異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

7.辺境領地の絶対君主

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 クロウってばどうしたんだろう、再会するなり急に抱き着いて来るなんて……って、く、苦じい。ちょっと待ってこれ締めすぎっ、ギブっ、ギブだってばっ。

「ぐっ、グロウ゛、ぐるじいぃい」
「ハッ……す、すまんツカサ……」

 とは言え、クロウは腕を緩めるだけで俺を離そうとはしない。
 五日も経たない程度の離れ離れだったのに、こんなに懐いて来るなんて……何かあったんだろうか。それとも、それくらい寂しい思いをしたのかな。

 分かれて行動する前も、何だか不安がってたみたいだったし……なにより、現在は和解したけどまだ探り探りの状態な相手と二人っきりだもんな。
 しかもここは……クロウが自分で「憎まれている」と言っていた、デハイアという当主が住んでいる館だし……。

 そりゃ、そんなところに来たら大人でもかなりのストレスになるだろう。
 獣人特有の乱暴さはあるけど、それでも根は優しいクロウの性格じゃ、耐えられずに抱き着きに来るのも仕方がないかも知れない。

「……とりあえず、怪我なんかはしてなくて良かったよ」

 そう言って、まだ俺を抱き留めているクロウの頭を撫でる。
 すると相手は無表情ながらも目を嬉しそうに細めて熊耳をぴるぴると動かした。

 うん、まあ心もそこまでは弱ってないみたいだな。
 大変な事になってたらどうしようかと思ってたけど、クロウだって立派な大人で誇り高い獣人だもんな。俺が思うよりずっと強いんだ。とにかく無事でよかった。

 そんな思いを籠めつつ見上げた俺を見てか、クロウはまばたきをする。

「ツカサ、オレを心配してくれていたのか……嬉しいぞ……」
「そりゃクロウは大事な仲ま……」

 などと言いつつ、クロウを見上げていると……なんか、顔が近付いてきた。
 わっ、ちょっ、ちょっとここでは……っ。

「だーもーいつまで人の恋人にネチャついとるんだテメェはっ!!」

 急に視界がぐるんと回って別のところにまた押し付けられる。
 何事かと思ったら、業を煮やしたブラックがクロウの腕を思いきり剥がして俺を奪い取ったらしい。いやアンタもなに俺を抱え込んでんのコラ。

「ムゥ……ブラックばっかりずるいぞ。オレは離れ離れだったんだから、ツカサをもう少し堪能させてくれたっていいのに」
「何をいけしゃあしゃあと!」
「ああもういーからさっさと中に入ろうって! 執事さん困ってるから!!」

 クロウに真正面から抱き着かれて一瞬記憶から飛んでしまってたけど、そういえば俺達を案内してくれた執事さんがいるんだってば。
 頼むからとにかく食堂に入ってくれともがくと、ブラックは不機嫌そうな顔をしながらも、渋々食堂に足を向けた。

 ……いや、俺も抱きかかえられて不服なんだが。

 でもここで何か言えばまた話を蒸し返されかねないので、とにかく今は黙っておく事にする。怒りんぼ殿下ことカウルノス殿下も食堂に居るらしいが、ご飯でも食べてたんだろうか。

「む……なんだお前ら、姿を見せたと思ったら露骨な態度をみせおって」

 中庭を臨む、開放感のある横長の部屋。そこにはいくつかの円形の敷物が敷かれていて、どの席にも背もたれ代わりのクッションが山ほど置かれている。
 どうやら、この食堂は庭を見ながら座って食事をするお作法が有るみたいだ。

 ちょっとしたお寺カフェみたいな感じだな。
 石庭を見ながら抹茶を飲むみたいなヤツなんだよな、アレって。
 まあ俺は行った事が無いが、なんか「イマドキの女子に人気」とかいう話を小耳にはさんだので、こっそり検索した覚えが有るのだ。……結局無駄知識になってしまったが。

 ……ご、ゴホン。
 ともかく、その席の一つにカウルノス殿下が座っていて、中央に置かれた金属製のお盆から、肉やら果物やらを取って食べていた。

 果物なんて珍しいな。王都から離れるとほぼ見かけないモノだったのに、ここでは食べられるのか。豊富な水が有るから、どこかで栽培してるのかな?

 不思議に思いつつも近付くと……っていうかブラックに連れて来られると、怒りんぼ殿下は俺とブラックを上下で見比べながらハァと溜息を吐いた。

「メスを守る姿勢は立派だが、アイツとメスを共用するつもりなら、もう少し他のオスに寛容になったらどうだ。一々怒鳴り声を出されたらたまらんぞ」
「うるせえ、駄熊が勝手に絡んで来たんだよ」
「ムゥ……違うぞ兄上、ブラックはオレに挿入以外は許可してるから、オレは群れの第二のオスなのだ」
「ああもう良いからとにかく座れ」

 子供のケンカか、と、流石の殿下も呆れ顔だ。
 いやアンタも相当なモンでしたけどね。でも自分のケンカなんて自分じゃよく分からないから仕方ないか。俺だって人の事言えないかもだし。

 ブラック達もそう思ったようで、ちょっと恥ずかしくなったのか素直に座った。
 俺をちゃっかり横に密着させて降ろしたが……ブラックの機嫌が直るんなら、いまは何も言うまい。まあ、く、くっついて座るくらいなら別に、そこまで恥ずかしくないし。

 そんなブラックの機嫌を察してか、クロウも空気を読んで向かい側に座ってくれた。
 今まで大変だったろうに、つくづく申し訳ない。あとでハチミツあげようね。

「はぁ……で、お前達は何の用で来たんだ。別の任務があったはずだろう」

 怒りんぼ殿下の言葉に、ブラックは片眉を上げつつ例の書状を見せる。
 相手はそれを受け取って大体の事情を察したのか、なるほどと頷いた。

「例の敵が、古代アルカドビアの知識を持っている可能性が有る、か。それならば、城を探ったお前達がココに派遣されたのも頷ける。なんといっても、ここは歴史学者の王妃が遺したものがあるからな」
「…………」

 王妃、それはつまり……クロウのお母さんの事だ。
 つい心配になってしまって横目でクロウを見ると、向かい側に座る相手は少し顔を俯けて、表情を分からないようにしていた。
 ……でも、そうするって事は……お母さんの話を聞くのは辛いんだろうな。

 大好きだって言ってたけど、だからって悲しみや辛さが消えたわけじゃない。
 悲しみを乗り越えられるかどうかは人それぞれだもんな……。

 話は聞きたいけど、クロウを苦しめる事にならないだろうか。
 やっぱり他の話題を話そうかと思っていると――遠くから、カツカツと規則的な足音が聞こえてきた。その音に、兄弟の熊耳が一斉にぴくんと反応する。

 俺も顔を上げて、徐々に食堂へと近付いて来る音に注目していると――――

 一度見かけた背の高い中年の男性が、執事さんに深く礼をされながらずかずかと俺達の方へ近寄って来た。
 なんだか、歩き方が神経質な感じを覚える。
 大きい歩幅だし、動きはそれこそ豪胆そうな大人の男そのものだったんだけど……何故か、細かい動きを気にしているような風に見えたのだ。

 ……なんでだろ?
 なんか……もしかして、足を庇ってるのかな……。

 気になってじっと見つめてしまったが、そんな俺の視線に気が付いたのか、相手は俺のすぐ傍に近寄って来てしまった。

 この館の主である――――デハイア・メイガナーダが。

「……ようこそ、我が領地唯一の都【アクサベルデ】へ」

 ブラック達とは異なる種類の低く渋い声で、相手は歓迎してみせる。
 でも、俺達を歓迎していない事なんて顔と声音で丸わかりだった。

 相手は、純獣人だ。つまり、普通に人族を見下しているし「自分ら獣人族より弱い」と思っている。弱者に気を使うことは、彼らにとっては我慢ならないことなのだ。
 それなのに王族としての礼儀は示さねばならないので、不満なんだろう。

 まあそらイヤなヤツにへりくだるのは誰だって嫌だろうけど、頼むからもう少し殺気を抑えて欲しい。ブラックはともかく俺は一般人なので死にますって。
 普通に眼光鋭いオッサンに睨まれたら誰だって怖いからね!?

 だが、相手があくまでも礼儀を大事にするのなら、こちらも従わねばなるまい。
 俺は怖さを飲み込み体を相手に向けると、深々とお辞儀をして見せた。

「こ、こちらこそ、急なことに対応して頂いて、本当にありがとうございます……」

 …………相手は無言だ。頭を上げるのが怖い。
 だけど、いの一番に返答したのは俺だし、ここは俺が話すしかないのだ。

 覚悟を決めて顔を上げると、何故かデハイアさんはじっと俺を睨んでいた。

 ひ、ひぃ……見下ろさないで下さい……。

「フン。人族のメスは、流石に礼儀をわきまえているようだな」
「…………あの……」
「ああいや独り言だ。ともかく、お前達の用事は遺物を調べたいという事だったな」
「は、はい」

 アルカドアの城についての情報を知りたいのもあるけど、ここに集められた遺物の中にあるという【ソーニオ・ティジェリーの手記】を見つけることも重要だ。
 あの夢の女の人が伝えてくれたことは、きっと嘘じゃない。

 俺達が知りたい事は、きっとその手記に記されているはず。
 さすがに全部は判明しないとは思うけど……でも、必要には違いないもんな。

 だから、絶対に遺物を見せて貰わねば。
 そう思い立ったままの相手を見上げると――――デハイアさんは、冷めたような顔をして、細めた目で俺を見つめ返していた。

「断る」
「…………え……」
「メイガナーダ候!!」

 呆気にとられた俺の視界の端で、怒りんぼ殿下が怒鳴りながら立ち上がる。
 だけど、デハイアさんは冷めた表情をやめないままで殿下に目を向けた。

「殿下、怒りをお鎮め下さい。ここでは、私の言葉が絶対のはず。そう決めたのは、他ならぬ貴方がたのお父上でしょう。カウルノス殿下であろうとも、私の決定には逆らう事は出来ないはずです」
「非常事態なんだぞ、何を考えている……!」
「はて。戦など、我らにとってはよくあることのはずでは? たかが飛び地の城一つを落とされたとて、王宮が無事なら我らは何とも無いでしょう。そもそも、大河に根差す他の土地も被害は無いのでしょう? であれば、何も急ぐことは無いはずです」
「ぐっ……」

 そう、アルカドア以外の領地は全く被害を受けていない。
 大河の周辺を支配する【五候】の領地は、誰にも襲われた形跡がないのだ。
 ただ、マハさんが治めていたアルカドアだけが襲撃を受けて、陥落した。

 それだけであれば、確かに他の五候にとっては他人事だろう。
 カンバカランの血族は湧き上がるだろうが、きっとメイガナーダ領にとっては関係が無い事だと考えているのかも知れない。

 でも、だからってドービエル爺ちゃんの要請を断るなんて……。

「王命であっても、断ると仰る」

 ブラックが冷静に問うと、デハイアさんは鼻で笑って肩をすくめてみせた。

「あくまでも“お願い”程度では、こちらも至宝と言える遺物を公開できないのでな。人の大陸ではどうか知らんが、このメイガナーダ領は“特別”だ。陛下が命じられたことであっても、この地では私の決定の方が強いのだよ」
「デハイア、貴様ぁ……ッ」
「滞在するのは許可しよう。好きに行動するがいい。……だが、我が妹の命を懸けた“存在”を……お前達の前に出す事は、絶対に許さん。そのつもりでいろ」

 デハイアさんは殿下の怒りの視線を無視して、俺達には吐き捨てる。
 その顔には侮蔑の表情が浮かんでいて、明らかにこちらを見下していた。

「おいっ、待てデハイア!」

 硬直する俺達を余所に、相手は踵を返して早々に部屋を出て行ってしまう。
 殿下がそれに続いて出て行ったが、俺はしばらく動けなかった。

 怖かったってのもある。でも、それより……。
 それよりも気になる事があって、頭が混乱していたのだ。

「…………なんで、あんな……」

 あの人は、血族であるはずのクロウに一度も目を向けなかった。
 俺の視界の端で顔を俯けて、デハイアさんを見ないようにしているクロウと。

 ……その事実の方が、何故か心に強く突き刺さってしまっていた。











 
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