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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
言葉以上に伝わるもの2
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人型の姿になったビジ族が、たどたどしい言葉を使って話してくれたこと。
それは、俺達が考えていた以上に最悪な事実だった。
「ビジ族の長は幾度も“風葬の荒野”を抜け出していて、帰って来るたびに自分達とは違う獣人族のニオイを微かに纏わせていた。以前からそんなことがあったせいで、不信感を抱く若者も多かったが、長の命令は絶対なので誰も逆らわなかった。そのせいで、今回の命令も受けたし危うく食い殺すところだった、と……」
さっきちょこっと聞いた話を少し詳しくしただけ……だけど、それでもこの証言には、色々とヤバい事実が含まれている……らしい。
俺としては含まれてなくても直球でヤバいと思うんだけど、それ以上らしい。
……ビジ族の長が約束を破って風葬の荒野から出ていた事や、後から絶対に熊族と問題になるであろう行為を命令したりしてるのって、普通にダメだよな。
しかも、メイガナーダ襲撃は完全な約束違反だ。
若者のビジ族達からすれば「充分な肉と戦い」を得られていたにも関わらず、彼らを「上手い肉があるメイガナーダ」に誘導した。
そこに居るのは、戦える熊族だけではない。
王族や兵士達のように戦闘訓練を受けていない、確実にビジ族達よりも弱いだろう“二角神熊族”の人達なのだ。そんな人達を襲わないように“約束”を取り付けたのに、それを勝手に破って若者達に命令したなんて……。
何か別の真実が隠されていようといなかろうと、かなり酷い所業だ。
しかも……弱い人を襲う約束破りだけでなく、若いビジ族である彼らを鉄砲玉にして、自分は直接手を汚さないようにしただなんて……。
なんだかとても、納得がいかない。
だって、彼らはただ命令されただけのうえ、荒野から一番遠いメイガナーダ領まで走り続けたせいで極度の飢餓状態になってたんだぞ。
それって、要するに「そうなるよう仕向けられた」ってことで……強制的にクロウ達を襲うように仕向けられていたってことだよな。
そんな状況では、食わなければ風葬の荒野に帰れない。
彼ら若者達だって、命令された以上に飢餓状態でどうしようもなかったんだろう。
そんな状況に追い込んだビジ族の長は、凶暴過ぎるヒトデナシの一族という肩書き以上にヒトデナシだと思う。
これじゃ、若いビジ族達はただの捨て駒だ。
大方、問題児が暴走したとでも理由を付けて、彼らだけを罰して責任逃れをしようとしていたのだろう。悪い奴が考える事は大体一緒なのだ。
そう考えれば、彼らには同情せざるを得なかった。
…………いや、正面から対峙すれば多大な被害が出ていただろうし、そんな事になったら同情しても居られないかもしれないが……無血で解決できた今は、もう少し柔軟になっても良いんじゃないかと思うんだよ。
だって、若いビジ族の彼らも好きで襲いに来たんじゃなかったんだし……。
彼らの言葉に更なる真実が隠されていようとなかろうと、若いビジ族達が捨て駒になったという可哀想な事実は変わらないんだよな。
なのに、これ以上のエグい何かがあるのだろうか。聞きたいけど聞きたくないな。
でも、その「ヤバい事実」を知らずにいて後々足を引っ張るのはゴメンなので、俺は恥を忍んで「どういうことなのか」とブラックに訊いてみる事にした。
「なあ、さっきまとめたビジ族達の話……もっとヤバい事実が隠れてるって、どういう事だったんだ? デハイアさんとカウルノスが、血相っ変えて執務室に行っちゃったけど……」
地下牢から出て、ブラックとクロウと共に再び客室に帰って来た俺は、ロクショウの頭を撫でながら問う。
お互いに気持ちを落ち着けるためのグルーミングだが、そんな俺とロクを呆れ顔で見ていたブラックは答えた。
「まあ簡単に言うと……今回の件は、もしかしたら“今引き起こされている事がずっと前から計画されてきたことなんじゃないか”って話だよ」
「それって……」
「もちろん、あの黒い犬のクラウディアが出るより以前から、ね」
えっ。
……ええ!?
それは、どういうことだ。
クラウディア達がそれほど長く潜伏していたってことなのか。それとも……今回の事は、その件とは違う事件ってこと……?
ううむ何だかよくわからん。
「えっと……それって、クラウディア達がずっと潜伏してたって話……」
「じゃない、かもね。……だって、熊どもが慌てたのはソコじゃないもの」
「他に何か驚くような事が在ったのか?」
彼らの証言以上に驚く事ってなんだろう。
ちょっと考え憑かなくてまた問い返してしまう俺に、ブラックは嫌な顔もせずハッキリと答えてくれた。
「ホラ、あいつらが言ってたじゃない。『長は以前から何度も荒野を出ていた、他の獣のニオイを漂わせていた』……って。ソレが、駄熊の一族なんじゃないかってことを、あいつらは予想したんだ」
「……つまり……オレ達の中に、裏切り者が居る……と、思ったんだろう」
クロウが付け加えてくれた事で、ようやく疑問が氷解する。
そうか。そういうことか。
ビジ族が気が付いたのが「熊族のニオイ」だとすると、長は頻繁に二角神熊族の誰かと密会していた事になる。それが繰り返されるたび長がおかしくなっていった……つまり、若いビジ族達にこんな酷い事をさせるようになってしまった……と、なれば、誰かに何かを吹きこまれた可能性も有る。
つまり、武神獣王国・アルクーダを治める“二角神熊族”の内の誰かが、約束事を故意に破ってビジ族の長を唆し、メイガナーダの一族を壊滅させようとした……とも考えられる事態になってしまったのだ。
……そりゃ、カウルノスが慌てるワケだよな。
仮にクラウディアの事とは別件だとしても大事件だ。数十年平和だった約束を故意に破ったヤツが内部に居るなんて、そんなの傾国の始まりになりかねない。
メイガナーダを潰そうとしたところからして、かなりの殺意だ。
重大問題として取り上げられて当然だ。これがもし成功していたら、今の比じゃないくらいの大事件になってただろうし……そりゃ急いで連絡もするだろう。
――――そこまで考えて、俺は嫌な事を思い出してしまった。
「なあ、ブラック、クロウ……ドービエル爺ちゃんの第三の奥さん……エスレーンさんが【占術】で出してきた結果って……色んな人に操られる奴隷だったよな……」
そう。
俺達がここに来る前に聞いた「占いの結果」は、
『支配者の札の下に奴隷の札。……普通は勝利の予兆だが、何故か違う感じ』――という、意味深なモノだった。
その場にいた者達で「裏切り者が居るのでは」という見解になっていたが、アレが本当にそういう解釈で正解だったとすれば……今回の事を言い当てていた事になるんじゃないだろうか。
誰か……仲間の内の誰かが、メイガナーダ領地を壊滅させようとした。
あの【占術】の結果は、唆されたビジ族を視たものだったのかもしれない。
でも……一体誰が何のために。
黒い犬のクラウディアが関わっていないのだとしたら、何故そんなことをしたのか。
全く分からないし、タイミングが悪すぎる。……いや、ドサクサに紛れようとしたのかも知れない……それだとかなり悪質だけど。
ともかく、由々しき事態だ。
占い通りの展開になっているぞこれは。
……しかし、俺が占いを思い出し鳥肌を立てるのとは裏腹に、ブラックはエスレーンさんの戦術に対してまだ何か不満があるみたいで。
「確かに、あの占いとは奇妙な一致がある。だけど……そんな風に決めつけるのは早計なんじゃないかと僕は思うけどね」
「というと?」
「仮にあの占いが珍しく当たるモノだとしても、自分達で解釈する部分が大きすぎるよ。まあ、それが占いってモンではあるけど……」
なるほど、確かに今のは俺が結び付けてしまっただけで、本当にそういう事を予言してたかってのは謎だよな。
もしかしたら、まだ何か別に符合する物事が現れるのかも知れない。
ブラックの言葉に納得するが、今度はクロウが疑問を含む声を挟んできた。
「だが、ビジ族の長に簡単に話し掛けられる種族など、オレ達の一族以外に居るとは考えられない。だとすれば、占いも的中したのではないか。正しく裏切り者、だ」
「何か、すんなり信じるなぁ。お前らはそんな事をする奴に心当たりがあるのか?」
今度はクロウに不信感を向けるブラック。
だが、その視線に負けることなく、クロウは問いかけられた言葉に頷いた。
「……恥ずかしい事だが、メイガナーダは見下されているのと同時に、他の領地には煙たがられている。……理由は色々あるが……最近の最も強い理由は、他の一族を差し置いて、メイガナーダから王妃が選ばれた事だ。そのせいで、選ばれなかった他の領地から不満が出ている。……二角神熊族とて、一枚岩ではないのだ」
なるほど……嫉妬されてたんだな。
だとしたら、逆恨みでこんな事をする人が居るかもってのは頷けるが……。
「じゃあ、その逆恨みしてる人がタイミング……いや、絶好の機会だと思って今、ビジ族を操ってメイガナーダを壊滅させようとしたって事か……。でも、そんなことをして得をする人っているの……? だって、今のメイガナーダはクロウも追放しちゃって、国の中では依然と変わらない扱いを受けてるんだろ?」
「ウム……そこが、謎なのだ。どうして今、困窮したメイガナーダを襲うのか……その理由が判然としない。そこが判れば、黒い犬と関係が有るのかどうかもハッキリすると思うんだが……」
そうクロウが言いつつ腕を組んで、数秒。
考え込んだせいで沈黙した俺達三人の後ろから、思っても見ない声が聞こえた。
「まあまあ、答えの出ない問答を続けるより、今は現実を見ましょうよ」
何度も聞いた青年の声に振り向くと――――
そこには、ナルラトさんが立っていた。
「ナルラトさん! どうしたんですか」
振り返って思わず問うと、相手はニッと笑って軽く肩を竦めてみせた。
「いや、王都に報告を届ける前に……お三方にも情報をと思いましてね。まあ、ビジ族の動きに関する話じゃなくて、いま明確に暗躍している【黒い犬のクラウディア】に関することなんですけど」
「……! なにか新しい事がわかったの?!」
思わず情報に飛びついた俺に、ナルラトさんは苦笑して手をヒラヒラさせた。
「まあ、そんなに衝撃的な内容じゃあないけどな。……でも、遊撃できる旦那方には知っておいて欲しい情報なんでね」
「……いいだろう。話してさっさと帰れ」
「ブラック!」
折角話してくれるってのに、なんという言い草だ。
しかしナルラトさんは「いつものこと」だと思っているのか、笑いながら頷いた。
「じゃあ、ここでちょっと“休憩”させて貰いましょうかね」
あくまでも世間話程度ですが……などと前置きをしつつ、ナルラトさんは俺達三人を見渡して、己の膝に手を置く。
マントのフードを被ったままで胡坐をかいたその姿は、なんだか怪しい取引を始めようとする商人のようだった。
→
※あけましておめでとうございます!
今年も異世界日帰り漫遊記を楽しく更新してまいりますので
一緒に楽しんで、応援して頂けるとうれしいです!(*´ω`*)
みなさんの今年一年が良い年になりますように!
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