異世界日帰り漫遊記!

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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編

24.こんな場所で会うなんて

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   ◆



 よくよく考えたら、あの“骨食みの谷”に居た傭兵達が間違いなく【黒い犬の群れ】の一員だってコトが確定したのは、実は凄く重要な情報なんじゃないのか。
 そうだよな。いやそうに違いない。

 ガシャガシャと重たく動きにくくて、しかもヤバイくらいに汗臭い鎧に身を包まれながら、俺は今更ながらに考えていた。

 ……なんで汗臭いフルフェイスの鎧を装備しているのかは、後で回想するので少し待っていてほしい。いや誰に言っているのか知らんが、ともかく今はこの赤い砂漠でそれとなく冒険者たちに溶け込むのが最優先なのだ。
 だから、あの街の外の集団に近付くまでは、この砂漠の熱すぎる環境を忘れるために現実逃避をさせて貰いたい。目の前で涼しそうに歩いてるオッサン相手にブツブツ言っても「ハン?」とか鼻で笑われそうだしな。

 ちくしょう、俺だって好きで体力ないんじゃないやい。
 むしろ今から体力作るわ。この鎧で己を鍛えたるんじゃい……じゃなくて。

 ともかく、思い返してみると、あの情報は重要だと思うんだよ。
 いや、だってさ、俺達は最初「ポッと湧いたよくわからない賊を倒して来い」って試練を“金獅子のゼル”さんに言われて、動いてたんだぜ?

 その時は、相手が「もしかしたらアルカドアを襲っている連中と同じかも……?」と考えてたくらいだったのに、今さっき確定しちゃったんだぞ。
 しかも、その傭兵達は人族の大陸で事前に仕込まれてた雑兵ときたもんだ。

 これってつまり、確実に人族が裏で手引きしてる戦ってことだよな。
 だから【古都・アルカドア】を襲撃している曜術師達がタマ切れせずに、補給を受け続けられていたってコトだし、謎の「アジト」も建設が終わってたんだ。

 曜気が枯渇しているこの土地で、人族が獣人に混じって戦い続けられる理由。
 人族の冒険者や傭兵がこぞって参加している理由。

 まだ「相手が何を目的としているのか」までは判らないけど、この二つが判明して、相手が考えなしに動いてたワケじゃなかったって事を知れたのはデカい。

 事前に人族の何者かが手引きして、兵士を集めていたってことは……
 アルカドア襲撃については、前々から計画されてたってことになる。

 ………………。
 でもまあぶっちゃけ、ソコまでしか俺には考えが及ばないんだよな……。

 俺達と一緒にサービニア号で【獣人大陸ベーマス】にやってきた傭兵達は、持って来た名簿と照会しても名前が全員一致していた。っていうことは、彼ら全員が事前に【黒い犬の群れ】のために用意された雑兵というコトになる。

 つまり、これは暴徒だとかただの国盗りだとかって話じゃない可能性があるんだ。

 それは……えーと……。
 なんかちょっと大げさな気もするけど……例えば、よからぬ人族達が、獣人大陸を裏から支配しようとしてる~だとか、そもそも相手は獣人大陸をメチャクチャにしようとしてる~だとか……まあその……それは言い過ぎか……。

 ともかく、はにゃらへほにゃ……。

「ツカサ君、ツカサ君てば。なんか熱でおかしくなってない?」
「はへ?」

 あれ、目の前が影だな。
 影っていうか……ああ、これはアレだ。甲冑姿のブラックだ。
 わあ、誰だかわかんねえ……。

「んもー仕方ないなぁ……こういう時に自分に曜術を使うとか考えないんだから……ほら、僕が手助けするからもう少し頑張って」

 がしゃ、と、音が聞こえて――――あれ……なんか急に涼しくなって来たぞ。
 頭がスッキリして来たけど、これがブラックの言う「手助け」なのか。
 えっ、すごい。どうやったの。

「ブラック、これ……」
「ツカサ君忘れちゃった? 僕一応炎の曜術師でもあるんだよ。……太陽の光には、微量の炎の曜気が含まれてるからね。……とはいえ、攻撃に仕えるほどじゃないんだけど……でも、肌にひっつくと熱いでしょ。ソレを、僕が操ってるワケ」
「……なんか簡単に言ってるけど、もちろんお難しいんでしょ……?」
「まあ、僕と同じ限定解除級の曜術師でも、使えるかどうかは半々ってとこかな」

 キーッ、お前サラッと「まあ僕だけしか出来ない超絶技巧ですけど?」みたいな事を当然のように言うんじゃなーい!!
 助かったけど、まあ助かったけどな!?

「ぐうう……あ、ありがと……」
「それは良いんだけど、やっぱりツカサ君は『適当に連れて来た娼姫』とかの役の方が良かったんじゃない? それなら鎧で顔を隠す必要もないし、もっと効率よく奴らの情報を引き出せたと思うんだけど」
「だから、それも相手が俺の知ってる冒険者が居れば話になんないだろ!? こっちは船でずっとメイドやってて顔見知りもいるんだから!」

 サービニア号で働いている時、俺を励ましてくれたものの一つが、三等船室で他の乗船客と雑魚寝をしていた冒険者や商人の人達だった。
 彼らに顔を覚えて貰っている……なんてうぬぼれた事は言いたくないけど、相手は獣人大陸に挑戦できるくらい熟達した技量を持つ冒険者なんだ。

 その観察眼がなまくらだとは思えない。
 例え、傭兵達みたいに“なにか様子がおかしい状態”なのだとしても……俺の顔を判別して来る可能性がある。だから、色仕掛けとやらに賛成できなかったのだ。

 ……まあ、自意識過剰……と言われると、否定できないんだが……。
 けど、ブラックも自分自身がそうだからなのか、はたまた別に何か思惑が有るのか、いつもなら「ツカサ君の痴態を他の奴に見せてたまるか!」なんて言いそうなのに、今は何故か俺が役割を拒否する事に難色を示していて。

「うーん、まあ……それもありえるけどね。もしかすると、杞憂かも知れないよ」
「そうかなぁ……すぐ見破られてマヌケめ! とか言われそうなんだけど……」
「……どっちかって言うと、今まで気付けなかった僕の方が間抜けかなぁ」
「?」

 よくわからないけど、ブラックには何か把握出来ているんだろうか。
 まあ、そうでなけりゃ俺に色仕掛けをしろだなんて積極的に言うハズもないしな。
 ……いや、言うかな。コイツ結構スケベなこと好きだもんな……人に見られるかも知れない場所でえっちするの好きだし、俺が泣いて嫌がるのを喜ぶフシあるし。

 まさかプレイの一環とか考えてるワケじゃ……。

「あっ……ツカサ君、いたよ。休憩している奴らだ。やっぱりアルカドアからそう離れていない場所に居たね。……というか、ほぼ近くだ。敵に襲撃される事を全然考えていないのか? あんな開けっぴろげにテントなんて広げて」
「近い所にテント張っちゃだめなの?」

 確かに彼らは街のすぐ傍にテントを張っているが、それの何がダメなのか。
 思い甲冑の兜を引き摺りながら頭を向けると、ブラックはハァと息を吐いた。

「ツカサ君……そういう所ホントにメスだよね……。相手が反撃して来た時、技能や曜術の射程距離にテントを張ってたら休息出来ないでしょ? だから、兵士を下がらせる場所は後方の手を出しにくい場所にあるんだよ。野戦の基本じゃないか」
「め、メスってお前なあ! 別に俺はそういうの興味ないだけだし!!」

 戦争の事を解ってたら立派な男だって言うのか。それはさすがに固定観念だぞ。
 俺は楽しい事が好きだし、ファンタジーが好きってだけなのだ。
 適材適所と言って頂きたい。まったくもう。

「ま、血生臭い思考と縁遠いのはツカサ君の良い所でもあるよね」
「な……なんだよそれ……」
「ん? 僕が大好きなツカサ君の好きな要素のひとつってこと」
「ギーッ」

 さっき貶しといて本当こんにゃろスカポンタン。
 あまりの自由奔放さにしばき倒してやろうかと思ったが、今日は鎧が重いのでこのくらいで勘弁しといてやらぁ。

 ……ともかく、なんか変ってことだよな。

「えっと……それで、どうするんだ。ヘンだけど潜入するのか?」

 さっき説明しそびれたが、この甲冑姿でアルカドアに近付いたのは、谷で起こった襲撃を逃れた傭兵として仲間に加わるためだ。
 相手が組織立っている可能性があると判断したので、変装して近付こうってコトで、俺達は傭兵さん達から借りたフルフェイスの鎧を装備しているのである。

 色仕掛けが云々とか言ってたけど、やっぱ危険だしな。
 まずはこの姿で紛れてみようってワケだ。……でも、相手が訝しんだらこの方法も失敗になるんだよな。……そうなった時の為に、俺達はすぐさま脱出して、アルカドアに潜入しようって考えてるんだけど……そんな目立ったことはあまりやりたくない。

 俺達が動いたと知れば、本丸に居る黒い犬や大柄なローブの男は危険を感じて、マハさん達に酷い事をするかも知れない。
 それだけは絶対に避けなければ……。

「そんなに緊張しないで。大丈夫。あの三下傭兵達みたいに、居丈高にしていればきっと相手も騙されてくれるから」
「大丈夫かなぁ……」
「ともかく行ってみよう。ほら、ふらふらしてるから逃げてきた感じに丁度いいよ」

 心配は尽きなかったが、これ以上まごついていても仕方が無い。
 俺は気合を入れると、ブラックと共にテントが群れている場所に近付いた。

 …………人が待機してるな。
 やっぱりここも獣人と人族の混合部隊だ。でも、適材適所だった谷の鹿族と違って、ここは何だか種族にまとまりが無い。狼とか犬は解かるけど、兎とかカンガルー的なあの種族とかが配置されている。

 壁を壊さずに攻撃だけしている今は、遠距離攻撃の能力を使える種族の方が有用なんじゃなかろうかと思うんだが、近接系っぽい獣人が多い感じだった。
 ……これはどういうことなんだろう……?

 よく分からなかったけど、進むしかない。
 ブラックと一緒にフラフラしながらテントに近付くと、彼らの数人がこちらを向いた。
 が、彼らは見るだけで反応しない。

 ――――やっぱり、なんだか様子がおかしい。

「やあ。“骨食みの谷”が襲撃された話は聞いているか?」

 一番近い場所に居た若い冒険者にブラックが言うと、相手はボーッとフルフェイスの兜を被ったブラックの顔を見つめながら、薄らと口を開く。

「ああ……らしいな……大変そうだ……」
「……だろう? オレ達も、大変だったんだ」

 少し声音を変えて一人称も偽称するブラックに、相手は「ああ」という言葉を口から零すように漏らし、後頭部をボリボリと掻く。
 まるで気にしていないかのような、のんびりした受け答え。
 とても眠そうにも見えるけど、クロウの「眠そうな感じ」とはまた違う。まるでお酒に泥酔してボーッとしている大人みたいだった。

 そんな相手に、ブラックは更に言葉を畳み掛けた。

「オレ達も仲間に入れてくれないか。どうすればいい? 黒い犬はどこにいる?」

 明らかに“骨食みの谷”から這う這うの体で逃げてきた感じではない、矢継ぎ早の質問。普通なら、この質問の嵐に疑問を抱くはずなのだが――――

「ああ……うん……? わからん……配置は……ケシスがやっている……黒い犬の居場所は……知らん……ケシスが知っている…………かも……」
「ケシス、って奴に聞けばいいんだな」
「うん……?」
「わかった、ありがとう。お前は存分に休むと良い」
「うん……」

 終始、言葉が曖昧な相手は、ブラックの言う事を素直に聞いて目を閉じる。
 さっきまで起きていたのに、休めと言われて眠ってしまったようだった。

 これは……やっぱ……おかしい、よな……。

「ね。やっぱり、顔なんて覚えて無さそうでしょ」
「いや、どういうこと? ねっ、て、アンタなにか見当がついてるのか?」
「推測の域を出ないけど、まあそれなりに……っと、ちょっと待って。一人だけマトモに歩いてる奴がいるな。アイツがケシスかもしれない」

 ツカサ君は、フラフラの兵士を演じててね。
 そう言うと、ブラックは急に慌てたような動きを見せて、赤い砂に足を取られつつも必死に走る兵士……を演じながら、少し離れた場所に居た相手に近付いて行った。

 ちょっと黒髪に見える、肩までの長髪を真ん中で分けた男。
 遠目からでもぼんやり分かるハッキリとした顔立ちは、何だか見覚えがあった。

 誰だろう。あの人も、サービニア号に乗っていた冒険者なんだろうか。
 ああでも、疲れ切った兵士を演じてる俺には、その場に座り込む事しか出来ない。断じて疲れたからじゃないぞ。鎧が重いからじゃないんだからな。

 でも、ブラックがピンチになったら俺が手助けをしなければ。
 いつでも曜気が使えるように準備だけはしておこう。そう思いつつ待っていると……二人が、こちらへと歩いて来た。

 別に険悪な雰囲気じゃない……ってことは……説得に成功したのか?

 顔を隠す兜の中で目を瞬かせていると、俺の狭い視界を遮るように、件の「ケシス」が立ちはだかった。足しか見えなくて、慌てて上を見る。すると。

「おう、とりあえず……お前らも災難だったな。まあこの状況じゃ冒険者だの傭兵だのと言っちゃあいられねえ。……とりあえず、戦況を報告して貰おう。こっち来な。黒い犬の大将んとこに案内してやるよ」

 そう言いながら気の毒そうな顔を擦るのは、悪人面っぽいトカゲ顔の冒険者。
 彼……彼は……見た事が、ある。

 いや、それどころか俺は彼に何度か助けて貰った。
 サービニア号で俺に親切にしてくれた冒険者の中でも、特に覚えていた人だ。

 そう。
 そうだよ、ケシスって、名乗ってたじゃないか。

 彼はサービニア号での冒険者のまとめ役だった、ケシス・オラナダムだ……!

「いくぞ」

 他の人達とは違い意識がハッキリしているらしいケシスさんに気取られないためか、ブラックは俺の名前を呼ばずに「傭兵らしい無骨な口調」で喋り、その口調に合うように俺の甲冑の腕を強引に掴んで引っ張り上げる。

 ブラックがそういう態度をするってことは、やっぱり相手は警戒しなければいけない存在なんだろう。俺も気を付けながら、ふらふらと立ち上がった。

「おい、砂漠をその格好で歩いて来たんだろ? あんまり乱暴にしてやるなって。黒い犬なんて、歩いてても逃げやしねえんだからよ。無理しないように付いて来い」

 ……やっぱり、あのぶっきらぼうで悪役っぽい顔だけど優しいケシスさんだ。
 俺達が傭兵の恰好をしていても、その態度はまるで変わらない。

 彼は、正気を保っているんだ。

 けれど、そうだとしたら……なんで、彼だけは正気なんだ?
 というか他の冒険者たちはどうしちゃったんだ。

 ケシスさんの隣には、大柄でコワモテな相棒のセブケットさんがいたはずなのに、今はどうして一緒じゃないんだろう。

「…………」

 なんだか、イヤな予感がする。
 俺達が最初に想像していたよりずっとイヤな想像が頭に湧いて来たが、その妄想を兜の中で小さくを頭を振って散らし、俺はただケシスさんの背中を追った。










※ケシス・オラナダムは
 豪華商船サービニア編25.『知らないことばかりの人』で初登場。
 
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