異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

26.王者と鼠

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   ◆



 あの恥ずかしい妹衣装……いや、ち、違う。違うぞ。ええと、メスのお姫様衣装からやっといつもの服に着替え終えた俺は、カウルノスの部屋にお邪魔していたナルラトさんを見つけ、早々に今後の行動を伝えた。

 デハイアさんの妹ゾーンに捕まって、俺までうっかり「自分は妹である」とか言う謎認識に染まりそうになってしまっていたが、やっといつもの服に戻れたんだから自分を強く持たないとな……。

 ……って、それはともかく。

 ナルラトさんに手紙を見せて、デハイアさんも了承した事なのだと伝えたのだが……相手は何故か困ったように首を傾げていた。

「うーん……即座に伝令を届けられるのは嬉しいんだがよ……しかしなぁ、俺が……その……尊竜、いやロクショウの背中に乗るのはちょっと……」
「どうして? あ……ナルラトさんの仕事の邪魔したことになるとか……」
「い、いや、そうじゃねえ! その……なんていうか……」

 何故かいつものナルラトさんと違って歯切れが悪いな。
 方言が出ないところからして、リラックスしてもいないし気が動転しているワケでもなさそうだが……どうしてそんな態度になるのだろう。

 よく分からなくて内心首を傾げていると、なんか豪華なイスに座ってふんぞり返っている横柄殿下、いやカウルノスが口を挟んできた。

「ソイツは自分が根無し草だから遠慮しておるのだ。なんの名も無い鼠族というだけでも種族としては恥じ入る所なのに、更には嫌われ者の“根無し草”だからな。そのような身分の者としては、崇高な竜に次ぐものの背に乗るのは畏れ多いのだろう」
「そ、そんな言い方……」

 しなくても良いじゃないか、と、突っかかろうとしたのだが、ナルラトさんが俺の方をグッと掴んで制止する。

「いや、その通りなんだツカサ。……俺みたいなモンが、強い者の背中に乗るなんて畏れ多いんだよ。……実際、後ろ指差される事も色々やって来たしな」
「ナルラトさん……」

 でも、だからって遠慮する事なんて無いのに。
 少なくとも俺とロクは、そんなことでナルラトさんを敬遠したりしない。
 こんな世界じゃ切った張ったなんて日常茶飯事だろうし、それが正々堂々とした物なら、何もいう事は無い。

 例え、手を汚していたのだとしても――今目の前にいるナルラトさんは、俺のことを助けてくれる頼もしい仲間だ。
 ……俺だって、後ろ暗いことがないわけじゃない。
 人を殺したというのなら、俺だって自分の都合で殺めてしまったのだ。

 だから、ナルラトさんを責める権利なんて俺にはないし、ナルラトさんを遠ざける事なんて絶対にしない。なにより……ラトテップさんの弟で、彼と同じく大変な道を歩いて来たと思えば……そんな人を、邪険に扱うなんて出来なかった。

「……ん? ツカサ?」

 肩を掴んでいた大きな手を、掴んで優しく外す。
 ……ブラックの手とは違うタイプの、無骨で所々傷跡の膨らみが感じられる手。
 今は、潜入しても料理人として働く事が多くなったみたいだけど、それでもこの手に刻まれた痕を感じると目の奥が熱くなる。

 けれどそれを押し留めて、俺はその手をグッと握ると相手の顔を見上げた。

「俺にとってのナルラトさんは、今のナルラトさんだよ」
「え……」
「頼りになって、誰よりも早く伝令を届けてくれて、俺達の助けになってくれる。そんな人を乗せないなんてなったら、ロクが怒っちゃうよ」

 ――だから、何も気にしなくて良いんだ。

 そう言いたくてジッと切れ長で少し釣り上がった目を見つめると。

「ツカサ……お前はほんなごつ、好いたらしかやつばい……」
「ん?」
「…………なんでもない」

 いやいや、なんて言ったんだよ。
 こういう時に方言になっちゃうんだからズルいよなあ。でも、ナルラトさんは何となく喜んでるっぽいし、まあ良いか。

 俺もなんとなく嬉しくなってニコニコしていると、また横から声が飛んできた。

「ツカサよ、お前はオスに対してもう少し言葉を引き締めろ」
「はい?」
「これはあの人族がいつも牙をむき出しにしても仕方がないな……。まったく、お前を嫁にするとなると、ハレムの奥にでも閉じ込めなければならんようだ」
「はぁあ!? 急になに怖いコト言ってんですか、やめてくれよ!」

 気安くしろと言われたが、ついまた敬語が出てしまう。
 でも仕方ないじゃないか変な事を言われたんだから。なんだ嫁って、なんだハレムの奥に閉じ込めるって。俺別にそんな変なことを言った覚えないんですけど!?

「ちょ、ちょっとナルラトさん、今のってよくわかんないけど、要するになんか俺をバカにしてますよね!? いくら殿下でもどうかと思いません!?」
「……俺も、正直ちょっとそう思う……」
「え゛ぇ……」

 ワケの分からんことを言われた上に、ナルラトさんにまで背後から打たれた……。
 俺はただ仲間としての強い気持ちを伝えただけなのに、何でそう変な認識になるんだろうか。全然おかしいことは言ってないつもりなのに……。
 ……この世界のオッサン達って特別な情緒を持ってたりするのか?

「まあともかく……ありがとな、ツカサ。……お前達が良いっていうんなら、俺も乗せて貰うよ。……俺も、のんびりここに居るワケにはいかなくなったからな」
「……? それって、どういう……」
「ほう。気付いたか根無し草」

 こらカウルノスッ、せめてこういう時は名前で呼べよ!
 いくら目下の存在だからって敬意は必要だろう敬意は。

 国の為に汚れ仕事もやってくれてる人に横柄な態度をとるな、と睨むと、カウルノスは肩を竦めてみせてから――ヤケに真剣な表情になってナルラトさんに問うた。

「お前の事だから、どうせビジ族の尋問も背後で聞いていたんだろう。……それで、気になる事は?」
「…………」

 問われて、ナルラトさんが急に気まずそうな顔になって目を伏せる。
 どうしてそんな表情をするのか分からず双方を何度も見渡していると、観念したとでも言うように、ナルラトさんは苦しげに答えた。

「……御明察の通り、俺は……ビジ族の動きに、同じニオイを嗅ぎ取りました」
「同じニオイ……?」

 良く分からなくてナルラトさんの顔を見るが、相手は深刻そうな雰囲気のまま、それでも「心配ない」とでも言うように俺の方をポンポンと叩く。
 けれど、二人の声のトーンは、どう考えても大丈夫なものではない。

 どういうことなのだろうか。
 戸惑う俺に構わず、カウルノスはフウと溜息を吐いた。

「やはり、か。……アイツらは“二角神熊族”と同じニオイとは言っていたが、我ら一族の中に、このような杜撰で卑怯な手を考えるような恥知らずはおらんだろう。恐らくは、その何者かの背後に……姦計に長けるものがいるはずだ」
「仰る通りです、殿下。……残念な事ですが、俺はこういう“他者を唆して戦わせる”術を知っています。それが……どこで教わることなのかも」

 なんだ。何か、嫌な話をしている気がする。
 話の中身が見えないけど、でも、それが……ナルラトさんの触れられたくない部分に関係しているような気がしてならなかった。

 姦計。卑怯な手。
 獣人が嫌う“他者を唆して戦わせる”という、己が戦わない術。

 それって、つまり……――

「……根無し草のナルラトよ。貴様は、首謀者まで把握出来るか?」

 横柄な、だけど王族の風格としか言いようのない、文句すら引っ込むような雰囲気で問いかけるカウルノス。
 改めて目の前の相手が「ドービエル爺ちゃんの地位を継ぐに値する存在」である事を思い知り、ぞわりと肌が総毛立つ。そんな俺の横で、ナルラトさんが跪いた。

「はい。……人を唆す術に長けた根無し草は、俺が知る中で一人しかいません。

 …………俺の師匠である……ヨグトという鼠人族。その人しか」

 ――ヨグト。
 ナルラトさんとラトテップさんの師匠である、ヨグトさん?

 そんな、まさか。
 二人の師匠であるヨグトさんが、メイガナーダの領地を襲ったってのか。
 色んな人が食い殺されて大参事になるような、そんな残酷な作戦を実行させたっていうのか。ナルラトさん達の師匠が。

 あの時、ラトテップさんの事を聞いて涙ぐんでいたあの人が。
 弟子の事をそれほどまでに大事に想っている、ヨグトさんが……――――

「なるほどな。ヨグトの事は俺も聞いた事がある。今存在する“根無し草の鼠人族”達を、ほぼすべて纏め上げた傑物だそうだな。今は猿どもから解放されて、それぞれが道を違えたというが……お前と共に父上の任に就いたのではないのか?」
「いえ……師匠は、様々な者を不幸にした自分が名誉を頂く事は出来ないと……俺を陛下の根無し草に推薦した後は、大陸を転々としていました。……ですので、この国を脅かす側に就いていたとしてもおかしくありません」

 跪いて拳を床に当てているナルラトさん。
 だけど、その拳は……震えている。

 それが怒りなのか、それとも動揺によるものなのかは分からない。
 だけど、ナルラトさんが師匠のヨグトさんの事に対して、そんな分かりやすい反応をするほど感情を動かしている事だけは理解出来た。

 ……その気持ちを、必死に押し殺そうとしている事も。

「お前達の師匠か……。そうなると、武力自体も相当なものだろうな。……もし、その手強い存在が、現在の脅威である【黒い犬】の軍勢に加わっているのであれば由々しき事態だ。……仮にその可能性が高いのであれば、お前に話して貰わねばならん事が色々と生まれるが……」
「…………」
「――――お前は、己の師を無慈悲に引き渡す覚悟はあるか?」

 カウルノスの赤を含んだ橙色の目が細められる。
 ……まるで、獲物を前にして安閑と座る獣。絶対的な王者の風格が、物言わずともこちらを威圧して来て、俺まで息が詰まる。

 例え怒りやすくても、気安い所が有っても……椅子に座って他人を見下ろしながら話をするだけで、この男は相手を射竦める事が出来る。
 これが、王者になる資格がある者だけが持つ、絶対的優位者の姿なのだろう。

 俺達と接する時のカウルノスとは違う、目下の者を完全に上から見たような冷たく鋭い雰囲気に、声が出なくなる。俺まで何も言えずに硬直してしまった。
 だが、それでもナルラトさんは頭を下げて威圧に耐えながら、返す。

「……はい。私はこの王国に拾われた身です。そして、王に使える栄誉を賜った……返しきれない恩義がございます。であれば、どちらを取るかは明らかです」
「ほう。師への恩よりも、国への忠誠心が強い、と?」
「根無し草であれど、それなりの忠義はございます。それに……もう二度と、大事な存在を……迂闊な真似をして、失いたくはありませんから」

 頭を下げたまま、カウルノスにはっきりと言い放つ。
 冷たい視線を一身に受けている状態なのに、それでもナルラトさんは一歩も引かず頭を下げたまま言い切った。

 そんなナルラトさんを、カウルノスは目を細めたままで見つめていたが――――
 やがて、ハァと息を吐いてゆっくり立ち上がる。

「忠義、だけではないようだが……まあいい。武人というものは、己が愛する存在や土地を体を張って守ることを美徳とするのだ。例え裏切り者の誹りを受けようと、己の意義を貫き通す事は褒められるべきことと言える」
「俺を武人、とは……身に余る光栄です……」
「光栄、か。……それもどうだろうな。だが、うぬぼれるなら今の内にうぬぼれておけ。もし、己の血族とも言える相手と敵対しなければならん時が来たら……栄誉だ光栄だなどと言っては居られなくなるからな」
「はい……」

 なんだか、良く分からない会話だ。
 褒められるべき事だと言っているのに、そうではないって……どういうことだ。
 自分の師匠が悪事に手を染めている事を忘れるなって事なのかな。

 それってやっぱり、カウルノスもヨグトさんが関わってると思ってるって事なんだろうか。でも……それが正しいかどうかはまだ判らないじゃないか。
 もしかしたら勘違いだって可能性も有るのに。

 ……しかし、二人がそういう前提で話を進めてるって事は……それだけ、今回の件はヨグトさんしか出来ない事だって確信があるんだろうか。
 ナルラトさんまでそう思ってしまうぐらいの、何かが……。

 …………俺は人族で、しかも異世界人のせいか、彼らが確信していることは正直よく理解出来ない。けど、その可能性が有るなら、門外漢の俺が感情に任せて「まず信じてみようよ」なんて言っちゃいけないんだろうな。

 ナルラトさんだって、師匠の事は信じたかったはずだ。
 そんな彼が覚悟を決めて疑っているんだから、俺が口出しすべきではない。

 だけど、なんだか悲しいな。
 大事な師匠と敵対しなきゃいけないなんて……。

「こら、勝手に感傷に浸るな。もう出立せねばならんのだろう。いくぞ」
「ギャッ!? ちょっ、ま、また脇で抱えてっ……!」

 おい待てまたコイツ俺を強引に脇に抱えやがったぞ!
 なんでこの怒りんぼ殿下は毎回俺を脇に抱えて持ち運びたがるんだ!

「え、で、殿下!? あの、ツカサにそんなこと……」

 ほらもうナルラトさんが戸惑ってるじゃねーかコンチクショウ。
 さっきの威厳も風格も形無しだよ、アンタ今もうただの若者を小脇に抱えたがる変なヤカラおじさんだよ!

「はーなーせー!!」
「お前が無駄に感傷に浸っているから悪い。それに、これ以上尊竜様を待たせるのも失礼だしな。一刻も早く王都に戻って父上にも報告せねばならん」
「そりゃアンタがこんな所で爆弾放り込んだからだろ!?」
「つ……ツカサ……お前、殿下に対してものすごいな……」

 ほらまたナルラトさんがドンビキしてるじゃないか!
 これは俺のせいじゃないぞ、アンタが強引に俺を抱えてるからで……

「そういう所がいかんと言ってるんだが、お前は本当にわからんヤツだな。……弟のメスでなければ、四の五の言わずにハレムに放り込むんだが」
「変なこと言ってないで離せえええええ!!」

 こんなとこブラック達に見られたら、また変な誤解を受けるじゃないか。
 ああもうっ、このオッサンの考えてる事が俺には本当によくわからん!!










※好いたらしい、は、古い言葉なので方言とちと違うのかも?
 とは思ったんですが方言では日常で使うようなので入れました。
 方言ってわりと古語が残ってて不思議ですよねえ(´・ω・`)

 
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