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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
16.見えぬ思惑、現る埒外
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捕まえたヤツらに、ブラック達が比較的平和な脅しをかけて聞き出したところによると、以下のような事が分かった。
彼らには組織名が無く、また、人族も獣人族も揃って「金」や「食料」で雇われた事。
――少なくとも、彼らのように雑兵扱いされているような大多数の人達は、大義とか使命とかが有って参加してるワケじゃなかったようだ。
鹿族の人達も、良質な干し草をたくさん貰ったので、お礼の気持ちで参加していたとの事だった。どうもこの人達は「何が目的か」も知らされていなかったらしい。
いや、大まかな事は教えられてたな。
獣人大陸に渡る船の中で見たような、傭兵の人族のおじさんが言うには『奪われた物を奪還するために、少しだけ手伝って欲しい』と言われたらしい。
なので、獣人大陸の事情にあまり詳しくないおじさん達は素直に了承してしまったのだそう。古都・アルカドアへの襲撃も、領主への抗議活動か何かだと思っていたんだとか。……あの攻撃の嵐のどこが抗議活動なんだ……いや、この世界って全体的に感情優先の人ばっかだしな……魔法も使える世界なんだから、人を攻撃しなきゃバンバン壁とかに術をぶちまけてもイイって考えなのかも。過激だ。
…………ご、ゴホン。それはともかく。
人族のほとんどの人はそうやって雇われただけなので、実際はどういう理由で都を襲っていたのか、この谷に配置されていたのかってのは謎なんだそうだ。
食事付きでキチンと寝られてお給金もある……となると、自分が何をやらされてるかなんてどうでも良くなるのかな……。
まあでも、俺も「ふくりこーせー」ってヤツがしっかりしてるアルバイトなら、自分が「何をさせられているのか」ってのも考えずにやっちゃうのかも。
大体、傭兵なんて雇われた分だけ黙って働くのが普通の人達だもんな。雇い主がどんな人だって、金を貰った以上は従わなきゃ行けないワケだし……そこを考えると、彼らが何も知らないのは仕方が無かったのかも知れない。
けど、ちょっと怖いな。
自分の立場に置き換えてみると、何だか色々不安になって来る。
今までの俺は、ちゃんと考えて頼みごととか引き受けてたのかなって。
自分だって、実は悪い事の片棒を担いでたんじゃないのかってさ。
……でも、そう思っちゃうのも仕方ないよな。
コンビニで少しだけバイトした時も、店長がどういう仕事をしてるかなんて正確には知らなかったし……何なら俺、父さんが会社で何してるかも知らないし。
もちろん、店長も父さんも悪い事なんてしてないと思うけど、そんなの考えることも無いのが普通なんだよなって思うと、ちょっとだけ怖くなる。
人ってのは案外、自分がどんな人の下に居て、どんな仕事の末端を手伝っているのか分かんないもんなのかも知れない。
まあ、そんな邪な仕事を手伝うなんて滅多に無いからなんだろうけども。
しかしそう考えると、ちょっと考えちゃうよなぁ……。
……うーん……知らなかったじゃ済まされない事もあるけど、でも、少なくともこの人達は幸い人を傷付ける前にこうなったワケだし、あまり責めたくはない。
ともかく、今は立場の話は置いておこう。
――それにしても……雇った人達すら目的が全然わからないって、リーダーらしき【黒い犬のクラウディア】って奴は本当に秘密主義なんだな。
それとも、他人に明かせない目的が有るんだろうか。
隠さないといけない目的なんてロクなもんじゃないと思うけど、でももし「何かを奪還するため」というぼんやりした理由が本物の一部だとすれば……相手は、アルクーダから何かを取り戻そうとしてるってことだよな。
でも、何を?
元国王のドービエル爺ちゃんなら、何か知っているんだろうか。
けど、立て耳の黒い犬なんて種族は見たこと無いって息子の怒りんぼ殿下とクロウが断言してるし、捕まえた獣人達も「見慣れない種族だ」と言ってたしなぁ。
黒い犬が逆恨みしてるとか、嘘をついてるだけってことも考えられるけど……しかしアルクーダも一枚岩じゃないし、大昔に何かあったのかも知れない。
……ちょっとだけ相手の事が分かったような気もするけど、やっぱ謎だ。
「ふむ……大量の干し草に、大人数を雇って賄える食糧に……何日も曜術を使って攻撃出来るほどに武具やら何やらを揃えてる……明らかに普通の獣人じゃ揃える事が出来ないけど、やっぱり“人族の大男”が全部用意したのかな」
彼らの話を聞いていたブラックが、腕を組んで呟く。
俺はそこまで考えていなかったが、言われてみると確かにって感じだ。
良く考えたら凄い準備だよな。相当金もかかってるだろうに、全部その大男が用意したなんて……黒い犬と男はどういう関係なんだろう?
なんか変な感じだ。
「その大男……何が目的なのかな?」
「なんだろうね……。まあ、備蓄はサービニア号で何往復かすれば、充分揃えられる程度ではあるだろうが……そこまで大盤振る舞いするほどの理由が解せないよね。特別な関係なのか、それとも……草する事で得られる利益が有るのか」
真面目に考えるブラックに、横に並んで話を聞いていたクロウも唸る。
「ううむ……謎がまた増えてしまったぞ」
「おいお前ら、側近らしき大男のことは何も知らんのか?」
怒りんぼ殿下が、目の前の複数の人族達を見て睨む。
お白洲に並んだ容疑者達のように、縛られて座っていた人族や獣人族達は、その不機嫌顔の睨みにザワッと怯えるが――その中でも、胆力が有りそうな壮年のおじさん人族が恐る恐る答えた。
「俺も詳しくは知らねえんですが……あの大男がいつも従えてる“仮面を被った二人の男”との話を偶然立ち聞きした所では、どうも何らかの利益が有って従ってるって感じの会話してましたぜ」
「利益だと?」
「え、ええ……立ち聞きなんで、詳しくは聞けなかったんですが……とにかく【黒犬のクラウディア】がやりたいようにやらせろ、記録を忘れるなと。上手くすりゃ、なんか、ええと……何かが手に入る、みたいな事を言ってましたね」
何かが、手に入る。
ってことは、利益が有って惜しみなく協力してるって事なのか。
でも、こんなに色々融通しても利益が得られるモノって……何なんだ?
「利益とは何だ。国盗りの後の財宝の分配か何かか?」
おじさんの言葉に、怒りんぼ殿下は少しイラついているようだ。
まあ、自分が治めるはずの国に対してそういう事を言われたらそうなるよな。大事な国の全てを私利私欲で奪おうとする奴なんて、到底許せるものではない。
それはおじさんも分かっているのか、怖がりながらも首を振った。
「い、いや……そういう感じの言い方じゃなかったけどな。金って言うか……うーん、俺のカンで申し訳ねえが、もっと個人的な事のような感じがしたんだよ。少なくとも、大男どもは国盗りなんざ興味ないみたいだったしな」
なあ、お前ら。なんておじさんが他の人族に言うと、彼らも怖がりながら「そんな風だった」と言わんばかりに頷く。
彼らは今日まで傭兵と言う仕事をして来た人達だから、そういうことには敏感なのかも知れないな。しかし……そうなるとまた訳が分からない。
個人的な利益で莫大な支援をし続ける大男とその部下って……何なんだ。
「う、ううう……結局何だか余計に謎が深まっちまった気が……」
「なんかすまんな兄ちゃん。だがよ、俺達人族の“雇われ”は、ほぼ雑兵みてえなモンだったし、詳しい事は判らねえんだ。…………うん? いや、でも、あいつらなら直接指示を受けてたし、もうちょっと知ってるのかもな……?」
「あいつらって?」
急にちょっと考え込んで疑問調で言うおじさんに聞き返すと、相手も思い出しつつと言った様子で続けた。
「多分、遺跡荒ら……いや、冒険者連中の一部だと思うが、特別に目を掛けられてる奴らが居てよ。そいつらならもしかすると、もっと詳しい話を聞いてるかも知れん」
「そんな人達がいるのか……。その人達って、今ここに居る?」
「いや、多分、アルカドアの方にいるんじゃねえかな」
おじさんはそう言い、体を捻ってアルカドアの方を振り返る。
それに釣られて俺達も谷の向こう側の出口を見やった。――――と。
「……おっと。ヤベェことになったみたいだな……」
「え?」
突然、少し離れた場所に居た“金獅子のゼル”が言う。
呟いた程度の声音だったのに、それでも谷に響き渡るほどの声量に驚いていると、相手は獅子そのものの髪の毛を掻き乱すと、改めて俺達を見た。
いかにも、何か言い難そうな顔で。
「…………どうも、アルカドアが陥落したらしい。気にしてはいたが、完全にアッチの音が変わった。……すげえ音立てて、一気に静まり返りやがったぞ」
「なっ……ま、まさか……」
「それは確かなのですか、磊命神獅王様」
狼狽する怒りんぼ殿下の横について、クロウが冷静に問う。
そ、そうだよな。ここからではアルカドアの街は見えないし、音だけだったらまだ何が起こっているか正確には判らないに違いない。
だから、もしかしたら聞き間違いの可能性もある。その場の全員がそう思いこもうとしたのだが……相手の返答は無慈悲な物だった。
「でなきゃ、攻撃がやむもんかよ。……しかも、何だか妙な事になってやがるようだ。とにかく見て確かめて来い。ここは俺様が守っておいてやるから」
「…………」
俺達四人と一匹は顔を見合わせて、数秒黙りこむ。
だけど確認しなければ始まらないと思い、とにかくアルカドアの方へ行ってみることにした。谷を抜けるとすぐに赤い砂漠が広がっていて、少し進めば遠くの方にアルカドアの輪郭が見えるはずだ。
だから、煙が出ていればすぐにわかるし、大まかな事はすぐわかるはず。
……磊命神獅王こと“金獅子のゼル”がどうやって街のことを把握したのかは謎だけど、見て確かめればいいのだ。
そう思い、俺達は赤い砂漠に出ると砂丘に登ってアルカドアを確認し――――
思っても見ない光景に、絶句した。
「なん、だ……あれは……!?」
唾を飲み込めず声が途切れたような、殿下の言葉。
だけどその問いに答えられる者はこの場には誰も居ない。クロウも、ブラックでさえも、目の前に突き付けられた後景に瞠目するしかなかった。
だって、そこには。
俺達が眺める、アルカドアの方向には……――――
「なんで、あんなことに……!」
マハさん達が住む城。
その城だけが……突如現れた巨大な岩に突き上げられ、街から孤立している。
……そうとしか、言いようがない。
城だけが、隆起した地面に押し上げられてしまっているのだ。
赤い砂漠の砂でもない、黒く艶やかで……鉱石みたいな、謎の巨大な地面に。
「あれも……賊どもがやったことなのか……?」
いち早く冷静さを取り戻したブラックが、誰に当てるでもなく呟く。
確かに、今の状況ではそうとしか思えない。だけど、何のために。城をあんな風に空中で孤立させて、何がしたいというのだろう。
っていうか、あんなの普通の曜術師が出来る事じゃない。
どういうことだ。一体、何が起こってるんだ。
「マハさん達は大丈夫なのかな……怪我とかしてないよな……?!」
城の内部も街の中も、どうなっているのか分からない。
ここからでは、城が孤立した以外の情報は何も受け取れなかった。
だけど、これだけは全員が理解出来た。
――――あの現象は、確実に“嫌な予感がするもの”なのだと。
→
※傭兵には冒険者を「遺跡荒らし」と呼んで嫌う人も結構います。
冒険者がいると、たまに傭兵枠を奪われるからです。
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