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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
痩せ狼の忠義
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思えば、妙な集団だとは思っていた。
数多の凶暴な獣人と「傭兵」や「冒険者」などと呼ばれる人族の群れ。
通常の、家族や仲間と言う認識で形作る“群れ”とは全く違うその集団に、シーバも違和感を覚えなかったわけではない。
しかし、謎の人族に誘われた時の自身はまともな状態では無かった。
怒り狂えばモンスターと同じ、とよく諌められるのが常の獣人族だが、それにしてもあの時のシーバは確実に正気を失っていたのだ。
それはやはり、己が大将、己が主人であると認めた存在が不当に追放され、主人を追い出してなお無様な醜態を見せる者どもが許せなかったからかもしれない。
――かつて、天眼魔狼王に「お前は獣人としてではなく、真祖たる狼としての意識が強すぎる」と言われた事が有る。
『己が認めた者を崇拝し過ぎるあまり、認めた者を害する存在に対して“主”ではなく“兵士”として飛び掛かってしまう。それでは、いつか他人に利用されてしまうぞ』
そう言われたが、結局自分は正気を失い、主ではない別の者に「野望の手伝い」として利用されてしまった。返す返すも恥ずかしい醜態だったが、最早それを恥じる事すらもおこがましい。
今はただ、己に与えられた使命を全うしなければとシーバは白い息を吐いた。
(……アタシがこの“目”を閉じたのも、天眼魔狼王を尊敬するがゆえのこと。それを後悔はしてませんが、今回ばかりは自分の浅慮を悔やむザンスね。……この性格のせいで、クロウクルワッハ様に迷惑をかけてしまう所だった)
額を撫でつつ、山一つを両断した谷を下に見ながら草木も無い岩山を進む。
“骨食みの谷”の右側、海に面した方の山の片割れはそのまま崖となって海にせり出しており、近付く者は滅多にいない。
【海鳴りの街】の猛者どもですら、ただただ危ないだけの地を踏もうとする蛮勇などは居なかった。もとより、乱暴は好きだが益にならない事はしないのが獣だ。それを思えば、この大陸に未開の地が多い事も何も不思議では無かった。
(…………アタシの所業は悔やむばかりザンスが、だからといって、やっぱり王族が大隊長……クロウクルワッハ様にしたことは、許せない。そんな未開の地に『追放』と言う名を付けてアタシらの恩人を放り出したんだ。狩りも難しい土地に……)
当時の事を思い出せば思い出すほど、はらわたが煮えくり返る。
だが、その忠義ゆえの短気こそが後悔の素なのだと必死に抑え込み、シーバは日が落ち始めた岩石の荒野に目を細めた。
山を中腹まで登り、平行に移動した先に見える高く険しい崖の上。
この道筋でなければ絶対に辿り着けない場所に、不可解な巨岩が一つある。
その巨岩の下に、彼らの「アジト」がある。
仲間だけが知れる入り方で道を開き階段を降りると、大広間が一つあり、そこから無数の穴が繋がっている。まるで、砂漠に巣食う蟲の巣のようだ。
だが、そこに巣食うのはヒトでしかない。今は人気のないその場所を耳で探りつつ歩きながら、シーバは或る場所のドアを開き、中に滑り込んだ。
「…………周囲に人はいないな」
呟くと、陰から声が聞こえてきた。
「……あのよぉ、聞いてたけど『アジト』ってのは何なんだ?」
黒い外套を被った、中肉中背の男。
人の気配を感じない倉庫に案内された相手は、軽く布を上げて顔を見せる。
鼠の耳を持つ、かつて“根無し草”として活動していた協力者――ナルラトは、周囲を確認しながらシーバを見た。
「人族の言葉らしいザンス。隠れ家とか作戦のための拠点って意味らしいザンスよ」
その意味が確かなのかは獣人のシーバには判らなかったが、この妙な洞窟を呼ぶならそういう言い方の方がしっくりくる。
それはナルラトも同じだったようで、ふむと唸って曲げた指の節を顎に添えた。
「そうか……。で、ここに件の“黒い犬”が居るとして、お前はどうする」
「この集まりを抜けると言いに行くザンス。そうでもなければ、黒い犬や人族の大男には会えませんからね。たぶん、まだ今はここに居ると思いますよ」
シーバの言葉に、ナルラトは少し眉間に皺を寄せる。
訝しげと言うよりは、どことなく気になる事が有るという顔だ。
「……お前は良いのか? 最悪殺されるぞ。こういう怪しい組織は、大抵『裏切り者には死を』って決まりが常だ。真っ正直に言うより逃げりゃいいだろうし、話に行くにしても、別の話しをでっちあげりゃいいだろうに」
「職を辞しても、アタシの心は誇り高き兵士ザンス。それに、どうせ嘘なんざバレるに決まってる。……贖罪と言う気はないけれど、その方が……アタシも肝が据わる」
「自己満足か? ……まあ正直、俺はお前がどうなろうがどうでも良いんだがよ。でもツカサを泣かすような真似だけはすんなよ」
語気が強い。
このナルラトという男にとって、我が主人の優しい伴侶は特別な存在なのだろう。
シーバに対して隠しもしない態度だが、だからこそ、それだけツカサを心配している事が知れて笑みが浮かんだ。
「むざむざ殺されたりなんざしませんよ。アタシだって、元々は聖地【タバヤ】で首領を務めた身……いずれクロウクルワッハ様の妻になる人ならば、アタシにとっても守るべき人ザンス。……もしもの時は、毛の束一つくらいは拾って下さいな」
それは、ただの軽口ではなく、本心からの言葉だ。
シーバとて、ツカサを悲しませることは本意ではない。
彼は、あまりメスに頓着が無いうえに人族に対して興味のない自分でも、好ましいと思う珍しい人族だからだ。
……別段、美女か美男というワケではない。童顔が可愛らしいと思うくらいの小さな少年だが、それでもツカサは不思議と人を惹きつけてやまなかった。
だがきっと、そう思っているのは彼を想う者だけなのだろう。
ただの少年だと思っていた彼と触れ合い、その心に触れた者は、ついあの普通の少年を気にせずにはいられなくなる。
シーバですら「彼が主人の伴侶であれば」と望んだほどツカサはある種魅力的で、オスが心の奥底に押し込めた望みを汲み取る事に長けていた。
その魅力は、獣人にしては優し過ぎると言われた我が主人を受け止め、あれほどまでに獣人としての武力に目覚めさせるほどだ。
それはきっと、彼が純粋で優しく……そして、真っ直ぐだからだろう。
人を想い、人を幸せにしたいと願って全力で行動する。
簡単な事ではあるが、誰にでも出来る事ではない。
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……まあ、逆に言うとツカサくらい相手の行動を許せなければ、あのような男達を受け止めきれないのかも知れない。
ともかく、尊敬する大隊長を受け止めてくれたメスを悲しませるなど言語道断だ。
ここは何としてでも生きて帰らねばならない。
ツカサが悲しめば、尊敬する主人も悲しむに決まっているのだから。
そう思って頷くシーバに、ナルラトは細く釣り上がった切れ長の目を更に細め、息を吐き低い声で返した。
「……解ってるならいい。もうアイツを悲しませるのはゴメンだからな」
ツカサに接していた時とは違う、冷えた表情。
きっと、本来の彼は、このように表情を変えずに喋る不気味な男なのだろう。明るい男を装っていても、その実は他人に心を許さない“根無し草”そのものなのだ。
けれど、ツカサの前ではそれも形無しになる。
それだけ、ナルラトの心に、ツカサへの思いが根付いてしまったがゆえに。
(こんな危ない男を暴走させるのも怖いザンスからね。死にませんとも)
こんな場所で明るくそう思えるのも、彼のおかげなのかも知れない。
そう思いながら、シーバは笑おうとして――気配に気づき、耳を立てた。
「……来た。そろそろ仕事の時間ザンス」
小さく呟き、ナルラトの方を見る。
と、相手は軽い頷きを返して、外套で己の姿を隠すと――倉庫の棚の影に溶けるようにその場から消えてしまった。
“根無し草”……特に、それを生業として“群れ”を作っていた特別な鼠人族だけが使える、彼らにしか使えない【影成りの術】だ。
例えシーバがその場から動けなくなろうと、彼が必ず情報を主人とツカサ達の所へ持って行ってくれるだろう。
そう思いながら、シーバは倉庫から出る。
だが、用心はするに越したことはない。だからたった一人でやって来たかのように装って、首領の部屋へ向かった。
黒い犬の首領と人族の大男が待つ、この「アジト」の中心部へと。
→
※前回に引き続き、猛暑でパソコン触れず遅れです(;´Д`)
ご飯食べるのも遅くなっちゃっていけませんな…
でもあと数日の事みたいなので、お許しください~!
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