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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
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しおりを挟む「おっ、おい、これはどういうことだブラック! 何故ツカサが突然……」
「あーうるさい! とにかくそのクズ精子だらけの汚物を洗え!! 僕はツカサ君の体を改めて洗って先に風呂に戻ってるから」
「ヌッずるいぞ。ツカサの体を好き勝手弄りたいだけのくせに」
「うるさい横恋慕熊め」
もう付き合いきれない、とブラックはツカサを抱きかかえたまま、その小さく柔らかな体を綺麗に洗い、自分も適当に体を流して洗い場から立ち上がった。
「ふぁ……」
「その目、気持ち悪いと思うけどもうちょっと我慢してねツカサ君」
――当の本人であるツカサは微塵もそんな事は思っていないだろうが、ブラックからすれば、己の愛しい恋人が間男と同じ色の瞳に変化しているのは、物凄くイヤな光景なのだから仕方ない。
ともかく、ブラックは熊公を待たずに再び浴槽へと戻った。
「ツカサ君……」
抱きかかえたツカサを膝の上に乗せて、お湯で何度も何度もゆすいだ口にキスを何度も落とす。お湯でふやけたせいか、いつもと少し感触が違ったが、しかし水分を含んで更に吸い付きやすくなった唇は心地いい。
ちゅっ、ちゅっ、と音を立てて離すのを繰り返すと、ツカサは夢現の心地により深く入り込んでしまったのか、虚ろな夕陽色の瞳で快楽に震えていた。
(…………【支配】……とは、ちょっと違うかな。ツカサ君が快楽負けしてなければ、普通に意識は保ってたかもしれない)
洗われつつ体を弄られていても「っあ……」とか「ん、ぁ……あ……」と、普段よりも素直な甘く可愛らしい声を出していたのは、恐らく快楽で理性が飛んで素直になった事と、この瞳の作用が半々で出ているのだろう。
彼の『グリモアに支配される制約』が、中途半端に影響しているのだ。
それゆえ喘ぎ声も漏らすし、彼の瞳が“ブラックの色”でなくてもこちらを認識する。加えて、彼の正常な意識が“恋人から齎される快楽”に反応しているのだろう。
その健気なほどのブラックへの気持ちは嬉しいが、事態は笑って済ませられることではない。これは、想定外の事態なのだ。
明確な【支配】を何度も見ているブラックからすれば、このように中途半端な状態でツカサが悶えているのは「異常」という他なかった。
(……この状態、あんまり良くないんだろうな……。何が起こるかは分からないけど、最悪の場合【黒曜の使者】のクソッタレな“設定”が、ツカサ君の意識を侵食する事も有るかも知れない。試しておいてなんだけど、早く解除しないと……)
そう考えながら、自分をじっと見つめるツカサを見返していると――やっと体を洗い終えたらしい駄熊が浴槽に入って来た。
スッキリしたような雰囲気が憎たらしい。
湯を煮えたぎる程に熱してやろうかとも思ったが、そこは堪えて近付いて来る相手を見据えた。
「ブラック、ツカサの様子は……」
「……お前のせいで良くないよ」
「やはり……オレのせいなのか」
濡れてもなおボサついて毛量で浮いた髪をわさわさと揺らしながら、駄熊はツカサをジッと見つめる。彼の瞳がゆっくり駄熊を見やると、駄熊は熊の耳を少し伏せた。
「自分が原因だと思うくらいには冷静になったか」
嫌味のように言うと、相手は「むぅ」と恥じ入ったような声を出して肩を縮める。
「……夕陽の色は、土の曜気の色だ。しかしこんな場所で土の曜気が湧くわけもないし……なによりツカサは術も何も使っていない。ならば、原因はオレしかおらん」
いつも余計な事ばかり言う駄熊にしては殊勝な言葉だ。
いや、この横恋慕熊は、それだけツカサの事を重大に考えているのだろう。
旅の途中から加わって来たものの、この熊もツカサがどういう運命を背負い、どのような哀れな宿業を背負わされたかを見て来た。
だからこそ、また何か難儀な事が起こったのかと本気で心配しているのだ。
そういう変に真面目な所がブラックにとっては殺意が湧く要素なのだが、今はそこに嫌悪を示している場合ではないと冷静に返答した。
「色ボケしてすぐの頭にしてはよく分かってるじゃないか。……その通り、これはお前がやらかした証拠だよ」
「なっ……だ、だが、今までこんなことは欠片も……」
そう駄熊は言いかけて――――何かを探すように目を忙しなく動かし、黙る。
何かを思い出し、ソレが確かな記憶なのか必死に探っているような仕草だ。
(……ふぅん? どうも、セックス以外で何か思い当たるフシがあるようだな)
これまでも何度か、ツカサがこの駄熊に手を貸して強大な術を発動させていた。
だが、ブラックは、その術の全てを間近で見ていたというワケではない。
今までも何度かツカサとはぐれたし、その時に駄熊がツカサと行動していた場面は幾度もあったのだ。そこで何かあったとしても、ブラックには把握出来ない。
しかし……今更必死に記憶を探ろうとするという事は、この駄熊は似たような光景を見た事が有るらしい。
黙っていたのかと怒りが湧くが、しかし今回は動揺しても仕方がない。
恐らく、この熊はソレを「見間違い」だと思って気にも留めていなかったはずだ。
さもありなん。この熊にツカサが曜気を供給する時、彼らの周囲には膨大な量の土の曜気が出現していたのだろう。であれば、その光に照らされてツカサの瞳が橙色に見えていた……と勘違いしてもおかしくはない。
曜気の光は、巨大な術を発動する以外では別属性の人族には見えない。
だが逆を返せば、同属性であるものなら常に視認できるのだ。
普段は気にもしないが、曜術師は基本的にその光を太陽光のように当然の物だと考えている。だから、その光がすぐそばに居る者の瞳に映っても「反射したもの」だと勘違いしてしまうのだ。
熊公もこの罠にはまったのだろう。
(まあ……大体、ツカサ君みたいな作用を起こす子なんていないもんな。他人の曜気に干渉されてしまう体質なんて、聞いた事もないもの)
メスはオスの曜気を受け取り子を作るが、それだって子供を産む時くらいのもので、ツカサのように目に見えるほどの変化など起こらない。そうなる前に、容量以上の気は放出されてしまうように人族の体は出来ているのだから。
(獣人だって似たような物だろう。……だけど、コイツはよりにもよって“土の曜術師”で、しかも人体の仕組みに関しては教養不足だろう獣人だからなぁ……)
土の曜気は、一つの場所に留まってはいない。
常に大地を巡り流動している特殊な曜気なのだ。それゆえ、土の属性を持つ曜術師は他の曜術師に比べて術を使う難易度が高く、大工仕事くらいしか仕事が無い故に一番人気が無い曜術師とされている。
しかも、熊公は獣人だ。
他に曜術を使う物がいないのだから、常識もほとんど知らなかっただろう。
「心当たりがあるのか?」
答えを引き出してやるかのように問うと、相手はぎこちなく頷いた。
「…………それらしき……ものは……あったかも、知れない」
「確定は出来ない、か」
「ム……。い、今まで、そんなことになっているとは思わなかったから……。ブラックは何故、ツカサの瞳がこうなると判ったんだ? オレの子種汁をツカサに飲ませたのも、瞳の色が変わるかどうかの確認だったのだろう?」
相変わらず、そういう所は聡い。
話が早くて助かりはするが、こちらを見透かそうとしているようで気に入らない。
しかしそんな些細な事に怒っても仕方がないので、ブラックは素直に話した。
「……あの“骨食みの谷”で、お前はツカサ君の【黒曜の使者】を借りて強大な曜術を使っただろう。その時に……ツカサ君の瞳の色がお前と同じ色に変わってたんだよ」
「ッ!? それは、ど……どういう……」
「あの時は僕もよく分からなかったけど……今試して、なんとなく分かったよ」
そう零し、ツカサの顔を見つめる。
まだ夢現なのか、ゆっくりとまばたきをしながら自分を見つめる恋人。いつもよりも幼げなその表情が愛おしくて唇を落とすと、ツカサは気持ちよさそうに目を閉じる。
ブラックがキスに軽く曜気を籠めて触れると、その度にツカサの夕陽色の瞳は暗くなって行き、徐々に濃密な琥珀のような色を増していった。
(…………この状態だと、僕の曜気だけで上書き出来るのか。【支配】状態だったら、真名で支配権を奪わないとダメなのかもしれない)
そう。
事は、それほどまでに重大なものなのだ。
「ブラック……その分かった事とは、なんなのだ。オレが聞いて良いことなのか」
変な所で遠慮がちな駄熊は、お湯を揺らしまた身を縮ませる。
どこかで感じているのだろう疎外感を現すようなその様子に、ブラックは「強引に割り入って来て今更なにをしおらしくしているんだ」と幾度目かの殺意が湧いたが……今、そうして怒れば余裕が無いのだと知らせるようなものだ。
それだけは、避けたい。
ツカサのためならどんなに無様になっても構わないと思うが、それでも……いま、己の優位性が揺らぐこの時に、それを悟らせるような言動はしたくなかったのだ。
(ツカサ君の安全のためにも……今、熊公に言っておかなければいけない)
けれどせめて、自分が「ツカサの婚約者として揺らがぬ最高位に居る」という姿を見せつけ、それが絶対的であるのだと示したかった。
今後の事を思えば、尚更。
(…………はぁ……)
心の中で心底「いやだなぁ」という溜息を吐いて、それから熊公へ目を向ける。
自分の菫色の瞳とは違う、夕陽を溶かしこんだような黄昏の瞳。
間違いなく土の曜気を操る才能を賜ったその男に、ブラックは――告げた。
「ツカサ君の瞳が……いや……ツカサ君の【黒曜の使者】が、お前の曜術に対して反応し、瞳の色を染めたのだとすれば……答えなんて、一つしかない。
……お前が、土のグリモア……【銹地の書】を操る資格を持ったって事だ」
――――――そう。
考えられるとすれば、その可能性しかなかった。
ツカサの体はすべて「七人のグリモア」の為に用意されている。
悪徳の魔道書を持つ自分達が望めば、彼は操り人形になりその全てを叶え、その命ですら自分達だけが自由に散らす事も出来るのだ。
死んでも死ねない哀れな“神の代行者”の命を、自分達が望むままに出来る。
暗く歪んだ欲望すらも満たす、至福。
ツカサ自身の意思を伴わないその宿命は、ブラックだけではなく他のグリモアにも強烈な独占欲を齎すだろう。それほどの、猛毒とも思える幸福だった。
だがその資格は、曜術師の頂点に立つ力が無ければ訪れない。
ブラックも、シアンも、憎たらしいあの小僧どもも、みな【グリモア】によってその力を認められて己の身に魔道書を取り込んだのである。
だから、自分はツカサと出逢えた……とも、言えるのだが……――
(今まで、気になっていた事が有る。……もし、僕達がグリモアに成る前にツカサ君に出会っていたとしたら……その時に、僕がグリモアになる資格を有していたとしたら――――ツカサ君は、どういう反応をするのかって)
厳密に言えば、彼ではなく【黒曜の使者】が、だが……もし【グリモア】の使い手と【黒曜の使者】が必ず出会う運命なのだとすれば、使者はなんらかの能力で魔道書に選ばれる資格のある者を選んでいる可能性が有る。
それは、元々強い者に惹かれて旅をするという性質か、それとも……周囲の物で“もっともグリモアに相応しいもの”を選ぶ性質なのかは、分からない。
だが、もし、彼自身がグリモアを求めるように“なっていた”としたら。
「……自分の近くにいる、限定解除級まで能力を高めた存在を……グリモアの適合者として選び、その存在に従属を示すように“お試し”で瞳の色を変えてみせる。もしかすると、ツカサ君の【黒曜の使者】にはそんな機能も有るのかも知れない」
「ッ……!? で……では、オレが……お前達と、同じになるというのか……?」
期待と不安が入り混じったような、興奮した返答。
喜びはあるのだろうが、そうでなかった時の落胆の方が怖いのだろう。
だが、ツカサの瞳の色が変化した時点で、後者は可能性が低いだろう。
ブラックには、そんな嫌な予感があった。
「……どうかな。僕の予想でしかないから、確かな事は言えないけど……お前の術や曜気に反応して二度も瞳の色が変わったってことは、少なくともお前がツカサ君を【支配】できる強大な力を持っている事は確かだろうさ。グリモアに選ばれるかどうかは、僕にもわからん」
不確かな予想だが、これ以上の可能性は考えられない。
ブラックとてこんな敵に塩を送るような話はしたくなかったが、仮に【銹地の書】の主として資格が有るのだとすれば、どうしても話しておかなければならなかった。
【銹地の書】を【アルスノートリア】に奪われないようにする、絶対的に安全な策が、今ここに現れたのだから。
「ゥ……だ……だが…………あの魔道書は、人族の物ではないのか……?」
「シアンが適合者に選ばれてる時点で人族もクソもないだろ。クソ緑眼鏡も半妖精の人族だかなんだかな存在だぞ。今更獣人が選ばれても珍しくも無い」
「…………オレが……」
そう言ったきり、熊公は顔を俯けて黙る。
てっきり大喜びするかと思っていたが、存外繊細だったようだ。
しかし、その気持ちは分からないでもない。今までの関係が崩れるような可能性を持ち出されて戸惑わないものはいないだろう。
それが自分の利益になるとしても、大人ならば不安に駆られるに違いない。
「……ま、不確定な情報だ。……だが、今後は気を付けろ。いざって時にお前の術でツカサ君がこうなったら困る。戦闘の途中でそうなった場合、僕らは詰みだ。曜気が極端に少ないこの土地では、ツカサ君を奪われたら大変な事になる」
「そ……そうだな。まずは、それの事に気を付けるのが先決だ。……正直、今は色々な事が有って、そんな重要な事を深く考えられない。……だから、この話は……この館での用事が済んだ後に、改めて相談させてくれ」
動揺はしているが、そこで突っ走るような男ではない。
そうでなければブラックとてこんな横恋慕熊を連れて歩かなかっただろう。
ギリギリの線で、この男は自分達の邪魔をしないように動く。
そこが小賢しい所でもあるが……信用出来る部分でもあるのだ。
(チッ……このクソ熊を評価したくはないが、この状況は僕じゃどうにも出来ないからな……。あと、対応できるようなヤツは……肝心な時に出てこないし)
そう思い天井を見上げるが、あるのは高い天井と落ちる水滴だけだ。
額に冷たい雫が当たり、ブラックは思いきり不機嫌に顔を歪めたのだった。
→
※:(;゙゚'ω゚'):思ったよりおそくなってもた…スミマセン…!
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