異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

  忌避

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 “あのクラウディアという謎の娘”がツカサの体に溶けて消えた時から、ずっと考えていたことがある。

 それは、うすうす勘付いていた“クラウディアという娘”の正体でも、あの“黒い犬のクラウディア”の正体でも無い。そんなものにハナから興味など無く、ブラックの心の中の大部分を占めているのは「ツカサを容易く操れたあの娘の力」への謎だった。

 ――無論、その力を持つ娘自身にも興味はない。
 特殊な存在たるツカサを労せず操った、という部分が純粋に気になったのだ。

(薬でも、あんな風には操れない。術ならもっと不可解だ。……金色の膜……大地の気を用いたような、謎の膜を纏わせる“操り方”なんて……聞いた事も無い)

 そもそも、彼女は自分が行った事を自覚し、それを「自分のディェル(特殊技能)だ」とハッキリ名言していたのだ。自分の力が未熟で、ツカサを操ってしまった、と。
 ブラックは今まで半信半疑だったので、そのクラウディアの【ディェル】……彼女が【魂呼び】と言う能力を、信じてはいなかったのだが……。

(この【緑化曜気充填装置】の内部にある謎の機構が、砂狐族の能力に深く関係するものだとするなら……あの【魂呼び】という能力も本物だと思うしかない)

 さきほどは言わなかったが、この装置の“謎の機構”には【黒籠石】が使われている。人族の大陸で産出される、強力だが危険な鉱石だ。
 加工すれば曜気や大地の気を取り込み蓄える性質を持つこの鉱石は、ブラックの外套を止める装飾品にも取り付けられ、金の曜気と炎の曜気を今も蓄えている。

 高度な曜術を使用する曜術師にとって、この【黒籠石】は危険ではあるがなくてはならない鉱石だった。それゆえ、金の曜術で内部を探った時に、この鉱石を加工した「何かを貯蔵する部分」をすぐに発見したのである。

 だが、その【黒籠石】は、何の曜気も蓄えていなかったのだ。
 それゆえ、未知の部分だとブラックは説明したのだが。

(金の曜術師は、曜具として加工した金属であれば、内部に何の曜気を蓄えているのかある程度の予測はできる。……あくまで、金属が蓄えた曜気に対して反応している感覚で把握する間接的なものだけど……アレには、その反応が無くて、何だか妙な感覚だったんだよな)

 だから、ブラックは未知の力を溜めるものだと断定したのだ。
 それを後押ししたのは、間違いなくあのクラウディアという娘……恐らくは砂狐族の姫であろう彼女が引き起こした【魂呼び】の能力。

 ツカサに触れた時、膨大な曜気の光の向こうで微かに似たような“なにか”を感じたような気がしたから。

(…………だから、今からツカサ君を【支配】して……今のツカサ君じゃ到底できないだろう『体内の異物を強制的に出す』ってのを、やろうとしてるんだけど……)

 そう思い、ちらりと目の前のあどけない少年を見る。
 彼は獣人の国の姫君が着るような露出度の高い服を身にまとい、オスを扇情的に誘いつつも無垢な表情で緊張して自分を見ていた。
 座ったことで、男にしては肉感的なむっちりとした太腿が丸見えだ。

 だが、そのいやらしさとは裏腹に彼は全く自分の色気を自覚していない。
 幼さが色濃く残る顔つきは、上目遣いに加えてきゅっと引き締められた小さな唇のせいで、より少年らしさが強調されていた。
 ……真剣にこちらを見つめているせいで、その相反する色気と生真面目さが欲望を刺激し、ブラックは思わず生唾を飲み込みそうになったが――――堪える。

 今は、一刻も早くこの装置を動かせる状態にして事の解決を図らねば。

(そうでもしなきゃ、ツカサ君とゆっくりセックスも出来やしない)

 全てが終わったら、ツカサにいやらしい服を着て貰って存分にセックスしよう。
 そう強く思い自分を奮い立たせ、ブラックはツカサの顔をじっと見つめた。

「う……は、早くやってくれよ……」

 ブラックが見つめると、ツカサは視線をちらちらと外して困ったように眉根を寄せる。頬がほんのり赤く染まっているその拗ねたような表情が、とても愛しい。
 ブラックにジッと見つめ続けられただけで、ツカサは照れるのだ。こんな風に自分を……いや、自分だけを恋情で意識して戸惑ってしまう姿が、可愛くて堪らない。

 今すぐ抱き締めたかったが、理性で己を制御してブラックは小さく頷いた。

「じゃあ、やるよ」
「お、おう」

 両肩を優しく掴むブラックの瞳に、ツカサがおずおずと目を合わせる。
 ――――濃密な琥珀のような、優しく温かい色の瞳。

 その瞳にぼんやりと映る自分の影を見てブラックは疼く感覚を感じつつ、ツカサに囁くように――禁忌の言葉を口にした。

「ブラック・バイオレットの名に於いて命ずる……――――」

 【支配】しようとする意志を籠めて、低く、零す。
 その刹那、ツカサが目を見開いてガクンと体から力を抜いた。倒れそうになるその小さな体を支えていると、やがて彼の体に薄らと紫の光が灯り――目を、開いた。

「…………」
「なんだ、それは……こいつの目はそんな色じゃ無かったはずだ!」

 少し離れた場所で見ていた面倒臭い髭熊男が怒鳴るように言う。
 だが耳を貸している暇がない。そんなブラックの態度に反して、熊公が説明した。

「あ……特殊な、能力で……一時的に、酔ったような状態にしています。この男だけが使える特殊な術なので、どうか今は静観して頂ければと……。ツカサに危ない事をするなんて、絶対にありえませんので」

 身内であるその男に怯え心を掻き乱されているというのに、それでも王族の礼儀が染みついているのか、いつもの無口な駄熊ではなく饒舌な説明役になる。
 無駄にしみついたその卑屈な態度が一層ブラックを苛つかせるのだが、そんな声を聴いているだけ無駄かと思い直し、再びツカサに意識を向けた。

「……ツカサ君」
「――――……はい」

 耳をくすぐる愛しい声。
 だが、その声は今、無機質で味気ないものになっている。

 見つめるその瞳の色は……――己の罪を示すような紫に染まっていた。

(……いつ見ても、嫌な気分になる)

 自分が愛する存在を上書きするかのような、感情のない声音。
 ツカサがブラックを受け入れ愛してくれているといつも感じているからこそ、こんな姿の彼を見るのは気分が悪かった。

 こんな、自分を空っぽの瞳で見つめているツカサは、ツカサではない。
 彼が肉塊になろうと愛する気持ちは変わらないが、彼の心がこのように無になり、己を愛してくれたあの笑顔が二度と見られないとなれば……――。

(…………いや、こんなこと考えてるヒマはないな……)

 ツカサが【支配】された姿を見ると、いつも暗澹たる考えに支配されてしまう。
 ブラックは軽く首を振ると、ツカサの片頬に手を添えて優しく命じた。

「お前の体内に眠っている魂を呼べ」
「……その魂の名を、示して下さい。名がない者は呼ぶ事が出来ません」
「クラウディア。……クラウディア・グリフィナスだ」
「なに……っ!?」

 その名前に、何故か髭熊男が反応する。
 だがそんな外野の動きもツカサは認識できないのか、ただブラックの事を心酔するようにジッと見つめて、穏やかに目を細めた。

 ――――ツカサが絶対にしない、感情の欠片も見せない人形のような笑みで。

「かしこまりました」

 紫に染まる瞳を瞼に隠し、ツカサは軽く俯く。
 刹那、体が金色の光に包まれたかと思うと、彼はゆっくりと立ち上がった。

「……――――彼女の姿を、黒曜の使者の能力で具現化します」

 ツカサの気取らない少年らしい立ち姿とは違う、あからさまにメスを意識したような両足を閉じた立ち方。その姿であればそれが正解だろうが、平素の彼とは何もかも違う、まるで“あらかじめ教え込まれたような姿”に、酷く腹が立つ。

 だが、ブラックがそんな思いを抱いている間に、それを知らないツカサは目の前に、あの少女の姿を簡単に形作っていた。

(……本当に、胸糞悪くなる。なんでもアリの能力はどっちだよ。そのくせ、ツカサ君には何も教えずに、自由に使わせもしないで、こんな【支配】された時にだけ軽々と力を使わせるなんて…………)

 本来なら、ツカサ自身でも出来たのだろう芸当。
 だが、彼はこんなことは知らない。きっと、使うための手順すら知らないのだろう。

 その事実が、ブラックの“支配嫌い”を加速させていた。

『……ん……あれ……ここは……』
「ッ……」

 背後で、熊男二人が言葉を失くしているのが分かる。
 さらに冷めた気持ちになったが、ブラックは折角出てきた幼い少女を怯えさせるのは悪手だと考え、出来るだけ穏やかに笑って彼女の前で膝をついた。

 クラウディアは、ブラックの笑顔が偽物だと既に気付いている。
 だが、それでもこちらの我慢を読み取り平等に接する事が出来る聡い少女だ。

 彼女に好感を抱く事はないが、しかし彼女であれば快く協力してくれるだろう。

 ブラックがそんな期待を込めて見ると、金色の光に包まれたクラウディアは、小さな手で目を擦りながらも、こちらに気付いてふわりと微笑んでくれた。

『あ……おじちゃん。また会えたね!』

 ツカサが居たら、恐らく大興奮していただろう。
 だが今の彼は紫の光を帯びた瞳で、ただクラウディアを見下ろしている。その事実が嫌で、ブラックはクラウディアに先にツカサの状態を話す事にした。

「ツカサ君に頼んで、キミを起こして貰ったんだ。力を使って疲れているのに、ごめんね。でも、どうしても聞きたいことがあって」
『……おにいちゃん……。おにいちゃんの心、眠ってるんだね……』
「わかるのかい」

 問うような呟きに、クラウディアは少し悲しそうに頷いた。

『……おにいちゃん、あったかいの。でも、今のおにいちゃんは……からっぽ。わたしが【魂呼び】した時より、からっぽなの』
「そう。ツカサ君が、君に会うために協力してくれたんだ。すぐ戻って来るから心配しないで。……早速だけど……聞きたい事が有るんだ。いいかな」
『う、うん。何でも聞いて、おじちゃん』

 早く済めばツカサが早く返って来る事に気付いたのか、クラウディアは何度も頷く。その砂狐族特有の砂色の耳が勢いよく揺れるのを見ながら、ブラックは続けた。

「……クラウディアちゃん、僕達はこの装置を動かしたいんだけど……どうやら、君達砂狐族の力が必要らしいんだ。動力に成るようなものを知らないかな」

 問うと、彼女は既に答えを知っていたのか、明るい顔で目を丸くした。

『あっ、知ってる! わたし知ってるよ! あのね、このキカイはよーぐって言ってね、街やお城のお花や木を守ってくれてるの。……あ……守って、くれてたの。……それで…………それでね、いつもおかあさまと、アモウラさんが力をあげてたのよ』

 アモウラ。調べた中では出て来なかった名前だ。
 しかし今はその名前を記憶するだけに留めて、ブラックは微笑んだ。

「土の曜気と……あと、君達のディェルかな」
『そうなの! あ……でも、おかあさまがいないから……えっと……このキカイが、力を失くしちゃってるの……?』
「うん。……出来たら、他に方法が無いかなと思って。……今、このキカイは……この館がある街を緑で守ってくれてるんだ。どうにかして復活させたいんだよ」

 優しく問うが、実質やっていることは少女に揺さぶりをかけているに過ぎない。
 だが、この際手段は選んでいられなかった。

 その揺さぶりが、この少女の魂を危険に曝すことになろうとも。

『そうなの…………わたしなら、今なら、たぶん……出来ると、思う。おにいちゃんに、わたしの力を分けてあげれば……おにいちゃんなら【魂呼び】を、使えるようになると思うの。だから、それで……』
「なんだって? ツカサ君が獣人の特殊能力を?」

 聞き捨てならない話だ。
 思わず顔を歪めてしまったが、クラウディアは動じずに軽く首を縦に振ってみせた。

『おにいちゃんの中に居て分かったの。おにいちゃんは、ベーマス様みたいな人だよ。守ってくれて、抱きしめてくれて……だから、わたしのディエルも使えるの。わたしもね、使って欲しいって思うの。おにいちゃんの中にいる人、みんなそう思ってるよ』
「…………?」

 子供特有の理解しがたい言い回しと欠落が、彼女の言いたい事を妨害する。
 だが、ツカサに対して好意的であるからこそ能力を譲渡したいと思っているというのは、辛うじて読み取れた。

『でもね、おにいちゃんはきっと奪いたくないの。だから、みんなそのまま……でもね、わたしはおにいちゃんの中でいっぱい休んだから、少しくらい大丈夫だよ』

 彼女はツカサの方へ向き直り、某立ちしている彼を見上げる。
 人形のように無言で待機しているその手をぎゅっと握り、クラウディアは笑った。

『えへへ……ちゃんと、お礼するね。おにいちゃんが、のディェルを使ってくれるなら、みんなが喜んでくれるから。きっと、わたしもそう思うから』
「クラウディアちゃん」

 小さく柔らかな手でツカサの手を掴む少女の名を呼ぶ。
 すると彼女は軽くこちらを振り返って頷いた。

『わたしが知ってること、またおにいちゃんに伝えるから。……だから……』

 何かを言いかけて、首を振る。
 他に言いたい事が有るのかと問いかけようとしたが、クラウディアはそれ以上の事を話さず、またツカサに向き直ってしまった。

 途端、その体が強く光り出す。

「また、消えるのか……」

 髭熊男の呆けた言葉を肯定するように、発光した少女の体が更に薄くなる。
 元々幽霊然とした姿だったが、その空気に溶けるような透け方は消えてしまうかのような不安を抱かせる様相になっていた。

 柄にもなく不安になる男三人に気付いたのか、少女は今日初めてであった熊の男に対して笑いかけ、大丈夫だと示して見せる。

『おにいちゃんの中に、また戻らせてもらうだけ。……わたしね、まだ……あともう少しだけ、おにいちゃんと一緒にいたいの。おにいちゃんたちはきっとまた、出会うことになると思うから。それが……最後だって、思うから』
「クラウディアちゃん、それはどういう……」
『……おじちゃん。どうか……アクティーのことを忘れないで……』
「……?!」

 何故いま、その名前が出るのか。
 目を見開いて硬直したブラックの前で、クラウディアは強く光り――――幻のように消えてしまった。まるで、そこには初めから何も無かったかのように。

「…………クラウディア・グリフィナスの魂が憑依したのを確認しました」

 棒立ちだったツカサが、紫色の瞳で勝手に口を開く。
 今まで可憐な少女に見つめられていたというのに、何の感情も無い顔だった。

「……僕のご機嫌とりのための確認か? やめてほしいね」

 顔も、体も、声も、ツカサそのものだ。心以外は何も変わることが無い。
 それなのに、何故こうも吐き気を催すような嫌悪感が湧くのか。

 思わず返した心無い返答に、ツカサは薄く微笑んだ。

「申し訳ございませんでした」
「もういい、支配を解除する……!」

 苛ついても仕方がないことだ。けれど、この状態のツカサに対して、自分は普段の彼に対するような態度を取れない。
 自分でも大人げないと思うほど、支配で現れた“ツカサではないなにか”がツカサの全てを上書きしているような感覚に耐え切れなかったのだ。

「承知しました」
「ッ……!」

 ブラックが宣言した瞬間、ツカサの目が閉じガクンと体が弛緩する。
 そのまま倒れそうになった体を抱きとめると、数秒してツカサの瞼が動いた。

「ん…………」

 睫毛が震え、ゆっくりと瞳が現れる。
 その瞳は――――無意識に待ち焦がれていた、濃密な琥珀色の瞳だった。

「ぁ……ブラ……っ、ク……終わった……?」

 何も聞かずに、ただ自分に身を委ねてくれた彼。
 意識が飛べば、何をされるか分からない。その恐怖が常に付きまとっているだろうに、それでも恋人であるブラックを疑いもせず信頼してくれている。

 こんな男を「優しい」と、その表情で分かるくらいに買い被ってくれるのだ。

「…………ツカサくん……」

 泣きたくなって、その軽くて小さな体を抱き締める。
 ツカサは突然抱き締められたことに戸惑ったようだったが、やがて何か察してくれたのか、おずおずとブラックの背に手を回してくれた。

「ん……大丈夫だから……」

 情けない、大きいだけの背を、優しい手がゆっくり叩いてくれる。
 子供を寝かしつける時の母親のように、痛さを感じないよう加減して。

 こんなことで不安になる自分が、恥ずかしい。

 そうは思うが、ツカサがこうして己の情けない心を慰めてくれることが嬉しくて、それまでの苛立ちや不安を掻き消してくれるようで、ブラックは暫しの間ツカサを抱き締めていた。










※もう朝方……めちゃ遅れてすみません…
 疲れて寝てました_| ̄|○

 
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