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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
敵城視察2
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ケシスさんに通されたのは、どうやら兵士……獣人達の間では守備隊というらしいが、彼らが使う控室のような場所だった。
窓のない簡素な石造りの壁に、燭台が幾つか取り付けられていて、ごんぶと蝋燭が無骨にぶっ刺さっている。その下には、兵士達の着替えを入れておくロッカーのような細長い棚がずらっと並んでいた。
……石の壁では無かったけど、唯一のバイト経験である短期間のコンビニバイトの時の更衣室を思い出すな……。
結構な数が有るが、やはりこの城にはそれほどの兵士がいたのだろう。
窓のない閉塞感が有るとはいえ、結構な広さだった。
「椅子に座るか、それか奥の方に仮眠室が有るみたいだからそこを使ってくれ。黒い犬の大将がヘタな事を言わねえ限りは、口に入れるモンを持って来てやるよ」
「笑えねえ冗談だ」
「ハハハ、じゃあな……おっと、用心のために鍵はかけさせてもらうぜ」
「ああ、好きにしろ」
なるほど、ここは外から施錠できるから連れて来たのか。
仲間とは言え、何か不審な動きをするかも知れない……そう思ったんだろう。
獣人大陸に来る凄腕の冒険者なんだから、まあ当然のことだよな。他は何故だかボーッとしてる奴らばっかりなんだし……。
「…………ふぅ。ひとまず潜入成功って感じかな」
数秒、何かを探るように黙っていたブラックが、急に息を吐いて兜を外しにかかる。多分……盗聴されてないか、とか、部屋の外に誰かいるんじゃないかってコトを何かの手段で確認してたんだろう。いつもながらチートよりチートなオッサンだ……。
でも、ブラックがそう言うんなら安心だよな。
俺ももう早い所兜を脱ぎたくてたまらなかったので、ガシャガシャと籠手付きの手で兜を取ろうとする……んだが、取れない。こ、これどうやって外すんだっけ!?
「あーもー仕方ないなぁ。ツカサ君ほらジッとして」
「ぐうう……か、かたじけない……」
何故か武士口調になってしまったが、外せなかったのは恥ずかしい。
おかしいなあ、俺だって鉄仮面を何度も被ってるから仮面スキルは上がってるはずなのに……鎧兜は別種と言う事なのだろうか。いやまあ、鎧とか今まで装備した事もなかったしな……そりゃ勝手が違うか。
「わっ、ツカサ君凄い汗」
「ぶはっ……だ、だって、この鎧重いし動きにくいし外も暑かったし……」
「……そうだっ、体を拭いた方がいいんじゃないかなぁ、ツカサ君も他人の汗が染みこんだ鎧を着てさらに汗臭いままなんてイヤでしょ? だってツカサ君ってばすっごく綺麗好きだもんね! なら水浴びしよっ、そうしようよ! ねっ!」
「冒頭のすごい棒読み感……」
なんでアンタは自分の欲望が絡んだ時に限ってそう分かり易いんだ。
思わず呆れてしまったが、まあでも正直ブラックの言う通りだ。鎧が臭いし何なら俺自身も汗臭そうで物凄く嫌だ。汗だくで髪も額や頬に貼り付いているし、こんな状態でブラックに近付きたくない。……あ、汗臭いとか思われたらヤだし……。
…………ご、ゴホン。
で、でも、一度スッキリすべきってのはそうだ。このままだと熱中症になりかねないし、この異世界でも暑さ対策はすべきだよな。やっぱり、水浴びはすべきだ。
俺は幸い水の曜術も使えるから、ここで一旦洗濯するってのも良いかもしれない。
鎧に染みこんだ汗臭さは取れないかもしれないが、軽減は出来るかも。
そうとなったら、すぐにでも曜術で水を出したいところなんだが……。
「あ、でも……ここってタライとか水を溜めるモノってないよな……?」
仮眠室の方を見てみるが、やはりベッドや予備の寝具があるくらいでタライなどの水を溜める道具は見当たらない。
たぶん、別に洗濯や水浴びなどを行う場所が有るんだろう。
だとすると、水を流せないな……。
「ん? どしたのツカサ君」
「ああ、いや……水を流せないし溜められないしどうしようかなって……」
「そんなの簡単じゃない。木の曜術で器を作って、水の曜術で水の玉を同時に出してどっちも保たせたまま水浴びすれば良いんだよ。そうすれば床も汚さないし、浴びた後の水は木に吸い取らせてしまえるでしょ」
「…………」
人差し指を立てて、当たり前のように言うトンデモチートおじさん。
いや……うん……そうだな。普通のチート持ち主人公なら、そういう方法も簡単に取れるし俺も思い付いたかもしれないな。確かにソレが一番早くて簡単だ。
簡単だけどなぁ、あのなぁ……。
「どしたのツカサ君」
「あのなー! 木の曜術も修行中の俺にどーやって二つの属性を同時に持たせいっちゅーんじゃ!? そんな芸当出来るかァッ!!」
「えぇ……だってツカサ君【黒曜の使者】じゃない」
「お前のような超上級者と一緒にすんな! つーかアンタ毎回俺をザコザコ言ってるでしょうが! 無茶言うなって!」
この自然ゼロの場所で、二つの曜術を使ってどっちも保たせ続けろって?
おいおいおいそんなの無理に決まってんだろ。
俺の実力を見くびってるぞアンタは。
って、そういえば忘れてたけど、ブラックは教え上手だし頭も良いけど、その代わりこっちの力量ガン無視でぶっつけ本番を要求して来るトンデモ教師だったな……。
俺は忘れてないぞ、ハーモニック連合国の地下水道遺跡で複合曜術をやらされたことを……あの時も本当にドキドキしたんだからなマジで!!
まあ、アレは成功したけど……でも、この自力で曜気を出さなきゃいけない大陸で、そんな術を使うなんて無茶もいいとこだ。
なのに、ブラックはと言うと眉をハの字にして心外そうに目を丸くする。
「ツカサ君なら出来ると思うけどなぁ。……まあやり慣れてないなら凄く疲れるだろうけども」
「さらに疲れさせる気かアンタはっ」
「でも、ツカサ君練習したがってたじゃない。いい機会だと思うよ? それに、お風呂入りたいんでしょ。だったら、これは挑戦すべきだよ!」
「ぐっ……そ、それはそうだけど……でもここ、敵地だし……」
けれど、正直俺はヘトヘトだ。
いざって時のためにも、これ以上の体力の消耗は避けたい。
……まあ、そんな時が来たらブラックが俺から曜気を引き出して戦えば良いだけの話なんだけども……。ブラックは【紫月のグリモア】だから、俺から自由に曜気を供給できるし、ソレに関しては俺が気絶してようが疲れてようが関係ないみたいだし。
…………あれ、今の俺って本当にマナタンクくらいの使い道しかないのでは。
船に乗ってから、ほとんど鍛錬も出来てなかったけど……こ、このままではオトコの沽券に関わるかもしれない……。
内心自分の立場にショックを受けていると、それすら読んでしまったのか、ブラックは先程とは全く違う提案を持ちかけて来た。
「うーん、仕方ないなぁ……じゃあ、器は僕が用意してあげるから」
「え……器って、風呂の?」
問うと、ブラックはニコッと笑って自分の上半身を覆っている鎧を取り外した。
そうして、その胸部のプレート部分を持つ。確かにソコは湾曲した形で水を溜めるのには適しているかも知れないけど……俺が入るには小さすぎるぞ。
心遣いは嬉しいけど、さすがに無茶というものでは。
「あのねえツカサ君、僕が金の曜術師であるってコトも忘れてない?」
「わ、忘れてないし! ピッキ……鍵開けとか凄く便利だしっ」
「人を泥棒みたいに言う……んもう、よく見ててよね」
そういうと、ブラックは何やらブツブツと小さく呟き始めた。
胸部のプレートを持ったままで何をしているのかと思ったら、そのプレートに白い光がポワポワと取り付き始める。この光は確か、金の曜術の光だ。
だけど、なんだか赤い光がちらちらと混じっている。
もしかして、これは――――
「変化を終えた無骨な鉄の器よ、我が力に応えその身を再び灼熱の熱に浮かせ――【カンビオ・ディラフォーマ】――……」
赤と白の光が、プレートを包んでその中に染みこんでいく。
その刹那、カッと一瞬強い光が走り、急にその形が歪み始めた。
「えっ、うえぇ!?」
プレートが急にウネウネと蠢き始め、どんどん広がっていく。俺が目を見開いてその姿を見つめていると、プレートはすっかり形を変えてしまった。
まさに「でっかい金ダライ」といった感じの姿に。
そ、そっか……ブラックは、水を溜めるための器を作ってくれたのか。
確かあの術って、金属をイメージする形に変化させる術だったよな。でも、術自体は上級の術で、使うのが難しいって話だったけど……それを俺が水浴びするために使ってくれるなんて、相変わらず凄いオッサンだ。
「ほら、これで良いでしょ。耐久性はちょっと不安だけど、十分な広さと深さは有るんじゃない? これならツカサ君が水を張るだけで済むよ」
「そ、それはありがたいけど……」
でも、アンタさっき練習すればって話をしてたんじゃないか。
ソレで良いのだろうかと顔を見上げると、ブラックは満足げに微笑んだ。
「まあ正直、僕はツカサ君に無理強いしたくないしね。そんなことよりも、恋人が疲れを癒して悦んでくれる方を優先したいし」
「ぐっ……」
そんな事をそんな顔で言うなんて、ずるい。
ほんのりと汗をかいた顔に、艶やかに捻じれた赤い髪が張り付いている。無精髭も少し濃くなってて、更に大人の男を感じさせるのが何故か居た堪れない。
そんな顔で「君のため」と言いつつ微笑まれると、その……う……うぅ……。
何故か恥ずかしくなってくる……っていうか、その、不覚にもドキドキして……いや、べ、別にこ、恋人、なんだし、こういうのでドキドキするのって普通なんだけど?!
でも、その、こんな簡単な事ですぐドキドキしてしまう自分が恥ずかしいって言うか、そんな簡単な自分を見られるのが我慢ならないというか……っ。
しかしこのまま黙っているのも不義理だ。
何だかんだ、疲れている俺の為に術を使ってくれたブラックに、礼を言わねば。
「あ……ありがと……」
「へへ……お礼なんていいよぉ。この桶で水浴びするツカサ君を、至近距離で見せてくれれば!」
「やっぱりそういうヤツだよなーアンタはー!!」
だあもうチクショウ、ドキドキして損した。
なんでこういう時もスケベ心は欠かさないんだよお前は。
「ほらほら、早く水を溜めて体を洗っちゃおうよう。早くしないと戻って来ちゃうよ~? それに、ツカサ君は熱でフラフラなんだから一度体を冷やすべきだと思うしっ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「だからぁ、ほら、早く水浴びしよ? 僕が見張っててあげるからっ」
ウキウキでそう言いながら、語尾にハートマークを散らすオッサン。
練習だ思いやりだと言いつつ、結局やりたかったのは水浴びする俺を観察する事だったらしい。コンチクショウ、なんでそうお前はブレないんだ。
でも体を冷やした方が良いってのは確かだしなぁ……。
俺なら自分で冷えた水を出せるし、今水浴びしなければ、今後鎧を脱いで休めるかどうかも分からない。ならば、確実に時間が有る今しかチャンスがないワケで。
「うぅう……し、仕方ない…………」
「やったー! さっ、鎧を脱ごうね~僕が手伝ってあげるね~」
「頼むからもうちょっと下心を隠してくれ」
何度目か分からない懇願をするが、涎を垂らしそうなほど口元を緩めて俺の鎧を外しにかかるオッサンには何を言っても届かない。
とはいえ……正直、さっきの粗野な演技のブラックよりも、今のスケベオヤジ状態の方が何故かホッとしてしまうのも事実で。
…………俺もなんだか遠い所まで来ちゃったなぁ……。
我ながら己の変化に遠い目になりつつも、俺は大人しくブラックが俺を丸裸にするのを見守ったのだった。
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