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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
31.好きじゃなくてもそこが好き
しおりを挟む「ん゛ッ、んぐ!?」
な、な、なんだっ、なんか息が苦しいぞ!?
っていうか顔になんか生暖かい空気がぶわぶわ吹きかかって来て、口がなんか、凄く弾力のある何かに押し付けられて……ってこれ……っ。
「ぶわーっ!! なばっ、なっ、なにしてんだよお前はぁあああ!」
「んもうツカサ君暴れたら椅子から落ちちゃうよ。あとナバってなに?」
「何でもいいわいっ! な、なんでこんなことになってんだ!」
ハッと目が覚めたら、オッサンの膝に座らされてなんかキスされてたら、そりゃ誰が相手だろうがギャッてなるだろうが。ハッとしてギャになるだろうが!
っていうかここどこ……まさか【蔵書保管庫】か?
薄暗い部屋に燭台の明かり、いくつもの古い棚にぎゅうぎゅうに詰め込まれた、紙束や古い本――間違いないな。だけど、俺はどうやってここに来たんだ。
ヤバイ、どうやって部屋に来たのか覚えてないぞ。ええと確か、何だか急に視界がボヤッとして、それからええと……目の前に、クラウディアちゃんがいたような……。
だけどそれって、多分ブラックには見えてなかったん……だよな?
なら、あのクラウディアちゃんは本物だったんだろうか。俺が見た幻覚だった可能性も有るよな……急に意識が途切れた理由は分からないけど、ブラックが俺を連れてきたって事は敵の攻撃でもなんでもないだろうし…………ってことは俺、もしかして、疲れすぎて寝ちまったんじゃないのか。
それで、ブラックに連れて来てもらったとか?
…………こ、これは、ヤバイ……ていうか恥ずかしい……っ。
そもそも敵地で我慢出来ずに意識を失ったって、緊張感無さすぎだろ。何をやってたんだ俺はあぁああ。
「……う……え、えっと……」
「ツカサ君どしたの、急に黙って。えっ、もっかいキスして良いの!?」
「ばーっ! そんなこと誰も言っとらんわ! そ、その、俺急に寝ちゃったんだろ!? だ、だからその……こんな時なのに、寝てごめん……」
自分の失態だけでも恥ずかしいのに、ソレを膝に抱えられた状態で言うのは更に顔から火が出そうだ。でも、これは俺が悪いんだから謝らないと。
ブラックは普段俺をザコだのなんだとの小馬鹿にしてくるが、それでもそんな俺の事を守ったり、守るだけじゃなくて俺の男としてのプライドを傷つけないように、色々サポートしてくれているんだ。
それなのに俺がこんな状態じゃ、愛想つかされちまうよな……。
だからせめて謝罪はしないと、と思ったのだが、何故かブラックはみょうちきりんな顔をして俺を見つめていた。なんだその顔は。
「ツカサ君それホントに言ってる? ……あ、でもそうか、元はと言えば僕達が最初に疑うような事を言っちゃったんだもんね。僕こそごめんね」
「え……ど、どういうこと……?」
ブラックが言っていることがよく分からなくて頭に疑問符を浮かべると、相手は俺を抱えたままエヘヘと笑った。
「いや、実はね。ツカサ君が変になちゃったから、敵の曜術か何かだと思って曜気の流れを探ろうとして手を握ったら……僕にも、クラウディアっていう少女が見えるようになっちゃってさ。たぶん、ツカサ君が彼女の術……っていうか特殊技能に掛かっていた影響を受けたんだと思う」
今まで疑っていたけど、これであの少女が実在するということはハッキリしたよ、と俺に語るブラック。何が何だか分からなかったが、どうやらブラックが言うには、俺の中にはクラウディアちゃんが「入っていた」らしい。
そんで、彼女が「ここに来て欲しい、アクティーという子を助けて欲しい」という願いのために再び現れて、俺達をここに導こうとした……と。
俺達も保管庫には行くつもりだったので、結局は同じ目的になってしまったんだが、その前に説明されてもまだちょっとワケがわからない。
あともういい加減膝から降ろして欲しい。
「えっと……俺の中にクラウディアちゃんが入ってるって……どういうこと?」
「今もそうかは断定できないけど、間違いなく彼女から聞いた話だよ。信じがたい事だけど、どうやら本当に彼女は君の中にいたらしい」
そう言って、ブラックは自分が見たクラウディアちゃんの【特殊技能】のことや、彼女が「本物の幽霊」でなければ説明がつかない話の数々を挙げ、彼女が色あせた絵本の内容すらスラスラと読み解いた事も話してくれた。
……確かに、そこまで行ったらもう疑う余地もない。
でも、どうして……っていうか、どうやって俺の体に入ったんだろう。
幽霊に憑依された、と聞くとちょっと怖いけど、クラウディアちゃんは今まで俺に何もしてなかったし、彼女自身も「俺の中で眠って元気になった」と言っていたらしい。
だけど当然俺にはそんな感じがしたって自覚もない。
【黒曜の使者】には、幽霊を取り込んで守ってあげる力があるんだろうか?
そう考えて、ふと思い当たる事が有った。
「……あんまり関係ないかも知れないんだけど……サービニア号で、リメインを追って海に飛び込んだあの時……俺の目の前にあった【アルスノートリア】の本が、溶けるみたいに消えちゃったんだ。まるで俺の体に染みこんだみたいだったけど……それって関係あるのかな」
降りようとしてもガッチリと俺を捕えて離さないブラックは、そんな力強さをおくびにも出さず、涼しげな顔をしてうーんと唸る。
「幽霊のなんたるかは僕には分からないけど……あの子の周りには“大地の気”の光が散ってたから、もしかすると、ツカサ君の【無尽蔵の曜気を生み出す】能力が彼女を自然と引き寄せたのかも知れないね。幽霊も“大地の気”を取り込むって言う生命の基本からは逃れられないってことなんじゃないかな」
「な、なんか難しいな……あんま理解は出来てないけど、彼女は今も俺の中に居る……んだよな?」
消えたりはしていないだろうな、と恐る恐る問うと、相手は頷いてくれた。
「絶対、とは言えないけどね」
「そっか……クラウディアちゃん、また俺の中で眠ってるといいんだけど……」
ブラックから話を聞く限りでは、彼女は力を使い果たして寝てしまったようだった。
子供によくある、自分の体力を把握し切れていなくて急に電池が切れた感じになるアレだ。それくらい、クラウディアちゃんは必死だったんだろう。
それを思うと、彼女の願いが叶わない内は、まだ生きていてほしいと思ってしまう。
……幽霊に対して生きていて、はおかしいんだけども。
けど、アクティーって子を彼女は救いたいんだもんな。
俺達はその子を知らないけれど、彼女が「いまこの城に居る」というのなら、一緒に探してあげたい。未練が残り続けるって言うのも可哀想だし……。
そんな懸念を抱く俺に、ブラックは肩を竦めた。
「まあ、ツカサ君に吸い込まれていったように見えたし……しばらくはツカサ君の中で眠って、また元気になれば出て来てくれるんじゃない?」
「今はそう願うしかないよなぁ。……でもさ、アクティーって女の子なんて……この城に居たのかな。それらしい子は見かけなかったけど」
「彼女が相当古い霊なら、探し人はかなり成長していると思うよ。生きていれば、老婆でもおかしくないんじゃないかな。何せ、話や絵本の内容からすると……彼女は、間違いなく【太陽国アルカドビア】の頃の住人なんだから」
……やっぱそういう事になるよな……。
クラウディアちゃんは、絵本を目視で発見してすらすらと内容を読んだ。
その事だけでも彼女が「過去の住人」である証拠になる。
彼女が生前どんな存在だったのかは未だに謎だけど……でも、文字を読めて城の中の事に詳しいとなると、どう考えてもただの使用人って立場ではないよな。
もしかしたら、クラウディアちゃんは……この城で重要な存在だったのかも。
「なあブラック、もしかしてクラウディアちゃんかアクティーちゃんが、古代アルカドビアのお姫様だった……なんてことはない?」
「うーん……どっちの少女も歴史書的なモノには記述が無かったからなぁ……。でももし……今生きて【黒い犬】として城を乗っ取ったあいつが『クラウディア』を名乗った意味が、この都の過去にあるとするなら……彼女は案外重要な存在なのかもね」
ああ、そうだ!
あの【黒い犬】は、自らを「クラウディア」と名乗っていたじゃないか!
こんな偶然なんて、そうそうあるはずがない。
男……の人が、女性の名前なんて珍し過ぎるし……もしかしたら、彼は……。
「……あの黒い犬が【アクティー】の子孫……だったり……?」
「ツカサ君にしては常識的で鋭い考えじゃないの」
「褒めてんのかそれっ」
「あはは、褒めてる褒めてる。充分ありえる事だと思うよ。今のところアクティーって子の絵と、彼の特徴は一致しているようにも見えるし」
馬鹿にするなら降りるぞと暴れるが、すぐに抑え込まれ冷静に返されてしまう。
ぐ、ぐぬぬ……もうこの際、格好はどうでもいい。
ブラックの言う通り、見せて貰った絵本の【アクティー】って子と「黒い犬のクラウディア」は、黒い耳と肌の色が薄いという点は一致していた。
イタチでもキツネでもなく犬ではあるが、彼が【アクティー】の子孫でもまったくおかしくない。
そもそも、絵本の中の少女は「幼い姿」だ。
成長する前の子犬は耳が小さい子も居たりするわけだし、それを考えると【アクティー】もアヌビス耳に育つ犬娘だったかも知れない。可能性はゼロではなかった。
何故かちょっと違和感を感じるけど、この考え自体は良いセン言ってるはず。
「しかしなんでクラウディアって名乗ってるんだろう。てかそもそも、クラウディアちゃんってどういう立場なんだろう……? 彼女っていかにも【砂狐】って感じの容姿なんだけど……本当にお姫様じゃないのかな」
「王族ってのは規模が大きいし、ご令嬢程度だったんじゃない?」
「あー、そういう方向も有るか……」
安易な予想を「そうに違いない」と思い込むのは危険な事だ。
いくらクラウディアちゃんがお姫様みたいに可愛くても、だからって彼女がお姫様だとは限らないだろう。今までそういうギャップのある人達をワンサカ見て来たしな。
……それに……古代アルカドビアの王族は、絶滅してるんだ。
【砂狐族】だと一発で分かるような容姿の彼女が、歴史書に記載し切れなかった「王族の一人」であっても何もおかしなことはない。
「ともかく……彼女についての疑問は尽きないけど、今は城のことだ。ここに見取り図が無いか、調べないとね」
アッ。そ、そういえばそうだった。
クラウディアちゃんと【黒い犬】の関係性や、彼女のことが気になりはするが、現在の状況は謎解きをしている場合じゃ無かったんだ。
早く城の構造を理解して、マハさん達がどこにいるか掴まないとな。
――そんなこんなで、俺達は【蔵書保管庫】の書物を浚ってみることにした。
今は真面目に……ってなワケでようやく膝から降ろして貰えた俺は、ブラックが本の中身を確かめやすいように、机に本を持って来たり返しに行ったりと忙しく動き回る役目を仰せつかる事になった。
……この古い書物をちゃんと読めるのはブラックしかいないので、そのぶん俺は体を動かしてお手伝いしようというワケである。
なので、せっせと大量の本や紙束を入れたり出したりすることになったのだが……こんな書類の森みたいな場所で、クラウディアちゃんはよくすぐに目的の物を見つけられたな。というか、よく物怖じせずブラックにお願いできたよな。
あの年頃の女の子だと、ブラックみたいな大人は少し怖いだろうに……とはいえ、ブラックは血気盛んってワケでもないから、クラウディアちゃんみたいな子供が怖がるような事なんてするわけないけど。
内心はどうあれ、ブラックって意外と子供にはズケズケ言えないんだよな。
恋敵認定みたいな大人げないことにならなきゃ、わりかし紳士的なのだ。
普段の態度からして、子供好きってワケじゃなさそうだけど……そういうちぐはぐな態度がブラックらしいなと少し思ったりもする。
嫌いだけど丁寧に接するって、自分でやると疲れるもんなんだけどね。
でも、それが一番楽だから、とある程度の我慢が出来る大人な部分があるのが、何だかおかしい。大人に対しては好き放題言うのにな。
そういう変に不器用な所が、ちょっと可愛……いや何言ってんだ俺は。
ご、ゴホン。
ともかくしばらくそうして本を運び、部屋の奥の方にあった棚の書物に手をつけて次の本を運ぼうと数冊を抱え込んでいると――――
「……ん?」
ごっそり本が抜けた棚の奥に、なにかぺっちゃんこになった紙を見つけた。
いや、アレは……巻物のように巻いた紙が裏側の棚の本との間に挟まって、押し潰されてしまったんだ。
これも一応持って行った方が良いよな。意外と大きいその巻いた紙を取り出すと、俺は重ねて持った本の上にその巻紙を乗せてブラックの所に戻った。
「ん? ツカサ君それなーに?」
「本棚の間に挟まってたんだ。なんかの資料かも」
「どれどれ……」
本の山を机の端に置いて、すっかり折れ曲がってしまった紙を広げる。
古いせいで折れた所から少し割れてしまっていたが、開くのは苦ではない。狭い机いっぱいに広げられたその紙には。
「……これは…………」
「ツカサ君、よくやったね! これだよ、城の見取り図!」
色あせて薄茶色になった線で細かく描かれた、見覚えのない城の詳しい図が紙の上に目一杯広がっていた。
→
※ツイ…いや、Xで言ってましたが見事に朝方になりました…
_| ̄|○疲れがピークになって寝落ちしちゃった…
次回はこうならない……はず!
応援ありがとうございます!
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