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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
1.帰ってきましたペリディェーザ
しおりを挟む人族が降り立つ港から砂漠を越えて数日。
その先にある“風葬の荒野”を越えた先の砂漠に、尽きぬ豊かな水源をもつ王都の煌びやかな姿が見えてくる。
――王都は、まさに「砂漠のオアシス」と言っても過言ではない姿だ。
頑強で特殊な石材を使った都を守る防壁は、細かな彫刻や顔料で美しく彩られて遠くからでもその華麗さが見て取れる。
内部は更に豊かで、さながら緑の洪水だ。水路に沿って植えられた南国の植物は枯れることなく生き生きと伸び、黄土色の四角い箱が積み重なったように見える一般的な獣人家屋ですら、己の家の家紋を記した垂れ幕を下げている。
街は栄え、弱いがゆえに外の世界を追われた獣人の一族だけでなく、逞しい獣人の一族も存在しており、彼らは互いの群れを襲う争いなど考える事も無くお互いの秀でた力を「武力」として認め、平和に暮らしてきた。
外の世界では当然のように行われる弱肉強食は、この王都では起こらない。
この国を治める“二角神熊族”の国王と、その下で国を維持し続ける王族の熊達が治める領地では、それぞれの力は腕力などの実質的な力ではない、技術的な力も武力として認め活かす政策がとられていた。
ゆえに、この国には真の争いは無く、豊かで満たされている。
国王が永く信じる「共存」を共にするひとつの“群れ”として、お互いの修正を尊重し合い、時には――――それを害する外からの敵に対抗するため共に戦った。
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例え王国の民では無かろうと、この聖獣ベーマスが齎した大地に暮らす獣人達が「武力」に恥じない生を全うするための平定を行って来たのだ。
その尽力が、今のベーマス大陸で大きな戦が起きない理由であり――
王国が常に外敵に曝され、あらゆる「武力」が更に必要となる経緯でもあった。
「おお……っ、帰って来たか我が息子達よ!」
夜闇の中に完全に溶け込んだ準飛竜の黒く美しい鎧鱗に、薄らと王宮の明かりが反射する。俺のロクショウは可愛くて格好いいだけじゃなく綺麗でもあるんだよなぁ、などと満足していると、ロクは羽ばたきの音を出来るだけ消しながら、王宮の片隅にある広場にゆっくりと着地した。
その巨体が嘘のように静かに降り立ったお利口なロクちゃんに、出立した時と同様に集まっていた王宮の人達は、その器用さに思わずどよめいた。
ふふん。ロクちゃんへの驚きと称賛の声が気持ち良いぞ。
その通りロクは凄いし尊いので、遠慮なく褒めて欲しい……などと思いながら、背から降り……れなくて思いっきり顔から落ちると、後からいけ好かないほど格好良く飛び降りて来たブラックが俺を抱え起こしてくれた。
「もー、ツカサ君相変わらず運動音痴なんだから」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「グオォオン」
ああ、ロクまで呆れちゃった。
でも俺を慰めようとしてくれているのか、すぐにボウンと白煙を上げて【変化の術】でいつもの黒いトカゲヘビちゃんになると、俺の頬の痛みを冷やそうとちっちゃな体をグイグイと押し付けて来てくれた。
う、ううう、ロクは本当に優しいなぁああ……っ。
「父上、ただ今戻りました。……少々、お耳を拝借」
「ふむ?」
ブラックに首根っこを掴まれて吊られている俺を余所に、なにやらカウルノスが父親であり国王であるドービエル爺ちゃんに耳打ちをしている。
こんなに色んな人がいる中で、秘密に出来るんだろうか……にしても、獣人族の耳打ちって、聞く相手が体を斜めにしなきゃ行けないから面倒臭そうだな。
ブラックと一緒に、そんな相手の様子をぽけらと眺めていると、ドービエル爺ちゃんの顔がにわかに険しくなって、姿勢を元に戻した。
だが、すぐさまその表情を朗らかなもので隠すと、そのままカウルノスとクロウをギュッと抱き締めてから王宮の者達に振り返って命じた。
「みな、夜中に起こしてしまい悪かったな。一先ずの報告は明日にすることにして、番の者以外は戻ってくれ」
息子達に対してはデレデレだったのに、部下に命じる姿は流石の王様だ。
夜闇の明かりに映えるその堂々とした勇士には、少し離れた場所に居たマハさんやエスレーンさんも目がハートマークだった。……ぐぬぬ……。
「とりあえず……空は寒かっただろう。ひとまず風呂に入って温まって来なさい。お前達が尊竜様の翼で今日中に戻って来る事は、ナルラトを向かわせた時点で分かっていたからな。ちょうど湯を張っておいたんだ」
「な、なんていう心遣い……!! じーちゃん素敵……!」
さっきぐぬぬなんて思っちゃってごめんなさいっ。
俺達の為に風呂を用意してくれているなんて、そんな気遣いを知ってしまったら俺は感動せざるを得ないよ!
「いや、ツカサ……風呂って……」
「シッ! お前は黙ってろ!」
なんか背後でブラックとナルラトさんがコソコソしているが、冷えた体に温かいお湯ほどありがたいものはないのだ。
あっ、ついでに冷たい飲み物が欲しいな。【リオート・リング】の中で冷やして置いた麦茶を飲もう。そうしよう。きっとのど越し最高に違いない。
「ふむ……せっかく父上が用意して下さったのなら、入らぬわけにはいかんな」
「ム、オレもありがたく入らせて頂くぞ」
クロウと一緒でカウルノスもお風呂には乗り気だ。
というかこの人は大体お父さん大好きっ子なので、ドービエル爺ちゃんのオススメを拒否することは無いんだよな。
なんかそこらへんがちょっと和んじゃうんだよな……クロウもカウルノスもオッサンで、肩丸出し筋骨隆々のむさくるしい兄弟だというのに……。
……とか思っていたら、爺ちゃんはこっちの方を向いた。
「ナルラト、お前も一緒に入りなさい」
「えっ……! い、いいいいいえ陛下っ、おれっ、あ、わ、私はそんな栄誉に叶うものでは決して……!」
おお、ナルラトさんが珍しくめちゃくちゃ焦っている。
でも自分の雇い主でしかも王様に直接「休め」と言われてるんだから、そりゃ焦るよなぁ……。って、よくよく考えたら俺達も一般市民レベルの旅人なのに、王様に労われてるんだっけ。
爺ちゃんは王様だと知る前からの仲だから、なんかつい親戚の優しいお爺ちゃんに甘えさせて貰ってるように思っちゃうんだよな……。
ヘタすると不敬罪レベルかも知れないから、今度から気を付けよう。
で、現在俺達が忘れてしまった畏敬の念を存分に発揮しているナルラトさんは、鼠耳をビビビビと緊張で震わせながら毛を逆立てている。
髪の毛がぶわっとなってる所からして、ナルラトさんからしてみればかなり畏れ多い事なのだろう。でもそんなに震えるなんて、どんだけドービエル爺ちゃんの事を身分の高い人だと思っているのだろうか。下手したら神レベルなのではこれ。
別の意味で心配になって来てしまったが、しかしドービエル爺ちゃんはそんな風に震えるナルラトさんに、キッパリと言い放つ。
「これは王命だ。お前も砂まみれだろう、王宮でしばらく仕事をして貰うのだから、体は綺麗にしておきなさい。いいね」
「は……はひ……」
こう言われてしまっては、ナルラトさんも最早拒否する事は出来まい。
全てが決まった所で、エスレーンさんがニコニコしながら近付いてきた。
「ウフフ……ツーちゃんツーちゃん、ちょっとこっちに来て」
「は、はい?」
少し離れた所で立ち止まって、小さく手招きする可愛いエスレーンさんに、俺は半疑問調の返しをしながらも、ふらふらと引き寄せられてしまう。
だって仕方ないじゃない。エスレーンさんもまた美しくて可愛いんだもの。
少女のような可憐さなのに人妻感があるお姉さんなんだもの。
背後でまたオッサンが殺気を放っているような気がするが、俺は構わずエスレーンさんの傍に寄った。と、彼女も俺に耳打ちをして来る。
アッアッやめてください興奮で鼻から何かがでてしまいます。
「ツーちゃん、もしよかったら使ってあげてね。あと、うちの子も……人見知りが激しいけど、仲良くして貰えると嬉しいわ。クーちゃんと同じように優しくしてあげてね」
可愛い声を至近距離で聞いて思わずよからぬところがキュンキュンしてしまったが、エスレーンさんは笑顔で俺の手に何かの袋を渡してくれた。
開けてみて、と言われるので開けてみたら、そこには半透明の綺麗な飴玉みたいな球体が幾つか収められていた。固さ的に……なんか、スライムみたいだな。
「エスレーンさん、これは……」
「あら、人族の人は知らないのかしら……。これはね、不思議な鉱石で、手のひらで優しく捏ねるとお花の良い香りが出るようにしてあるの! ツーちゃんが疲れていなかったらで良いから……ぜひ、ツーちゃんの旦那様と一緒にウチの子達やナルラトちゃんをお風呂で癒してあげてね!」
「はい……え……はい……ぃ?」
うん?
それってどういうこと?
お風呂で癒すって……ええと……風呂って、数人ずつで変わりばんこに入るもんだと思ってたんですけど……違うの……?
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