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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
6.約束したけど勘弁してくれ1
しおりを挟む「ただの獣人じゃないとは思ってたけど……まさか“三王”の一人だとはね」
ブラックの少し警戒したような声に、目の前の巨大な壁――――
いや、それほどに大きな影は豪快に笑い、その厳つい肩を揺らした。
あぁあ……見間違いじゃない。
目が慣れて来て相手の姿が分かると、わざと間違う事すら出来なくなる。
そのタテガミのように輝く金の髪も、褐色の肌も、そして……獅子の耳と尻尾も。
間違いなく彼は、あの人だ。
【海鳴りの街】で出会い、周辺のよからぬ噂を聞いた相手。あの街でも指折りの強さを持つという、まるで首領みたいに振る舞っていた巨大な獅子族。
“金獅子のゼル”――――間違いなく、その人だった。
「ハハッ、やーっと来たか。さしもの俺様も待ちくたびれたぜ」
「なに……お前達、バーゼル様と顔見知りだったのか?」
快活に笑う金獅子のゼルを見て、すこし驚いたように殿下は俺達を見やる。
あっ、そうか。怒りんぼ殿下は前に一度“三王の試練”を受けているから、三人の王全員の顔を知ってるんだっけ。
俺達は【海鳴りの街】で始めて出会ったけど、その時の殿下は巨大カピバラのピロピロちゃんが牽く車から降りなかったんだったな。
だから、俺達が彼の顔を知っていることに殿下は驚いたんだ。
……じゃあ、最初から殿下を無理矢理外に連れ出していれば、試練を受けさせて貰えてたのでは……いや、あの時点ではお互いに好感度が最低だったから、こんな事になっても仕方ないか。
なんせ怒りんぼ殿下は末弟ルードルドーナとクロウを暗殺する計画を立ててたし、俺達もソレを警戒してたんだからな。しかも殿下はめっちゃ拗ねてたし。
まあ……こうなるのも必然と言えば必然だったのか。
でも居場所を知ってる辺り、最も古い神獣である海征神牛王……つーかチャラ牛王は“金獅子のゼル”と俺達が接触する事を予測してたんだよな?
なら、一言くらい言っても良かったのに……ホントにヤなヤツだ。やっぱイケメンは敵だな。あの唐突なキスの件とか俺は許してないんだからなまったく。
「……そうか、あの【海鳴りの街】にバーゼル様は滞在しておられたのですね。なら、顔見知りでもおかしくはない」
「ま、そういうことだァな。……ところで、狼のジジイが第一の試練を受けさせたようだが……二人とも合格なんて、珍しいことしやがるなあのじいさん」
「これは特例だったのですか」
相手が神獣王の一人だと知って、クロウも敬語を使う。
だが自分達が「特例」である事に驚いているのか、クロウは怒りんぼ殿下と顔を見合わせて、それぞれお互いに手の甲を凝視する。
そんな二人に、金獅子のゼルは笑って片眉を上げた。
「まあ、基本的に王は一人だからな。どれだけ候補者がいようが、普通は一人だけが選ばれるもんだ。あのじいさんは、いっつも気色悪りィ笑顔だが、そういうトコは俺様より厳しいからな。だが、今回は二人だ。……お前ら二人に、別々の“王”を見い出したのかも知れんなァ。それか……――
双方、定めが異なれば……立場が逆転するほどの力が有った、ということか」
言葉を切って、目を弧に歪める。
その表情は、どこか怖気を感じさせる迫力があった。
だが、その畏怖にも負けず殿下は返す。
いつものような不機嫌顔じゃなくて……厳めしいが、真っ直ぐな顔で。
「……私も、そう思います」
「兄上……」
「もし、弟が……王族として戻ってくるのなら……改めて拳を合わせ、どちらが真の王に相応しいかを見極めたい。そう思う程には、こいつは優秀です」
なんの険も無く言い切る殿下。
そんな、吹っ切れた様子の殿下を見て……金獅子のゼルは破顔した。
「ハッハッハッハ!! こりゃあ良い、あの傲慢坊主が言うようになったじゃねェか! なるほど、狼のじいさんが試したのは“心”だったか!」
「心……」
「王に必要である絶対的な“武力”ってのは、力だけじゃねえってこった。……その事は誰もが理解しているはずなのに、多くの奴らは本当には理解してねェ。そのことに、お前達はほんの少しだけ気付く……切っ掛けを掴んだってこったな」
気付いた、ではなく「切欠を掴んだ」というところが手厳しい。
初対面の時にも少し思ったけど……この人、豪快で俺様なガハハマッチョなフリをして、その実どっか冷静っていうか……ブラックに似てるんだよなぁ。
こう言ったら怒られそうだから絶対に口にしないけど、でも、茶化すフリをしてその実しっかり対策をしてるブラックと同類の匂いを感じるんだ。
あと、他人の評価が手厳しい所も。
うん……手厳しいんだよなぁ……。
いつもは俺に対して甘いくせに、戦闘の事になると「ツカサ君ザコじゃん」て普通に言うからな、コイツ。いや実際ザコだから仕方ないんだけどさあ!
……と、ともかく、そういうところが何か似てるのだ。
いや、あともう一つなんかあったような……。
「しかしそうなると、次の俺様の試練が難しくなるな……やべえ、もうちょっと掛かるかなァ~なんて考えてたから、なんも用意してなかったわ」
「ば、バーゼル様!」
「まあ待てカウルノス、そうさな……まずは酒でも飲むか」
「はぁ!?」
さ、流石に唐突過ぎる。
怒りんぼ殿下が思わず不敬丸出しの「ハァ!?」を発してしまったが、しかし相手は気にせずにデカすぎる手をパンパンと叩いた。
「おーいお前達、宴の用意だ! ありったけの酒と肉もってこい! 試練も大事だが、まずは腹ごしらえだ。幸い今は街から仕入れて来た酒がたっぷりあるからな! お前達も遠慮せずにまずは食え!」
街からって……この部屋、あの【海鳴りの街】じゃないのか?
金獅子のゼルの言葉に、俺はようやく周囲を見渡す。
……確かに、ここは【海鳴りの街】のちょっとダーティーな酒場ではないようだ。少し古めかしいけど、でもなんだか格式高い感じがする室内にいるぞ。
たぶん……ここって、金獅子のゼルの“群れ”の家……なんだよな?
でもここ、どういう部屋なんだろう。
長方形に寄った形の部屋は、四方が渡り廊下で囲まれている。クロウ達の王宮と同じように柱で片方を支える感じの、ローマ風だかアラビアンだか判断に迷うような感じの廊下だ。二階は白い石造りの柵でしっかり落下対策がされているが……ここは中庭か何かだったんだろうか。
だけど、高い天井を持つ広間のような空間にも関わらず、草木は一本も無い。
ただ金獅子のゼルさんが座っていて、普通の部屋のように豪奢な絨毯やクッションが敷き詰められていた。……元は中庭だったのを、部屋っぽくしたのかな?
いや、そもそもゼルさんがデカすぎるから、こういう感じの部屋にしたのかも。
ってか……そうなるとここって、ゼルさんやその奥さん達の家ってことか?
「と、突然入っても良かったのかな……ナワバリとか……」
獣人ってそういうの気にするって話だよな?
突然来て良かったんだろうか……なんて思って青ざめるが、ブラックはそんな俺の顔を横から覗きながら呆れたように答えた。
「この状況じゃあ別に構わないって感じなんじゃない? にしても、宴とか言ってないで早く済ませて欲しいもんだけどね……じゃなきゃ、ツカサ君の尻が……」
「え、なに。最後の方なんて?」
ブツブツ言ってるけど、なんかシリとか聞こえた気がするんだが?
シリって尻か。おしりのことか。でもなんで急に尻とか……。
「よーし、じゃあ俺様の妻達に用意をさせている間……お前、ツカサとか言っていたな! こっちに来い」
「えっ!?」
急に呼びかけられてビックリしてしまったが、しかし金獅子のゼルは「良いからはよこっちに来い」と言わんばかりに手招きをする。
けど、行って良いものだろうか。普通に近付いたらブラックの機嫌がまた悪くなるんじゃないか……なんて思っていると、相手は不満げに口を尖らせた。
「なんだ、約束を忘れたのか?」
「え……約束、ですか?」
なんだっけ。なんか……そういえば何か約束した気がするんだが。
でも、色々有り過ぎてちょっと思い出せない。
どうしたもんかと困ってしまったが、そんな俺に金獅子のゼルはとんでもないことを言い放った。
「今度会った時、お前の尻を好き放題に揉むと約束させただろ! 忘れたとは言わせんぞ、そこの赤髪のオスにもな!」
しり。
……尻を、好き放題に揉む…………。
………………ア゛ッ。
「わっ、忘れてたあああ゛あ゛!!」
そ、そうだ。俺とんでもないこと約束してたんだ!!
【海鳴りの街】に入り浸ってたかなり強い獣人達が行方不明になってる……って話の詳細を聞く時に、そういう取引をこのデカい人とやっちゃったんだあああ。
もう会う事も無いからと思ってすっかり忘れてたのに、うわっ、あっ、ま、まさか……この人、あの時点でもう「俺達とは“三王”としてもう一度会うだろう」って分かってて……あんな変な取引を……。
「……さっさと『自分は三王の一人だ』と言えば、こんなやらしい約束なんてツカサ君にさせなかったのに……!」
「ハハハ、そりゃお前達の見る目がないのが悪い。俺様は“王族専用の獣車”が街に来ていた時点でお前達の正体が分かっていたんだから、お前達も俺様の類稀なる体や素晴らしい威圧感を見て三王だと気づけば良かっただろう? だが、そうは出来なかった。ならばこの勝負は俺様の勝ち、尻を存分に揉んでも構うまい?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
思わずブラックと一緒にぐぬってしまったが、確かにぐうの音も出ない。
相手は見た目こそ若いが、中身は長い時間を生きる老獪な獣だ。きっと、海鳴りの街に来る旅人を常に監視する部下でも持っているのだろう。
それに、金獅子のゼルは俺達よりずっと獣人大陸についての知識が有る。
例え様々な策を使って正体を隠したとしても、街からすぐに出発した俺達が普通の旅人ではないことはいずれ分かってしまっただろう。
相手は“群れの長”――つまり、知恵も働く獣たちのまとめ役なのだ。
獣人の世界に慣れていない俺達では、どうあがいても完敗だった。
だから、あの時妙な取引をしたのか……。
ぐ、ぐうう……デカいとはいえ、ドービエル爺ちゃんみたいに圧倒されるような雰囲気なんて無かったから、相手が三王なんてまったく考えても居なかった。
つーか王様が下町っぽい酒場で普通に酒飲んでるとか思わんでしょ普通!?
天眼魔狼王だって山の山頂近くに居たんだしさあ!
こ、こんなの卑怯だ。あまりにも初見殺しすぎる。
そう思ったのはブラックも同じだったみたいで、こっちが獣なんじゃないかってくらい威嚇するように唸っている。
いつもなら言葉で反論するのに、唸るだけなんて……こりゃもうお手上げだ……。
「ほれ、こっちこい。宴にゃ美味いメシと肉棒がいきりたつメスがいなきゃァな!」
「…………」
「ツカサ君、あいつ殺す? 殺して良い? もうなんか全部おしまいにしていい?」
「だめ!! と……取り引きしようとしたのはこっちだし……今回は仕方ないよ」
「ぐううー」
そんな子供みたいにむずがっても駄目だっての。
ブラックの拗ねたほっぺを両手で軽くぽんぽんと叩いて慰めると……俺は溜息をグッと飲み込んで、己の敗北を噛み締めつつゼルさんに近付いたのだった。
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