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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
15.信頼する者に委ねること
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俺はどうやら、うっかり気絶してしまっていたらしい。
……いや、気が付いたらブラックに抱きかかえられてたもんで、思わずビックリして跳び起き……ようとしたら、大人の腕でガッチリ拘束されてて出来なかったんだが、それはともかく。どうも久しぶりに許容範囲を越えた曜気をあげちゃったらしい。
クロウを叱咤激励して送り出した後、スゥッと気を失ってたんだな俺は。
うーん……最近は一回くらいでは気絶しないようになってたんだけどなぁ。
それなのに一発KOとは我ながら情けない。
アドニスが調合してくれた薬を飲んだり止めたりしたのが原因かとも思ったけども、失神自体は起こらないワケじゃなかったし……もしかすると久しぶりの譲渡で体がびっくりしたのか。ここ数日は曜気とかそれどころじゃなかったしなぁ。
それに、いくら俺が失神に慣れようとも、一週間サボるとそういう経験はすぐに劣化し始めるらしいし……もしかしなくても、これは俺の怠慢のせいだろう。こんなことなら師匠の訓練でも真面目に続けてればよかった。
いやでも全裸で触れ合う植物もないしなここ。
王宮も遠く離れたし、全裸修行も出来なくなっちまったわ……って話がそれた。
まあその、起きた時何故か居たブラックが凄く懐いて来たので、心配を掛けちまったんだろうなと思ってちょっとあやしたりとかしてしまったが、今はそれどころではない。
せっかく上まで登って来てくれたブラックには悪いけど、俺達も早く下に降りて加勢しなければ。ザコのヒレだってないよりはマシだろう。
そう思い、ドンビキするくらい渋るブラックを何とか宥めすかして、小さく変化したロクちゃんと一緒に崖を降りてきたのだが。
「えっ、もう全員捕まえちゃったの」
「ウム」
「あまり褒められた戦いでは無かったが、まあ光による奇襲は充分に有効だったようだな。個人的には、全力の鹿族と試しに戦いたかったが」
またこの怒りんぼ殿下は戦い好きの獣人らしいことを言う。
でもまあ、今回の作戦は奇襲には違いないだろうし、相手を混乱させたうえでボコスカしちゃったワケだから、正々堂々戦うのがモットーの“まとも”な獣人族な殿下にとっては、あまり嬉しい戦いでは無かったのだろう。
けど、人数を考えると全員逃さず捕まえるなんてこれしか方法が無かったしなぁ。
ブラックに【幻術】とかを頼むって手もあったけど……ブラックは、出来るだけ【紫月のグリモア】の力を使いたくないみたいだし、そもそも……サービニア号でブラックの様子がおかしことになっちゃったし……もうあんなのたくさんだから、あえてその案は出さなかったんだ。ブラックが苦しむなんて俺もヤだし。
だから、ああいうパワーに物を言わせたデタラメ作戦を選んだんだけど、ブラックと俺が手伝わなくても熊兄弟だけでなんとか出来てしまったようだ。
……いや、百人以上居たのに、こっちは無傷で相手だけボコボコって、相当ヤバいんですけどね!? アンタら強すぎだろ!
いや味方が強くて悪い事は無いんだが、拍子抜けしちまったわい!
「とりあえず、お前達が言ったように敵は殺さず積み上げてみたが……これで本当に良かったのか? 確かに磊命神獅王は『殺せ』とは言っていなかったが」
俺の心の中の叫びなど知らず、怒りんぼ殿下は少々納得いっていないような顔で山と積まれた者達を見ている。
だけど、ケツ揉み獅子王の試練には不穏な単語は一切使われていなかったので、これでいいはずだ。「おさめる」ってのは、別に殺すって意味じゃないもんな。だから獅子王の言葉通りにするなら、これでいい……と思うんだが。
「なんにせよ、二人でほとんど倒しちゃったんだから、実力は認めてくれると思うぞ。普通、こんな数二人じゃ捌けないだろうし……」
「むっ、そうか」
なんか褒められた感覚を覚えたらしく、怒りんぼ殿下はワイルドな毛並みの熊耳をぴるぴると動かす。くっ……か、可愛いなんて思ってないんだからな。
満足げ不機嫌顔おじさんが熊耳を動かしたって全然……ッ。
イヤーカフから垂れた鈴がチリンチリンしてたって、こ、こんな……。
「ツカサ君なんで下唇を思いっきり噛み締めてるの」
「ヌゥ……節操なしだぞツカサ」
「キュー……」
アッ、さ、三人ともその冷めた目はやめてっ。
別に俺はオッサンに可愛さを感じてるんじゃないぞ、耳だ。ケモミミは誰が着けてもどうしたって可愛いだろ!? こんなん尾井川が着けても不意にキュンとするわ!
俺は感情のままに動くケモミミにときめいているのであって、決してオッサン……というか、デカい成人男性には……。
「はー……。まあ、とりあえずコレで試練は終わったんだよな? ならコイツらをどこかに閉じ込めて、ひとまず報告しにいこう。こんな所でグズグズしてられないしね」
「そっ、そうだな! でも……これだけの人数をどこに置いとこう……?」
百人以上は確実だろう彼らを捕えておけるとこってあるのかな。
今更ながらに凄い数の賊だけど、流石にこれだけの人数を留置できる牢屋なんて近くに無いだろうし、王宮でも持て余しそうだしな……。
どうしたもんかと四人と一匹で首を傾げていると。
「悩む必要はないぞ。この程度なら俺様が預かってやる」
「えっ!?」
急に聞こえた、覚えは有るがこの場に居ないはずの声。
一斉に背後を振り向くと――――そこには、長身のブラックやクロウよりもう少し背が高くてガタイがいいレベルまで体を縮めた、磊命神獅王……こと金獅子のゼルが立っていた。……えっ、アンタもそのくらいの大きさになれたの。
今まで見上げていた苦労は一体……いやそんなことはどうでもいい。
「ど、どうやってここに!?」
慄く俺に、相手はニィッと笑って俺の尻をアンダースローでペチンと叩いて来る。
やめてくださいセクハラです。
「ふふん、俺様も神獣王の一人だぞ? 気配を感じて即座に動く事など造作も無い。まあ、ここはウチから近いからサッサと来られたってのもあるけどな」
「お、おみそれしました……」
なんだかよく分からんが、神獣王は全員瞬歩でも使えるんだろうか。
とりあえず相手を煽ててみると、気分が良くなったらしい獅子王は、ふんふんと声を漏らしながら、山と積まれた敵を観察して――それから、クロウ達を見やる。
「人の手を借りたようだが……それでも突っ走らず、敵を生かして捕える程度に理性を残して戦えたようだな。合格だ。お前達に“しるし”をくれてやろう」
「えっ……」
「あ、ら、磊命神獅王様、私達は人族の手を借りているというのに、そんなに簡単に合格としても良いのですか……?」
クロウも殿下も即決した相手が信じられないようだ。
さもありなん。いきなりやって来て半ば投げやりな感じでオッケーだもんなぁ。
それに、ヴァー爺こと天眼魔狼王の試練の時より凄く簡単でアッサリだ。これでは怒りんぼ殿下が焦ったように問いかけるのも仕方が無い。
だけど、そんな二人に金獅子のゼルはニィッと笑って己の腰に片手を当てる。
「俺様が認めたのだから合格に決まっておるだろう。存外頭が固い奴らだな。……ま、お前達の父親によく似た反応ではあるがな」
「……!」
ドービエル爺ちゃんの事だろうか。
思わず耳をピンと立て直して身構えたクロウと殿下に、またゼルは笑う。
「俺様とて、最古と呼ばれる神獣王の一人だ。お前達の父親の試練を見届けてないワケがないだろう。……まあ、その時のアイツは単独で試練に挑んでいたがな」
「…………」
ああ、やっぱり、協力プレイで敵を圧倒したのは褒められた事じゃないんじゃないかと殿下は思ってるんだな。しかも、父親より劣った勝ち方をしているのではという、己の未熟さと父親の偉大さに、ちょっと落ち込んでいるっぽい。
……ハタからすりゃ、二番目だっていいじゃないかって思うけど。
でも、男としては情けない気持ちになるのは理解出来る。
だって殿下はドービエル爺ちゃんを、父親を凄く尊敬しているし、そんな父親の次の王を任されてしまって権威を保留にされてるんだもんな。
そんな体たらくでこの勝ち方なんだから、落ち込みもしようってもんだ。
けれど、そんな怒りんぼ殿下の心情を知っているかのように、ゼルは続ける。
「搦手、連携、他者との共闘……父親を越えられぬと嘆くのは、分からんでも無い。だが、臣下の声を聞き守るべき民草と己の身を傷付けず勝てる方法を躊躇なく選ぶのもまた、王としての素質よ。……特に、頂点として立つ重圧を背負う者にとって、下々の言葉を考えるのは大事な事だ」
「……そう、なのでしょうか……」
「そうだ。……時に人は愚かになり、誰の考えも聞かず暴走することもある。だがな、その時に『諌めてくれる存在』や『臆することなく意見を言える存在』がいれば……力を間違った方向に使わずに済む。それは、他者が追随できぬ圧倒的な武力を持つ王には持てぬ力だ。……王は、力を持てば持つほど孤独になる。偉大な存在なれば誰もその為政を疑わぬようになってしまう危険もある。ゆえに、人を頼り冷静に事を見据え、己の力を正しく使える王は、良き王の素質があるのだ」
――それも一理あるかもしれない。
誰もが頼れるほど完璧な王様は、時に独裁せざるを得ない事態になる。「あいつが居てくれたら俺達は考えなくて良い」なんて下の人達が考えて、段々と周囲の人達が堕落している危険もはらんでいるのだ。
……もちろん、そんなことなんて滅多に無いとは思うけど、人に頼られるばかりでは王様もいつか心が壊れてしまうだろう。
だから、そうならないように人の意見を聞き、頼れる臣下を召し上げて信頼するっていうのも、大事な「王の素質」になるんだ。
だから、ゼルは二人が「人を頼りながら戦って無傷で勝った」ことを認めたのだ。
……今回の怒りんぼ殿下は、前の殿下と違って憑き物が落ちたように落ち着いた性格になってるし、クロウも人と協力するのを苦痛に感じてなかったからな。
要するに、確実に勝てる方法を厭わず選び、協調性が強まったことを、ゼルは評価しているんだろう。
…………そう考えると、なんか……この“三王の試練”が、王としての何の素質を問うているのか、段々と解って来た気がする。
今回の試練は、たぶん――――
「……良き王の、素質……」
呟く殿下に、金獅子のゼルは笑って指をくいくいと動かしクロウ達に目を細める。
「理解したか? ならば“しるし”をくれてやる。お前達二人とも手の甲を差し出せ」
それ以上の質問は受け付けないと言わんばかりに言う獅子王に、二人は素直に手の甲を差し出す。すると、相手はその甲に掌をかざしてすっと動かした。
なんだか、何かを拭ったような感じだ。
しかしゼルの手が離れた後に見た二人の手の甲には……確かに、何かの獣の顔が簡略化されたような“しるし”が刻まれていた。
「おお……」
「これで、二つ目……」
「残りは、あの厄介なウシだけだな。……まあ、頑張ると良い」
あれ、なんか凄い嫌な感じで海征神牛王を揶揄したなこの人。
もしかして、他の神獣王も、あのチャラ牛王はおかしいと思ってるのかな。
ちょっと気になって問い詰めそうになってしまったが、そんな俺の勢いを遮るようにブラックがゼルに問いかけた。
「帰る前に、そいつらから話を聞きたいんだが……」
「おっと、そうだったな。お前達の国には、迫る危機も現れていたのだったか。俺様は介入できないが、せめて情報は持って行くといい。コイツらを持って行くのは、その後にしよう」
「……感謝する」
なんだかヤケにブラックがしおらしい。
いや、真面目な話をしている時は大体こんな感じな気もするんだけど、起きてからずっと何か考え込むような顔をしてるんだよなぁ。
なにか、心配するような事でも起こったんだろうか。
それとも、あの敵の山を見て何かおかしい事に気が付いたのかな。
聡いブラックのことだから、もう推測を立てているかも知れない。
だから真面目な顔をしているのかも……。
「ブラック」
少し気になって顔を見上げると、相手はニコッと口を歪ませて俺を見る。
いつものだらしない顔とは違う、大人がよくする口元だけ笑顔にした顔。あからさまな態度が気にはなったけど……今話してくれない事を追及は出来ない。
ブラックだって、すぐ言えるなら教えてくれたはずだ。
それが出来ないってことは、きっとまだ考えあぐねているんだろう。
なら、俺はブラックが話してくれるまで待つしかない。
「……ツカサ君、手伝ってくれる?」
「おうっ、任せとけい!」
尋問の何を手伝うのかは分からないが、ブラックを更に不安にさせたくなくて、俺はとにかく明るく返事をして見せる。
無理をしたような大人の笑みより、早くいつもの笑顔に戻って欲しい。
そのためにも、出来る事はやらなくっちゃな。
→
※ちょっと遅れちゃいました(;´Д`)スミマセン
お盆休みだし涼しくなったしなので
体調を整えながらいつもの時間に戻すべく
頑張ります…!
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