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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
18.認め合う者達
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あまり思い出したくないことを色々やってしまったが、とにかく翌日。
一刻も早く【古都・アルカドア】へ向かいたかった俺達は、日が昇らない内に狼族の聖地【タバヤ】から出発することにした。
とにもかくにも、第一の目的はアルカドアで攻防を繰り広げているだろう、怒りんぼ殿下ことカウルノス殿下の母親――――マハさんの安全を確認することだ。
遠方から見ていても手出しは出来ないし、詳しい事情を知るのであれば、やっぱりアルカドアに戻るしかない。
“曜術を使う人族”が混じっていたという不可解な情報の細かい部分を知るためにも、向かわざるを得なかったのだ。
クロウを暗殺しようとして送り込まれたっぽい奴らも人族だったし、急にその奇妙な偶然が起こったってのも何だかきな臭い。無関係だと考えるにしても、彼らの素性や目的を知らない事には話にならないからな。
……ってなワケで、薄暗い中でヴァー爺にお別れを言う事になったのだが。
「本当は、数日後の祭りをお前さん達にも楽しんで欲しかったんじゃがのう……。こういう状況では仕方が無い。気を付けて行くのじゃぞ」
そう言いながら、ヴァー爺は怒りんぼ殿下の手の甲に何やら木串のような物をツンツンしている。先端に色がついているが、何をしているんだろうか。
不思議に思って見ていると、クロウが教えてくれた。
「アレは、三王の試練で神獣王に認められた証だ。三人の王がそれぞれに入れ墨を施す事によって、その試練をすべて終えたことの証明になるのだ」
「なるほど。確かにヴァー爺はあの時合格みたいなコト言ってたもんな」
まだタイムリミットまでだいぶ時間が有ったんだけど、何故かヴァー爺が「合格じゃ」とか言いに現れたんだっけ。
今思えば何故そんなことをしたのか疑問が残ったけど……多分、怒りんぼ殿下の心の変化を感じ取ったんだろう。そうでなければ、色々とナゾだしな。
何のための試練だったのか、最初はイマイチ分からなかったけど……今思えば、アレは殿下の凝り固まった心を解すための試練だったのかも知れない。
だからヴァー爺は俺をラグビーボール役にしたし、クロウの事もこれ幸いと言わんばかりに試練に引き込んだんだろう。
結果的に上手く事が運んだけど、ホント獣人って思いきりが良いって言うか無茶をするというか……余計に拗れてたらどうするつもりだったんだろ。
…………まさか……ここで殺されるならそれまで……なんて、考えてたわけじゃあないよな……。ま、まさか……まさかな……。
無くは無いヴァー爺の考えに、ちょっとゾッとしてしまったが、件の本人は怒りんぼ殿下に入れ墨を入れ終えると、こちらを向いて手招きをして来た。
「クロウクルワッハ様もこちらへ。早く印しを済ませてしまいましょう」
「えっ……」
驚くクロウに、ヴァー爺はニコニコしながら木串を軽く回す。
「試練を終え認められた者は、必ず“しるし”を付けねばならぬのです。さあ」
そう言われるが、クロウは戸惑っているのか珍しく分かり易い狼狽を見せて視線を色んな所に泳がせる。
本人からすると思っても見ない事だったんだろう。
だけど、その動揺を――意外な事に、怒りんぼ殿下が止めた。
「いいから来い。さっさと“しるし”を貰え」
「殿下……」
思わず声を掛けた俺に、殿下はちょっとぶっきらぼうに視線を逸らす。
けれど、またすぐにクロウを見つめて答えた。
「…………俺は、もう……他者に不当な評価を下したりはしない。お前は強者だ」
嘘偽りなどないとでも言うような、真剣な眼差し。
今までクロウの事を「惰弱」だと言って曲げなかった殿下が、クロウを「強者」だって言った。それって、つまり――クロウと本当に認めてくれたってこと?
獣人として、武人として、強いオスだと認める。
それは以前の殿下からすれば考えられない事だろう。
だけど、今の殿下はクロウを真っ直ぐに見て認めてくれた。
「お前も王になる資格が有る強者だ」と言う気持ちを、あの“しるし”を付けることで目に見える形で示そうとしているんだ。
それがどれほどの譲歩か。
きっと、以前の殿下からすれば計り知れないほどの「ありえないこと」だろう。
だけど今、殿下はクロウを認めている。立派な武人のオスだと言ってくれたんだ。
「兄上……」
「早くしろ。ヴァーディフヴァの好意を無にする気か」
「クロウ、ほら」
「あ……う……ああ……」
思っても見ないことだったのか、凄く動揺しているみたいだ。
返事をする声が追いついておらず、俺に背中を押されただけでふらふらと前に出てしまった。きっと、色んな感情でふわふわしてて混乱しちゃってるんだろうな。けれど、そんなクロウが今は何故だか可愛いと思ってしまう。
ぎくしゃくと殿下に近付くクロウは、今まで見せたことの無い“弟っぽさ”があった。
「では、天眼魔狼王の試練により認められた獣である証をここに」
「ぅ……お……お願いします……」
低い声でテンパッた学生みたいな台詞を漏らすクロウ。
そのあまりの同様に、ロクとブラックが背後で「ぶふっ」と噴き出した。何故ロクまで……と思ったけど、たぶん珍しい動きをしてたから面白かったんだろうな。
まあブラックは別の意味で笑ってそうだけども。
「この“しるし”は、ひと月も経てば消えるもの。……じゃが、御二方が今回の試練で得た“気付き”は永遠に心に根ざすもの。あの戦いを、どうか大事になさいませ」
「……うむ」
頷いた怒りんぼ殿下と同じように、クロウも頷く。
もう、お互いに嫌悪したり怯えたりする気配はない。普通の兄弟のように、お互いを隣に置いてただその場に立っていた。
そんな二人を眩しそうに見て笑うように目を細めると、ヴァー爺はクロウの右の手の甲に“しるし”を入れながら、静かに語った。
「……人は時に、過去の禍根に捕らわれ“本質”を見失う時がある。それは己の本質であり、相手の本質でもあるでしょう。だが、それは決して正しい事ではありませぬ」
「…………」
どこか似た面影のある横顔で目の前の老狼を見る兄弟に、その狼はおどけるように軽く肩を揺らす。
「とはいえ、それを誤りと言うには、人は強くなどない。そのように複雑な心が有ればこその“獣人”ですからな。……じゃが、それでも……いずれ群れの長となり王と成る者であれば、その心の更に向こう側を見据える力が必要なのですじゃ。大事な存在を守り、獣人として誇りある行動をするためには」
「俺達は……その試練を乗り越えたということか?」
殿下の言葉に、ヴァー爺は顔を上げてニコリと笑った。
「さて、それは今後次第でしょうな。ワシはあくまでも“試練”を与える神獣の王……殿下に齎される未来は、殿下ご自身が望み進む道で変わりましょうて。なれば、ワシはただ、王として必要になるものが“何か”ということを気付かせるだけの老骨……道を違えず獣の王として讃えられるかどうかは、あくまでも努力次第かと」
「ククッ……手厳しいな……」
「ホッホ、以前の殿下であれば、こんな諌めるようなことを言うと弾き飛ばされていたでしょうからのう」
確かに、今までのビキビキしてる殿下に「今後は王として考えながら行動しろ」とか言ったら、弾き飛ばされるどころか殺されそうだ。
それは殿下自身も分かっているのか、バツが悪そうに頭を掻いていた。
「ヴァー爺。オレは……」
「クロウクルワッハ様は、お心のままになさるがよろしいでしょう。……貴方には、もう大切なものがある。……これまでの貴方の旅は、貴方をきっと目覚めさせるはず」
「……目覚め、させる……?」
何のことか分からないのか、クロウは怪訝そうに聞く。
だけど、ヴァー爺は笑うばかりでそれ以上は何も答えてくれなかった。
やがて、クロウの“しるし”が完全に刻まれる。
「さあ、お行きなされ。後で説教中のシーバも向かわせますゆえ、連絡係はあの子に頼むと良いでしょう」
「ム……分かった。すぐに出立する」
「ぁ……ええと……」
戸惑うクロウに、殿下はじろりと目を向けると、いつもの不機嫌顔で片眉を上げる。
「考えるなら走りながら考えろ。時間が無い」
いつもの怒りんぼ殿下といった態度の相手に、クロウはこくりと頷く。
だが未だに本調子ではないのか、こちらに小走りで戻ってきた。
……ぐ、ぐぬ……かわい……いや可愛くない。オッサンがとてとて走って来たりする所は別に可愛くないぞ。熊耳が揺れてるのとか全然可愛くないからな!
「ヌ……出発するそうだ」
「知っとるわい。……にしても、お前でも身内にアタフタすることがあるんだな」
「キュー」
ブラックとロクがちょっとからかうように言うと、クロウは熊耳を伏せつつ俺の背後に隠れた。いや、全然隠れてないんだが。
「ぐぬ……つ、ツカサ、ブラックがいじめる……」
「あっ、ずるいぞお前! 離れろ殺す!!」
「キュッ……キュゥ……」
「こら、殺すとか言うのやめなさい! ロクちゃんがドンビキしてるでしょ!」
ったくもー、色々ひと段落ついたらまた殺す殺す言いやがって、本当口悪いな。
まあでも……そんな風に気安く暴言を言えるくらい、ブラックにとってもクロウは特別な存在ってことなんだろうな。
「ちょ……つ、ツカサ君なんか凄く心外なこと考えてるでしょ、やめて……」
「今度はお前がドンビキするのかよ」
「ヌゥ、傍若無人とはこのことだ」
「キュ~……キュキュ? キュー?」
これにはロクも呆れたのか、話を変えようとしてくれたようでクロウの右手の甲へとパタパタ飛んで行って、不思議そうに首を傾げる。
それに気付いたクロウが手の甲を上げると、俺にもその“しるし”が見えた。
「へー、これが“しるし”かぁ……。なんか不思議な形なんだな」
「キュー」
手の甲に刻まれているのは、赤い色の捻じ曲がった二本の線。
下の方にかなりスペースがあるが、後二つの入れ墨がそこに記されるのだろう。
それがどんな形になるのか気になったけど……――
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「……アイツ、口が悪いのは治ってないな」
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「ヌ……ヌゥ……まあ、兄上はそういう物言いなのだろう。ブラックのように、口が悪いのは中々治せないものなのだ」
「おいコラ喧嘩売ってんのか? ツカサ君から早く離れろ百八つに裂くぞクソ駄熊」
「早く来い馬鹿ども!! 人族は耳が無いのか!?」
ああもうしっちゃかめっちゃかだ。
でも……なんだか悪い気分じゃないのは何故だろう。
……誰も本気で相手を嫌ってはいないからなのかな。
「ふふっ……ったく、本当困ったオッサンどもだよなあ、ロク」
「キュー!」
俺が何を考えているのか分かったのか、ロクは俺の言葉に嬉しそうに笑い、その場でくるりと宙返りしてみせたのだった。
→
※次は新章です\\└('ω')┘//ヤッター!
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