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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
7.遠見の貧乏くじ
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【海鳴りの街】から西へと進むと、草木もまばらな岩盤の荒野の先に、巨大な山を中央から割ったような渓谷が見えてくる。
天から斧を振り下ろされたかのように綺麗に中央から割れた山。
その間を通らなければ【古都・アルカドア】には辿り着けず、山を登ろうと考えれば凶暴なモンスターに襲われ赤い砂漠を見ることも叶わない。
それゆえ、旅人は渓谷を進まざるを得なくなり、過去にはそこを根城にした山賊が出たとか出なかったとかいう話があるが……それもまた昔の話だ。
今は“骨食みの谷”という名前だけが残る、荒々しく削られた岩肌が恐ろしい、それだけの道になっているはずだった。
けれど……――――
「ああ……こりゃ最悪だね。連中やっぱりあの場所を封鎖する気だ」
久し振りの【索敵】を行っているブラックは、海鳴りの街から薄ら見える渓谷を見て「面倒臭い」と言わんばかりに息を吐く。
このベーマス大陸には大地の気も曜気も少なく、本来なら曜術師は術を発動する事すら難しいはずなのだが……こういう時は俺の出番だ。
この無尽蔵に曜気などを出力できるチート能力【黒曜の使者】のパワーを今使わずにいつ使う。てなワケで、試練を突破すべく現在ブラックに協力している。
しかし正直、ちょっと恥ずかしい。
だって、ブラックに背後から覆い被さるように抱き締められてんだぞ。いくら“大地の気”を提供しなきゃいけないつっても、だ……抱き着かなくても良いと思うんだが。
なのに、こうじゃなきゃ【索敵】しないってダダこねるもんだから、し、仕方なくこんな感じになったというかなんというか……。
…………。
ぶっちゃけ恥ずかしい格好だけど、今この場にはクロウと怒りんぼ殿下と俺達しかいないので、ギリギリ耐えているとも言える。
ここが街中だったら俺も我慢出来なかったぞ。
ああもう、そんなことを考えてる場合じゃないんだ。
俺達今は、街から少し出た場所で“骨食みの谷”を臨みながら話している。
「敵をおさえてこい」と言われた以上、やるしかないのだ。だから、とにかく【索敵】で「来たる敵」とやらを確認しなければ。ええと……今ブラックが“骨食みの谷”を見て、それっぽい事を言ってたよな。
最悪だとかなんとか……あれっ、じゃあもしかして……やっぱり敵いるの!?
「ぶ、ブラックっ、やっぱり敵ってのがいるのか!?」
「いや……まだハッキリとはしないよ? だけど、確実に普通じゃない感じだね。谷の岩肌……高い所の部分にまで、人の気配が有るよ。十や二十って数じゃない。恐らく谷を通ろうとする“何物か”を待ち構えてるんじゃないかな」
「待ち構えている……? それは、どっちの方向だ」
クロウの言葉に、ブラックは「ううむ」と唸る。
「どっちかな……気にしている方向……というか、敵の配置からしてどちらにも対応できるように、中央がガラ空きで左右の端から……出来るだけ崖の上部に置いてるから……あまり方向は関係ないのかも知れない」
答えたブラックに、今度はクロウが難しそうな声を漏らして腕を組んだ。
殿下も、いつもの不機嫌顔ながら弟と同じように眉根を寄せて腕組みしている。
何がそんなに「ウウム」なのだろう。俺達の横でパタパタ飛んでいる超絶可愛いロクちゃんと一緒に首を傾げると、クロウが呟くように口を開いた。
「そうか……それは確かに不可解だな。もし奴らが【アルカドア】を襲っている連中の仲間なら、両端に兵士を集中させる必要はないはず。……アルカドアに増援が来ると困る何かがあるというのか?」
そのクロウの推測を聞き、強くなり始めた風に後ろ髪を浮かされながら、怒りんぼ殿下が近付いてきた。
「待てクロウクルワッハ。だとしたら、アルカドアに来るだろう増援を見越してこちら側に兵士を配置するのは妙だぞ。母上が推測していた『王都へ兵を送る陽動のため』という戦の理由に狂いが生じることになる」
そっか……そう言われるとヘンだな。
もしマハさんが言うように「王都か他の都市を落とすための陽動」なのだとしたら、わざわざ人員を裂いて“骨食みの谷”で敵と戦う理由は無いよな。
陽動ってのは、敵を惹きつけるための行動だ。
こちらが目的としている場所に近付くために、警戒している兵士を目的の場所から引き剥がす術。それが陽動だ。
なのに、わざわざ騒ぎを起こしておいて、誘導した敵を中途半端な所で足止めするような配置になっている。それは確かに解せないってヤツだ。
普通、ああいうのって「行きはよいよい帰りは恐い」だよな。
アルカドアに行かせたくないのかな。あの谷で取り囲むつもりなのか?
「あの谷で増援を袋叩きにするつもり……とか……?」
ブラックに抱き着かれたまま恐る恐る問うと、オッサン三人は難しい表情を深くして「どうだろうなぁ」と言わんばかりに小首を傾げる。
「うまく隠れられる山賊などの輩なら、充分考えられるが……あの場で増援を足止めする理由はなんだ? 王都を襲撃するのなら、赤い砂漠まで敵を走らせた方が時間を稼げる。アルカドアを落としたいのであれば、そもそも短期決戦であのように杜撰な攻撃を続ける理由も無かろう」
「うーん……それは確かに……」
殿下の言葉にぐうの音も出ない。
渓谷を進む敵を取り囲みやすいし、敵の頭上から攻撃できる絶好の待機場所だけど、陽動にしろ牽制にしろあの場所じゃ中途半端すぎる。
「だが、僕達は未だに敵の数を把握していない。目的も首領も謎のままなんだ。それを考えれば、可能性を一つでも捨てれば危ういんじゃないか」
「それも時と場合による。戦は博打のようなものだ。結局、鬨の声を上げ相手と克ち合わなければ解からない事も有る」
「戦と言うなら、相手の情報は事前に知っておくのが常套だが……まあ、今回は急にポッと出てきた奴らだしなぁ」
殿下は不満げに片眉を上げて口を曲げるが、ブラックもバツが悪そうだ。
お互いに、いつもと勝手が違う戦い方だから戸惑っているのかも知れない。
ブラックは冒険者として戦うことが普通で、幾つもの都市を守るような軍隊的な戦闘には慣れていないようだ。知識としては知ってるっぽいけど、多分それを発揮する場が無かったんだろう。だから、いつもより発言もちょっと抑え目だ。
対する殿下も、自分がいつも行っている戦とは違う事態に戸惑っている。
相手の目的が見えず、正々堂々とした獣人らしい戦いでもなさそうなこの事態に、自分の経験があてはめられず悩んでいるのだろう。
ここで物語みたいに「とにかくやってみよう!」とか言えたらいいんだけど、残念な事に現実ではそうもいかない。成功する保証が無い事に首を突っ込むのは無謀だ。
――情報や状況が分からない状態では、敵に足元をすくわれる。
だからこそ、戦争でも情報が重要視されているのだ。
けど……そうは言っても、今の俺達じゃどうする事も出来ないし……。
そう考えていると、クロウが意外な事を提案して来た。
「兄上、ブラック、今飛び込むのは得策ではないとオレは思う。だから……ここは一度【海鳴りの街】に戻って、恐らく伝令のために待機しているだろう“根無し草”を使い、彼らを探るように頼みにいかないか」
“根無し草”は、獣人達の間では“スパイ”とか“暗殺者”という意味で使われる。
獣人からは嫌われる職業だそうだが、最近は王族に召し抱えられて待遇が良くなったってヨグトさんが喜んでたっけ。
あっ、そうそう。【海鳴りの街】には、そのヨグトさんが居たんだよな。
彼はラトテップさんとナルラトさんの師匠で、中々に凄そうな人だったんだ。
今帰って来ているかどうかは判らないけど、たぶん部下の人ならいるはず。
その人達に頼めば、気付かれずに何か情報を持って来てくれるかも。
「俺は“根無し草”は好かん。尊竜様に頼む事は無理なのか」
えっ、ロクにスパイを?
いやいや、それは無理ですって。
……っていうか、怒りんぼ殿下……根無し草嫌いなの?
暗殺しようとしてたし、てっきりそういうのも許容している人なのかと思った。
いや、でも、それをヨシとしてるなら自分で暗殺しようなんてしないか……。
けれどロクはダメだぞ。そんな危険な事を可愛い相棒にさせられない。
「ロクなら出来るかも知れないけど、そんなこと慣れてないしやらせたくないよ。それに、もしブラックが視た中に人族の冒険者がいたら、間違いなく攻撃される」
「冒険者はモンスターの気配に敏感だからね。獣人と違って常にモンスターの不意を突く訓練をしているから……ツカサ君の言う通り、人族に甘いロクショウ君だと、油断してしまって危ないかも知れない」
冷静なブラックの言葉に、殿下は「そうか」と素直に引き下がる。
この人、ほんとロクのことには素直になりまくりだな。いやまあ、可愛いからね。尊いと言われるのも正直頷けるくらいロクショウは可愛くて強い子だからね!
「はいはいツカサ君どうどう。……ともかく、こっちにはまるで情報が無いんだ。今後の事を考えるなら、間諜が得意な獣人に任せるべきだと僕も思う」
こ、このっ、俺のロクショウへの愛をあしらいやがって。
でもまあ、この状況で惚気てる場合じゃないか。ロクが危険に曝されないためにも、俺達がしっかり対策しないとな。
「じゃあ……二手に分かれる? 相手の動向も気になるし、ここで“骨食みの谷”を見張ってるのと、海鳴りの街に行って“根無し草”の人に御助力願うチームと」
「ならば、オレがツカサと一緒に海鳴りの街へ行こう」
「ハァ!? なに勝手に立候補してんだクソ熊殺すぞ!!」
即座に手を上げたクロウに間髪入れずメンチを切るブラック。
だがクロウはいつもの無表情でキリリッとした雰囲気を醸し出しながら、ブラックに毅然とした態度で返答した。
「お前は【索敵】のために残る必要があるし、兄上は“試練”を受ける身だ。街に居て失格という事になっては困る。ツカサは“根無し草”との繋がりが有るから、街に行くべきだし……――ならば、残るオレが護衛として付いて行くべきだろう」
「グッ……ぅ……ぐぅうううう……!!」
あっ。ブラックがまた言い負かされてる。
獣人大陸では自分の常識が通用しないことが多いせいか、ブラックもかなり慎重になっているようだ。いつもなら「何とでもなるわい!」みたいな態度で自分の好きな風にしちゃうから、こんなに言いよどむのは珍しいかも……。
けど、それだけブラックも真面目にやってくれてるってことなんだよな。
なんだかんだ言っても、ブラックは優しい。
結局クロウと殿下に協力してくれてるし、俺がケツを揉まれても「今は怒ってる場合じゃない」と怒りを抑えてイチャつくだけでおさえてるんだもんな。
「……ブラック」
くるりと体を反転させて、俺に抱き着いているブラックの顔を見る。
歯を食いしばって、子供が泣き顔を我慢するかのような変な顔になってしまってるけど……その顔に苦笑してしまう俺も俺だ。
ちょっと恥ずかしいけど、ぐっと堪えて――俺は、ブラックを見つめ頭を撫でた。
「うぅ……ツカサくぅん……」
「すぐ帰って来るから。あと……試練が終わったら、その……」
……や、やっぱ、ちょっと素面じゃ言えない。
だから俺は、ブラックの顔を少し近付けると小声で耳打ちした。
「きっ……キス、とか……いちゃいちゃする、とか……いっぱい、出来るし……。全部終わって、ひと段落ついたら……ブラックが好きなだけしてもいいから……」
アンタもそれくらい頑張ってくれてるから、俺だって、が、がんばる……し……。
だから、その……今は少し、我慢しててくれ。
そういう気持ちで再びブラックを見ると。
「んぐっ!?」
何かを言う暇もなく、思いっきりキスをされて口を塞がれてしまった。
「……ハァー……なんなんだこいつらは……」
あっ、ちょっ、ちょっと殿下呆れないで下さいよ!
俺だってこんなところでキスしたくないんだってばっ、き、き……舌を入れて来るなバカッ、ブラックのバカ野郎ー!!
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