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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
39.尊き翼で夜を飛ぶ
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「ひぇ……りゅ……竜サマ……竜サマにいま俺達は運ばれて……」
「違うよバカ! 準飛竜のザッハーク様だよ!」
「どっちでもいいから静かにしろ! ロクショウ様の羽音が聞こえんだろ!!」
……真下でなにやらザワザワしている。が、正直怖くて下を見れる気がしない。
いや、変な声が聞こえて来るから怖くて見られないんじゃなくて、ただ単に高所ゆえ下を見られないってだけだ。俺は高所恐怖症ではないけど、でもほら、やっぱうっかり気を抜いたら落ちそうな場所にいると、緊張で変な動きとか出来ないじゃん。
だから、真下の様子が気になっても見られないというか……。
「……ねえツカサ君、ロクショウ君に真下の箱を落として貰おうよ。どうせ駄熊の血族なんだから頑丈だし大丈夫だよ。下も砂漠だしいけるって。ね、落とそ?」
「お前は背後から延々とそればっかり言うなぁ……」
「だって、空の上なんて逃げられない場所で、間抜けな台詞ばっかり聞いてるんだよ。そりゃ誰だって下の煩い駄熊どもを落としたくなるでしょ」
「俺はなってねーって!」
すぐ背後に居るオッサンに振り返るが、相手はいつものむくれ顔だ。
しかし、いくらなんでもこの状態で落とすなんてワケにはいかない。
なんせ俺達が今いるのは……夜の凍えるような空の中なのだ。
地上ではない。空だ。
空の上で、俺達はこんなトンチキな会話をしているのである。
だけど、今回はただの空の旅ではない。
俺達は黒く艶やかな鎧鱗が格好いい準飛竜モードのロクに乗り、下の大きなカゴにはマハさん達やお城の獣人をぎゅうぎゅうに詰め込んでいる。そんな状態で、アルクーダの王都へ帰還すべく移動しているのである。
……いや、まあ、乗ってるって言っても、俺はブラックに抱えられて、ロクの首根っこんトコにまたがってるだけなんだけどね。それでまた下が怖いってんだから情けないが、まあ今回は蔵も何もないまま乗っているので許して欲しいと思う。
それはともかく。
牢屋で【嵐天角狼族】の長の息子ウルーリャスを酔い潰した俺達は、即座に牢の中のマハさん達を解放した。
ドービエル爺ちゃんが書いてくれた「あいつらは酒が好きな癖に、酒に弱い」という弱点の効力にちょっとビビッてしまったが、ともかく幽閉されていた彼らを救い出す事が出来れば後はもう城に用は無い。
ブラックも一通り保管庫の書物は読んだらしいし、ここはもう逃げの一択だ。
――ってなワケで、俺達はピロ車に取り付ける輸送用のデッカイ箱を荒縄で括り、そこに獣人達を詰め込んでロクに飛んで貰ったのである。
で、今はその帰宅途中なのだが。
「それにしても……獣人って本当に竜を崇めるんだなあ……」
「あの脳筋三流バカ王子だけかと思ったら、まさか全員とは……竜信仰ってのがあるのかねえ……。まあなんにせよ鬱陶しいんだけど」
「お、お前なぁ……」
うなじに息を吹きかけられながら愚痴を言われるのもたまったもんじゃないんだが、まあ落ちないように抱いて貰っているので何かをいう事も出来ない。
でも、本当に不思議っちゃあ不思議なんだよな。
みた事も無いだろう準飛竜姿のロクを見て、マハさん達はすぐに何かを感じたのか跪いて頭を垂れてたし、みんなマハさんがやってたから……って感じじゃ無く、本当にロクに忠誠を誓うような感じだったんだもんな。ハタからみたらマジで宗教だ。
やっぱ、怒りんぼ殿下が言うように「強い存在」だからなんだろうか。
竜という物自体が特別みたいな感じで殿下は話してたけど、モンスターの血がそうやって強者を敬おうとするのかも知れない。
まあ、この世界じゃ神様の使いの「龍」と、モンスターが最終的に到達する頂点だと言われている「竜」は特別なモノだもんな。
どっちも一国を軽く滅ぼせる存在って話だし、通常人間とは意思疎通できないはずのモンスターでも、竜なら普通に会話出来ちゃうしな……。
しかし、見た事が無いのにすぐ敬えるってのも凄い話だ。
俺も、俺の世界の神様を見たらつい体が竦んで圧倒されちゃうんだろうか。
……うーん……今のところキュウマにそんな畏敬の念を感じた事は無いんだが。
アイツも一応この世界の神様のはずなんだけどな……。
「畏敬の念って難しいな……」
「え?」
「あ、いや、何でもない……ロク、疲れてないか? 大丈夫?」
飛んでまだ三十分ほどしか経ってないと思うが、それでも今回はかなりの大人数を運んで貰っている。胴体にも緩急材を挟んだ縄を通しているとはいえ、後ろ足よりもかなり小さい手で縄を持っている姿はかなり心配だ。
しかし「ザッハークは強いんだよ!」と言わんばかりに、ロクは俺に「ぐおぉん!」と元気よく返事をして、強さアピールをするワケで。
……そりゃ準飛竜って、飛竜、つまり竜に近い進化をしたモンスターだから強いのは間違いないんだけどさ。でも俺は心配なんだよっ。
どんだけ強くっても疲れる時は来るし、つらいものはつらいしさあ!
この背後のオッサンだって、疲れただるいってめっちゃ愚痴るんだから、可愛いロクちゃんも遠慮なく愚痴ってくれてもいいのに!
なのにこの子は凄く良い子だからこんなに頑張っちゃって!
「ツカサ君、なんかいま僕の事を言葉で刺した?」
「ギクーッちちち違いますう! と、とにかくその……全員無事でよかったよな!」
「話を逸らしたね」
「いやでもソコは本当に思ってるぞ!? だって、クラウディアが本気ならどうにかして殺されてたかもしれないんだから!」
慌てて弁解すると、ブラックは俺に疑わしげな目を向けつつも、意外な事にその話に乗って来た。
「まあ確かにね……。でも、今更ながらに不思議なんだよなぁ。ツカサ君が言うには王族を恨んでるヤツだったんだろう? それなのに、誰も殺しもしないで五体満足で檻の中にぶち込んでたなんて……普通、捕えるにしたってあんな風にギャーギャー騒がれたら面倒だし、食事もやらずに弱らせるもんなのにさ」
「言われてみれば、マハさん達すっごく元気だよな……」
王族に禍根が有るのなら、普通は酷い目に合わせたりするはず。
ましてや今も憎しみに満ちていた【黒い犬のクラウディア】であれば、王族を嫌悪のあまりに殺してしまってもおかしくなかっただろう。
なのに、あの人はあれほど怒りながらも、王族であるマハさんを殺そうともせず、他の人達も傷一つ着けずに牢屋に捕えていた。
これは、どういうことなんだろうか。
「あの犬……っていうかあの連中、やっぱり色々おかしいところだらけだよ。あれだけの兵士を雇ったり食料を持ち込んだりするなら莫大な費用が掛かるってのに、それを無駄遣いするような真似をしているなんて、まったく意味不明だ。何かの狙いがあるとしても……今のところソレも理由がわからないし……」
気持ちの悪い奴らだ、と顔を歪めるブラック。
聡い大人のブラックですら困惑するほどなのだから、俺が考えてもその理由は判らないのかも知れない。けれど、俺はあのクラウディアが浮かべた憎しみの表情が頭の中にこびりついていた。
まるで、そう遠くない過去に大事な人を失ったかのような憎しみ。
一族の恨みだとは考えられない程にリアルな感情を持っているのだろうその顔が、どうしても俺の中ですんなり受け止めきれなかったのだ。
けど、彼の恨みは間違いなく王族に向けられたものだ。
そして今、国を「獣人に相応しくない」として崩壊させようとしている。
あれだけ目的を豪語していたのに、それでもマハさんを無事に生かしいた理由って、一体何なんだろう。
「…………なあブラック……やっぱ、王都にクラウディアが憎む“裏切り者”がいるのかな……。だから、アイツはマハさん達を生かしてたんだろうか。街の人達に何かをする様子が無いのも、本命が王都に居るからそうしてるのか?」
強風の中で、一生懸命に問う。
そんな俺の言葉に、ブラックは少し考えて答えた。
「……どうだろうね。今は、断定できないけど……もしそうだとしても、裏切り者はどこに居るのかってことすら分からない。駄熊が向かった方ににソイツが居るのか、それとも王都にソイツが居て、何かまた陽動を仕掛ける気なのか……そもそも、何が原因でそれを知って恨むようになったのかも謎だしね」
「うーん……肝心な所が全然わかんないまんまか……。やっぱり、まだ逃げたらいけなかったのかな……」
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そう思ったけど、ブラックは首を振った。
「いや、あれ以上いるとバレたと思うよ。だから、熊どもを解放するかしないかに関係なく、逃げるなら今しか無かったと思う」
「そうなの……?」
「あの犬はどうか知らないけど……あっちの【教導】ってのは、何かうすうす勘付いているような感じがしたからね。……だから、僕達の出来る事はここまで」
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なら、俺達の事もマジで一日と経たずにバレていたかも知れない。
黒い犬のクラウディアのことも気になるけど……もう、戻れないよな。
「にしても……ケシスさん達は大丈夫かな。セブケットさんも『牢に置いてってくれ』の一点張りだったから、ケシスさんに了解を取って置いて来ちゃったけど……あの二人に何か有ったら……」
「大丈夫だろ。……どうも、アイツらも何か特別な理由でそこに居られたみたいだし」
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普通の熟練冒険者って以外に、なにか理由があるのか。
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「まあ……そこは、どうでもいいんじゃない? 僕も興味ないし」
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「ともかく、王都に帰ったら報告だね。僕らも駄熊のところへ行こう。狼の群れの動向も気になるし……なにより、アルカドアの遺物を調査していた考古学者が残したものの中に、他にもっと手がかりが有るかも知れない」
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「うん……。とは言っても、ツカサ君から話を聞くまでは色々とこんがらがってたんだけどね。少なくとも……あの小さい少女の方のクラウディアの謎を解く手掛かりにはなるかもしれないよ」
「えっ……マジ……!?」
「僕の推測が正しければ、だけどね。それが上手く行けば……もしかすると、もっと他の事も分かるかも知れない」
だけど、やはり明確な根拠が無いからか、ブラックは「絶対に」とは言わない。
それでも可能性は高いのだろうと思わせる口調に、俺は息を飲んだ。
クロウの血族が待つ土地に行けば、色々な事が分かるかも知れない。
考えると、心が昂ぶるようだったが――――
何故か、それと同時に言い知れない不安のような者が胸に渦巻いていた。
→
※またもや遅れました……_| ̄|○ スミマセン…
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