異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

  薬草庭園の姫君2

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「クロウクルワッハ坊ちゃまのお母様であるスーリア様は、メイガナーダ一族の本家にお生まれになりました。……この、不毛を土地に」

 老執事さんは、俺と一緒に腰を屈めて植物を見つつ、寂しそうに目を細める。

 懐かしさだけではないその表情に思わず口を引き締めると、相手は俺がどう思っているのか気付いたのか、弱々しい笑みで頬を掻いた。

「これは失礼を……。いえ、悲しんでいるのではないのです。ただ、デハイア様と坊ちゃまの関係を思うと……わたくし達には何も出来ないということがスーリア様に申し訳なくて……大事なお客様の前でこんな顔をしてしまうのは執事として恥ずべきことなのですがね……」
「あ、いえ、気にしないで下さい! 聞かせて欲しいって言ったのは俺ですし……俺の方こそ執事さんに無理を言ってしまってすみません」

 そういえば……この執事さんは、クロウを「坊ちゃま」と呼ぶほどココで長く働いてる人なんだろうし、そんな人からすれば今の状況は憂いの種だよな。

 だとしたら、不仲の原因に最も近いであろうスーリアさんの話題を振ったのは、幾ら不仲解決のためとはいえ、老執事さんを傷付けてしまったのではないだろうか。
 今更になって後悔して謝ったが、けれど相手はフッと笑うように息を漏らすと、俺の手を優しく取ってぽんぽんと軽く叩いた。

「お気になさらないでください。ツカサ様に、スーリア様のお話をさせて頂けることは、わたくし達にとってとても嬉しい事なのです。坊ちゃまが心から気を許せるお嬢様を連れて、この地へ帰って来て下さった……それは、わたくし達にとって本来ならば、諸手を上げて喜ぶべきことなのですから」
「……はい……」

 メスの男は数が極端に少ないせいなのか、大体が女性と同じように言われる。
 なので、俺がお嬢様と呼ばれた事は当たり前の事で、一々反応する事ではないのだ。抑えろ俺。……そんなことより、他に考える事が有る。

 自分の男心を必死に抑え込みつつ、俺は今の言葉を考える。
 どうやら、侍従さん達は本心ではクロウの帰省をとても喜んでいるらしい。だけど、昨日着替えさせられながらカウルノスから聞いた話では、クロウが帰って来た時の館の空気は重苦しい物だったらしい。

 ……十中八九、デハイアさんのせいだろうな……。

 そんな俺の予想を察してか、執事さんは再び悲しそうに眉を下げた。

「どうか、デハイア様……領主をお許しください。領主は、スーリア様を愛するが故に、甥である坊ちゃまを厳しく見過ぎておられるのです。ですが、それが間違いである事は、きっと領主も分かっておられるはず……」
「……あの……戦竜殿下が話して下さったのですが、デハイアさんはスーリアさんが命を落としたのは、クロウのせいだと思いこんでるって……」
「なんと、戦竜殿下が……! ああ、殿下も坊ちゃまをお許し下さったのですね……ツカサ様にそうお話になるということは、きっと殿下も坊ちゃまと領主が再び手を取り合う事を望んでおられるに違いない。……であれば、どうか、どうかこの老骨の昔話を聞いて下さいませ、ツカサさま。坊ちゃまの思い人である貴方様に、聞いておいて頂きたいことなのです」

 カウルノスの言葉はどうやら物凄く他の獣人達には重いものみたいだ。
 ま、まあ……あの人一応は王族の最上位にいる人だし……そもそも、ドービエル爺ちゃんの次に強いってのは確かだしな。

 けど、その威光のおかげで執事さんが話しやすくなったのだ。
 怒りんぼ殿下だけど、そこは感謝しておこう。

 そう思いつつ、俺は執事さんが語る話をじっと聞く事にした。



 ――――――……彼の話をまとめると、こういうことらしい。

 メイガナーダ一族……つまりクロウのおうちは、このメイガナーダ領の不毛な大地に容赦なく淘汰されたが故に、分家を含めてもかなり人数が少ないのだそうで。

 当然、オスよりも体の弱いメスは容赦なく淘汰され、オスばかりだし枯れた土地では住人も減って行くばかりだしで、かなり困窮しているんだとか。
 ついでに嫁もこないらしい。
 それは今も同じなんだけど……それは置いといて。

 とにかく荒野と凶悪なモンスターで毎日疲弊する領主の家に、ある日とても可愛いメスの女の子が生まれた。それが、スーリアさんだったそうな。

 彼女は、当然ながら領地の希望となった。
 メスが生まれた事で望みが繋がっただけでなく、彼女が生まれた時には女好きでも名をはせる名君――ドービエル・アーカディアが君臨していたからだ。

 彼は多くの嫁を娶る結婚方式を選び(この国では、王様は自分の結婚スタイルを己の好きに設定できるらしい)、一番目に結婚したマハさんの他にも沢山の側妃を募集していた。スーリアさんは、メイガナーダ領の切り札になったのである。

 ドービエル爺ちゃんの所にスーリアさんを潜り込ませて、少しでもメイガナーダ領の暮らしを良い方向に変えて欲しいと直談判させる。

 そうでもしなければ、他の【五候】は動いてくれない。
 当時のメイガナーダは、今以上に蔑まれる最低の領地だったのだ。

 だから、スーリアさんも沢山鍛錬を重ねて頑張って勉強もしたらしい。少しでも自分の血族達が良く暮らせるように、メスだてらに土地の研究もしていたのだそうだ。

 それは、王宮に側妃候補として召し上げられても同じだった。
 強いオスに骨抜きにされてしまうメス達を横目に……というか、本来それがお役目なのだが、彼女はついうっかり王宮の豊富な書物に目が行って、爺ちゃんへの求愛すら疎かにして研究に没頭していたのだそうだ。

 そんなスーリアさんを、最初に見止めたのは……なんと怒りんぼ殿下――幼い頃のカウルノスだったのだそうで。

 本人は覚えてないらしいが、執事さんの話によると「みなが父親に懸想してつまらないから、と、遊び相手としてスーリア様を選ばれたのです」という事だった。
 ……カウルノスがスーリアさんを絶対に悪く言わなかったのは、それを覚えていたから、というのも有るのかも知れないな。

 ――――ともかく、そこでスーリアさんはマハさんや爺ちゃんと接点が出来た。

 彼女の優しさと、得体が知れない異邦人の人族にすら講義を乞うほどの熱心さには、同じく聡明だったマハさんと爺ちゃんも舌を巻いたらしい。
 そんな彼女に、二人とも惹かれて行ったのだそうだ。

 だから、第二王妃が誕生するのはそう遅い話では無かった。

 メイガナーダ領から出た初めての王妃に、領地の血族達はとても喜んだという。
 特に、スーリアさんを溺愛していたデハイアさんは、彼女がどれほど努力して側妃になったのかを知っていたから、泣きながら祝福していたのだそうだ。



「スーリア様は、それから人族に“考古学”という学問を説かれ、かつての巨大な王国であった【アルカドビア】の遺跡を調査するようになりました。……実は、王宮の庭園やこの庭は、その考古学によって得られた結果なのです」
「え……それはどういう……」
「アルカドドビア……現在の古都・アルカドアには、数々の品が遺されておりました。その中には、土地の生命を集め置き循環させる道具があり、その道具のおかげで都は赤砂の中でも緑に溢れていた……という話らしいのです」
「道具のおかげで、こんな風に庭園が出来るようになった、と……」

 俺の要約に、老執事さんは頷いた。
 土地の生命を留めて循環させるって……つまり、獣人大陸にも【曜具】のようなものがあったってことなのかな。

 曜気という概念が無かったとしても、あんな不毛の地から巨大な王国を作った人達だもんな。もしかすると、原理は判らなくても人族と同じ境地に達したのかも。
 それか……古代でも人族と貿易してて、そういう装置の話を聞いて作り上げた……とか……ともかく、それでここに庭園があることに納得が行ったぞ。

 水が有っても草木が育たない荒野だって、土の曜気を蓄えさせて曜気たっぷりの水をあげれば、とりあえず植物は育つ。
 “大地の気”がないからすぐに枯れるだろうし、育てるのは難しいかも知れないけど、曜気の手助けが有れば、なんとかなるかもしれない。

 もしかすると、その「道具」は生命力の源である大地の気も蓄える事が出来る装置という可能性も有るよな。
 だから、その装置のおかげでここにはこんなに豊かな緑が有るのだろう。

「……浅学なわたくしでは、スーリア様がお話下さった“理論”というものを理解する事は出来ませんでしたが……それでも、この緑の園を見て感動したものです。領主も、それはそれは喜んでおられました。スーリア様の【デイェル】は知恵だと。なにも心配する事のない立派な淑女だと」
「…………」

 なんだか、老執事さんの言い方が引っかかる。
 その言い方じゃ、まるでスーリアさんに特殊技能が無いみたいじゃないか。

 …………いや……そうなのか?

 もし、そうだとしたら……。
 そう考えて、俺は“ある予想”を唐突に思い付き思わず背筋を伸ばした。

 ――もし、スーリアさんが、獣人の持つ特殊技能を持っていなかったとしたら。
 いや、仮にあったとして……クロウみたいに、獣人としてはほぼ扱えないような力だったとすれば……デハイアさんが、あれほどまでクロウを恨むのも頷ける。

 常に溺愛し、心配したり感極まったのは、スーリアさんが“か弱かった”から。
 だからこそ人一倍彼女を気遣い、息子であるクロウに対して「何故弱いメスである妹を守らなかった」と思っているのだとすれば、説明がつく。

 だから、デハイアさんはスーリアさんの事を今でも恨みに思ってる。そう考えれば、クロウに対しての異常な態度も説明がつく。

 もし、俺がぼんやり予想している事が「当たり」だとしたら……。
 いやいや、まだ、全部の話を聞いたわけじゃない。首を振って冷静さを取り戻すと、俺は直球で老執事さんに切り込んだ。

「あの、執事さん。……それだけ素晴らしいスーリアさんのことで、クロウを恨むっていうのは……クロウが、殺したと思って、憎んでるって言うのは…………


 もしかして、何かの事件でクロウがお母さんを守れなかったから……ですか?」


 ――――クロウがお母さんを殺した、なんてありえない。
 ドービエル爺ちゃんだって、その事については何も言ってないし、マハさんやエスレーンさんもクロウを心配してくれていた。だから、見殺しにしたとか実際に害を及ぼしたなんて事は無いはずだ。仮にあったとしても、故意では無かっただろう。

 だけど、デハイアさんはクロウが殺したと決めつけて憎悪を募らせている。その事は老執事さんも分かっているはずなのに、何も抗議できない。

 そんな状況が許される「殺した」があるとすれば……一つしか思いつかない。

 クロウが何かの事件に巻き込まれて、お母さんを不慮の事故で亡くした。
 もしくは、クロウを守った事でスーリアさんが死んでしまった。

 そういう理不尽な死しか、俺には考えられなかったのだ。
 ……もちろん、他にも可能性が有るかも知れない。だけど、俺は「クロウはお母さんを殺すような奴じゃない」と信じているんだ。

 あんなに懐かしそうな目でお母さんとのの思い出を語っていたクロウが、俺に対して「置いて行かないで」と泣いたクロウが、理不尽に人を殺すとは思えない。
 なにより……一番大事にしていたであろう、お母さんを……なんて。

 だから、俺はあてずっぽうに近い推測を口にした。

 ――……けれど、それは。

「…………ああ……あぁ……っ。分かって下さいますか、やはり貴方様なら、坊ちゃまのお心を分かって下さるのですね……!」

 どうやら、当たっていたらしい。

 ……老執事さんは、皺が深く刻まれた顔を更にくしゃりと歪めて、両手で包んだ俺の手に額を当てるように俯いて肩を震わせた。

「そのことについて……詳しく話せますか……?」

 ご老人が泣いてたら、俺まで悲しくなってしまう。
 悲しんでほしくなくて背中をさすりながら出来るだけ優しい声で問うと、執事さんは山羊か羊か分からない耳を震わせながら軽く首を横に振った。

「どうかお許しください……わたくし達従僕がスーリア様の思い出を語るのは、いつも明るい日々のことまでと決められているのです。みなが領主を……デハイア様を再び悲しませたくはないと思っております。たとえ風のひと吹きが声を運んでも、我々獣人は、時折言葉が耳に入ってしまいます。ですから、どうか、どうか……」

 ああ、そうか。
 この人も……いや、この館の人達も、今までずっと苦しんでたんだな。

 断ち切りたい思いが有っても、デハイアさんに思い切って欲しいと思っていても、今の状況をどう動かせばいいのか分からない。
 何か余計な事をして、更にデハイアさんを悲しませたくない。

 彼らはそう思っているから、自分達の口から「スーリアさんの死」について語る事が出来ないんだろう。

 …………気持ちは、よくわかる。

 だって、大事な人が死んだ時の記憶なんて、あまり語りたいもんじゃないもの。
 俺だって、死んだ人を思い出すのはいつも「元気に生きていた時」のことだ。最後の時の顔なんて、本当のその人の顔じゃない。

 いや、悲しくなるから、思い出したくないんだ。
 だから……いつもいつも、幸せだった時の事ばかり思い出す。

 それくらい、その人の事が大好きだったから。

「……執事さん、つらいことを聞いてすみませんでした。どうか、顔を上げて下さい。俺は、大丈夫ですから。……自分で、なんとかしてみます。だから聞きません」
「ツカサ様……」

 顔を上げた老執事さんに、俺は笑って見せる。
 俺まで悲しい顔をしていたら、どうしようもないからな。

「けど、俺はどうにかして……クロウを笑顔にしてあげたいと思ってます。……いや、してみせます。執事さん達が安心できるように」

 何をどうやって、とは言わない。
 けど、俺がやりたいことをこの人は分かってくれるはずだ。

 そう信じて見つめると、執事さんは潤んだ目を丸くして――――嬉しそうに、泣きながら笑って頷いてくれた。

「貴方様が、坊ちゃまの愛する人で本当に良かった……」

 ぽろぽろと目から涙を流す執事さん。
 ……うう、こんなことになるならハンカチを持ってくれば良かった。

 さすがに指で涙を拭うのは気持ち悪いと思われるかもだし……どうしよう。
 おじいちゃんが泣いたらどう慰めればいいんだ。お酒で泣き上戸になる爺ちゃんは知ってるけど、シラフの人はどうすれば……っ。

「…………おい、何をやっている」
「えっ」

 聞き慣れない声。
 執事さんと一緒に振り返ると、影が掛かっていて……そこには――――

「あ……」
「で、デハイア様……!」

 お爺ちゃんに片手を握られて、シクシク泣かれている。
 ……この状況を見て、この人はどういう思いを抱くのだろうか。

 もしかして「ウチの従業員泣かせてんじゃねー!」と激怒されてコロコロされちゃうんじゃないだろうか。俺ここで死ぬんだろうか。

 思わずサーッと青ざめた俺に、高い背で太陽を隠したおじさんは……。

「…………なんだお前、その格好は……!」

 ぐわっと目を見開いて、俺を思いっきりガンつけた。


 …………………あ、死ぬわこれ。










※予告なく遅れました…:(;゙゚'ω゚'):すみません…!!

 
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