異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

17.名乗る家の名も今は無く

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 ビジ族。
 それは、同じ獣人族の屈強な男達ですら恐れる種族の名前だ。

 凶暴で獰猛。そのうえ食欲旺盛な獣人で、時には他種族の墓を暴いて死肉すらも平気で喰らうという恐ろしい特徴を持ち、墓を立てて死者を弔うタイプの獣人達からは、蛇蝎の如く忌み嫌われているという。

 クロウ達の話によると、モンスターの凶暴性を最も濃く受け継いでいるのだとか。

 それゆえ、彼らは奪う殺す食うを三大原則として行動し、水を飲むより血を飲んで渇きを癒すことを好む。要するに、弱肉強食の獣人大陸の中でもとびきりヤバい種族ということなのである。

 だけど、彼らの特徴はそれだけではない。
 彼らは全員【超身体能力】と【狂戦士】という特殊技能――ディェルを持っていて、血に飢えれば【狂戦士】で手のつけられない怪物となり、肉を喰らえば【超身体能力】で力を蓄え、長期間飲まず食わずでも驚異的な力を発揮するのだ!

 ……いや本当になんなんだそのデタラメな生態は。

 と、ともかく、ヤツらは周囲の人族にドンビキされるほどヤバい奴らなのである。

 俺としてはいつまでも「狡猾獰猛で敵のキンタマを引き千切るのすら平気でヤる」と言う一点が怖すぎて、そこばっかり考えてしまい別の恐怖を覚えているのだが。

「何故ヤツらが……この前戦闘訓練でたっぷり肉をくれてやったばかりじゃないか! それに、滅多に風葬の荒野を離れない奴らがどうしてこんな辺境に……!」
「と、とにかくお戻りください! 見張り番のものから報告が来ておりますので!」
「ム……わ、わかった」

 話を聞いていたデハイアさんが、不意に俺達の方を振り返る。
 どうしたのだろうかと思っていると、一瞬考えるようなそぶりを見せた後、手を上げ「こっちへ来い」というジェスチャーを見せた。

「今は子猫の手でも借りたい。お前達にも話を聞いて貰うぞ」

 有無を言わさず協力させる気らしいが、このまま街が戦渦に巻き込まれたら、任務どころじゃない。俺はブラックとクロウと顔を見合わせて頷くと、デハイアさん達と一緒に地下から出て迎賓館を兼ねた館の方へと戻った。

 執務室へ戻るのかと思っていたら、デハイアさんはそのまま外へ出て俺達を庭の隅の方へと誘導する。どこへ行くのかと思ったら、庭園とは反対の方向にひっそりと物見櫓のようなものが建てられていた。

 やぐらか……婆ちゃんが居る田舎の集落に、鉄塔みたいに木で組まれた見張り台があったけど、あれを櫓ってんだよな。ここのは、やっぱり石材を組んで作られた展望台のようなものに近い。

 三階ほどの高さに一つスペースが有って、それより更に上がると、館の屋根に登ることが出来るみたいだ。ちょっと特殊な造りだ。
 でもまあ、はしごじゃなくて階段なのはありがたい。

 デハイアさんと老執事さんに続き、俺達はヒイコラ言いながら見張り台に上がった。
 ……いや、ヒイコラ言ってたのは俺だけなんだけど、まあ、それは置いといて。

「…………この距離では、まだ見えんな」
「まず、この者のお話をお聞きください」

 老執事さんがそう言うが、この見張り台に「この者」なんて言えるような他人の姿は無かったはずなのだが。俺達が来た時も誰も居なかったし。
 どこにいるんだろう、と、思って不意に横を向いた瞬間。

「ぎゃあっ!! ななななななな」
「お、おいおいおいそんなに驚くなよ! 俺は何もしてねえだろ!?」

 い、いや、だって、クロウがいる方を見て、そのクロウのちょっと先にいないはずの姿を見つけたら誰だって驚くでしょ!?
 今まで俺達以外に誰も居なかったのに、そ、そこに……そこに、別行動をしているはずのナルラトさんが居たら、誰だって変な声あげちゃうよ!

「だっ、だっ、だっモガ」
「ツカサ君しーっ。今は落ち着こう。どうどう」

 ブラックに口を抑えつけられて引き寄せられてしまった。
 ぐうう、やめろ身動きが出来ん。

「……お前は誰だ。伝令役に弱者のネズミを雇った覚えはないぞ」
「お初にお目にかかります。私はナルラト……ドービエル・アーカディア陛下にお仕えする“根無し草”です」

 膝をついて恭しく礼をするナルラトさんに、デハイアさんは片眉を上げる。

「なに……あの“根無し草の鼠人族”だと? お前達は確か、いつぞやの戦で俺らに根絶やしにされた猿どもの手下だったはずでは……」
「紆余曲折ありまして、陛下に雇って頂いております。……陛下の恩に恥じるような事は一切しておりませんので、ご安心ください」

 ――恥じるようなこと、というのは、暗殺や裏での汚い仕事を言っているのだろう。
 武人たる獣人達の世界では、闇討ち暗殺毒殺ってのは恥じる行為で、正々堂々と拳を合わせて殺し合うのが立派で、その戦いで負けて食われるのは名誉な事だし、相手も敬意をもって接するらしいからな。

 まあともかく、暗殺部隊ってのが忌み嫌われる風土ってことだ。

 そんな職業を生業として暮らしてきた“根無し草”の鼠人族の噂は、どんな獣人も知っている事らしく、デハイアさんも例外ではない。

 けど……猿どもの手下だったって、どういうことなんだろう。
 そういえば俺は、ナルラトさんとラトテップさんの兄弟がどうして人族の大陸にいたのかって話を詳しく聞いてなかったけど……い、いや、今はそのことを考えてる場合じゃないよな。

 ともかく、今の言葉でデハイアさんはひとまずナルラトさんを信用したみたいだ。
 まあみだりに王様の名前を使うわきゃないしな。そんなことして嘘だと分かったら、誰だろうが極刑は免れないだろうし。

「では、その根無し草が何故伝令役などやっている。こんな辺境に構うよりも、やる事があるのではないか」

 イヤミな言い方だなぁ。そんなに自分の領地を卑下しなくても良いのに……。
 でもまあ周囲の扱い方がヒドいから、そう思っても仕方ないか。

 デハイアさんの言葉に、ナルラトさんは頭を下げる。

「お察しの通り、私の本来の役目は別にあります。しかし、メイガナーダ領の一大事を察知したゆえ、陛下のご判断によりこちらに馳せ参じたのです」
「陛下の……」

 何だかんだで、ドービエル爺ちゃんの話となるとデハイアさんも弱いらしい。
 ホントに周囲の人に好かれてるんだなあ、爺ちゃん……。

「手短に申します。さきほど執事の方に伝えて頂きましたが、ビジ族の部隊がこの領都【アクサベルデ】へと向かって来ています。まだ一刻ほどの猶予が有りますが、彼らの“飢え”の度合いによっては、その時刻も大幅に削られるかもしれません。ですので、一刻も早い戦のご準備を……」
「一刻……だが待て、お前はどうしてそれを知った。別の役目とはなんだ?」

 そうだよな。本来なら、ナルラトさんは、目下の敵である【黒い犬のクラウディア】が操っている“嵐天角狼族”の動向を探っているはずだ。
 彼らは何らかの目的で手を組み、群れを動かしている。それを探るのが目的だったはずなのに、どうして今はビジ族の動きを伝えに来ているのか。

 そんな俺達の疑問を読み取ったのか、ナルラトさんは俺にチラリと視線を向けると、再びデハイアさんに視線を戻して真剣な声で答えた。

「詳しい話は全てが終わってからお話しますが、私の役目が終わったと同時に、ビジ族が動き出したのを目撃したからです。それまでの役目は、既に陛下にはご報告申し上げております。その足ですぐにこちらへ向かうように命じられました」
「そうか、陛下が……」

 既に、役目が終わった?
 ってことは、ナルラトさんは“嵐天角狼族”の追跡を終えたって事なのか。彼らは今、どこかに駐屯している最中なのだろうか。

 …………なんだか、嫌な予感がする。

「私も微力ながら力添えするように仰せつかっております。斥候を得意としておりますので、何なりとお申し付けください」
「……では、敵の数を正確に把握して来てくれ。ビジ族は訓練で何度か手合わせしているが、大挙して押し寄せてこられたら俺達でも命が危うい。……この領都には、まだ成人していない子もいるのだ。何としてでも侵入は防がねばならん」
「はっ、それでは早速行ってまいります」

 いつものざっくばらんな方言の口調とは違う、ハキハキした声。
 今が本当に「仕事中」なのだなと感じるほどの緊迫感のある様子に、俺はただただナルラトさんが再び出て行くのを見送るしかなかった。

 一言声を掛けたかったけど……そんな場合じゃないよな。

 それにしても、この不毛の地の領都にも子供がいるんだ。だったら、尚更この街に敵の侵入を許しちゃいけないよな。
 だけど……王都みたいに高い壁で囲まれていないこの街じゃ、四方八方に兵士を配置したら危ないかも知れない。なんたって、敵は凶暴な獣なのだ。
 いくら強い熊の一族でも、一人に数人でかかられたら絶対にヤバい。だって、相手は敵のキンタマを引き千切るのをいとわないイカレ具合なんだぞ。

 しかも、俺達は未だに“獣の姿”のビジ族しか見てないし……アレで獣人化したら、どれほど強敵になるのか見当もつかない。
 例えたったの十人程度のビジ族だったとしても、絶対に油断できないだろう。

 そんなモノを相手に、この防衛に適さない街を守れるのだろうか。

「……デハイアさん、俺達に何か出来る事はありますか」

 そう問いかけると、相手は険しい顔をして何かを言おうと口を開いた、が……思いとどまったのか、何も発さずに難しい顔をして口を閉じる。
 そうして数秒黙った後、絞り出すような声で俺の質問に答えた。

「…………ツカサよ、ひとときでも俺の妹であった……いや既に妹であるお前には、危ない真似などさせられん。だが、メスの妹であっても時には戦わねばならぬのが、武人たる立派な獣人というものだ」

 聞いた俺の気が狂いそうな事を言いながら、デハイアさんは俺をじっと見つめ……そして、嫌そうに眉根を歪めながらブラックと……クロウを見た。

「さきほどの曜気の光……もしお前が、我が愛しのスーリアのようにその力を使う事が出来るのであれば、その力を持ってこの地を守って見せろ」
「……!」

 クロウの少し元気が無さそうだった熊耳が、ピンと立つ。
 少し目を見開いた甥に、デハイアさんは目を細めて続けた。

「……お前を許したわけではない。だが、もしお前が“最後の機会”を無駄にすることが無いほどに武人として成長したのであれば……そのことだけは、認めてやる」

 その苦渋の決断をしたような言葉に、クロウは改めて背筋を伸ばして――その場で膝をつき、深々と頭を垂れた。

「承知しました。……このクロウクルワッハ……今度こそ、逃げることなくこの故郷の地を守り抜きます」

 何故、ここで名前だけでなく「メイガナーダ」と名乗らないのか。
 その遠慮か罪の意識かわからない、自分が追放された身である事を認めるような名乗りに、デハイアさんは忌々しげに顔を歪めて鼻を鳴らした。

「…………やれるものならやってみるがいい。腰抜けのはぐれもの」

 やはり、決して許していないという意思が感じられる貶すような言葉。
 腹の中がカッと熱くなるような憤りが湧いたが……デハイアさんがどれだけ妹の事を溺愛していたか理解してしまった今は、何も言えなかった。

「……あいつの報告を待ってから、作戦を立てよう。ツカサ君、もしかしたらまた色々と手伝って貰う事になりそうだけど、大丈夫?」

 場の空気を換えるように、嫌々ながらと言った様子でブラックが言う。
 その言葉の意味は、恐らく俺が再び曜気を与える役になるかもしれないということだろう。疲れていないかと気を使ってくれてるんだな。

 でも、不思議とさっき曜気を渡す行為は疲れなかったし……まだまだやれる。

「大丈夫。俺も、出来る限りの事をやるから」

 クロウのことを手助けしたいのは勿論だけど、もしビジ族が本当にこちらに強襲を掛けて来たのであれば、街を守ってやりたい。
 子供や、ここに住んでいるというメイガナーダの一族が傷付けられるのなんて見たくないし……なによりここは、クロウとスーリアさんの故郷なんだ。

 故郷がめちゃくちゃにされるつらさを、味わわせたくなんて無いからな。

「……ツカサ……」
「わぷっ」

 後ろから抱き締められたが、たぶんこれはクロウだ。
 どうして急に抱き着いて来たのかは、俺には分からなかったけど。

「クロウ、俺もブラックもお前と一緒に頑張るからな」
「ケッ」
「…………」

 抱き締めて来た逞しい褐色の腕をポンポンと叩くと、クロウが背後で頷いたような気配がした。……とりあえずブラック、お前は一々憎まれ口を叩くのをやめなさい。
 でもなんだかんだ協力してくれるんだから、やっぱブラックもクロウに甘いよな!










※ちょっと遅れちゃいました:(;゙゚'ω゚'):スミマセ…

 
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