし、国というものは……お前のように優しい者ばかりで出来ているのではない。かつてこの兄がお前を疎んだように、人の数だけ愛憎が在り、人の数だけ欲望が在る。……わしらとて、間違いを犯さぬわけではない。だからこそ、疑うべきなのだ」
父の厳しくも優しい諭しに、カウルノスも同調する。
「そうだ。例え側近の物であろうと、悪感情という物は容易く忍び込む。そうでなければ、我々がこれほどまでに『武人』という生き方に拘る事も無かろう。誰もが誘惑にも負けず誇りを持ち続けられるのなら……苦労は無い」
ビジ族の言葉に最初は驚き動揺していたカウルノスも、今は冷静だ。
それだけ、彼らは慎重になっているのだろう。
クロウもそれは理解出来ることであったため、口を噤む。
そんな弟を見て鼻息を軽く漏らすと、カウルノスはドービエルの方を向いた。
「父上、明日俺は宮殿内を回ってみようと思う。兵士が全滅した場合、いざという時の戦力も考えておかねばならん。戦えるものを改めて“視て”おく」
「おお、そうだな……頼んだぞカウルノス」
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王座に就く時の威厳も、今は父親の威厳だ。
そんな懐の広い父親を見つめながら――――クロウは拳を握った。
「実は……――――」
不安を滲ませながら切り込んだ、話。
その話を聞いたドービエルは目を丸くして一瞬絶句する。
だが、すぐに動揺を治めたその表情には――――どこか、来るべき時が来たことを覚悟したような色が浮かんでいた。
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