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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
17.決心する子には旅をさせよ
しおりを挟む「なんで城だけが“あんなこと”になってるんだ……?!」
この状況には、ブラックもさすがに驚いたようだ。ロクショウも小っちゃい可愛いヘビのお口をぱかーっと開けて目を丸くしている。
だが、一番狼狽していたのは誰でも無い怒りんぼ殿下だった。
「ッ、は、母上……!!」
ざわ、と、背後から空気が動く異質な感覚がする。
この暑い気候の中で風も無く空気が動く感じがするなんて、おかしい。咄嗟に振り向くと、そこには――――熊耳の毛を膨らませ逆立てている、尋常では無い雰囲気の怒りんぼ殿下が居て。
不機嫌そうな顔を怒りに歪めるかのように顔の中央にグッと皺をよせ、今にも何かに飛び掛かりそうな不穏な雰囲気でわなわなと震えていた。
……こ、このままだと飛び出していきそうだな。でもそりゃヤバい。
あの城に何が起こっているのか分からないってのに、暴走を許して一人で行かせたら、万が一の事もありえるのだ。この人が王様に戻ってくれなきゃ困るって言うのも勿論あるけど、なにより身内を大事に思っているクロウや二人の両親であるマハさんとドービエル爺ちゃんを悲しませたくない。
ここは止めるべきだろうと考え、俺は颯爽と殿下の前に立ちはだかった。
「で、殿下落ち着いて!」
「そうだぞ、兄上。ここで短気を起こしても無様を曝すだけだ」
おお、言うようになったなクロウ。
身内に対してあんなに卑屈気味だったのに、もう怒りんぼ殿下をサッと諌められるなんて、本当にいつもの調子のクロウに戻ってくれたのか。
でも、お兄ちゃんである殿下は怒りやすい性分なせいで、まだ興奮している。
「なにが無様だ! 親一人守れぬ王が玉座に座る資格など無い!!」
「じゃあ勝手に一人で飛び出して曝して来ればいいんじゃない? ブザマ」
「貴様この赤毛クズ人族!!」
「ブラックこらっ!」
興奮してるヤツを更に煽るヤツがあるか!
何やってんだおバカと叱責するが、しかしブラックは心底面倒臭そうな半眼で怒りんぼ殿下を見る事をやめない。しかも、またチクチクした言葉を浴びせてきた。
「王ってのは自分一人で跳び出して勝手に死にに行くようなバカなのか? 群れの長ってのは勝手に行動して部下を危険な目に遭わせる役なのか? よく滅びないな獣人族ってのは。冷静な頭で考えられもしないモンスター以下の獣が、敵の集団の中に飛び込んで行って何が出来るってんだよ。え?」
「う゛ッ……ぐ……だが……ッ」
「力があるってか? バカじゃねえのか、その力があってテメェは一度戦に負けてんだろうが。何の為に僕達がお前の二度目の試練を手伝ってやってると思ってるんだ。あ゛? 殺すぞ? よく考えろよクソ低脳王が。良く考えてそれでも敵集団相手に無双出来るなんて考えてるんなら、そんな頭もう要らないな。ひっこぬいて食糧だぞって敵に貢いでやれや脳筋三流バカ王子」
「ぐっ……ゥウ゛……ッ!!」
冷たい、とても冷たーい菫色の瞳で睨みつけながら、ブラックが言葉で刺しまくる。
……俺が言われたら心が折れそうだなぁ……なんて思って、自分が言われているワケではないのに内心ちょっと涙目になってしまったが、ブラックの言葉は尤もだ。
人を率いる王様が自分一人で敵に突っ込んでいくのは危険すぎるし、なにより万が一の事が有れば、国全体が動揺して瓦解する危険性すらある。
今だって俺達が殿下の護衛みたいなもんだし、その護衛でも対応し切れない事態に陥ってる可能性があるんだ。それを考えれば一人で飛び出すのは愚か過ぎる。
しかも、これが若い王子様ならまだしも、相手は良いトシしたオッサンだ。
短気で怒りっぽい直情型だけど、それでも大人としての冷静さはあるはず。
その理性すらかなぐり捨てて走るんなら、本物のバカである。
こんなんじゃ、途中で罠とかが有っても絶対に把握出来ないに違いない。
だから、いったん冷静になってくれ。ブラックは、そう言いたいのだろう。
…………まあ、言葉がトゲトゲし過ぎてて、ノーガードのオッサン相手に超剛速球のモーニングスターぶつけてるみたいになっちゃってるけど……。
そのせいで怒りんぼ殿下も、ちょっと傷付いて胸を抑えてるし……。
「あ、兄上……今のは酷い言い方ですが、オレもブラックと同意見です。貴方は次代の国王だ。こんな所で単独行動を許して、危険な目に遭わせるわけにはいかない。それに……マハ様は、強い方だ。仮に捕えられていたとしても、むざむざ死ぬような事など……父上が絶対に許すはずがない。……でしょう?」
「ム……ぐぬ……たし、かに……」
えぇっ、殿下を即納得させるレベルでそういう感じなのドービエル爺ちゃん。
いやまあ自分のメスに対しては凄くデレデレだったけど、もしかして爺ちゃんも大事な人に何かが有ったら、怒りんぼ殿下みたいになっちゃうんだろうか。
……ありえないことじゃないな。
クロウだって、激昂した時は長い間興奮状態になってて、俺の話も全然聞いてくれなかったし……ヘタすると殿下が単騎で敵地に突っ込むより大変な事になりそう。
う、うう……これ、どっちにしろ早くマハさんや城の人達の無事を確認しなきゃ、別の問題が起こるんじゃないのか。や、ヤバいぞ……。
「えっと……と、とにかく報告した方が良いんじゃないか? なんにせよ、こうなったらもう俺達だけの判断で動く事は出来ないだろうし……」
「そうだね。被害が出ているかどうかは別にしても、アレは明確に“王国の土地を敵が侵略した”って証拠だ。地べたで名乗り合いして殴り合ってりゃ良かった獣の戦争とは違う。判断するなら早くしないとね」
確かに、この状況は正々堂々戦って……という感じではない。
城を隆起させた黒い崖が曜術の類だとすると、獣人同士のしきたりや礼儀なんて通用しない場合もあるし……なにより、人族が関わっている以上、考えも無しに正面から突っ込んだら絶対罠が有る気がする。
それを、今王都に召集されているだろう「五候」の人達が議論してくれるのかは謎だけど、とにかく報告しなけりゃ動く事も出来ない。
国の一大事には違いないんだし、ともかく勝手に行動する前にやるべき事はキチンとやっておかないとな。
そんな俺達の会話でやっと冷静になったのか、怒りんぼ殿下は頷いてくれた。
「…………確かに、これは俺達が独断で行動できる範疇ではない。恐らくアルカドアからは連絡できないだろうし、今は伝令係もいない。俺達が戻る方が良いだろう」
本心を飲み込んで冷静に判断する殿下に、ブラックも溜飲を下げたようだ。
大人としてはそれが正しいんだろうけど……でもやっぱやるせないよなぁ。これが物語なら、俺達だけで乗り込んでガンガン突き進んで奪還……なんつー勢いだけの行動も上手く行くんだろうが、現実は死んだら終わりなんだもんな。
ご都合主義が発生しない以上、石橋を叩いて渡るくらい慎重に行かないと。
なんせこっちは王子様が二人も居るんだから。
……どっちもオッサンだし片方追放の身だしでもうワケわからんけど。
「キュー……。キュッキュッ、キュウ」
「ん? どしたロク」
改めて今の状況に静かに混乱していると、今までずっと考え込むように静かだったロクが、俺の服の袖を小さくて可愛いお手手で引っ張って語りかけて来た。
どうしたんだろうかと熱心に声を聞くと。
「キュウッ! キュッ、キュキュッ、キュー!」
「え……そ、そんな……っ」
身振り手振りで俺に教えてくれるロクに、全てを把握した俺は言葉を失くす。
だってそれは、あ、あまりにも……。
「なに、どうしたのツカサ君」
「うぅ……そ、それが……っ、ロクが、お、俺の世界一可愛いロクショウがっ、俺達が連絡しに戻ってる間に城へ侵入して中の人の無事を確かめて来るって……」
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「キュー」
「ロクぅ……」
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……俺がロクを心配するように、殿下も母親を心配している。
心優しくて賢いロクはその気持ちを理解して、だからこそ「自分が出来ること」をしてあげたくなったんだろう。本当に優しい子だ。
………………。
正直、俺は行かせたくない。俺が一緒に行きたい。でも、それでは足手まといだし――何より、ロクの気持ちを理解せずプライドも踏みにじる事になる。
ロクだって立派なおとこのこだ。出来る事をしたいと思う時があるのだ。
ならば、俺は……。
「…………危険だと思ったら、絶対に逃げるんだぞ、ロク……」
「キュー!」
ううぅ……か、可愛い子には旅をさせよ、なんて……つらい……。
だけど、これが必要な事で、マハさん達を助けることに繋がるんなら、ロクショウのやりたいようにやらせてあげたい。
だって、俺が同じ立場ならそうするだろうから。
「尊竜様……ああ……心より感謝いたします……っ!」
ロクショウの優しい心に、怒りんぼ殿下は耳を震わせてその場に跪く。
王族が跪くなんて、普通はあり得ないことだ。でも、殿下は竜に敬意を持っていて、そして……自分の親を助けようとしているロクに、心から感謝をしている。
ロクの「助けたい」という言葉で、どれだけ救われたのだろう。
そう思うと……俺は、自分がなんだか恥ずかしかった。
「ほう、どうやら話がまとまったようだな?」
「アッ……磊命神獅王様」
いつの間にか、殿下の背後には金獅子のゼルが立っている。
全く気が付かなかったけど、いつから居たんだろうか。
驚く俺に構わず、ゼルは肩を揺らして手をひらひらと動かした。
「畏まった場でもないんだ、こういう時はゼルで良い。……ともかく、今から動くってんなら、俺様も手伝ってやろう。……とはいえ、盟約により俺様は武力で支援する事は出来んが……お前達が王都に戻っている間に、あいつらからもっと話を聞いて、お前達が潜入出来る術がないか探っておいてやる」
「お、おお……よろしいのですか……」
「まァ……三王ってのは、退屈なモンなのさ。あのクソ牛ジジイがお前らにちょっかいを掛けたがるぐらいにはな」
そう言って野性的な笑みを見せる金獅子のゼルは、大仰に肩を揺らす。
だけどその笑みに歪む瞳には少しの寂しさが浮かんでいるように見えた。
盟約に、退屈。
まだ俺達が知らない事があるみたいだけど……考えている暇なんてないか。
「ありがとうございます。あの……ロクのこと、よろしくお願いします」
顔を見上げながら言うと、相手はニッと歯を見せる。
「まかせろ」というその顔には、もう先程の寂しさは見えなかった。
「……っと……どうやらあの牛ジジイがお前達を呼び戻す気らしいな。丁度いい、今からなら、充分に議論する時間も有るだろう」
「えっ……」
なんでそんなことが分かるんだ。
三王だから何か特別な物を感じるのだろうか、と周囲を見やると――俺達の周りに、あの「青紫に黒が混じった不可思議な光」の粒が、ちらほら湧いているのが見えた。
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→
※だいぶ遅れちゃった……(;´Д`)スミマセン…
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