異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

9.隠し事を明かす事1

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   ◆



「う゛ー……なんか知らんけど、腰がじんじんする……」

 広い中庭を望む回廊をぺたぺた裸足で歩きながら、俺は調理場を目指す。
 周囲は既に夜になっていて、しんと静まり返っている。王宮の中庭では常に響いていた鈴虫に似た音は聞こえず、外からの乾いた風が草花を揺らすだけだった。

「うう……やっぱ夜は寒いな……」

 部屋に備え付けてあったバスタオルのような広い布を羽織って外に出たが、見通しが甘かったようだ。しかし、今更部屋に戻るのもシャクなので、俺は早く玄関ホールへ入ろうと思い歩みを速めた。

「ったくもう……なんで好き放題された俺が外に出なくちゃいけないんだか……」

 そう憤るが、あのままだと絶対にロクなことにならなかったと思うので、オッサンどもを部屋に置いて来るしかなかったのだ。
 だって、あいつら俺が起きるなりまた体を触って来たし……。

 風呂場で気絶させられたってだけでも恥ずかしいのに、そのあとすぐにまた雪崩れ込まれてたまるか。いくら俺が自然に回復するからって、そう何度も何度もやられたら体がもたん。というか精神がもたないっての。

 だいたい、え……えっち一回だけで失神するなんて、最初ら辺の俺に戻ったみたいじゃないか。なら、つまり、俺の体は既にそういうコトを忘れちまってるって事なのに、何故にそんな俺に更にご無体を働こうとするのか。
 しかも、ロクが部屋で寝てるってのに、そんなのお構いなしだもんな。

 だから俺はブラック達をしこたま怒って「水飲んでくる!」と部屋から脱出したのだ。
 ……うん、いや、オッサン二人はあんまり反省してなさそうだったけど。

「ぐうう……なんだってアイツらはそんなに元気なのか……」

 元気で勝負するなら、年下の俺の方に軍配が上がるはずでは。

 というか、本来なら俺の方が「オッサン達ざぁこ♡ざぁこ♡」みたいなメスガキキャラ的な調子の乗り方をするくらい余裕のパワーを持っているはずなんだが。
 なのにどうして俺は、ブラックとクロウに毎回失神させられてしまうのか……これが異世界人との力量差だというのか。

 それとも、俺がそもそもザコ…………。

 …………考えたら落ち込みそうなので、深く考えないようにしよう。

 ゴホン。
 ともかく、なんか……二人とも、様子もちょっとおかしかったし……。

「正直、ちょっと怖かったから出てきたっていうか……」

 ――――そう。

 本当の所を言えば、俺が強引に部屋を出てきたのはそれが原因だった。

 風呂でスケベなことをされて気絶した後、俺はいつものように諸々の後処理をして貰ったらしく部屋で寝かされていた。
 それはありがたいんだけど……なんていうか……目が覚めた時、いつもの雰囲気とは違う感じだったんだよな。

 いつもならブラックが隣に居て、目が覚めるなり引っ付いて甘えてきたりしてたんだけど……今日は、そういう感じじゃなくて。

 目が覚めたら、一番最初にブラックの顔と天井が見えたんだよな。
 ……どうやらブラックの胡坐の上で抱き締められながら眠っていたらしく、その事に気が付いて相手の目を見ると、いつもの嬉しそうな笑みじゃ無く――――俺の何かを探るような顔をして、頬を触って来たんだ。

 まるで……俺の体になにか重大な事が起こったみたいに。

「…………」

 風がより寒く感じて、羽織った布を手でぎゅっと詰めて体を縮める。
 でも、俺が寒いと感じるのは外の空気のせいじゃないのかも知れない。

 だってあの時見たブラックとクロウは……無言で、冷静そうに見えて……なんだか鬼気迫るような感じで。正直、ちょっと怖かったから。

「でも、話してくれなかったもんなぁ……」

 明らかにいつもの感じとは違うことに戸惑うと、相手も俺の感情に聡いもんだから、すぐにいつもの明るい調子に戻ってじゃれて来たけど。
 けれど、違和感を先に感じてしまった俺は、なんだか怖くなってしまったんだ。

 別に、ブラックが怖いってわけじゃない。
 俺の事を黙って見ていたクロウが、思わしげな顔つきをしていたことに怯えたワケでもない。そうじゃなくて、別のものが怖かったんだ。

 また俺は、何か自分の知らない力を勝手に使ったんじゃないかって。

 ………………。
 静まり返ったこの館の事を考えると、そんなワケないんだけど。でも、ブラック達が俺をああいう目で見つめて来る時は、大概そんなことが起こっている。

 ずっと一緒にいるんだ。俺にだって、それくらいのことは分かるよ。
 だからこそ、怖かったんだ。

 ブラック達も表情を隠しきれないほどの「何か」が起こったのに、自分が……
 なにも知らなかった……って事実が……。

「……聞ければいいんだろうけど、そんな感じでもないし……」

 二人が怒った俺を追って部屋を出てこない事を考えれば、あいつらもきっと状況を整理したくて動けないのだろう。
 それに、怒った事をまだ整理できなくて何も話せないのかも知れない。

 ブラックは“言うべき予測”はたくさん教えてくれるけど、俺を不安がらせるだけの事は、明確な証拠が出るまで絶対に教えてくれない。
 そんな不器用な思いやりを知ってるから、変に正す事も出来なかった。

 ……それに、俺自身……こんな状況ではどうにも出来ないし。

「やっぱ、俺の【黒曜の使者】がらみなのかな……二人があんな顔するのなんて、他に考えられないし……やだなぁ……」

 別に、自分に何かが出来るって自惚れてるワケじゃないけど。でも、俺に出来る事が有るならやりたいし、それで収まることならやってやるってつもりでいる。

 けれど、それが【黒曜の使者】と【グリモア】に関係することだと――俺には、本当にどうにも出来ない。

 俺がどんなにチート能力を持っていようが、どんなに強かろうが、結局それは【黒曜の使者】に付与された呪いみたいな“決まり”を覆す事が出来ない。
 自分の意思で認識できない変化が体に訪れても、俺には気付けないのだ。

 それが、怖い。

 よりにもよって、この状況でそんな事が起こったというのが、恐ろしかった。

「…………ダメダメ、弱気になってどうすんだよ。ブラック達だって動揺してるってのに、何も知らない俺まで不安になってちゃ共倒れだろ。……知りようがないんなら、知らないなりに普通に振る舞って……あいつらを安心させてやるべきだろ」

 ブラック達が話してくれるまで、俺にはどうにも出来ない。
 だからこそ、ブラックも何も言わずに「いつもの雰囲気」を取り繕おうとしたんだろう。まあ、それを出来なかったくらい、俺の様子を心配していたみたいだけど……。

 いや、だからこそ、ここは俺が大人になって、アイツらを安心させてやらなきゃいけないんだよな!

 自分の体の変化を知る事が出来ないのは怖いけど。
 でも、ブラックもクロウも、そんな俺を気遣ってくれている。

 ……信頼してるから、今は敢えて何も聞かないでおこう。

 それよりも、俺は元気だぞってところを見せてやらないとな。俺まで変に「いつもとは違う感じ」を出してたら、ブラックもクロウもロクだって不安定になるだろうし。
 よし、落ち着くためにも水……出来ればちょっと軽食でも貰って、お腹をいっぱいにしてから部屋に戻るか。ハラが膨れたら大抵の事は落ち着くからな。

「ふーっ……にしても調理場まで遠いなぁ……食堂の向こうだっけ? 中庭の回廊を通って一旦玄関に向かわないといけないのがつらいな……」

 客室は全て中庭を鑑賞できるように作られているし、食堂も壁の一面を取り払われているが、さすがに部屋を横断するような行儀の悪い事は出来ない。
 ……てか、あの凄く睨んできたクロウの伯父さんに怒られそうだし……。だから、俺は玄関ホールに一度入るしかないのだ。

 調理場は庭園観賞の邪魔をしないように、玄関ホールから左右に伸びる廊下からしか行けないようになってるみたいだし。

「うーん、それにしてもホントに人がいない……」

 やっと玄関まで来たが、大理石のような磨かれた床が冷たくて足が冷える。つい靴を履き忘れてしまったのが悔やまれるが、もうこうなっては仕方ない。
 ぺたぺたと足音を立てつつ、燭台の明かりがぼんやりと照らす廊下を歩いた。

「…………夜になると、また何だか違った感じだ」

 王宮ペリディェーザでも思ったけど、やっぱこういうアラビアンな建物って夜の明かりにぼんやり浮かぶと幻想的で綺麗なんだよなぁ。
 俺がそう思っているだけかも知れないけど、なんていうか……本当に魔法の世界の建物って言うか、今にも青いムキムキな精霊――ジンとか言ったっけ? そんな者が廊下の曲がり角からヒュンと飛んできそうで、ワクワクするんだよな。

 不思議と怖くないのは、熱い砂漠の国はそれだけで幻想的に思えるからなんだろうか。いや、俺が普通にそういう国のおばけとか知らないだけかも知れんが。
 まあでも想像出来ないなら怖い事も無い。

「えーと、厨房厨房……食堂の横、だよな?」

 ぺたぺた音だけが響いているが、もしや誰も居ないのだろうか。
 あの伯父さん……名前はデハイアさんと言っていたけど、ホワイト企業並みに侍従さんを早く休ませてるんだろうか。それは偉いけど、無人となると困るな。

 この迎賓館を兼ねた館の中なら執務室以外自由に使っていいとは言ってたけど、流石に厨房は料理人さんの勝手もあるだろうし……入って良いんだろうか。

 そう思って困っていると、背後からカツンと音が聞こえてきた。

「……?」

 一瞬、戸惑ったように立ち止まったが、その音はこちらに近付いて来る。
 靴音だ。なんだか堂々としててズカズカって効果音がつきそうな感じだけど、これはブラックでもクロウでもないな。となると……。

「おい、ツカサ。一人で何をしている」
「あっ、おこ……か、カウルノス殿下……」

 やっぱり怒りんぼ殿下だったか。
 目の前までやってきた相手を見上げると、殿下はムッとして俺を見下ろした。

「名前で呼べと言ったはずだ。呼べ」
「えと、でも、不敬罪……」
「呼ばんと不敬罪で喰うぞ」
「えぇ……じゃあ、その……か、カウルノス……さん……」

 ぐわぁ睨まないで下さいよ、なんで「さん」づけして怒られるんですか。
 理不尽過ぎると思ったが、しかしここで押し問答しても話が進まないので、仕方なく俺が折れることにした。クロウもわりと頑固だけど、これは遺伝なんだろうか。

「よし、今後は名前だ。“さん”も付けるなよ。いいな?」
「ほ、他の人に怒られたら責任取って下さいよ……」
「よかろう。お前こそ、俺の名を呼ぶ事が出来る奴は限られているんだぞ? その事を誇りに思えよ」

 もー王族ってどこもこういう感じなんですかー。
 つい【勇者】で傲慢なナルシスト貴族の仲間を思い出してしまうが、まあ良い奴でも多少そういうケが有るのかも知れない。

 てか、自分に自信が無いと王族なんて重責を背負ってやってけないだろうしな。

 そんなことより、ここで怒りんぼ殿下……カウルノスに会えたのは僥倖だ。調理場を使っていいかどうか判断を仰ごう。そう思い、俺はカウルノスに訊いた。

「じゃあ、あの、カウルノスさ……カウルノス」
「なんだ」
「調理場を使いたいんだけど、俺が入って何かしても大丈夫かな」
「ん? 自由に使えば良いとデハイアが言ったのだから、好きに使えばいいだろう。何を遠慮する事が有る」

 ワケがわからん、と眉根を寄せるオッサン王子様。
 ああそりゃ上げ膳据え膳の王子さまからすりゃそうだろうけども……。

「いやその、料理する人が困ったりしないかなって。調理器具の手入れとかもしてると思うし、食料の在庫が減ったら予定してたことが進まないとか……」
「一々細かい事を気にする奴だな。獣人族の料理は人族のように面倒臭い行程なぞ挟まん。王宮では美食の趣味を嗜むためにあえて料理人に料理をさせるが、こんな辺境で美食など行うわけもなかろう。気にせず好きに使え」

 そもそも、迎賓館を明け渡したのはそういう行為も許したという事だ。
 だから好きに使え、とふんぞりかえるカウルノスに、俺は何と言っていいのか分からなくなってしまったが……好きに使っていいのなら深く考えないようにしようと思い、相手の言葉に頷いた。

「じゃあ、好きに使わせて貰います。……えと、それでカウルノスは何故ここに?」
「俺はデハイアに話があって、今まで執務室で話していたんだ。お前らのように愉快に寛いでいたワケではない」

 あ、すごい不機嫌そうに顔を歪めた。周囲に纏う雰囲気も一気に悪くなったな。
 やっぱこういう「雰囲気がすぐ判る感じ」は兄弟だよなぁ、この二人。
 まあ、カウルノスはケモミミを動かさないようにしてるんだけど。

 ……ってか、俺も別に愉快に寛いでたワケじゃないんですけどね!?
 でもあんなこと言えるワケもないか……。仕方ない、ここはスルーしておこう。

「えーと、だったらお疲れですよね。部屋に戻った方が……」
「お前はメスのくせに、オスに労わりの水一杯も差し出せんのか」
「…………じゃあ、ご一緒します?」

 正直、ご一緒したくないんだが、目上の人には丁寧に接しなさいと教えられた俺のマナー脳がそうさせてくれない。
 それに、こういう時にブラックにするように軽くあしらったら、絶対この人怒るし。

 しかも怒ったら怒ったでブラックと同レベルの面倒臭さ発揮しそうだし。
 この世界のオッサンはだいたい面倒臭い。俺は詳しいんだ。

 なので、誘いたくないが社交辞令で誘ってみると。

「フン。最初からそう言えば良いのだ。よし、厨房に入るぞ」
「……はぁい」

 だーもー急にウキウキしやがってこのオッサンめ。
 外見年齢的にブラックよりちょっと上くらいの仕上がった中年だろうに、なんでこうも変に分かりやすい所があるんだろうか。

 こういうところはドービエル爺ちゃんの遺伝なのかな……。
 クロウもクロウでめちゃくちゃ分かりやすいもんな。初対面だと難しいだろうけど、俺みたいにずっと居たら、無表情なりにめっちゃ表情豊かだってのは分かって来るし。

 まあでも、ポーカーフェイスよりはとっつきやすいのかも知れない。

 そんなことを思いつつ、俺はカウルノスに続いて厨房へ入ったのだった。










 
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