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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
14.想定外からの奇襲1
しおりを挟むクラウディア。
……首謀者である黒い犬の名は、クラウディアというらしい。目撃した二人の証言からすると恐らく「彼」であろう相手にその名前は、少々妙な感じだった。
いや、まあ、男なのに女の名前ってキャラは漫画やアニメには結構いるし、俺の婆ちゃんの田舎でも女子っぽい名前の爺ちゃんとか居るから、もしかしたらこの世界でも変な事じゃないのかも知れない。
それに、爺ちゃん達みたいに「そもそも昔は男の名前だった」っていう可能性もあるワケだし……現代人の俺の感覚で考えちゃいけないんだろうけど……でも変だ。
シーバさんとナルラトさんが石板に彫ってくれた姿はどう見ても男だったし、確実に男……なんだろうけど……なんでクラウディアなんだろう。
意味なんて無いのかも知れないけど、凄く気になって仕方が無い。
案外、好きだった女の人の名前を借りてるのかな。
それとも、その名前自体に意味が有るのかも……うーん、わからん。
ともかく相手の容姿と名前は判っただけでも収穫だな。
が、以前として彼らが「何の目的」で「どうしてアルクーダを襲おうとしているのか」という事はハッキリしない。アジトの大きさから考えても、かなりの人数を集めた大規模な作戦だと言うのに、何故かその根本的な所が判明しなかった。
あんだけ沢山の獣人や人族を集めてるんだし、そういう場合って軍隊でもなけりゃどっかで情報が漏れてもいいはずなんだけど、全然ないんだよなあ。
まあシーバさんが目的を良く知らないって時点でおかしいのか。
普通の展開なら、そこで目的の先っぽぐらいは確実に知ることが出来るもんな。
それなのに誰も「国家を襲撃する目的」を言わないのは、なんというか……怖い。
獣人達も傭兵も知らずにただ動いてるってことになるし、そこまで隠さないんと行けない理由があるのかと考えると、目的は俺みたいなのには理解し切れない何かなんじゃないのかと思って不安になってしまう。
ただ単に秘密主義なだけで、シンプルな理由だと良いんだが……いや、今から話に付いていけないかもと思うのは良くないな。
ま、そんな俺の考えは置いておくとして。
とりあえず、シーバさんとナルラトさんがもたらしてくれた情報をもとに、これからどうするかを決めなくちゃな。
目的はナゾだけど、二人が“骨食みの谷”に潜んでいる人数や、アジトの内部の事、アジトにはどれくらい物資を用意してるかってのも教えて貰ったから、何も知らない頃よりはマシなはずだ。情報を元に、戦う算段を付けられる……はず。
……まあ、俺が作戦を考えるワケじゃないんだけどな!
…………うん、その……正直、そういうのはブラック達にお任せだ。
今回は遊びじゃないし殿下の命もかかってるからね。殿下は一応貴人だし俺達が危険な目に遭わないように気を付けなきゃだしね。うん。
そこまで気を回して考えられるほど、俺はお利口さんじゃないから…。
……ああ己の頭の悪さが恨めしい。こういう時って、チート持ち主人公が活躍したり一人で解決出来ちゃったりとかするのに……。
でも俺は普通に勉強が苦手だからしょうがないのだ。こういう時は、素直にブラック達に任せるのが吉というものなのである。
と、ともかく作戦会議だ!
王都にも状況を報告すべく出立したシーバさんとナルラトさんのためにも、俺達はしっかりと第二の試練をこなさないとな。
「ふーん、谷に潜んでるのがだいたい百人くらいか。……アルカドアで暴れてる奴らが三百人くらいだと考えると、そこまでの数字じゃないね」
自分の【索敵】と実際に報告された敵の人数に差異が無い事を知って満足したのか、ブラックは大人しく石板を見つめている。
その顔は、ランプの明かりに陰を含んで浮かび上がっていて、整った顔立ちが一層強調されているようにも見えて、なんだか少し緊張してしまう。
だがそれは、クロウと怒りんぼ殿下も一緒だ。
まだ真夜中の時間、四人で水琅石のランプを囲んで、光を隠しながらお互いに至近距離で相手の顔を見ながら話しているこの状況が特殊だからだろうか。
クロウと殿下も、いつもより目鼻立ちが陰影で強調されていて、普段見ている三人よりもさらに大人に見えるのだ。
そんなことを感じている場合じゃないんだろうけど……いつもよりブラック達の事が気になってしまうのは、俺も不安だからなのかも知れない。
いざ情報がやってくると、そのせいで余計に不安が増すこともあるのだ。
敵を知れたのはありがたいけど、今は何だか複雑な気持ちだった。
「ウム。シーバ達が己の目で確かめて来たものだ。間違いはないだろう」
先程のブラックの発言に、クロウは頷いて俺達の中央に置かれた石板を見る。
――ナルラトさんが寄越してくれた石版。
そこは、アジトの情報や、骨食みの谷に潜んでいる敵兵の位置が正確に記されていた。二人は「首領に関する情報をあまり持ってこられなかったから」と、他にも敵を退けるための情報を取って来てくれたのだ。
謙遜してるけど、今の俺達には凄くありがたい。
敵の正確な配置が分かれば対策も立てやすくなるし、作戦の幅も広がる。最悪の場合殺してでも阻止することになるだろうが、予め知っていればそれを回避する事も出来るようになるのだ。不安はあるけど、素直に感謝したかった。
これなら、敵をどうにかせずに全員おさえこめるんじゃないか、って……。
…………正直、できるなら彼らを殺したくはない。
だって相手組織の目的は未だに不明だし、みんなが納得して従っているのかも謎だしな。いくら敵でも、理由も何も分からない状態で斃すのは危険だろう。
それに、人が死ぬのを見るのはたくさんだ。
生かしておけるなら、そうして欲しい。でもクロウ達の故郷に攻め入ろうとしてるんだから、とにかく御縄についてもらわねばな。
でも、そうやって「相手を生かして捕えたい」と考えられるのは、俺の味方にブラック達がいるからだろう。でなければ、こんな考え方なんて出来なかったに違いない。
三人とも強くて頼もしくて、特にブラックは絶対に負けるはずがないんだって俺自身思ってしまってるから、こんな風に敵を思いやれるんだ。
他人頼りは男として情けないけど、仲間を素直に信じられるのは良い事だよな。
だから、今は思いきり頼らせて貰おう。
俺には強すぎる可愛いロクショウもいるし、きっと大丈夫だ。
まずは、アルカドアへの救援すら拒む彼らを排除してしまわねば。
「敵兵の種別は……人族が一割、その他は獣人か。……だが、注釈が有るな。この獣人の中に、どうやら強そうな獣人がいるらしい。少々厄介だ」
配置図の下に書かれたメモに、怒りんぼ殿下はウウムと唸る。
確かに、獣人は人によってはデタラメにデカくてデタラメに強いんだもんな。そんな人が何人かいると、相対して戦うのは難しいかも……。
そう考え込む俺の横で、クロウが意見を述べた。
「敵も愚かではない。恐らくは、崖を得意とする種族を配置しているだろう。狼族なら多少は対抗できるかもしれんが、猿族や鹿族などの類だと面倒な事になる」
「鹿族……街じゃあんまり見かけなかった種族だな」
ブラックの呟きを聞いたのか、意外にも怒りんぼ殿下が答える。
「鹿族は高山地帯などにいるからな。切り立った崖を平気で上り下りする強力な足を持つが、砂漠は熱すぎて滅多に下って来る事はないのだ。砂漠には鹿に似た砂牛族がいるとはいえ、全くの別物だし……どうやって連れて来たのだろうな」
「雇われた可能性が高そうだけど、まあ今考えても仕方ない。ともかく、厄介な敵が複数いるのは確実だろう。……しかしそうなると少し困ったな」
「何かあるのか?」
石板を真剣に見つめるブラックの横顔を見やると、気配に気付いた相手は俺の方を向いて困ったような顔をしながら口をへの字に曲げる。
「高い崖を縦横無尽に動ける敵が複数いる中で、そいつら全員を“おさえる”なんて難しいからね。出来ないとは言わないけど……ここは曜気が凄く乏しくて、大地の気も希薄だ。何が起こるか分からないし、溜めこんでる曜気は温存しておきたい。……そうなると、戦いが泥沼化する可能性もある」
「ムゥ……ブラックの言う通りだ。オレ達は崖のぼりが得意な訳じゃないし、あの地形で鹿族に襲われると、最悪身動きが取れず負けるだろうからな。……ツカサに曜気を貰ったとしても、上から来られたらさすがに危なかろう」
淡々と予測するクロウだが、ブラックはツッコミを入れない。
同じように考えているから、、反論しようとも思えなかったんだろう。
俺も、鹿という種族は侮れないなと考えている。
鹿と言われると可愛いようなイメージだけど、俺の世界じゃ立派な角を持った素早く動く強い獣でもあるからな。獣人ともなれば、きっと崖なんて楽々登れるのだろう。
自分の頭上から襲って来られたら、対処も出来ずにイチコロだ。
いくら強いブラック達でも、不意を突かれないとはいえなかった。
でも……そうなると、やっぱヤバいよな。
面と向かって戦うのが難しいとなると、別の方法を探さないと。
しかし、崖の上に移動したり、厄介な鹿族を先にやっつけようとしても、他の敵兵が襲ってきて難しいだろうしなぁ……。
「崖などでの戦闘は、訓練に入っていない。……恥ずかしいことだが、確実に勝てるとは言えんだろうな……」
怒りんぼ殿下も困り顔だ。
そっか……ベーマスはほとんどが砂漠の地だし、渓谷なんて滅多に無いもんな。
戦が起こる時だって、お互い正々堂々平らな砂漠でぶつかるから、そういう場合の戦闘しか想定してなかったんだろう。
じゃあもうマジで危ないじゃないか。特に殿下。
うーん、どう逃げても戦っても危険とは……どうしたらいいんだろう。崖を素早く動く鹿族を抑えないと危険かな。……っていうか、谷にそういう種族を配置しているって事は、絶対他の獣人もこういう地形が得意な人達だよな。
そんな奴らに襲い掛かられたら、間違いなくゲームオーバーだ。
いくら強くたって、やっぱり有利不利がある状態では過信してられないよ。
けど、あの場所に居る奴らをどうにかするのが第二の試練だしなぁ……。
「キュキュ?」
「おっ。起きたのかロク」
俺の膝の上で伸びて寝ていたロクが、ピクっと動いて頭をあげる。
男四人でランプと石板を囲んで何をしているんだろうと思ったみたいだが、ロクは俺の顔を見ると「どしたの?」と心配そうに浮き上がってくる。
ううっ、寝起きで即俺を心配してくれるなんて、もう天使が過ぎる。
世界一可愛いヘビトカゲちゃんは格が違い過ぎるな、なんて思いつつ、ロクが頬に顔を摺り寄せて来る幸せに浸っていると――――
ふと、ある考えが思い浮かんだ。
――崖の中で有利に動く敵。慣れない地形でリスクが高い戦い。そして……
石板と、可愛いロクショウ。
…………そうか。別に、良いじゃないか。あそこで戦わなくても。
「ツカサ君?」
俺が目を丸くして硬直したのに気付いたのか、ブラックが顔を覗きこんでくる。
そんな相手を見返して、俺はニッと笑って見せた。
「ちょっと卑怯だけどさ、こういうのはどう? 上手くすれば誰も傷付かずに無血開城できるかも知れないぜ」
自分でもちょっと荒唐無稽だと思った案だが、今は何でも言ってみるべきだ。
というワケで、俺が考えた「さいきょうのさくせん」を話して聞かせたのだが――――意外な事に、ブラック達も殿下も俺のデタラメな作戦を笑う事は無かった。
それどころか、目から鱗が落ちたような顔をして、三人とも両眉を上げている。
……あれ、もしかして驚くほどアホな作戦だと思われたかな。
段々恥ずかしさと不安が膨らみ始めて、恐る恐る三人を窺っていると、ブラックが「ほう」と感心したような息を吐いた。
「なるほど……そもそも戦わずに一網打尽にした方が良いってことか」
「……本当にそんな事が可能なのか? 尊竜様がおられるなら、半分は可能だろうが……そこまでの術など、父上からも聞いた事が無いぞ」
感心するブラックと、疑念を持ちつつクロウを見やる殿下。
そんな二人に目配せをしながら、クロウは兄である相手に強く頷いた。
「出来ます。……ツカサが居てくれれば」
確信を持ったその言葉に、殿下は少し背筋を伸ばす。
だが、それ以上は何も言わず、理解したとでも言うようにただ頷いた。
きっと、クロウの“武力”を信じてくれたんだろう。
その二人の姿を見ていると、心が温かくなってなんだか勇気が湧いた。
「……よし! じゃあ、俺だけの案ってじゃ不安だし、ブラック達も付け加えて修正してくれよ。あんまり時間もないし、一気に決めなきゃいけないからさ」
石板にポンと手を置いて意気揚々とブラック達を見やる俺に、三人はそれぞれどこか面白そうな笑みを薄く浮かべて三様の返事を返してきた。
そうして数時間。
出来る限りの事を話し作戦を練った俺達は、ついに戦を始めることにした。
「……ロク、準備は良いか?」
ランプを消して、凍えるような寒さの砂漠に立ち相棒を見やる。
小さな相棒は俺の言葉に頷いて――――白い煙を纏いながら、その姿を本来の姿である準飛竜・ザッハークへと変貌させた。
「ツカサ」
黒く艶めいた体の飛竜に手をやると、背後からクロウが呼びかけて来る。
既に谷へと発ったブラックと殿下の姿は、今はもう見えない。
谷の方を見てからクロウの顔を見上げると、何故か相手は不安そうな雰囲気で、俺の顔をじっと見つめていた。
「どうしたんだよクロウ」
「……平気か? この大地には、ほとんど曜気が無い。……ということは、オレの術は、ほぼお前の能力を使って出す事になる」
ははーん、さては俺が倒れちゃうんじゃないかと思ってるんだな。
だが、そんな心配は無用だ。だって、あのくらいのことなら何度もやって来た。
その度に、俺は段々と耐性が付いて来たんだから。
「大丈夫、俺には【黒曜の使者】の能力が有るんだから心配すんなって」
そう言って腕を軽く叩くと、クロウは何とも言えないような顔をしたが素直にコクリと頷いたのだった。
「グォン」
「おっとそうだな、そろそろ出発だ。……クロウ、ロクショウ、頼んだぞ」
「ウム。任せておけ」
「グオォン!」
別に俺が実行するわけじゃないのに、ついリーダーっぽい事を言ってしまった。
だけど、それを茶化さずに二人とも景気良く頷いてくれるんだから堪らない。
うう、なんとしてでも成功させような。
「よし……じゃあ、出発!」
クロウと一緒にロクの背中に乗り込み、俺達は凍える夜空へと飛び立った。
→
※今日(ていうか昨日)は一昨日より熱くなかったので
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ウトウトして何度か意識失ってて遅くなりました_| ̄|○スマヌ
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